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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 59『魔獣襲来』

「よっと」


 約七十(メートル)と言う高さから落下したにも関わらず、レオはケロッとした表情で楽々と着地し、昼間の散歩をしているかの如く、試合場から下りた。普通なら、あの高さから落ちれば骨折で済まない筈だ。下手をしなくても即死だろう。なのに、レオは痛みを感じていないのか、ピンピンとしている。


「レオ、大丈夫?」


「平気だ。後二十人くらい問題ねえ。それに、一番強いの彼奴だろうし。これ以上苦戦するこたぁねえだろぉ」


 レオはボロボロになった服を脱ぎ捨て、首に溜まった気泡をポキポキと鳴らした。


「傷……レオ、あんた学生相手に()()使ったの?」


「別にいいだろ。そんくらい、彼奴も強かったんだしな」


 ネメアはレオの胸筋から腹筋をなぞり、一太刀入れられたであろう傷を触るが、見事なまでに傷は塞がり、出血も止まっている。


 場面は変わり、レオとネメアがいる反対側ではサムと生徒達が集まり、アスタの怪我の具合を確認している。


「口の中、怪我してるな」


「これは自分で付けたものです。それよりも、脇腹と鳩尾が凄く痛い……」


「そうか」


 サムは言われた場所を強く押した。


「──いっ!」


 急な痛みに自然と声が出た。


「骨は折れていないな。だが、念の為、治癒魔法は掛けておこう。──ヒーリング」


 薄緑の光がアスタの全身を包む。仄かに温かい感覚が切れた口内や痛む脇腹を優しく治癒した。


「応急処置は済んだが、念の為、後で医務室で塗り薬を貰っておけ」


「はい」


 口内の傷と鳩尾の痛みは治ったようだが、脇腹の痛みはまだ少しだけ残っている。


「ホーフノー、お前は少し離れて休んでおけ。……よし、次やりたい奴はいるか?」


 魔法が一番優秀なアスタがあんな目にあった直後だ。行ける者等、そう出てこないだろう。殆どの者が目を逸らし、首をやや下に向けている。


(いないか……)


 誰も出たがらないから、仕方なく指名してやってもらおうと、サムの左腕が僅かに動いた直後、生徒達の中から一つ、色白の手が挙がった。


「………」


「私がいきます」


 手を挙げたのはコードだった。既に上学年と剣術の授業を受けている彼女なら確かに、レオと渡り合える可能性はあるだろう。しかし、アスタも全く剣術が出来ない訳ではない。コードのように学年トップクラスではないものの、クラス内では寧ろ上位の実力を持っている。加えて、アスタは魔法の威力と使い分けが既にベテラン級に達している。

 にも拘らず、負けたのだ。普通に考えてコードが勝てる可能性は皆無だろう。


「ティーナさんがやるのか?」


「無理だろ……」


「でも、コードさんには寵愛があるよ」


 そう、コードにはまだ誰にも見せていない寵愛がある。それがレオに通用するかどうかは不明だが、やってみる価値はあるだろう。


「………いいだろう。行ってこい」


「はいっ!!」


 間を開けて考えた後、サムはコードの覚悟を受け取り、剣を渡した。


(上に知られたら、俺はクビだろうな)


 試合場の上に上がると、コードは右脚を前にしてアキレス腱を伸ばす。


「……ん?次の相手は女か」


(……あれ?)


 コードの姿を見て、ネメアは何か違和感を覚える。


「あの子、何処かで……」


 小声でそう呟くが、その声はレオに届いていない。


「しっ、やるかぁ!」


 もう木剣を持つのは止め、最初から素手、つまりアスタの時と同じように少し本気で闘うと言う事だ。


「──レオ隊長!!」


 突如、六号館の中に大きく通る声が響き渡る。全員が声のした入口の方に目を向けると、そこには鎧を身に纏った若い衛兵が息を切らして立っていた。


「口頭伝達です!!北より、魔獣多数襲来!!外に馬を用意しています!!急ぎ、北門へ向かってください!!」


「なに……?」


 場の空気が一瞬の内に緊張感で包まれる。魔獣多数襲来、この言葉だけが全員の頭の中に大きく巡り、レオやネメア、サムといった他より経験値がある者だけの顔付きが変わっていた。


