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第114話 アンバランスな女

 俺と静里菜(せりな)の周囲を取り囲んだ強大な気配。

 其処には黒い霧のようなもやが在るだけで誰の姿も見えない。

 だがまるで何百…いや何千人の人が其処に居るかの様な

 凄まじい圧迫感を感じる。

 その凄まじき気配は一か所に収束し、一人の人影が姿を現した。


 腰よりも長く艶のある美しい髪を宙になびかせた女。

 申し訳程度に肌を覆う云わば布切れの様な、

 露出度の高い衣服に身を包んでいる。

 俺からすればほとんど裸の様なものである。


 だがその姿に反して、その顔は少女らしいあどけなさが残っている。


 その容姿から受ける印象は恐ろしくアンバランスであり

 幼くも見えるし、年を重ねている様にも見える。

 俺はかつて光の神殿で出会った光の精霊と似た雰囲気を感じた。


「ウフフ、異世界からの来訪者サンたち、こんにちワ。

アタシの名はリリンシア。

どうぞよろしくネ」


 その口から放たれた物言いは余裕たっぷりな大人びたモノであったが、

 声帯はまるで小鳥を思わせるような可愛い声。

 容姿と同様にその声もアンバランス。


 アンバランスな女は、

 申し訳程度に肌を覆う腰布のようなスカートの上端をちょいと持ち上げると

 まるで王侯貴族の様に優雅に一礼をした。

 その破廉恥な衣服に見合わない恭しいうやうやしい な仕草。


「フフフ…最初は挨拶が肝心よネ?」


 その存在の全てがアンバランスな女は俺たちへ歩みを進めると、

 まるで美術品の様な美しい手を俺に向けて差し出した。


 見目麗しい(みめうるわしい)女性が手を差し述べてくれば、

 こちらも手を出して握手を交わすのが本来の礼儀であろう。

 だが俺は握手の代わりに、拳を構えて戦闘の構えを取った。


「あんた…何者だ?」


「ウフフ…つれないわねネ」


「人じゃ無いんだろう? …魔族なのか?」


 此処は俺の夢のセカイを土台にして、静里菜(せりな)巫術(ふじゅつ)で造り上げた精神世界。

 いうなれば、静里菜が俺と会話する為に繋いだ専用の回線の様なものである。

 今風に言うならば共有の回線では無く

 独立した回線を使ったSNSの様なものといえば分かりやすいだろうか?

 この女はその独立した回線を割り出して侵入してきたのだ。

 そんなことが普通の人間に出来る訳が無いのである。


 そして目の前の女からは俺が過去に幾度となく相手をした

 (あやかし)(たぐい)と似た気配を感じる。

 俺の脳内に警戒のサイレンが鳴り響く。


「別にそんなこと、どうなって良いじゃなぁい…

それよりもアタシと仲良くしましょうヨ、童貞クン」


 彼女はその手を更に伸ばし俺の拳に触れようとした。

 俺の直感がその手に掴まれるのはまずいと告げる!

 咄嗟に俺は拳を引いて(かわ)した。


「兄さん!」


 静里菜(せりな)が俺の前に躍り出て、(しゅ)を唱えて指先で文字を描く。

 そして宙に出現した光輝く呪文字(しゅもじ)をアンバランスな女に向けて撃ち放った。


 ばちばちばち!

 まるで高圧電流の如き稲妻状の光が周囲にほとばしる。

 女は後ろに跳んで退いた。


「フフフ…処女(おとめ)ちゃんもつれないのネ。

でも清廉な男女が健気に抵抗する姿を見るのも良いものだワ」


 静里菜(せりな)巫術(ふじゅつ)のひとつである光呪文字(ひかりしゅもじ)

 相手が低位の(あやかし)なら一撃で消滅させる程の威力がある。

 だがこの女はそれを真面(まとも)に受けたにも関わらず、

 小さな火傷(やけど)ひとつも負っていない。


 俺の中の警戒のサイレンが更に強さを増した。


「再度聞く…あんた、何者だ?」


「ウフフ。

何度もしつこい男は嫌われるわヨ…と言いたい所だけれど、

アタシ好みの童貞クンに免じて教えてあげるワ。

アタシは魔精将リリンシア。

大魔王サマ直属の魔界五軍将のひとりヨ」

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