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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
99/114

第2章 61『北門防衛戦』

 遂に第2章1番の山場に突入しました。ここから暫くは戦闘回が続きます。

「ルケラ大隊、出るぞ!!」


 高車台の天辺で陣取るルケラが左手を前に出した。それを合図に参謀のランスが大声で全体に指示を出し、前列にいる歩兵を前に進ませる。


「シャル、コウジ隊とアモン隊を両翼に展開し、前方に重装備部隊を進ませろ」


「了解!」


「ランス、ルゲ隊を使って壁を作れ。強化魔法と魔紙も忘れずにな」


「はっ!」


 ルケラは魔獣の群を視認すると、直ぐに頭の中で陣形を作り、それを参謀の二人に指示をした。


(それにしても魔獣達がこんな団体行動を取るなんて……。あれでは群れではなく、まるで一つの軍だ。急に現れた事も含めると、もしや、裏で誰かが手を引いているのか?例えば…魔人とか…)


 ルケラだけではない。クバルやヘリオスもこの魔獣の群勢は何者かが手を引いているとは思っている。だが、それが魔人なのか、人間なのか、それとも全く別の勢力なのか、今はそれすらも分からない。なので、この騒動の首謀者らしき者は、見つけ次第、生け捕りにしろと、クバルから王都に駐在していた王国騎士団の四人の隊長と衛兵団の大隊長を含む十三人にはその事が伝えられている。


 しかし、この時はまだ誰も知らない。ルケラの想像が最悪の形で実現される事になるとは。



「第一師団、出るぞ!」


 ハーマルを先頭に全員が馬に乗っている第一師団は、正面突破の第五師団とは反対に騎馬隊を横に動かして、魔獣の群れの側面へと出た。


「横っ腹を貫く!一班は私について来い!」


 第一師団全体が一定の距離で馬の足を止めると、そこからハーマルを六人が飛び出し、魔獣の群れへと向かう。


「コルキスさん、頼みます!」


「おう!」


 ハーマルから二歩前に出たプロキソスは抜剣し、柄を両手で握り、剣を左肩まで上げる。すると、刃が淡く、緑に光り始める。


「ウイングブレード」


 そして、淡い光が強くなり、その緑の光が剣を包む。そのタイミングでプロキソスは剣を振った。


 ──剣を振った際に聞こえる空を斬る音が遅れて聞こえたような気がした。


 風属性の力を纏った斬撃は、手前にいた魔獣ビッグフロッグを一刀両断。その上、勢いは止まる所か、更に勢いと範囲が増し、ビッグフロッグの後ろにいたキラーウルフ三匹も斬り飛ばし、更にその横と後ろにいた三十匹の魔獣全てを両断してみせた。

 斬られた魔獣達の傷口からは、鮮血が噴水の様に鮮やかに上がる。


(穴が開いた)


 馬が進む為の進路を妨害していた魔獣達が軒並みいなくなり、ハーマル達が入り込める隙が出来た。

 その様子を前戦で戦っている衛兵達も確認する。鎧に血の雨が数滴掛かり、その圧倒的な実力に心を震わせた。


「あれが、王国騎士第一師団副隊長プロキソス・コルキスのウイングブレード……」


「最高射程百二十米の長遠距離斬撃……普通じゃできねえよ」


 ウイングブレードの通常の射程は十五米程であるが、斬撃を放つ瞬間と魔力を解放する瞬間がピッタリと重なる時、威力も射程も通常時伸びる。だが、プロキソスのウイングブレードはそれらよりも桁が違う。プロキソスの半径百二十米全てが間合いだ。これに入ってしまったら回避は先ず不可能に近い。その上、威力も他の者が使う通常のウイングブレードを超えている。

