第2章 58『本当の化け物』
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王都から北、小高い丘で馬のレンタルと小さな畑での農業で生計を立てている老人がいた。此処は見晴らしが良く、王都までもそう時間が掛からなく、老人にとっては便利な立地である。
「──ん?」
老人が鍬で畑を耕していると、北の方から鳥の群れが南へと逃げていく姿が見えた。
「……はて?嵐でも来るのかのう?」
急いで飛び去っていく鳥達の姿に、長年の勘が働く。すると、今度は馬が地面駆ける音が聞こえた。
音のする方を見ると、馬に乗っている衛兵のマウザーが老人の元へ駆け寄ってきたのだ。
「衛兵さん、どうしたんですか?早馬を跳ばして、そう慌てて」
「説明してる時間はありません!馬を連れて、直ぐに王都に避難してください!」
「ふえ?」
マウザーそう言うと、再び馬を走らせ、王都へと向かって行った。
「早く……早く団長に知らせなければ…」
トップスピードの馬はそのまま、行商人の列を突っ切り、門へと辿り着いた。
「止まれ!何をしているんだ!?」
衛兵が列を乱しているとなれば、それは大きな問題だ。慌てた門兵が槍を構えてマウザーの馬を止めた。
「火急だ!此処を通してくれ!団長に用がある!」
「そう言う訳にはいかない。衛兵なら、市民の見本になるよう、後ろに並べ!」
「そうも言っていられないんだ!!早くしないと……」
「その要件とやら、僕が聞こう」
マウザーと門兵が言い争っていると、青髪の青年が城壁の梯子から飛び降り、二人の間に割って入った。
「大隊長!」
「ルケラ大隊長……」
この者の名は、衛兵団大隊長の一人、ルケラである。二十代半ばでありながら、衛兵団の大隊長の地位まで上り詰めた男である。
「君は戻っていいよ。後は僕がやる」
「しかし……」
「業務を続けていたまえ」
「……はい」
ルケラは門兵を諭すと、マウザーの方を向き、目を細めて口を開く。
「さてと、話を聞こうか」
▲▽▲▽
同時刻、アインリッヒ大学六号館ではアスタと王国騎士第五師団隊長のレオの模擬戦が始まっていた。
「──っ」
「ほっ、おっ」
アスタは、慣れない実剣の重さに梃子摺りながらも、基本を忘れず、腰を落として四方から攻撃を繰り返す。しかし、アスタの攻撃は全て木剣で捌かれ、ただ徒に体力を消耗するだけであった。
(…おかしい)
そんな中、アスタの中で一つの疑問が浮かんだ。
(なんで、あの人は反撃してこない?攻撃をいなすだけで、なんで仕掛けてこないんだ?余裕があるからか?)
そう、今の状況を外から見ている者からはアスタがレオを押しているように一見見える。しかし、実際は繰り出した攻撃を全ていなされ、精神的に追い込まれているのはアスタだ。
(いや、違う。いくら木剣を持ってるとは言え、剣を向けられたら多少なりとも警戒はする筈……。それじゃあ、向こうが反撃しない理由って……)
レオと一打交えてから感じていた違和感、それに嫌な予感を感じ、アスタは接近するのを止め、距離を取った。
「……お?」
レオは眉を動かし、簡単な反応を示した。
「押してたのに、いきなり引いて、どうしたんだ彼奴?」
闘いは停滞し、両者睨み合う。
アスタはレオを警戒しながら目を離さずにゆっくりと下がり、最初に脚を踏み入れた位置まで戻った。
「どうした?」
「サム講師、魔法も使って、いいんですよね?」
「……ああ」
少しの沈黙の後、サムはアスタの質問に肯定した。
すると、次の瞬間にはアスタは右手で地面を触っていた。
「んなっ!?」
アスタの行動を不思議に思っていると、急にレオの周りの足場が泥濘、身動きが取れなくなる。
「なんだこれはぁ!?」
突然の地面の変化に困惑し、レオは無闇矢鱈に脚を動かす。しかし、動かせば動かす程泥は脚に纏わりつき、レオの行動を制限させる。
「お前達下がってろ」
闘いが激化すると読んで、サムは生徒全員に離れるよう指示した。
そして、幸か不幸かその読みは的中する事になる。
アスタはレオが泥濘からの脱出に手こずっている内に続けて火属性の魔法『ファイヤランス』を放った。
ファイヤランスはその名の通り、自身の魔力から形成させた槍の形をした炎である。命中を安定させた初級のファイアボールとは違い、速度と貫通力に特化させた中級の魔法である。
そう、つまり身動きが取れない相手にはうってつけの魔法なのである。普通ならば。
そう、レオは普通ではない。レオは飛んできた炎の槍を木剣の一振りで消滅させた。その上、木剣には燃え移らず、地面の泥濘も消え始めた。
(ここで勝負を決める!)
