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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 57『矜持』

「お前、なんであんな所にいたんだ?」


「登場はカッコよくないといけないからですよぉ」


「まあいい」


 突然のレオの登場に生徒達は絶句している。それもそうだ。いきなりの王国騎士団の隊長の登場に開いた口が塞がらない。


「よくないです。レオも!後輩達を驚かせないでよ!」


「おお悪かったて」


 更に、そこへネメアがやって来た。どうやら、レオの登場の仕方に不満を持っているようだ。


「あっ、申し遅れました。私は、王国騎士第五師団副隊長、ネメア・ゾスカと言います。私達も皆さんと同じ、アインリッヒ大学の生徒だったんです。何か分からない事があれば、気軽に聞いてください」


 ネメアは自分が来た事で更に場の状況を混乱させてしまうと思い、気さくな雰囲気でレオより半歩前に出て、丁寧に自己紹介を行った。


「俺はレオ・アルテルフ。さっきサム隊長が言ってた通り、第五師団の隊長をやらせてもらってる(もん)だ。よろしくなぁ」


 それに続き、レオも自己紹介をする。ネメアとは違い、レオからは発する言葉一つ一つに威圧感すら感じられる。


「だから今は隊長じゃねえって……はあ。今日は時間がない中、お前達の為に二人がやって来てくれたんだ。無礼がないようにな」


「………」


「返事と挨拶」


「はい!よろしくお願いします!!」


「よーし、可愛い後輩の為だ。俺の持ってる技術を教えてやる……と思ったが、俺は人を指導するってのはどうも苦手でよぉ。言葉で教えるのが出来ねえんだ。だから、今から俺が一番得意な方法、ぶつかり稽古で直接身体に叩き込んでやらぁ」


「と言う事だ。十分後に始める。各自準備運動を行え」


「はいっ!」


△▼△▼


 同時刻、王国騎士団本部の団長室では団長のヘリオスと副団長のルナと一人の騎士が書類仕事をしている。外では、衛兵が打ち込み稽古をして、訓練に励んでいる姿を見て、ヘリオスは口を開く。


「もう直ぐ、蝉が出る時期かな?なあ、ルナ?」


「団長、蝉の時期まではまだ二ヶ月以上ありますよ。そんな事よりも、手を動かしてください。また徹夜したいんですか?」


「はいはい」


 ルナに軽く叱られ、ヘリオスは少しだけ落ち込む。それを横目に仕事を手伝っている騎士、オムロは本棚から書類を纏めた封筒を取り出し、それをルナに渡した。


「団長、今日の各師団の仕事の確認です。えーと、第一師団は王都の壁上で治安維持。第二は……いつも通り。第三、第四は今日もゲミシトラで魔王軍の動向の警戒。第五は全体で休暇。第六はポルックスから北西にある古城で訓練。第七、第八は、衛兵団と合同で、オンデカントにて例の宗教団体の捜査、第九はガハリシュで次の遠征の為の準備。第十は王都とルーフで門兵の仕事と、王都の南の壁上で武装兼補強作業。第十一、第十二はワームで治安維持ですね。珍しく、王都に四師団が在中してますね」


「そうか…。んで、俺達は此処でいつも通り書類仕事。あ…、それと今日はボブロ氏と面会があったけな」


「はい。今日は十三時からボブロ氏と次の遠征費用の交渉の会談があります。それまでに今日の分の仕事は終わらせますよ。その為に休暇のオムロくんを第五師団から借りたんですから」


「分かってるよ。すまんなオムロくん」


「いえ、団長の仕事をさせて頂き、身に余る光栄です」


「……そうか。無理はするなよ」


「はい」


 オムロは部屋の隅にあった大きな木箱を持ち上げ、外に運ぶ為に団長室から退室した。


「うちの隊長達もああいう素直な性格なら、イザコザも起こらないんだろうなぁ」


「そうですけど、素直なだけじゃ強くはなれませんよ。彼、第九師団に転属希望だそうです」


「えっ?そりゃどうして?」


「さあ?」


「うん?待てよ。まさか、転属を条件にオムロくんは仕事を手伝っているのか?」


「そうですよ。都合が良かったので、この山のような書類仕事を一日手伝う代わりに、転属を認めました」


「また勝手なことを……。第二師団以外は入団から三年経たない限り、基本転属は認めてないだろ?それに彼、一年前に衛兵団から引き抜いた補充兵だろう?そんな簡単に転属の許可を出していいのか?副団長」