 はっきりと答えてしまおう。プロキソスのウイングブレードは、射程だけで言えば、全ての魔法を上回っている。


「……なんだあ?」


 正面でレオが魔獣の腹部を抉っていたが、遠くで上空へ鮮やかに上がる血の噴水を見て、手を止めた。


「あそこの担当は確か第一師団……。コルキスさんか。ああぁ、負けてらんねえなぁ。第五師団!隊長命令を出す!一人百殺だ!」


「──は?」


「必ず一人百匹殺せぇ!第一師団に負けてらんねえぞ!まあ、俺は一万やるけどなぁぁ!!」


 レオの無茶な命令に新兵は苦虫を噛んだような表情をした。こんな最前戦で命を賭けて戦っているのに、生き残る事ではなく、魔獣を百匹殺せと命令されたのだ。そんな表情になっても仕方がないだろう。


「相変わらずだな。うちの隊長は」


 しかし、新兵と補充兵以外はヤレヤレといった表情でその命令に全員が了解と返事した。


「第五師団の方も勢いが増したぞ!」


「ああ、ひょっとしたら、このまま押し返せるんじゃ…」


「お前達、何をゴチャゴチャ話している!我々も行くぞ!」


「はっ、はい!」


 前衛の衛兵達全員に中衛にいる魔法使い、魔導士達が強化魔法を掛け、一人一人の筋力が底上げされる。数で負けている人間側が出来る最良の方法だ。勿論、効果が切れれば反動で暫く筋肉痛に悩まされるが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 強化魔法を掛けられた衛兵達は剣や槍を持ち、魔獣の群れに正面からぶつかり、一匹ずつ撃破していく。中には、押し負けて地面に倒される者もいるが、それを他の者がカバーし、被害を最小限に抑えようと弱いながらも奮闘している。


「今だ!囲め!」


 そうやって戦況が拮抗している状況の衛兵側だが、中央を担当するルケラ大隊のみは他とは違うやり方で魔獣達に対応している。

 ルケラ大隊の兵達は、一矢乱れぬ訓練された動きで、魔獣達を人で作られた二重の円の中に閉じ込める。これは、ルケラ考案の人海戦術『鳥籠』。この戦術は、強者一人に対し、弱者はどう対抗するかと言うのをテーマに作られた戦術である。それを魔獣用に改良したのが、今回の二重の円だ。

 勿論、これは全員の息がピッタリと合っていなければ決して出来ない高難易度の戦術だ。今の状況なら、普通、魔獣の妨害にあい、最初の横への展開時点で列が崩れてしまい、複数人で囲むどころか、鳥籠すら作れないだろう。しかし、ルケラ大隊はそれを完成させてしまっている。これは、各個人の日々の訓練の賜物でもあるが、それ以上に大隊長のルケラと参謀のシャルとランスが重要な働きをしている。

 大隊長のルケラは、この鳥籠を確実に成功させる為に、敢えて狙われやすい高車台の上で指示を出している。人よりも高い視点から状況を見る事で、何処がどのように動けばいいのか分かるのだ。

 それでも、この高車台よりも高さがある王都の城壁なら、危険を犯さず、安全に指示は出せるだろう。更に、大隊長一人が並の衛兵何人分の働きがあるかは上の者程よく知っている。だからこそ、大隊長達には前戦には出ず、後ろで構えておいてほしいと、そう意見する者もいるのだ。しかし、大隊長が前戦に出ているのと出ていないのとでは、指揮に大きな差が出る。後ろで構えていると、大隊長は安全だが、前衛の指揮と勢いが減ってしまう。反対に前衛で構えているとなれば、大隊長自身も危険を背負っている為、一層の緊張感を一部隊全体で感じ、誰もが死にものぐるいで戦える。なので、鳥籠を機能させる為には、今ルケラが乗っている高車台でなければ出来ないのだ。


「左翼の守りを固めろ。予備兵も総動員で敵を囲んで──潰せ」


 ルケラの指示の後、展開していた鳥籠が少しずつ中央へ寄り始め、段々と閉ざしていく。そして、鳥籠が完全に閉じられた時には中にいた全ての魔獣は血溜まりと化していた。


「内側と外側を交代!中央を開き、再び鳥籠を展開!」


 ルケラの指示を聞いた参謀の二人は、馬で駆け巡りながら鳥籠の再展開を促す。

 ルケラの指示を素早く実行出来る彼らもこの部隊にはなくてはならない存在だ。特に西の方へ衛兵団主力の精鋭部隊が出払っている今は平時よりも重要な存在になっている。


(……こっちの部隊だけじゃない。各地で怪我人を出している。それに、精鋭部隊がいない分、カバーも充分に行き届いていない)