▲▽▲▽


 〜一時間前 騎士団本部の団長室〜


「報告いたします!北より魔獣多数襲来!」


 ノックの一つもせず、団長室の扉を開け、火急の報告を告げた。その報告を聞いて、ヘリオスは持っていたペンを床に落とし、息の抜けるような声を漏らす。


「……どう言う事だ?魔獣?それも、北からだと?」


「し、失礼しますが、私にも、何がなんなのかは分かりません。ただ、尋常ではない数の魔獣が北から……」


 マウザーは冷静に、落ち着いて、自分が見たものをそのまま伝えた。


「まてまて、北からだと?それはないだろう。王都より北はヘクス運河の内側だろう?まさか、ガハリシュから……いや、あそこの魔獣がいなくなったとなれば、報告がある筈だ。それに、最北のゲミシトラからも報告は何もないぞ……」


「他の村や街に被害は?」


 困惑し、独り言を重ねるヘリオスに代わって、ルナがマウザーに現状の被害を聞く。冷静に見えるが、マウザーの不敬に気を止めない程、ルナも動揺していた。


「分かりません。何しろ、急いで此処まで戻ったので……。保護区近辺の村々の避難は部下に任せましたが……」


「今の所、被害はなさそうですぞ」


 マウザーの言葉を遮り、開けっ放しになった団長室の扉を髪の毛一つない老人が潜る。


「クバル団長!」


 団長室の中に入ってきたのは、衛兵団団長にして、南領土管理最高責任者であるクバルだった。突然の大物の来訪にマウザーの言葉に信憑性が出て、一層、ヘリオスとルナに緊張感が走る。


「わしもこの目で見たが、マウザーくんの言っている事は本当だ。不気味な事にあやつら、他の街や村を無視して王都に進行しておる」


「もうそこまで来てるのですか……」


「うむ、早急に対策を立てんと、何人死ぬか分かったもんじゃないわい。人は集めてきた。マウザーくんも此処に残れ。君にも会議に参加してもらいたい」


 人は集めた。その言葉通り、団長室の中に更に二人入って来る。


「バンガにロイドさん!」


 入室してきたのは、傭兵団団長のバンガに近衛騎士団副団長のロイドだった。


「よお、久しぶりだなヘリオス」


「話は聞いている。早速始めようか」


「うむ、先ずは数の確認からじゃ。ルナ殿、マジックサーチを」


「はい」


 ルナはポケットに入れていたマジックサーチを取り出し、直様画面に目を写した。すると、先程まではなかった反応がポツポツと出始めた。


「数は……千、二千、三千、四千、五千、五千五百……尚も増大中!」


「こりゃやべえな」


「ええ、現時点で王都の残存兵力と同数になりますね」


「……総数二万五千です!」


 マジックサーチの反応が止まり、接近している魔獣の数が明らかになった。その数は二万五千、各地から衛兵を掻き集めても届かない数だ。


「二万五千…それも北からの群勢だけでこの数となれば、他に隠れている奴がいても可笑しくはないのう」


「ええ、間違いなく西か東、或いは両方に伏兵が隠れているでしょう。……ヘリオス、王国騎士団は今何師団王都にいる?」


 ロイドがこの数の魔獣に対抗し得る主力となる王国騎士の残存兵力を話題に上げた。


「はい。今王都に居るのは、第一師団、第二師団、第五師団、第十師団の四つです」


「四師団か……他に呼べる師団はいないか?」


「ポルックス近辺で第六師団が訓練しているが、王都に到着するまでは半日は掛かる」


 ヘリオスはロイドとバンガの質問にそれぞれ返す。最高戦力である王国騎士団が王都に四師団いるだけでも幸運な事だが、二万五千の魔獣と相手するには彼らだけでは部が悪いのは間違いない。