アスタは間髪入れず、続けて、氷属性の中級魔法『アイシクルランス』と土属性の中級魔法『ストーンショット』を交互に連続で放つ。
だが、レオはそれすらも木剣を数振りするだけで全ていなしてしまう。
(なら!!)
と、ここで魔法の雨が止み、アスタの魔力が少なくなったなかと思い、次にレオは足元に意識を移す。
一目見て、地面の泥濘は消えてきたが、このままでは地面が少しずつ固まり、脚を固定されてしまう。これを避ける為にレオは急いで靴を脱いで脱出し、泥濘んだ地面から離れた。
(ガキは何処に行った?)
レオは次の魔法の警戒をする為に辺りを見渡したが、アスタの姿はない。
脳をフルに使い、アスタが何処に消えたかを一秒もないこの時間で考える。
先ず大前提として、此処に隠れる場所はない。なので、場外から出ずに姿が消えたと錯覚させる為には、地面の中、もしくは上しかない。レオは一瞬だけ目を動かし、観戦している生徒達の目線の先を確認する。目線の先は上だ。
レオは直様自分の真上に木剣を横に構え、振り下ろされた剣を受け止めた。
「──っ!」
「惜しかったなぁ!!」
数秒間の攻防。このたった一回の攻防の間で様々な事が起こった。先ずは魔法の乱れ打ち。氷、岩、氷、岩と二つの魔法をテンポよく撃ち続けた。勿論、この程度で騎士と渡り合える訳がないのは、一度騎士と戦った事のあるアスタ自身が知っていた。なので、これらの魔法はあくまでもレオの意識を割く為に撃ったもの。本当の狙いは、剣による一撃。魔法でアスタから意識を逸らした後、近接戦に持ち込んで決着を着けるつもりであった。しかし、それすらもレオには防がれてしまった。
だが、勿論これも読んでいる。
「パワード!」
「!!」
この攻撃が防がれる。そんな事はアスタも分かりきっていた。だから、この攻撃が決まらなかった際の保険も用意していた。それが強化魔法だ。
「ぐおっ!!」
「うおおおおおおおおおお!!!」
レオの脚が地面に押し込まれる。それ程までにこの一撃は重く、力強い。
そして、遂にレオの持っている木剣が折れた。そのまま、アスタの剣はレオの肩を捉えた。
「──チッ!!」
レオの肩から血が服に広がる。
アスタの手には不快な感触が残っていた。剣を見ると、刃の部分から血が地面に垂れており、自分の意思で人を斬ったと痛感させられた。
「ハァ…ハァ…」
生徒達もこの試合には目が釘付けになっていた。
「……やるじゃねえか。俺に一太刀浴びせるとはなぁ」
「…ハァ…ハァ」
「よしそれじゃあ、こっから、少しだけ本気出してやる」
「え?」
少しだけ本気を出す。その言葉に耳は疑わなかった。何故なら、先程まで攻防、あの間に初めて騎士と闘ったあの日のプレッシャーを感じられなかったからだ。
強がりと言う訳ではないが、アスタはこの言葉を聞き、少しだけ安心感もあった。それでも、あれで終わってほしかったと言う気持ちの方が今は強い。アスタ自身も、まだ実力の全てを出し切れたとは言えない。しかし、人を斬った際の感覚は、もう二度と味わいたくないとは思った。勿論、相手が自分を殺そうと言うのなら、相応の抵抗はする。だが、レオはどうだ。レオはアスタを殺す気どころか、寧ろかなり手を抜いて遊んでいたようにも感じられた。そんな相手にこれ以上剣を振るう気にはなれない。
しかし、その考えも直ぐに覆される事となる。
レオは、持っていた折れた木剣を捨てると、アスタを睨んだ。この瞬間、レオが己の身体以上に大きく見えた。そのまま、蛇に睨まれた蛙の如く、怯んで脚を動かせないでいると、いつのまにか、真横まで接近され、重い蹴りを喰らっていた。
(防いだか)
アスタは咄嗟の判断で剣の刃を盾にして、身体への直撃だけは回避できた。しかし、この一発で剣の刃は折れ、相殺しきれなかった蹴りの衝撃が身体の芯まで届いた。
(今のが、少しだけ本気?)