 高車台と言う、他よりも高い位置で戦場を一望出来る為、自分の所だけでなく、他の部隊の様子も見れていた。そうして、視界に飛び込んできたのは、どうにか保たれている前戦である。何処の部隊も魔獣との数に押し負けて、少しずつ後ろに下がり始めている。


(悔しいが、やはり今頼りになるのは王国騎士団か)


 一方の王国騎士側では、相変わらず第五師団が力押しで少しずつ敵の前戦を戻し始めている。この勢いはまだ止まる事はないだろう。一方の第一師団の方も班ごとに細かく、敵の数を削り、僅かに優勢とも取れる状況だ。


「八班、九班は隊列より離れ、馬を休ませろ!一班、二班、三班は再突入だ!」


「了解!」


 第一師団は六人一組の計十班で構成された、戦力を分割して交代交代で敵を叩く、一撃離脱戦法で戦っていた。これならば、馬のスタミナを無駄に使う事なく、魔獣の数を少しずつ減らせる上に、この戦法を取る事によって人数の不利すらも克服出来る為、未だに第一師団の中で息を切らした者はいない。


「コルキスさん!」


「──ウイングブレード」


 プロキソスの長遠距離斬撃が魔獣の身体を切断し、ハーマルの前に道が出来る。


(ここっ!)


 突然、ハーマルの身体の内側から溢れ出た青い光がハーマルを包んだかと思えば、次の瞬間には馬上からハーマルの姿は消え、取り残された馬を別の騎士が回収しようと近寄っていた。


 すると、突如一匹の魔獣の首が落ちた。それを皮切りに一匹、また一匹と魔獣の首が落ちていく。だが、第一師団の騎馬隊はまだ突撃していなければ、プロキソスもまだ次のウイングブレードを放つ為の魔力を溜めきれていない。


「さっすがうちの隊長だな」


「ああ、俺達でも目で追うのが精一杯だ。──新兵、よく見ておくんだぞ。あれが、うちの隊長の寵愛『帯電』だ。まあ、まだ見えねえだろうが」


「帯電……?」


「そう言えば隊長は何処に……?」


 休憩中の班の新兵に中堅の騎士達が話し掛け、前戦で戦っているハーマルの寵愛を話した。その聞き覚えのない寵愛名『帯電』に新兵達は困惑した。


「隊長はな、今、あの辺りだ」


 中堅騎士の指差す方向、前へと向かっている大量の魔獣の中の一匹、全身が岩で作られた身体を持つ魔獣ロックゴーレムがいる。六米はあるだろうその巨体を動かし、一歩一歩脚を進めている。もしもあの魔獣が第五師団の方へ行かず、衛兵側の方向へと向かえば、間違いなく前衛を突破されるであろう。それくらいにロックゴーレムは魔獣の中でも危険度が高い。


「あっ、ロックゴーレム!あれを前に行かせたら……」


「まあ待て。早まるな。俺達は隊列を崩さずに今はただ見てりゃいい」


「ですがッ……!!」


「心配するな。あの魔獣は、もう既に死んでいる」


「──え?」


 その言葉通り、ロックゴーレムが次の一歩を踏み出した時には身体がバラバラになり、周囲の魔獣と一緒に肉片と化していた。


「……なんで、魔獣がいきなり」


「驚いたか?んじゃ、ここでうちの隊長の寵愛『帯電』について説明してやろう。お前達、静電気って知ってるよな?」


「はい。寒い時にバチッてするやつですよね?」


「そう。隊長はそのバチッてなる時のエネルギーを身体に溜める事が出来んだ。それが隊長の寵愛だ」


「……え?それだけですか?」


「それだけだ」


「しかし、それでは何故あんなにも速く動けているのか説明がつきません。静電気を身体に溜めるだけじゃ……溜める?」


「気付いたか?溜める事が出来んなら、その逆、放出も出来るよなぁ」


「まさか……」


「そのまさかだよ。隊長は、溜めた静電気の力を纏って戦える。そして、溜められる対象は、何も静電気だけじゃない。落雷や雷属性の魔法のエネルギーからでも力を溜められるんだ。それを一気に放出する事で、全身に雷の力を纏わせられる。だからあんな戦い方が出来るんだ」


