第293話 変貌
イルーラの配下に対する謙遜の言葉を聞いた俺は確信した。
やはり彼女の気質は優しいものである。
俺はミリィの下で三週間、この世界エゾンレイギスの知識について学び得た。
魔族とは弱きものを嫌い強き力を尊ぶ価値観を絶対とし、
慈悲など一切持ち合わせていない冷酷非情な種族。
弱き人間をいたぶって殺す事を至上の喜びとする凶悪無比な種族。
そして魔族の長たる大魔王の目的は、
人間を根絶やしにして地上を我が物にしようとすることである。
だがイルーラはそんな魔族の大将格とはかけ離れたイメージである。
これは上司としてなら理想の存在であるかもしれない。
だが、人間を滅ぼして地上を我が物としようとすることが目的である
大魔王の直属の配下としては…どうだろうか?
「温いな」
俺の問いかけに答えるかのように何者かの声が響いた。
その声が放たれた方向を俺は見つめた。
其処には他らなぬ、魔言将イルーラその人が立っていた。
「イルーラは余の忠実な僕ではあるが苛烈さが足りぬ。
下僕の魔族など躊躇なく使い捨てにして人間共の領土を切り取れば良いものを。
そうは思わぬか人間よ?」
イルーラの口からイルーラの声でイルーラを否定する言葉が放たれる。
俺には何が起こっているのか理解できなかった。
だがその冷徹な口調から俺は、
彼女とは全く別の存在の意思を感じ取った。
「あんた…何者だ!」
「今から滅びゆく者に教える道理は無い、死ね」
イルーラがかざした左手から光線が放たれた。
これは魔法では無く魔力そのもの?
俺は咄嗟に『地ノ宮流気士術・六の型、気壁』を行使。
気の光壁を展開しその一撃を防ぎ切った。
不意の攻撃からは覚えたての魔法による防御よりも、
長年の経験で身体に染みわたっている気の防御技のほうが反応が早い。
「ほう、今の技で即死だと思ったのだがな。
ならば接近戦で殺してやろう」
イルーラは手にした巨大な杖を俺に向かって音速で振りかぶる。
俺は身体を逸らし、あるいは気を纏った拳でいなして、
その嵐の様な猛撃を躱し続ける。
「ふん」
イルーラの左手から光球が生まれ出て、
俺に向かって連続発射される。
まるで機関砲の如き絶え間ない連続攻撃。
だが俺は気を纏った拳を猛連打してその攻撃を全て撃墜した。
彼女の魔力数値は999だが俺の気と魔力を合わせた推定戦闘能力数値は1200、
気を抜かなければ決して負けない相手の筈である。
「忌々しい精霊共の結界を抜ける為の分離とはいえ、
今のイルーラの身体ではこれが限界か。
ならば数で圧すのみ。
余の下僕共よ手を貸せ、そして早急にこの人間を殺すのだ」
イルーラの身体を動かす”何者か”はエクゼヴ達、配下の魔族に命令を発した。