膝を付く。今ので全く全力を出していない。その言葉は事実だろう。レオは息切れどころか、汗一つ流していない。文字通り、これまでは戯れだったのだ。
「どうした?こっから楽しくさせてくれんだろ?」
「そうみたいですが、貴方こそ、新しい剣に取り替えなくていいんですか?」
強がりだ。アスタの内心は、圧倒的な実力差を前に逃げ出したいと言う考えも頭の片隅にある。しかし、二年前、レオに対してあんな言動を交わしたのだ。そう易々と逃げる訳にはいかない。
「ああ、俺に剣はいらねえ。俺は、拳でやるからよぉ。つーか、騎士って肩書きがあるが、俺は別に剣が得意な訳じゃねえしなぁ」
ここで漸く最初の方に感じた違和感の正体が分かった。
(…おかしいとは思ってたよ。この人、弱すぎたもん。まさか、剣を使うのが苦手とか?)
まだ身体の奥で響いている衝撃に息を呑み、アスタは刃折れの剣を構える。
「来るか?来いよ。まだ全力を出し切ってねえんだろ?いいぜ。小細工はなしだ。きやがれ」
そう安々と挑発に乗ってはいけない。アスタはもう一度呼吸を腹の中に落として、再度集中する。
小細工なし──勿論、同じような戦法がレオに通用するとは一欠片たりとも思ってはいない。だからと言って、新しい策を用意する時間もなければ、行う度胸もない。
だが、付け入る隙はある。
(さっきの斬撃で出来た怪我……。あそこにもう一回攻撃を喰らわす事が出来ればもしかしたら──)
血で滲んでいる肩、あの部分にもう一発斬撃を入れれば、いくら王国騎士団隊長でも痛みで動けなくなる筈だとアスタは考える。
しかし、それを実行する為にも幾つかの過程が必要になる。先ず、レオが怪我をした部分に攻撃を許してくれる筈がない。レオとしても、その部分への守りは固める筈だ。ならば必要なのが、その守りを崩す事。
(重要なのは、どう攻撃するか、さっきので分かったけど、生半可な火力じゃ簡単にいなされる)
守りを崩す為に思い浮かんだのは、やはり魔法だ。しかし、中級程度の火力の魔法では先程のように確実に防がれてしまう。更に不明確な点もある。一つが中級以上の魔法で本当にレオにダメージを与えられるのか、そして、一番懸念すべき点は魔力障壁の有無だ。サム曰く、魔力障壁は最近になって研究されたもの。なので、普通の者ならば、その概念自体を知らない。しかし、アスタも習ったように、魔力障壁は簡単に使う事が出来るし、二年生も知っている。レオが知らない道理はないのだ。
(部の悪い賭けだな)
そうなると、やはりレオの挑発通り全力の魔法を放つしかない。
「……やるか」
「──!」
アスタは刃折れの剣の柄を強く握り、右手を前に出す。
「……お」
「星よ爆ぜろ。全てを焦がし、災禍を落とし給へ。顕現せざるは──」
「おいまさか」
サムとネメアはアスタが詠唱を始めた途端に冷や汗をかき、急いで両手を前に構えると、魔力障壁を展開し、レオとアスタの二人を半透明のドームの中に閉じ込めた。