 ハーマルは、魔獣を一匹、また一匹と切っていく。こうやって寵愛を惜しみなく使っている間はまるで周りの時間が止まったかのように感じ、髪の毛の先から足の指の爪まで、全身が敏感になり、身体の反応速度が上がる。

 そして、実時間にて約十四秒、総数にして二百六十六匹の魔獣を切り刻んだハーマルは魔獣の群れから離れ、自陣の目の前まで戻った。


「……ハァ…ハァ」


 ハーマルは片膝を地面につき、息を切らしている。時折り、コヒューという弱い呼吸音が聞こえ、ハーマルの身体に大きな負荷が掛かった事が誰の目にも分かった。


「隊長!」


 そんなハーマルを心配してか、第一師団の新兵が近付こうとする。


「待て!今の隊長に近付くな!感電するぞ!」


 しかし、別の騎士に肩を掴まれ、脚を止められた。


「そうだ。死にたくなければな」


 中堅の騎士の言葉に呼応するようにハーマルの身体から抑えきれなかったエネルギーの余波がバチバチと周囲溢れ出ている。しかも、その余波に触れた雑草が燃え、その火が周りの花にも燃え移りかけたが、間一髪、燃え広がる前に水筒の水を掛け、消化した。


「ハーマル、大丈夫か……いっ!」


 感電も恐れず、ハーマルと同期の騎士、ガエリオが近付くが、まだハーマルの周囲で電撃に阻まれた。


「まだ近付かない方がいい。……力を使い過ぎた」


「分かった。指揮はプロキソスさんに任せるか?」


「……いや、大丈夫だ。五分で復帰させる。あっ、でも一度今攻撃に参加した班を戻して、三班と四班を前に出してくれないか?」


「了解したが、無茶はするな。少し休んでいろ」


「悪い……」


 ガエリオはハーマルから指示を貰うと、走って隊列へと戻った。此処にハーマル一人を残したのは彼なら大丈夫だろうと言う信頼からなのだろう。


「今のビリビリする感覚…ハーマルの野郎か」


 空気が文字通りピリつき、レオの産毛に痺れる感覚が走る。何事かと思い、第一師団が戦闘している方向を向いた為、一瞬だけ其方に意識を割かれたが、また直ぐに自分へと向けられる殺気に反応し、殺気を出してきた方向に裏拳を振るうが、珍しくそれは空を切った。


「──あ?」


 目で見ていなかったとは言え、間違いなく自分へと向けられた殺気が通り過ぎた事に違和感を覚える。


(なんだ今のは?俺が攻撃を当てられなかった?魔獣にか?)


 嫌な予感はしたが、後ろには信頼出来る仲間がいる。それに、魔獣一匹の為だけに隊長が脚を止める訳にはいかない。


「──ん?」


 そのレオが仕留め損なった魔獣は、群れの中をジグザグに動きながら、着実に前へと進んでいた。無論、それに気付かない騎士ではないが、第五師団は、常に魔獣に囲まれた状態である為、異変に気付けても対処が出来ない。


「新兵、足の速い奴が一匹そっちに行った!」


 その魔獣は群れの中で疾走しながら、戦闘経験のない第五師団の新兵へと駆ける。そして、次の瞬間には新兵の身体は二つに分かれていた。


 引き裂かれた腹からはグチャグチャに混ざった腑が飛び出て、それが地面にボトボトと落ちる。

 この凄惨なまでの殺し方に、騎士達は今のが魔獣の仕業でない事に気付く。


(あの動き、魔獣じゃない!)