「人には向き不向きがあります。レオ隊長の勢いに任せる力任せな方針には特に……」


「………」


「人手不足だとか言って、大量に入団させてしまうと、ああいう人が増えるんですよ。それらを全部処理してるのは私ですからね。ほんと、この二年は誰かさんがテストに合格してない新兵や、衛兵団、傭兵団、冒険者から補充兵を集めたばかりに私の負担は大きくなりました〜」


「いつもありがとうございます」


 それを聞いて、ヘリオスはルナに頭が上がらなかった。


「──で?」


「今年からは、三年前と同じようにテストに合格した者のみを入団させるようにします。補充兵も滅多な事がない限りはこれ以上は増やしません」


「うむ」


 これでは、事実上の立場はヘリオスよりルナの方が上だと見る他ない。此処にオムロがいなかった事がヘリオスにとっては不幸中の幸いと言えるだろう。


「──ん?」


「どうした?」


「なんでもありません。ちょっとした誤作動みたいです」


 ルナはポケットに入れていたマジックサーチを取り出した。ルナが見た時には反応は消えていたが、一瞬、強い魔力を探知した際の反応が出ていた。


「遂にガタがきたか?買い替えておくか?」


「大丈夫です」


「そうか」


 ルナは淡々とヘリオスに返答したが、ルナ自身も、ここ最近になってマジックサーチが変な反応を起こす事に疑問を持っている。


(ここ数日になって、妙な反応が増えてる……。本当に壊れたのかしら?)


 その時、突然団長室の窓にヒビが入った。昼と夜の寒暖差の影響で硝子に負荷が掛かったのだろう。


 それとも──


△▼△▼


「サム講師、各自準備運動終わりました」


 身体を本格的に動かす前のアップが終わり、生徒達は息を軽く整えている。しっかりと身体は温まったようだ。


「よし。では、これから一人ずつアルテルフと打ち込み稽古を行う。いいか、今の歳でこんな機会は滅多にない。なので、授業を始めるに当たり、お前達にはこれを使って戦ってもらう」


 サムはそう言うと、ネメアが出入り口から大きな木箱の乗った台車を押し、それをサムの隣で停めた。


(あれは……?)


 箱の側面には大きく、危険物と書かれている。

 サムは箱を開けると、その中に左腕を突っ込み、ゆっくりと()()を引き抜いた。


「……いいっ!?」


 その鋼の光沢で輝くそれは、生徒達の意識を圧倒させた。


「今日の授業で使うのは、いつもの木剣ではない。この本物の剣を使って、実戦を体験してもらう」


 なんと、サムが取り出したのは衛兵や傭兵が使う、刃渡り六十糎程の剣であった。


「ちょっ、ちょっと待ってください!!」


 カインが焦りながら、サムの元へと駆け寄る。


「なんだ?」


「いや、そんな物使える訳ないじゃないですか!」


「そうだな。コイツは長剣とも言えんし、短剣とも言えない中途半端な代物だ。すまないな、流石の学校でも騎士が実戦で使っている物は用意出来ない」


「そうじゃなくて!僕らにはまだ剣は扱えませんよ!」


「何故だ?」


「──え?それは……だって、此処にいる殆どは本物の剣なんて使った事がないからです」


「そうか。お前は今この瞬間に王都が魔人に襲撃されても抵抗せずに殺されるんだな」


「は?」


「カインだけじゃない。此処にいる全員だ。少なからず、お前達は世間一般的に騎士の卵と言われている。

 そんな者達が、剣を使えないので戦えません。なんて体たらくでいざと言う時に役に立つのか!?いいか、よく覚えとけ!騎士とは、民を守る盾であり、矛だ!つまり状況によっては人を殺めなければいけない時もある。民を守ると言う免罪符を盾に自分と同じ姿形、同じ血の色、同じ言葉を話す生き物を殺すんだ。

 お前達にはその覚悟があるのか?…いいや、ない!

