第288話 かつてない動揺
「…以上が、私が魔精将リリンシアから貴方について聞いた経緯よ…」
「…あ、ああ…」
魔言将イルーラから俺のことを知った経緯を聞かされた俺は思わず頭を抱えた。
あ、あの女…。
何が…”がーるずとーく”だよ畜生っ!
所詮は俺のことを会話のネタにして、
からかって楽しんでいるだけじゃないかよっ!!
大体…俺がど、ど、童貞とか!
そういうことを他人に話すなよおっ!?
そういうことは胸の中にしまっておくのが人情と言うか…
武士の情けだろううっ!!!
…えっ?
闇の精霊で大魔王直属の高位魔族で魔精将のアイツに
そんな人情とかそういう類のものが在る訳が無いって?
ああ、わかってるよ言ってみただけだよっ!!
だけどなあ…
俺がこれからもずっとずっと童貞のままとか…
そういう夢も希望も無い事は言うなよおおおおッ!!
そりゃあ、まあ…
そうなる可能性もあるかも知れないけどさあ…。
だけど、此処は異世界エゾン・レイギス!
も、もしかしたら…
俺の想像を超えた凄い出来事が起きて…
万が一、万が一にも…
俺が童貞卒業することもあるかも知れないだろうおああああああんんん!!!
思わず色々とぶちまげてしまう俺。
しかし吐いた言葉と同時に俺の脳裏には…
ゴミを見るような目で俺を見る優羽花と
困惑した表情で俺を見つめる静里菜、
16年間共に過ごして来た二人の妹の姿が浮かんだ。
あっ…優羽花、静里菜、
ち、違うんだこれは!
兄さんは今すぐにでも童貞を卒業したいとか、
これはそういう事を言っている訳じゃあ無いんだあ!!
これは単なる可能性の問題であってですね、
俺の望みというわけじゃあ無いんだあああ!!!
うああああああああああ!
兄さんはお前たちが嫁入りする迄は!
清い身体のままでいるからなああああああああ!!
優羽花あっ!
静里菜あっ!
かつてない動揺した有様の俺。
俺は…魔精将リリンシアに完全に心を乱されている。
しかも前と違い直接会ってはいないにも関わらず、
このやられ様である…。
あの女あ!
絶対に許さない!
絶対にな!
今度会ったら絶対にぶっとばす!
俺は自身の命を奪いに来る敵であるならば、
例え女性であれ容赦なく拳を振るうことを旨としている。
だが…あの女に対しては
俺は自分の容赦なさが更に増していると自覚している。
何しろ彼女は、俺に取って天敵とも言うべき苦手なタイプの女性なのだ…。
俺の脳裏には俺を見下ろしながら、
余裕たっぷりに笑みを浮かべるリリンシアの姿が思い出された。
くっ…
俺は彼女のやりたい放題振りに為す術も無い事を思い知って、
がくりと膝をついた。