 しかし、時既に遅く、その魔獣に化けたであろう『なにか』は第五師団の持ち場から離れ、衛兵部隊の一つ、ジャルド大隊の方向へと姿をくらました。


「おい!新兵、息は……」


 周囲の魔獣を切り倒し、新兵の方へ近づき、まだ生きていないか身体を起こしてみるが既に目に光がなかった。この瞳と身体の損傷具合から、痛みを感じる暇もなく、即死だったのが分かる。この状態では、例え治癒魔法を掛けたとしても息を吹き返す事はない。


△▼△▼


 魔獣の姿に扮した『なにか』が現れる約十分前、北門前の最終防衛ラインを担当する第二師団は暇を持て余していた。彼らが配備されている位置には、基本的に魔獣は来ない。時折り、前衛を抜けて魔法使いや冒険者が担当する中衛へと迫る魔獣もいるが、そこまでだ。彼らによって一斉に放たれた魔法であっという間もなくそれは肉片へと変わる。なので、今の所は、まだ第二師団には仕事が一つも来なかった。


「んだよ。折角でかい戦いがあるって言うから張り切ってたのによぉ……。ぜんっぜんっ敵が来ねえじゃねぇか!!」


「ニル、落ち着け」


 そんな状況に痺れを切らした第二師団所属の騎士、ニルヴァーナが壁に八つ当たりをし始めた。


「隊長、俺を前に行かせてくれよぉ。こんなんじゃ、俺の殺し衝動は抑えられねえよぉ」


「ああ、どうどう。ニル、あんたの気持ちも分かるが、私達が此処を離れたら、誰がこの北門を守るんだ?焦らなくても、その内中衛を突破してくる奴は現れるよ」


「そんな事言われても、我慢できねぇんだよぉぉぉぉ!!!」


「ちょっと!」


 ニルヴァーナは興奮を抑える事が出来ずに一人、最終防衛ラインを離れ、中衛の中へと突っ込んで行った。


「あの馬鹿……隊長、追いますか?」


「いや、此処の人数を減らす訳にはいかない。まあニルなら簡単にはやられないだろうし、大丈夫だろう」


 タウルスのその言葉通り、この戦いでニルヴァーナは前戦で第五師団に混ざって、自分の魔力が無くなるまで殺戮の限りを尽くすのであった。


「……まあ、ニルヴァーナの気持ちは分かりますけどね」


「ノヴァード、あんたがそんな事言うと、私少し怖いんだけど……」


 タウルス、イオと共に北門前で腕を組んで佇むこの男、名前はノヴァード。一見すると、口角を上げ、常に笑顔を作っている優しそうな青年に見えるが、その実態は違う。

 彼の本性は巷で拷問狂と呼ばれているタウルスですらも震え上がらせる、この世に生を受けた時から変わらない、生粋の狂人である。


 ニルヴァーナが前戦へと出た頃、中央の前戦を担当するジャルド大隊では──


「ウラァ!!」


「こいつら、一匹一匹は大した事ないけど、数が多すぎる!」


 前戦を押し留めるのに精一杯であった。まだ、死傷者が出ていないのが不幸中の幸いだが、やはり、数に差がありすぎる。


「大隊長、下がってください!」


 その数の差を指揮で埋めようと、大隊長のジャルドも前に出て剣を振るっていた。今年で六十七となるジャルドを心配して、部下の一人が下がるよう懇願するが、今がこの戦いの瀬戸際だと考えているジャルドはその言葉を聞かず、老人だと思えない程の怪力で周囲の目を惹きつけ、指揮を上げていた。


(……妙だ。こやつら、弱すぎるぞ)


 そうやって前で剣を振るっていると、普通ならば死と隣り合わせのような実感が沸き、血が沸るように体温の上昇を感じるのだが、何故か今日は感じない。相手が魔獣でも、そのような緊張感を肌で感じれるのだが、不気味な事にそれがないのだ。


