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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 60『最強の突破力』

 時間は正午、もしも今日が普段の王都シミウスなら、この時間帯は露店や通りが賑い、人々が平和を謳歌していただろう。昼から酒を飲んで仕事をサボる衛兵に今晩の夕食の献立を考えながら、野菜を物色する主婦、木の棒を持って決闘ごっこをする子供、しかし、今日はそんな人々の姿はなく、その代わりに王都の船着場と南門には大量の人がごった返し、我先に王都から出ようと必死になっていた。


「一人でも多く乗せる為に所持する財産は最小限に!」


「俺が先だ!船に乗せろッ!!」


「お願い!子供だけでも!」


「この便はもう満員だ!南門へ向かってくれ!」


 魔獣襲来の警報を聞いて、冷静ではいられない市民達が衛兵の静止に耳を傾けず、満員の船に飛び乗る者もいるが、殆どが船まで手が届かず、落水してしまっている。

 王都の城壁が何時迄も保つ保証はない。事実、王都の城壁は過去に三回崩されている。壊れる度に壁は強固にはなっているが、それでも、不安な気持ちは晴れないのだ。


△▼△▼


 王都より北、市街地を抜けた先にある広場には既に総勢三千人強の人数が集まり、魔獣が来る時を心構えしている。

 その最後列から、更に後ろで地図を広げ、配置を確認している者が六人、衛兵団大隊長のルケラ、ジャルド、ベール、そして、王国騎士団隊長のハーマル、タウルス、レオが作戦会議をしていた。


「では、先程決定したように西から中央の前衛を我々衛兵団が引き受けます」


 現場の指揮は各隊長達に任されていると命じられている為、衛兵団と王国騎士団は敢えて混ぜずに、それぞれで戦う事に決めた。


「自分達は東側の前戦ですよ。レオさん」


「分かってらぁ。遅れを取るなよ。ハーマル」


 今回の作戦は、先ず前衛、中衛、後衛の三つの大きな布陣から展開される。前衛には大隊長ら率いる衛兵団の部隊と王国騎士第一師団と第五師団が担当する。中衛は冒険者、魔法使い・魔導士ギルドの者達が担当。そして、この二つが討伐しそこねた場合に備えて、壁の中で一番薄い北門前に第二師団が保険に入っている。更に、援護の為に壁上には弓兵が待機している。完璧とまでは言えないが、今出来る最高の布陣と言えるだろう。


「最終防衛ラインは第二師団に一存させてしまってますが、タウルスさん、大丈夫なんでしょうか?」


 ジャルドがタウルスに視線を向ける。その向けられる視線からは、心配と不安が入り混じり、空気を重くする。


「あー、任せといてください。うちは人数は少ないけど、一人一人が色んな意味で強いから心配はいりません。人数が少ない分門は全力で守れます。ただ、壁の全域をカバー出来るかと言われると、微妙なんですよねぇ」


 しかし、そんな空気お構いなしでタウルスはいつもの口調で軽くあしらった。


「では、後衛の人数を増やしますか?」


「そうしてもらえるとありがたいけど、そっちもカツカツでしょ?そんな心配な顔しなくても大丈夫ですよ。後ろは大船に乗ったつもりで任せてくれればいいですから」


(泥舟じゃなきゃいいけどな)


 心の中でレオがタウルスに突っ込む。


 タウルスは良くも悪くもいつも通りだ。そのいつも通りに、レオとハーマルは特段反応を示さないが、大隊長の三人はこの緊急事態に緊張感を持たずヘラヘラしているタウルスに危機感を覚えていた。


「……王国騎士団だけに負担を大きくさせる訳にはいきません。我々の部隊から二十人ずつ後衛に行かせましょう」


「いやいや、そんな事しなくても……」


「第二師団の方々は中央の門から東を担当してください。我々で西を担当しますから」


 王国騎士団と衛兵団は共に同じ任務を行い、時には同じ釜の飯を食べるくらいに信頼関係がある。しかし、第二師団だけは、他の師団と違い、常に王都で血に塗れる仕事をしている為、第二師団自体を良く思っていない者達も一定数いるのだ。その所為もあって、共に戦う前戦には置いていないし、後ろも一任させず、ギリギリの人数を削ってまで後衛に人員を割いた。


