399話 静里菜ふたたび
俺は漆黒の空間をゆっくりと落ちていく。
この様な現実離れした空間は有り得ない。
つまりこれは夢の中なのである。
俺は流れのままにその落下に身を任せた。
やがて俺の身体は地面に着地した。
柔らかくてとても心地良い感触が俺の頭を支えた。
これは眠りの落ちる寸前のカエデの膝枕とそっくりな感触である。
現実世界の記憶や出来事は夢の中にそのまま反映される事がある。
つまりこれはそういうことなのだろう。
俺の額を撫でる柔らかい感触。
これも眠りの落ちる寸前のカエデの手とそっくりな感触である。
しかし…この漆黒の空間は…
以前に何処かで見たような…?
俺の脳裏には、
かつて静里菜が構築した精神世界が急速に思い出された。
俺は我に返った。
「…静里菜!?」
「はい、兄さん」
俺の問い掛けに対して、至近距離から返事が返って来た。
聞き間違える筈が無い。
優羽花と16歳で俺の家のお隣さん。
昔から三人一緒に過ごしてきて幼馴染みというよりは家族に近い。
静里菜は俺の事を兄さんと呼び、
俺も彼女をもう一人の妹だと思っている、
妹歴16年の我が妹、地ノ宮 静里菜の声である。
俺は彼女に膝枕されて、
額を撫でられていたのだ。
艶やかで長い黒髪を垂らし、
紅白の巫女服に身を包んだ清楚な佇まいの彼女は、
綺麗な瞳で俺の顔を覗き込んでいた。
「静里菜、この空間は…
以前と同じく君が作った精神世界ということか?」
「もちろんです兄さん」
「どうしてまた、
この精神世界を造って…?」
俺はそこまで言い掛けて、
はっと気が付いた。
そうだ!
前に静里菜は
俺と互いの無事の確認の連絡を取るために
この精神世界を構築したと言っていた。
だけど途中であの女…
魔界五軍将のひとり魔精将リリンシアの横やりが入って
そのまま戦闘に突入、
リリンシアは何とか退いたものの、
そのまま静里菜の巫術の効力時間が切れて
互いの詳細な連絡が有耶無耶になったまま、
精神世界は消滅したんだった…。
「つまり静里菜は
今度こそ俺とちゃんと連絡を取り合う為に、
ふたたびこの精神世界を作ったということんなんだな?」
「はい、そうです兄さん。
わたしが何も説明しなくても、
その明晰な頭脳が回転してすぐ答えを導き出しますね。
流石はわたしの尊敬する兄さんです」
静里菜そう言うと、ぱちぱちと俺に向かって拍手した。
いやいや、そんなに賛美される程
たいしたことないぞ我が妹よ。
所詮俺は凡人レベルの頭脳なのだから。
でも愛しい妹に褒められるのは悪い気はしない、
むしろ兄冥利に尽きるというものである。