第325話 戦意喪失
「余の仮初めの心臓を潰せばこの巨人の身体は瞬く間に崩壊する。
この身体に取り込まれたままの中位魔族共も助かるだろう。
だがその為には余の心臓と化したイルーラを殺すことが必要なのだ。
がはははは!
若い獣人型魔族よ、
魔族としてあるまじき”情”を持つイルーラの下僕たる
うぬに、その様な事が出来るかのう?」
「くっ…あああああッー!
イルーラ様ッあ!!」
ヴィシルは両手を地面につき両膝を屈して絶叫した。
イルーラとヴィシル達には今までの会話の節々から、
只の主従関係ではないであろう並々ならぬ信頼関係が想像出来た。
それは敵討ちとして魔族の長である大魔王にまで戦いを挑んだ
ヴィシルの行動からも見て取れた。
彼女にイルーラを攻撃することなど到底出来ないだろう。
「やはり出来ぬか温い小娘魔族よ。
ならば死ぬが良い」
大魔王の瞳が輝いて光線が発射された。
ヴィシルは半ば放心状態にあって全く動こうとしない。
「光防壁!」
俺は彼女の前に立って光属性防御魔法を展開、破壊の光線を弾き散らした。
「兄者サマッ!?」
「下がれヴィシルっ!
戦う意思が無い者はただ殺されるだけだぞ!」
俺はかなり荒い口調でヴィシルに叫んだ。
だが俺はもついさっき、まがりなりに彼女の兄になった身の上。
妹にこんなところでむざむざと死んで欲しくはない。
戦えないのら強引にでもこの戦場から引いて欲しくて
強い命令口調で言ったのである。
「…ごめんよ兄者サマ…でもアタシには…イルーラ様に手を掛ける事なんて…」
「わかってる!
だからここは俺たちに任せて、
後退してくれ!」
「…ごめん…ごめんよ…」
ヴィシルは俺に謝りながらこの場から急ぎ下がっていった。
その目には涙が潤んでいた。
俺には彼女の戦いを拒否した行動が間違いだと否定することは出来ない。
もし俺が…優羽花や静里菜を
殺さなければならない事態になってしまえば…
今のヴィシルと同じく戦意を喪失していただろうから。
「ではゆくぞ人間と光の精霊よ。
余はもう一切手は抜かぬ。
手早くうぬらを滅ぼしてくれよう」
大魔王の瞳が輝いて光線が連射される。
続いて口が開き火球弾が放たれる。
俺とヒカリは大魔王の中距離攻撃を躱しながら巨人へと肉薄する。
だが大魔王はその巨体を俊敏に動かして
両腕を振るい、両足で踏み潰す。
俺たちに攻撃の隙を与えようとしない。
巨体でありながら何というスピード。
これが一切の手抜きの無い、大魔王の本気か。




