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第111話 覚えが無い

「俺はこのセカイが夢のセカイだと思っていた。

そして目の前の静里菜(せりな)も俺の夢のセカイの人物…

つまり本物では無いと思っていた。

だから俺は…

夢のセカイなら…

静里菜が本物では無いのならと…

愚かにも己の欲望のままに行動してしまった…。

俺は兄として、最低な行為をしてしまった。

静里菜(せりな)、本当に…申し訳ない」


 俺は静里菜に土下座をして深々と謝罪の言葉を述べた。


 『土下座(どげざ)』は日本古代から存在する礼法である。

 しかしその本来の意味は

 あくまで高貴な者に対しての敬意から来る礼法であり、

 謝罪の意味の礼法として確立されたのは割と近年らしい。

 しかし、正座をして、手の平を地面に付け、

 額を地面に付くまで伏せるという、

 相手に対して完全に無防備になるこの姿勢は、

 土下座をしている相手に生殺与奪の権を与える行為には間違いない。

 少なくとも武士の社会に於いては、

 この礼法は相手に自身の命を預けて、

 その与奪の判断を仰ぐまでの

 とてつもなく重い意味を持ったていた事は間違いないであろう。


 つまり俺は静里菜(せりな)に対し、

 自身の命を懸ける覚悟をして謝罪の意を示したのである。


 俺は愛しい妹に対して色々と酷いことをしてしまった。

 本来なら切腹モノであろう。

 だが兄は妹を護るものである。

 己の全身全霊、全てを持って妹にを護らなければならない。

 やすやすと自害など出来る訳が無いのだ。

 自害する暇があるぐらいなら、

 その命を持って妹を護るべきなのである。

 ならば俺が出来ることは、

 自分が考えうる最大の謝罪方法で持って

 誠心誠意、彼女に謝ることだけなのだ。

 俺は地面に頭を付けたまま、

 愛しい妹の沙汰(さた)を待った。


 たとえ…

 静里菜が許してくれなくても構わない…

 それ程のことを俺はしたのだから…

 俺はその覚悟を持って頭を地に付け続けた。


「兄さん」


 静里菜はそのたおやかな両手を俺の両頬に添えた。

 彼女の柔らかな手の感触が俺の顔を優しく包み込んだ。


「お顔を上げてください」


 俺はおそるおそる顔を上げた。

 そこには、にこやかな笑顔をたたえる静里菜の顔があった。


「どうして、そんなにも謝るのですか?

わたしには兄さんに謝れられることなんて、

心当たりが有りませんけれど…」


「えっ…だって俺は静里菜に対して…色々と酷いことをして…」


「でもわたしには、兄さんに酷いことをされた覚えがまったく無いのですけれど…?」


「えっ?」


 俺は思わず驚きの声を漏らした。

 そんな俺に対して、静里菜は目の前で小首を傾けて疑問の姿勢を取った。

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