「クバルさん、衛兵は何人集められますか?」


「…近辺の村から集めても、五千が限界じゃろうな」


「傭兵は?」


「七百だ」


「……正直言って、圧倒的に数が足りねえな。……一応言っておくが、近衛騎士団の数は十四人だ」


「成程のう……。確かに数が足りないのはロイド殿の言う通りじゃ。住民の避難もしなければならんし……。よし、普段働いていない冒険者共にも声を掛けるか。それで少なくとも二百人は集まるじゃろうな」


「なら、自分も魔法使い・魔導士ギルドに声を掛けてみます。ただ、今はミラクレットがいないのが懸念点ですが……」


「そいつらを含めても人数は六千人程度か……。クバルさん、大丈夫なのか?」


「大丈夫ではないじゃろうな。他にも戦力がある所に声は掛けて回るが、魔獣共の総数の半分もいかないじゃろう」


「では、諦めるしかないと?」


「そうは言っておらん。今しがた、配置だけは思い付いた。先ず、最高戦力の王国騎士団……第十師団以外は全員北を担当じゃ。一番の激戦地にはなるが、構わんな?ヘリオスよ」


「はい。しかし、第十師団は何処に配置を?」


「第十師団のみ、南東に配置じゃ」


「南東に?」


「うむ、第十師団には万が一の為の予備隊兼、避難経路の一つである、ゼーヒャ街道付近の見張りをしてもらう」


「成程……。では、衛兵団や傭兵団はどうしますか?」


「衛兵団は、先ず五千を二千五百と千五百に分け、二千五百の兵は王国騎士団と共に北門の防衛を担当。千五百は、西で待機。北には王都にいる大隊長全員を向かわせよう。西には、衛兵団の中でも選りすぐりの精鋭部隊を配置させる。残りの千人は更に人数を分け、五百を壁上の守備隊、二百を偵察部隊、三百を予備隊として、王都に在中させる。傭兵団は、全兵力を上げて市民の護衛。市民を逃す為の馬車や船にも同行してもらう。なので、傭兵団は南に配置。冒険者と魔法使い・魔導士ギルドの者達には、北で衛兵団の部隊の中に入ってもらう」


 最年長のクバルが各々の配置を的確に挙げる。流石と言うべきか、この状況でも達観して物事を見ている。


「ですが、その配置ですと、東が手薄になります。第十師団が近くにいるとは言え、彼らだけでは東全てを守り切れません」


 クバルの上げた最適解とも言える配置にもやはり穴は出る。ルナはそれに気付き、指摘した。


「東は……独立遊軍に任せてください」


「独立遊軍?」


 ヘリオスの出した聞いた事もない単語にロイドは頭にハテナを浮かべる。ルナはハッと息を漏らしたした後、ヘリオスの方に顔を向ける。


「ヘリオス、そりゃなんだ?」


「王国騎士団には、十二の師団の他に後三人、何処の師団にも所属していない者達がいるのをご存知ですか?」


「何処の師団にも所属していない者達だと?」


「一人はヘルド・K・メイヴィウス。皆さんご存知の通り、最強の騎士の称号を持つ男……。彼がその三人の内の一人です。その彼に匹敵する程の力を持つ者達が他に後三人いる事はこの場の皆さんでも知らない人がいるでしょう。一人は、第六師団隊長のヴァルゴ、そして、残りの二人が……」


「残りがどうしたんだ?」


「いや、ただあの二人は問題があると言うか、人の言う事を聞かないと言うか……」


「何が言いたいんだ?」


「戦いが荒々し過ぎるんじゃよ」


 クバルが口を挟む。


「正直に言うと、彼奴らは民を守る騎士の風上にもおけん問題児じゃ。ヘリオスが口をつぐみたくなるのも分かる。じゃが、今は緊急事態。しのごの言っとる場合ではないんじゃないかのう」