「悪魔の片割れ、今こそ、世界を業火で包み給え。『アトミック・コロナ!!』」
詠唱が終わり、アスタの掌から巨大な火球が出現した。
火球の周りには更に小さい火球が四つ、無尽蔵に動き、展開された魔力障壁に当たる。しかし、魔力障壁に当たっても、火球は消える事はなく、そのまま動き続けた。
「この魔法って……!?」
「星級」
「コードちゃん」
「星級の魔法よ。私も見るのは初めてだけど」
この巨大な魔力量の暴力とも言うべきこの魔法の正体を生徒の中ではコード以外に分からなかった。星級だからこそ、サムもネメアも急いで魔力障壁を展開し、防御に専念したのだ。
「離れといた方がいいわね。もし、あの一帯を包んでいるあの膜みたいなのが破れれば、私達の命はないわ」
まだコード達には魔力障壁が分からない。しかし、それが今自分達を守ってくれていると言うのは理解出来る。もはやこの状況では神に祈るくらいしか出来る事はない。
そして、レオに狙いを定めて、アスタの手からアトミック・コロナが放たれる。
(……流石にまともに喰らったらタダじゃ済まねえな)
ゆっくりと近付いてくる巨大な火球。一帯を覆っている魔力障壁にもヒビが入り、どうにか外に魔法の余波が出ないようサムとネメアは必死で魔力障壁を重複させて穴を塞いでいる。レオですらも、少し身の危険を感じるくらいにはこの魔法を脅威に思っていた。そう、思っていた。
(だが、デカいだけだな)
レオは地面を踏み込むと、上へ上がり、魔力障壁を突き破って膜の外に出た。
「あの馬鹿」
星級の魔法の威力は脅威だ。しかし、どんなに強力な魔法も、それこそ当たらなければどうと言う事はない。なので、レオの下した判断は防御よりも回避を優先した。個人の判断としては正解だろう。
しかし、サムはレオのこの行動に対して苦言を漏らした。
レオが飛び出た後、ネメアが直ぐに魔力障壁を貼り直したから、その穴から魔法が飛び出す事はないだろうが、もしもあのタイミングで魔法が破裂でもすれば、その穴から魔力障壁も崩壊していたであろう。
「そう来ると思った」
レオが跳んだ事を確認したアスタはアトミック・コロナを消した。
「!?」
(魔法はフェイクか!)
そう、アスタの狙いは初めからこれだったのだ。レオを逃げ場のない空中にまで追い込む。星級の魔法はその為の餌だったのだ。
その動けないレオに向けて、アスタは巨大な氷の槍、アイシクルランスを応用した魔法をは放つ。
高速で放たれた氷の槍はその威力を保ったまま遂にレオの正面まで飛来した。
(当たる!)
と、誰もが思った。しかし、現実はそう上手くはいかない。
「狙いは良かったが、惜しかったなあ」
なんと、レオの正面に円状の壁が出現した。魔力障壁だ。氷の槍は魔力障壁に触れた瞬間、その威力を殺され、あっという間に消えてしまった。
「いや、まだだ」
サムが誰にも聞こえないくらいの小声で呟いた。
「──あ?」
すると突然、レオの腹部に強烈な衝撃が走る。
(なんだ?岩?)