 今のお前達は足りない物だらけだ!だからこそ、今日、本物の剣を使って、実際に人を斬ってもらう。もしこれが嫌だと言う者がいるなら、今直ぐ教室に戻れ!そいつには、今日中に退学届を書かせ、此処を出ていってもらう。そんな臆病者を学校側が置いておくメリットは学費以外にないんだからなぁ!!」


 静寂が場の空気を支配する。サムの目の前で説教を聞いていたカインの頭は揺れ、地面に尻餅を付く。

 アスタも元王国騎士であるサムの一言一言の言葉の重みに固唾を飲み、威圧感にビビっている。


「あーあ。怒っちまったよ」


 こんな状況でも平気でいるのは、レオとネメア、そして、コードだけだった。


「……たくっ、余計な事を喋らせるな」


 サムは完全に機嫌を損ねた。今のサムは噴火した直後の火山と言えるだろう。


「隊……いえ、サム講師。時間もあまりないので、直ぐに始めた方がいいですよ」


 ネメアはサムを隊長と言い掛けたが、冷静に言い直して、早く始めないのかと急かした。


「……はぁ、ホーフノー!」


「はっ、はい!」


「お前からだ」


「──え?」


「お前から始める。剣を取って上に立て」


「はい」


 サムからの指名でアスタはサムの横まで移動し、剣が入っている箱の中を見る。


(本物の……剣!)


 アスタ自身、本物の剣を使った事はない。だが、人をナイフで刺した経験はある。最も、あの時は()らなければアスタが殺された可能性が高く、仕方のない状況であり、正当防衛だった。更に、相手が死んだ訳ではない。なので、意識して人を斬るというのはこれが初めてである。


「………」


 手が震えている。木箱の中の剣に手を伸ばしてはいるが、後少しのところで止まり、これ以上は伸ばさない。


「どうした?掴めないのか?」


 一秒が長く感じる。歯と歯が震え、カチカチと音を鳴らしている。

 サムへの返答をしようにも言葉が出ない。


(駄目だ……。剣を持つ事を身体が拒否している。なんで?人を斬るのが怖いから?いや、別に殺す訳じゃないんだ。それに、相手はあの王国騎士団の隊長。簡単に素人の剣に斬られる人でもない。大丈夫だ。大丈夫────)


 ──瞬間、アスタの脳の中に見た事のない景色が映し出される。映っていたのは、一人称視点の視覚。目の前には人の首が転がり、視界が下から上へと移動すると、その先には死体の山と血だらけの床と壁が広がっている。部屋の広さと、窓の形からして教会だろうか。


「おい」


「──はっ」


 脳の回転が正常に戻り、現実に戻される。


「どうした?具合でも悪いのか?」


「あっ……いや」


 今のが何だったのか、アスタにはさっぱり分からない。

 近くにいる者、サムやネメアからは、アスタが数秒動きを止めたと思ったら、急に瞳から光が失われ、アスタ・ホーフノーと言う生き物の生命活動が停止したのかと思わせる程、アスタの意識は死んでいた。


