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第350話 戻れぬ理由

「…どうしたのヴィシル…?」


 只ひとり、その場に(ひざまず)いたままのヴィシルに

 大魔王直属の高位魔族のひとり、

 魔界五軍将・魔言将イルーラが問いかける、


「…恐れながら…イルーラ様…

アタシは…イルーラ様の命令に従えない…

今のアタシはもう…

魔族軍には…戻れませんから…」


「…ヴィシル、何故だッ?」


「急に一体どうしたというのですかヴィシル?」


 ヴィシルの突然の言葉に、

 共にイルーラに仕える中位魔族である

 獣型(けものがた)魔族ライゼガ、

 鬼人型(オーガがた)魔族ガグーンは驚きの言葉を上げた。


「…落ち着くのだ二人とも」


「エクゼヴ殿、しかし!?」


ライゼガとガグーンの問いかけを、

イルーラ直属の中位魔族のリーダーであり

魔族侵攻軍の将軍でもあるエクゼヴが押しとどめた。


「ヴィシルは我等と同じくイルーラ様に仕える同士であり、

獣人型(じゅうじんがた)魔族の誇り高き戦士。

そんな彼女がそこ迄の言葉を述べるのだ。

確固たる理由があるのであろう。

ヴィシルよ、一体何があったと言うのだ?」


 しかし彼女は口をつぐんだまま首を横に振った。


「…ヴィシル…

…私も貴女がその様な言葉を述べた理由が聞きたい…

…申して見なさい…」


「…イルーラ様…」


 ヴィシルは最初は頭を下げた姿勢のまま、

 目を伏せて口をつぐんで居たが…

 意を決したかのように頭を上げると、

 イルーラを見上げて口を開いた。


「魔言将イルーラ様。

魔界に住まうアタシたち魔族の価値観は強さが全て。

自分を従わせられる者は自分より強い存在のみ。

だけど、ただ力が強いだけでは駄目なのです。

心の強さも備わっていなければ。

自分より心身共に強い存在のみが、

我等魔族を心底から従わせられる。


イルーラ様、アナタは戦いに敗れ

死ぬだけの状態だったアタシに手を差し述べてくれた。

まさに魔族の(あるじ)たる心身共に強さを備えた御方だった。

アタシはその時から、

大魔王様直属の魔界五軍将・魔言将イルーラ様の配下になった。

同時に大魔王様率いる魔族軍の五つの軍のひとつ、魔言軍の一員となった。


アタシは大魔王様が光の勇者に敗れ、

魔界の奥で眠りについてから200年以上後に生まれた若い魔族。

大魔王様の顔も知らず、その心意気も知らない。

アタシがお仕えしているのはイルーラ様アナタであって、

顔も知らぬ大魔王様に仕えている訳では無い。


イルーラ様の(あるじ)であり、

魔族を統べる存在である大魔王様。

実際この目で見てみれば、

配下の魔族のことなど塵芥(ちりあくた)も考えず、

自分のことのみしか考えない、

全く理不尽で傍若無人な存在だった。


大魔王様はアタシの目の前で、

この地上で一時的に動ける

使い捨ての身体を造り上げる為の(かて)としてだけに、

イルーラ様と皆を捨て駒にした。

大魔王様はそれらを全て”下らぬ”些事(さじ)”、”余興”と笑った。

そして自分の余興の一部になれたイルーラ様達は

生き物として幸せだっただろうと笑った。


アタシは大魔王様が許せなかった。

アタシの主であるイルーラ様を

共にイルーラ様に仕える同士であるエクゼヴ殿、ガグーン、ライゼガ達を

余興と笑い捨てた大魔王様が許せなかった。


アタシはイルーラ様達の敵を討つべく、

力及ばずながら大魔王様に弓を引いた。

アタシはあんな方に仕えることなど到底出来ない。


魔族軍とは大魔王様を頂点とし、

大魔王様の意の為に行動し、

大魔王様の為に存在する軍。


アタシはもう二度と魔族軍に戻ることは出来ません。

例え、恩のあるイルーラ様の魔言軍であっても…」

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