 ロイドは、ヘリオスの言い方とクバルの説明でその問題児の正体に勘づき、「ああ」と声に出して一つ頷いた。


「おう、クバル団長の言う通りだ。ヘリオス、あの二人に戦えと命令を出せ。万が一の事があればヘルドが止める筈だ」


「そんな不安なら、近衛騎士団が出ればいいのではないでしょうか?」


 会話に入れなかったマウザーがここで漸く、挙手をして意見する。


「お?」


「無礼ながら、意見失礼します。近衛騎士団は、実績を認められた元王国騎士団だけで構成されている本物のエリート部隊ですよね?そんな実力があるのに、何故貴方方が出ないのですか?」


「マウザーくん、口を慎みたまえ。会議に参加していいとは言ったが、無礼な態度を取っても良いとは言ってないぞ。仮にも、ロイドは近衛騎士団の副団長……階級で言えば、わしよりも上なんじゃぞ」


 王都シミウスより最南にあるワームまでの管理を任されているクバルよりも、近衛騎士団は階級が高く、その中の副団長でもあるロイドはこの場の誰よりも偉いと言う事だ。


「クバルさん、大丈夫ですよ。……マウザーつったなあ。俺は誰が偉いとかなんとか、そんなのは気にしないし、俺に対しては無礼講でも別に構わん。んまぁ、出れない理由を答えるとなるとなぁ……。こっちにも事情があるんだよ。俺達だって、前線には出たいんだよ。だが、それ以上に俺らは王様の警護っつう、重要な任務があるんだ。まっ、安全が取れ次第援軍には向かうが、これだけは最初に言っておく。近衛騎士団の加勢には期待しない方がいい。悪いな」


 近衛騎士団としては最もらしい答えだ。実家に帰った時にレイドに酒を飲ませていた叔父としてのロイドはこの場にはいない。ちゃんと仕事とプライベートではメリハリをつけているのだ。


「………」


 その答えにマウザーは何の反論も出来ず、黙り込んでしまった。


「それでは、東にはヘルドを含めた独立遊軍を送る事で決定ですね」


「ああ、もうそれ以外にまともな答えも出そうにないしな」


「では、この場もここで解散じゃな。マウザーくん、お主には偵察隊二百の指揮を一任する」


「──え?自分がですか?」


「場合によっては一番危険な仕事になるが、やってくれるな?」


「はい!」


 勿論ですと言わんばかりにマウザーは大きな声で返事をした。まだ、五人一組を纏める班長しか経験のないマウザーにとっては初めての大仕事だ。


「ルナ、俺達も前線に行くぞ」


「はい」


 そうヘリオスとルナも意気込む。が──


「待て、ルナ殿は兎も角、ヘリオス、お前は此処に残っておれ」


 それをクバルに静止させられる。ヘリオスは何故と言いたげな表情をするが、止められる理由は本人が一番分かっていた。


「……っ」


「お主に死なれては指揮に影響する。わしでも、あのメンツは扱えきれんからな。お主は此処で全体の情報を処理しつつ、各都市から援軍の要請を頼む」


「……了解です」


「団長が残るなら、私も残ります」


「うむ、それなら安心じゃ。だが、一応念を入れてわしの部下を十人程置いていく。好きに使うといい」


「ありがとうございます」


* * * * *


 ヘリオスとルナ以外の四人が退室し、団長室は静かになった。今頃、北門では作戦会議が行われているだろうに、二人には吉報を待つ事しか今は出来ない。


「ルナ、やっぱり俺達も行かないか?やはり、前戦の様子が気になる」


 ジッとしているのが性に合わないヘリオスは無理にでも前戦に行こうと、窓をそっと開く。


「駄目ですよ。クバルさんの言う通り、団長は此処で待つべきです。それに、外にいる衛兵達も貴方を監視する為に置かれているようなものです。抜け出すのも無理ですよ」


「……なあ、二人の時くらいはそんな丁寧語にならなくてもいいだろ」


「昔と今は違います。私達はこの地位にいる以上、もう昔には戻れません」


 その時、王都の鐘の音が響き渡った。避難の合図だ。街中は今頃人で一杯になっているのだろう。

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