△▼△▼


 王都より西、水門から離れた所で北と同じく、衛兵団の団員達が来るであろう魔獣達を警戒していた。

 よく見ると、この衛兵達、北の衛兵とは顔つきが違う。一目見るだけでも、顔にできた傷や他の衛兵よりも大きい体格から全員が精鋭だと分かる。

 それもその筈。この西に配置された衛兵達は数多の戦場を潜り抜けた精鋭の中の精鋭だ。クバルの見通しでは、二万五千体全ての魔獣が北門を攻め込むとは考えにくいらしく、もしも、魔獣の大群が幾つかに分かれた時の為に西の水門前に衛兵の精鋭部隊を配置したのだ。千五百と言う、二万五千と比べてしまえば、桁が一つ違うくらいに少ない数だが、彼らなら、前戦を止めるくらいには時間稼ぎが出来るだろう。しかし、不安がない訳ではない。彼らは普段大隊長指揮の元、動いている部隊だ。だが今回は大隊長は全員、北の最前戦地帯に配置されている。その為、指揮系統に多少の心の不安があったのだ。


「おお!皆、援軍が来てくれたぞ!」


 そんな不安と緊張感が場を支配する中、城壁に沿って、馬が数十匹、衛兵達に近付いてくる。それが援軍と分かるまでにそう時間は掛からなかった。その理由は、乗馬している者達の先頭にサムがいたからだ。


「お待ちしてました。サム隊長」


「隊長はよせ。状況は?」


「はい。魔獣の群れは現在も王都に向けて進行中。今の所被害報告もありません」


 話を聞きながら、サム達講師陣は乗っていた馬から下馬し、待機している予備兵に馬を渡した。


「そうか。では、当初の予定通り我々も西の増兵として部隊に参加しよう」


「ありがとうございます。アインリッヒ大学の講師方がいれば、百人力です」


「我々だけじゃない」


「──え?」


 サムの目線の先、壁上に何やら架けられた梯子を下りてくる者達の姿が見える。


「あれは…?」


「騎士科の二年生と三年生だ。数は少ないが、彼らにも今回は最前戦で働いてもらう」


「成程。この気に実戦を体験してもらおうと言う事ですか」


「いや違う」


 サムの目は厳しくも、真っ直ぐと前を見据えている。


「二年生はともかく、三年生全員は既に実戦を経験している。なので、貴方方は彼らの事を学生と思わず、戦力と思って接してください。…仮に、もしこれで死んでも、責任は彼ら自身にあります。この道を選んだ彼らに」


 力の無い者は此処で切り捨てる。そうとも捉えられる発言にサムの周りにいる衛兵達は一歩、後ろに脚を引いた。


△▼△▼


 王都より南東、ゼーヒャ街道からそこまで離れていない林でアスタ達A組は合流した王国騎士団の命令で横二列に並ばされていた。


「隊長、近隣の村の避難完了しました」


「よし、周囲の警戒を怠るな。武器を整備し、いつでも出れるよう準備しておけ!」


「はっ!」


 地図を片手に報告を受けつつ、指示を出しているのは王国騎士第十師団隊長デネブ・アルシヤトだ。その隣には副隊長のパーン・ティポンも同じ地図を見ながら、時折り、部下に指示を出してデネブの補佐をしている。


 その二人がアスタ達がいる方向へ歩き、一定の距離を保った所で止まると、デネブだけが顎を引いて、一人一人の顔を品定めするかのようにジッと見る。


(なにをしているんだ?)


 時間がないのはデネブ本人も承知の上だろう。そんな中、時間を掛けて一人ずつ顔を見ているのは何か理由があるのだろうか。


「……俺は王国騎士第十師団隊長のデネブだ!」


「……はえ?」


 突拍子もない突然の自己紹介に生徒達は全員頭の中が混乱する。しかも、声がハキハキとしててよく通るので尚更だ。


 それにしても、先程の時間はなんだったのだろうか。


「これから、君達は私達と一緒にゼーヒャ街道で市民の護衛と馬の管理に就いてもらうっす。あっ、自分は副隊長のパーン・ティポンっす。よろしくっす」


「はい。よろしくお願いします」


 カインがクラスを代表して、ティポンに挨拶を交わした。


「今回は早めの職業体験と思ってもらって結構っす。場合によっては、戦闘に参加せざるを得なくなるかもしれないっすが……まあその時はその時っす」


「大丈夫だ!君達に戦闘はやらせない!若い芽を摘ませる訳にはいかないからな!俺達第十師団が責任を持って君達を守る!」


 ティポンの不安にさせるような言い方の後、デネブはその言葉を払拭させる為か、先程よりも大きな声で生徒達を守ると宣言した。サムとは逆の考えだ。


「……隊長の言う通り、出来る限り戦闘は避けるつもりっすが、まあ無理でしょうね。それよりも、この中で馬に乗れる人はいるっすか?」


 ティポンの質問に、アスタ、コード、ミカエルの三人が手を挙げる。まだ授業で乗馬等、馬に関する事はやっていないが、アスタはシミウス王家の屋敷でミカエルはメィヴィウス家で馬の管理をした事がある。アスタの場合は、散々な目にあったが。