レオの腹部でパラパラと岩の破片が砕ける。
これを見て、レオは何が起こったのか分かった。
魔法だ。おそらく、これはストーンショットだろう。そして、地面にアスタがいないのは今、下を見て分かった。
「まさかっ!?」
気付いた時にはレオの周りを無数の氷柱が囲んでいた。
「こんな正確に魔法を設置できたって事は……」
一年前の記憶が蘇る。あの時、アスタが空を飛ぶイーラに対して行った対処法を。
「上かァァァ!!」
予想通り、レオがいる場所から更に二十米上にアスタがいた。そして、次の瞬間にはレオを無数の氷柱が襲っていた。地上からでは何が起こったのかはよく分からない。しかし、急に白い煙が上がった事から、魔法が放たれた事だけは辛うじて見えていた。
(当たった……。これで倒せる訳がない。けど、落下の勢いを利用して一撃与えられれば……)
アスタはギャストウィンドの風で落下の勢いを少しずつ減らしながら、レオに向けて追撃の魔法を放とうと、魔力を掌に溜め始める。
「──!」
「魔力障壁にはこういう使い方もあるんだよ」
煙が晴れ、先ず見えたのは、レオではなく、レオを包んでいる球状の魔力障壁だった。
この魔力障壁は、魔力量が多ければ多い程、それに比例して魔力障壁自体も硬くなる性質を持っている。一見すればこれはアスタにとっては自身の手札にも加えられる重要なカードと言える。しかし、それは何もアスタだけに限った話ではない。反対に、魔法を得意とするアスタには天敵とも言える存在だろう。
更に、魔力障壁には魔力量に比例して硬くなる性質の他に、魔力を分散させる性質も持っている。それはアスタも知っているし、先程、星級の魔法を抑えていた事から、その性質を自身の目で確認済みだ。つまり、魔力障壁は魔法に対応する術の中で最適解とも取れる答えだ。
(だけど……)
しかし、その上で分かった事もある。先程の星級の魔法を魔力障壁で抑えようとした際、所々にヒビが入っているのが見えていた。
(もしも、俺の推測が正しければ、魔力障壁が魔力を分散出来る量には限界がある。なら──)
「あ?」
(破れるまで打ち続けるだけだ!)
アスタの取った方法はまさかの莫大な魔力量に任せた脳筋とも呼べる方法であった。
「こいつッ!」
魔力障壁に次々と岩の塊がぶつけられる。五発目を超えた辺りで、レオの魔力障壁にヒビが入り、その次の一発が威力を殺しきれず、魔力障壁を突き破り、レオの頬を掠る。
「馬鹿だろッ!!」
レオは咄嗟の判断で魔力障壁から脱出し、空中に放り出された。
「ウイングブレード!」
アスタはその隙を見逃さなかった。身体を捻り、腰の回転と共に覚えたての技、ウイングブレードで追撃を行おうと剣に魔力を溜め、ここというタイミングで勢いよく剣を振り切った。
前回とは違い、魔力の暴走はしていない。成功だ。
鋭い風の刃が空を裂きながら、斬撃がレオに当た──
「──ギャストウィンド!」
らない。
レオは斬撃が届く寸前に風属性の中級魔法ギャストウィンドで落下の速度を加速させた。すると、レオが元いた位置で風の刃はみるみる内に威力を失い、遂には消滅してしまった。
「──ッ!!」
「俺がただ力任せに拳を振るうだけの男かと思ってたのか?だとしたら、残念だったな。こんくらい頭を使う事は出来んだよ」
渾身の一撃も躱され、内心として不利になったのはアスタだ。しかし、二人の今いる位置だけで言えば、上にいるアスタの方が次の攻撃に有利である。更に幸運な事にレオとアスタの間にはかなりの距離が生まれた。
(この距離なら、反撃はこない!)