「……気分が悪くなったら直ぐに言え。レオ、始めるぞ」


「──えっ?」


 始めると言う言葉に頭の中でクエスチョンマークが浮かぶ。不思議に思い、目線を下げると、なんと、アスタの左手が剣の柄を握っているのだ。


「!!」


 無意識の内に剣を握ってしまっている。サムもそれを見たから始めると発したのだろう。


「ホーフノー」


「は…はい…」


 もうこうなっては覚悟を決めるしか道はない。アスタは意を決して、段差を上がる。あの日と似た試合場の空気と地面に緊張を感じている。

 アスタは、まだ殆ど踏み荒らされていない地面に体重を乗せ、三歩前へ進み、レオと相見える。


「──ん?……あぁぁぁ!!テメェあん時の!!」


「どうも」


「生意気なガキ!!」


 レオは自分の正面まで来たアスタの姿を見て、思い出した。


「彼奴ら、知り合いだったのか?」


「知り合い……と言いますか…」


 ネメアは苦笑いを浮かべ、アスタとレオの関係をどう説明すればいいのか迷っている。


「よお、久しぶりだなぁ。まさか、スカウトを蹴って本当に此処に入学していたとはなぁ」


「はい。あの日、自分に足りなかった物がなんだったのか知る為に来ました」


 アスタは自然に嘘を吐いた。いや、実際には真実が半分、嘘が半分と言ったところだろう。


「残念だったぜ。もしあの時お前が入団していたら、無理矢理にでも俺の師団に入れて、こき使ってやるつもりだったのによぉ」


「………」


「──しっ、これも何かの機会だ。ネメアァ!!」


 ネメアは一つ嘆息を吐き、嫌々返事をすると、訓練用に積んである木剣を一つ手に取り、レオに向かって力一杯、真っ直ぐに投げた。

 空気が裂かれる音がこの場にいる全員の耳にも聞こえ、生徒達を震え上がらせる。

 なんとネメアの手から投げられた木剣は、回転することなく、弓矢が放たれた瞬間の初速とほぼ同じスピードでレオへと向かう。

 普通なら、この速度の物体を掴む事は愚か、避ける事さえ困難な筈だ。だが、レオはその場から動かず、それらよりも遥かに難しい方法、蹴り上げで木剣を弾いた。


(脚力だけじゃない……。動体視力も人並み外れている)


 縦回転しながらレオの真上に上がった木剣は、二十米程の高さまで上がると、同じ回転のまま、自由落下を始め、レオの手へと渡った。


「俺も騎士だ。これで戦ってやる」


 レオは木剣を横に構え、アスタと闘う意志を見せる。


「お前達、今のを見て、何を感じた?」


「──え?」


 サムが近くにいるカインとハンナに向け、質問をする。


「それは、あのレオさんの超人的な身体能力の凄さ…ですか?」


「悪くはない答えだが、違うな。レオの筋力と五感は本人の努力と才能が合わさって出来た賜物だ。奴を真似しようと思うなら、辞めておけ」


「では、講師は何を言いたんですか?」


「注目するべきはレオじゃないと言う事だ。注目すべきは、彼奴だ」


 サムはそう言いながら、ネメアに向けて人差し指を指した。


「ネメアさん…ですか?」


「ああ。見習うべきは彼奴だ」


「見習うって、確かにあの腕力は凄いですが、自分達じゃ、真似しようにも……」


「腕力だけじゃない」


「…腕力だけじゃない?」


「そうだ。彼奴が木剣を投げる時、何をしてたと思う?」


「投げる時……あっ!」


 カインとハンナの頭の中でネメアが木剣を投げる瞬間が再生された。


「気付いたか」


「はい。確か木剣を投げる時、腕を鞭のように使っていました!」


「半分正解だ。正しくは、彼奴はただ腕を振って投げた訳じゃない。身体全部を使って投げたんだ。

 そうする事で指先に重心が乗り、通常よりも強い力で物を投げる事が出来る。そして、これを作り出す為に、彼奴は何年もの時間を掛けて、あそこまで身体を柔らかくしたんだ。

 どんな努力をしたかは俺もよくは知らないが、八年前の時点で彼奴は、自分の身体のありとあらゆる関節を外せるようにまでなっていた。それの応用が今の投擲だ。まあ、筋力を付けたのは最近だろうけどな」


「……それじゃあ、ネメアさんを見習えって、身体を柔らかくしろって事ですか?」


「そうだ。ただし、あのレベルまで柔らかくなるには、それこそ、血の滲むような努力が必要だ。お前達も剣術の授業で柔軟をやっているだろうが、あそこまでなるには、途方もない時間が掛かるのは分かるだろ?」


「はい」


「つまりは、俺が言いたいのはこうだ。才能がなくてもいい。何か一つ、自分が突出する為の技術と目的をこの三年の間で身に付けろと言う事だ」


「……はいっ!」


 カインとハンナは大きい声で返事をし、サムの言葉を心に留めた。


「さあ、話の時間は終わりだ。今度は、あの二人がどんな闘いをするか、よく見ておくんだぞ」


 対面して、実剣を構えるアスタ、木剣を構えるレオ、緊張感が場を支配し、刻一刻と、その時が来るのを待つ。

 そして、何度目か分からないアスタの呼吸音の後、六号館の中で吹いた風が二人の身体を摩り、闘いの始まりを告げる。

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