(あの二匹が可笑しいだけで、普通の馬は乗れるからな)


 苦い思い出を思い出して、股間が疼く。馬の思い出と同時に別の思い出も思い出したのだ。


(アンジェさん、大丈夫かな?)


 まだそんなに時間が経っていない筈なのに、アンジェと過ごした数日がとても懐かしく感じられた。


△▼△▼


 場面は再び、もう間もなく最前線となる北門前に戻る。着々と見えてきた魔獣達の群れに前衛に配置された衛兵と王国騎士団の新兵と補充兵は、今から始まる大きな戦闘に緊張感を募らせていた。


「……目標との距離八百!!もう間も無くです!!」


 衛兵の一人が壁上で隣にいるクバルに最前列と魔獣達との距離を報告する。老兵で、尚且つ衛兵としては最上位の地位であるクバルも一兵士としての責務を果たす為にこの前線地帯までやってきた。弓は引けなくとも、発破と檄で周りを奮い立たす事は出来る。


「そうか。……いよいよか。…総員、ありったけの矢を準備だ!一匹たりともこの先へ進ませてはならんぞッ!!」


「はい!」


 壁上の指揮が最高潮まで達せられようとなっている時、地上のルケラ大隊では異様なまでに緊張感が溢れ、最前戦の者達の表情は硬くなっていた。


「いよいよ始まるか。シャル、ランス作戦通りにな」


 ルケラの作戦の最終確認に参謀のシャルとランスは軽く頷く。


「さあ、暴れるぞ!第五師団!テメェらの実力をあの能無し共に見せてやれぇ!!」


「オオオオオォォォォ!!!」


 レオの檄に第五師団全体が盛り上がる。戦いは勢いが全てではないと言われているが、第五師団はそれに該当しない。勢い任せ、力任せの戦術とも言えない一点突破。それがレオ・アルテルフと言う男を中心に師団が一つの生き物となって、成されるのが第五師団と言うものだ。


「相変わらずだな。第五師団は」


「うちの若い隊長には出来ない芸当だな」


 その第五師団の盛り上がりを隣で第一師団の者達が見守っている。彼らは、この状況でも至って冷静だ。この場の誰よりも戦い慣れてると言う自負があるからだろう。レオの檄がなくとも全力を出せるだろう。


「距離四百!!」


「よし、偵察隊は離散!後は我々に任せろ!」


「はっ!」


 偵察隊が四方に散らばり、偵察の任を終えると同時に衛兵達は剣を抜いた。一人一人の心音で鋼の音も聞こえずらい。


「先駆けは貰うぞ!!第五師団、とつげきィィィィ!!!」


 そんな中、レオは馬に鞭を叩き、前列を崩す事も構わず、師団を動かし始めた。


「ガリエラ班はレオの進路をこじ開けろ!ケナン班、ザクロ班は両翼に展開!ネメア班は出口の確保だ!」


 突撃しか脳のないレオの代わりに副隊長のネメアが師団全体に細かい指示を出す。


「お、おい、彼奴ら先行し過ぎじゃないのか?大丈夫か?」


 第五師団の独断での突撃にジャルドの部隊の一人が言葉を漏らす。


「心配はいらないだろう」


「ジャルド大隊長」


「彼奴らの実力は魔王軍南下の際に共に戦った、このわしがよく知っておる。彼奴らは油を纏った火の如く強く燃え、目に入る敵を全て薙ぎ払う。まさしく、騎士団最強の突破力と言えるだろう」


「オルルルラァァァ!!」


 ジャルドの言葉通り、レオは馬から下りると、自らを先頭に魔獣の群れとぶつかった。その結果、何が起こったかと言うと、前方にいた大型の魔獣九匹が一気に弾け飛んだのだ。


 戦いの火蓋は切られ、先行した第五師団が数の不利も厭わず、レオを中心に次々と魔獣達を薙ぎ払っていく。


「さあ、この俺を止められる奴がいんなら……出てきやがれ!!」

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