アスタは剣を片手に追撃の魔法を無雑作に撃ちまくる。火、水、岩、氷と遠距離に特化させた属性の魔法だ。お互いに落下しながら放たれた魔法なので、精度が安定する訳もなく、レオに当たるのは十に一つ程度だ。一つだが、百撃てば十は当たるのだ。しかも、この魔法の雨は止みそうにない。アスタの底の見えない魔力量ならではの芸当だ。
「うぜえな」
「──え?」
突如、腹部に痛みが走る。何が起こったのかも分からないが、攻撃されたと言う事実は理解出来ていた。
「かはっ!?」
口から痰と朝食のパンだった物が吐き出され、腹の痛みの所為もあり、魔法が止まる。
「あんなんで俺を追い詰めたつもりだったのか?」
ここで何が起こったのか、アスタにも漸く分かった。なんと、レオはあの魔法の雨を掻い潜り、アスタのいる所まで戻ってきていたのだ。どう戻ってきたのかと言うと、そのトリックは簡単なものだ。ただ、空中に魔力障壁を設置し、消える前にそれを足場に上へ上がる。ただそれだけだ。アスタも前に魔力障壁を足場にした事があるが、魔力を含んでいない強い衝撃を与えただけで簡単に崩壊してしまうのだ。その脆い物体を足場にするだけでも大変なのに、それを踏み台にするのには相当な脚力が必要になる。そう、レオはその条件を既に満たしていたのだ。魔力障壁が崩壊する前に踏み切る。そして、最後にアスタの鳩尾に膝蹴りを入れる。ただ、それだけだ。
(これが……本当の化け物かっ!!)
分かっていた筈だ。レオが──王国騎士団の隊長達がいる境地まで辿り着くにはまだまだ力不足だと。
(なんで勝てるかもなんて考えていたんだろう?知っていた筈だ。あの人達が常人の器に収まらない事なんて)
落ちていく身体と意識の中、ただ、自分の情けなさに心が折れかけていた。
「ああ、そうか……。俺も男なんだな」
何を思ったのか、アスタは意識がなくなる寸前、歯で口の中を切り、新しい痛みを作る事で意識を無理矢理保たせた。
(勝つのは無理なのは分かってる。けど、負けたくない……。負けたくない……。けど勝てる筈がないッ!なら……)
一矢報いてやる。
「……あぁ?」
二人の目が合う。その直後、レオの身体中の産毛が逆立った。
(あの目……)
アスタから向けられる眼差しに見覚えがあった。いや、この場合は経験したと言う方が正しいのだろう。
(来るッ!!)
「パワード」
そう一言、強化魔法の詠唱が終わった後、アスタは膝を屈め、魔力障壁を足場にレオに向かって大ジャンプをした。
「俺の真似を!?」
何か来るとは思ってはいたが、これは予想外だ。まさか、自分の技術を真似されるとは思わない。
完全に不意を突かれたレオの肩にアスタは全力で持っている刃折れの剣を振るう。
(あの傷に一発入れれば……)
レオのガードも間に合わず、アスタの思惑通り、一撃が入った。
入った筈だ。
そう、間違いなく入った筈なのに、剣が動かない。
「なんで……」
「わりいな」
そう一言聞こえ、上を向くと、確かにアスタの剣は斬ってはいたのだ。服の袖を。その先からは刃は通っていない。いや、それどころか、最初に付けた傷が既に塞がっている。
(どう言う事だ?治癒魔法?いや、魔法を使っていた様子はなかった……)
「俺は普通とは違うんだよ。身体の構造が」
それは、アスタを絶望の淵まで落とすのには充分過ぎる言葉だった。
そして、次の瞬間にはアスタの身体は地面へと真っ逆様に落ち始めていた。
敵わなかった。ほんの少し本気を出したレオの前にただ一矢を報いる事も出来なかった。今、自分の弱さに打ちのめされ、このまま頭をぶつけて死にたいとも思っていた。だから、まだ魔力が残っているにも関わらず、自分の意思で風属性の魔法を使って、落下の衝撃を緩和しようともしなかった。
「ウィンド」
だが、そんな事はさせまいと地上にいるサムが魔法を使い、アスタを助けた。
「どうした?」
「サム講師……」
「何故魔法を使わなかった?別に気を失ってた訳ではないだろう?」
「………言いたくないです」
空がいつもより遠くにあるように感じた。
鳥が建物の上を飛んでいき、改めて、空から見た自分がちっぽけな存在だと認識させられる。
──一体、自分は何者になりたいのだろう。
どうも、ドル猫です。5月初の投稿になりましたが如何だったでしょうか?今、物語は急展開を迎え、第二章も漸く佳境に到達しそうです。次回の更新は28日〜30日(予定よりも早くなる事もあります)を予定しています。お楽しみに!




