第321話 心のきっかけ
「すまん、印象が違っていて全く気が付かなかった…
なるほどヴィシルもエクゼヴと同じ”変身”が出来たんだな」
魔族の中には”変身”をすることで、
魔力数値を上昇させることが出来る個体がいると
聖王国の書物には書かれていた。
イルーラの配下であったエクゼヴもそのひとりだった。
しかし目の前の彼女もそれが出来たとは…。
「実はアタシはエクゼヴ殿みたいに自由には変身は出来なかったんだ。
でもイルーラ様達の敵討ちも出来ない自分の力不足が悔しくて、
そんな自分に対しての怒りで頭の中が溢れた瞬間、
自分の意思で初めて変身出来たんだよ」
へえ…以前ポーラ姫も戦闘中に魔力数値を上昇させたことがあった。
自分への怒りとかそういう心のきっかけは
この異世界エゾン・レイギスでは強さを引き上げる重要なカギということだろう。
しかし変身かあ…恰好いいなあ。
男の子の俺としてはいくつになっても変身に憧れるものである。
見てください、俺の変身!
「…何だよ兄者サマ。
急にそんなにじろじろ見て…は、恥ずかしいだろ?」
「あ、ごめん…つい」
俺は彼女の変身時と変身解除後の姿を見比べて熱心に見入ってしまった。
女性相手にこれはいけないなあ、俺は彼女に陳謝の言葉を返した。
そして彼女には問わなければならないことがもうひとつある。
俺はその問いを口にした。
「…それで、何でヴィシルは俺の事を”兄者サマ”って呼んでいるんだ?
俺は人間だから異種族である魔族の文化とかそういうことは良くわからない。
でも、少なくとも俺は君の兄さんでは無いと思うんだが」
「…ああ、やっぱり…迷惑だった…?
ごめん…」
ヴィシルの気勢があからさまに下がってしゅんとした表情になった。
そして俺に頭を下げた。
いやちょっと待って俺は女性にそんな表情させる為に
言ったつもりじゃくてですね!
「いや頭を上げてくれヴィシル!
俺は別にイヤって訳じゃないんだ、ただ…その理由を聞きたくてな」
「そっか…イヤじゃないんだな。
良かった」
ヴィシルの表情がぱっと明るくなって笑顔を見せた。
あ、あれ…?
この子…ちょっと可愛くないですか?
俺が今迄感じた限りでは
ちょっと野性的な感じで、
戦士肌の男勝りの女性といった印象で、
可愛いとかそういう感性からは一切無縁だったんですが…
いやいやいや彼女は大魔王を倒すために一時的に手を組んだとはいえ
人間と敵対している魔族の戦士なんだ。
ちょっと可愛い感じが見えたらすぐ心許すのかよ俺!
しっかりしろ俺、
可愛い女の子なら誰でも良いのかよ童貞かよ!
…ああそうだよ生まれて25年筋金入りの童貞だったよ…
俺は自分のちょろさ加減にうな垂れて、がくりと膝を付いた。




