第329話 自分が出来る精一杯
「ケイガおにいちゃん！」
ヒカリが俺を呼ぶ声が聞こえた。
彼女に呼ばれることで、自分の名前を他者に呼ばれることで
消えかかっていた俺の意識が明確になる。
そして死にかかっていた俺の心が息を吹き返した。
心と身体は繋がっている。
心が生き返れば身体も呼応する。
俺は何とか死出の淵から踏みとどまった。
「んんー…ケイガおにいちゃん…がんばって…！」
ヒカリは俺を踏みつけている大魔王の右足のスネにしがみついて
俺への踏みつけの力を少しでも和らげようと必死に踏んばっていた。
今のヒカリは俺の分身の様な状態であり、
攻撃方法も俺を模倣して行う。
これは文字通り俺が二人になる様なものであり
非常に強力な攻撃手段である。
だが今の様に俺が全く動けない状態に陥れば、
ヒカリは完全に無力化してしまう。
彼女自身には武術の心得は全く無い。
ヒカリ個人では気士術はおろか
格闘で相手を殴りつけることすら出来ないのである。
それでも彼女は今の自分に出来る精一杯のことで
何とか俺の命を繋ごうとしてくれている。
ありがとう…ヒカリ。
「兄者サマを、離せえッー！」
”変身”して翼を羽ばたかせ飛び込んで来たヴィシル。
彼女が放った真空波が大魔王の足に激突する。
ヴィシルもヒカリと同じく、
自分が出来る精一杯で俺を助けまいとしてくれる。
ありがとう…ヴィシル。
でも、駄目だ！
戦意を喪失している今の君では…。
「ほう…その温さを悔い改めて戻って来たか？
若い獣人型魔族よ。
さあ、これが最後の好機だ。
余の仮初めの心臓と化したイルーラを見事仕留めて見せよ」
大魔王は剥き出しになった自分の魔力心臓核、
すなわちイルーラを指さしてから両腕を広げた。
完全な無防備状態。
「う、あああああッーー！
閃魔鎌鼬ッ！！」
ヴィシルは両腕と両翼を同時に振るって魔力を込めた真空波を解き放った。
だがその一撃は大魔王から大きく逸れて明後日の方向へ飛んでいった。
「…ごめんよ兄者サマ…
たとえ兄者サマの命が掛かっていても…
アタシにはイルーラ様を手に掛けることは出来なかったよ…」
ヴィシルは俺に振り向いて涙を流しながら言葉を述べた。
ああ、それで良い…良いんだ。
大切なひとを手に掛けることなど、
あってはならないのだから。
「がはははは！
どこまでも温い小娘魔族よのう。
くだらぬわ死ぬがよい」
大魔王の瞳から破壊の光線が発射されてヴィシルに直撃した。
彼女は力無く地面に墜落してそのまま動かなくなった。
「さて、もう茶番はこれまでにしようではないか。
これで終わりだ人間よ」
大魔王は俺を踏みつける足に力を込めた。
一気に踏み抜くことで、
回復魔法で再生する以上のダメージを与えて殺し切るつもりか。
優羽花…せっかく来てくれているのに…
兄さん…これは流石に駄目かも知れないな…
…すまん。
俺は此処にあと少しで着こうとしている優羽花に謝った。