(この数……もしも、クバルやルケラが危惧したように何者かがこの魔獣を操っているのなら…)


 事実、もしこの数の魔獣が一斉に本能のままに攻撃を開始したら、十五分も持たずに王国騎士団以外全滅するだろう。それはジャルドの経験からも分かる事だ。だが、敵がそれをしてこないと言う事は、何か別の目的があるのだろう。そう感じざるを得なかった。


「ジャルド大隊長!!」


 考え事に気を取られて、周りが見えていなかった。近くにいる衛兵の大声に反応した時には、ジャルドの目の前で飛び掛かろうと姿勢を低くする一匹の魔獣の姿があった。


「──クッ!」


 それでも、流石は大隊長と言った所だろう。咄嗟の判断で身体を捻り、飛び掛かってくる魔獣から急所をズラす動きをした。

 しかし、その動きをしても、攻撃を避けるまでには至らず、右腕の肘から先を持ってかれてしまった。

 地面に血が滴る。激痛を下唇を噛んで我慢し、絶叫を抑える。


「──っあ!!カルラッ!!」


 だが、怪我の功名とも言うべきか、この攻撃で今の魔獣が魔獣ではないのを理解した。その為、直様後ろにいる側近のカルラに魔獣を止めろと気迫と大声で伝えた。


「ハッ!!」


 しかし、ジャルドの願い虚しく、槍術を駆使したカルラ渾身の突きを避けた魔獣は上下二つに分かれ、その内の一つにカルラは頭部を潰された。


「なっ……!──カルラ中隊長!!」


(カルラがやられるとは…やはりあれは)


 その二つに分かれた影を、ジャルドは止血の為に布で腕を縛りながら目で追い、口を開く。あれが何なのか伝える為に。


「中衛部隊、止めろ!!魔人だ!!その二体は魔人だッ!!」


「──え?」


「魔人?」


 ジャルドの必死の叫びも全ては伝わらず、魔人は中衛の魔法使い達を軽々とジャンプで飛び越え、中衛を突破してしまった。


(なんて事だ……!!俺がいながら最終防衛ラインまで行かれるとは……不覚!!)


 ジャルドは急いで魔人を追おうとするが、痛みと腕を失った事による平衡感覚の欠如でまともに身体を動かせない。


「ジャルド大隊長、一度下がって治療を受けてください!その身体じゃ戦えません!」


「だが、俺がいなければ隊は……」


「隊長!」


「なんだ?今隊長は」


「援軍です!」


「──なっ!?」


 ジャルド達の横を百人以上の衛兵が通り過ぎる。隊が総崩れになる直前に現れたこの救世主達にジャルド大隊は首の皮一枚繋がった。


(援軍?王都にいる予備兵を使ったのか?いや、北門が閉じている今、こんな直ぐに予備兵は使えない筈だ)


「何処からの援軍だ!?」


「左です!左の戦場から歩兵百五十の援軍です!!」


「なにっ!?左の戦場だとッ!?」


 左の戦場という言葉を聞いて、ジャルドは反射的に高車台の上にいるルケラに視線を向けた。


(──辱い!!)


 この援軍のお陰でジャルド大隊はもう暫く前戦を維持出来そうだ。しかし、その代償として、ルケラは二重の鳥籠を崩さなくてはいけなくなり、逆にルケラ大隊が先程よりも少しずつ後ろに押され始めている。


(さて、いつ迄保つか……)


 この時、どうにか前戦を維持している衛兵達の中で、今最も拙い状況になっているのが前衛でも中衛でもなく、最終防衛ラインなのだと言う事を知る者は殆どいなかった。


「あー、やっぱりいるね。……イオ、ノヴァード、剣を抜いといて。……来るよ」

 こんにちは、ドル猫です。まず初めに、今回も最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

 今話で遂に勇者の弟も累計99話になりました。ここまで書いてこれたのも読者様の応援あってこその賜物です。これからも頑張ってペースを落とさないよう執筆致しますので、これからもどうか、応援の方、よろしくお願いします。

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