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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 56『仲直り』

 朝の食堂、皆が賑やかなに食事を楽しむ中、アスタはふっくらと焼き上がったパンを噛みちぎり、咀嚼しながらシチューと共に胃へと流し込んだ。いつも座っている席には今日はアスタしかいない。ミカエルもヨハネもまだ来ていないのだ。いや、ミカエルに関しては遅れる理由も分かる。昨夜、ミカエルと共に談笑の夜を過ごしていたが、お互いに宿題をやっていない事を丑三つ時を回った頃に思い出し、急いで、宿題に取り組んだ。その所為でアスタは寝不足になった。同条件だったミカエルもそれは同じだろう。


「おはよう」


 すると、後ろから聞き覚えのある中性的な声が聞こえた。


「ほはよ……ヨハネ」


 アスタは口内に芋を含んだまま挨拶を返した。ヨハネの頬には湿布が貼られていて、昨日の決闘の傷が残っているのが見て分かる。


「ミカエルは?」


「まだ来てない」


 アスタからの返答にヨハネはやや落ち着いた雰囲気で一つ、嘆息を吐いた。


「……なあ、昨日の決闘、魔法を使ったってのは本当か?」


「言いたくない」


「そう」


 ヨハネにとっては聞かれたくない事なのか、対面の椅子に座っている筈なのにアスタから顔を逸らす。この気まずい雰囲気のまま、ヨハネは行儀良くシチューを啜り、パンを一口大に契り上品に口の中に運ぶ。


「よっ、おっはよー。二人とも」


 遅れてミカエルもやって来る。


「──!!」


「おー、はよ。宿題終わったか?」


「ああ、なんとかな」


「ごちそうさま」


 ミカエルが来るや、ヨハネは朝食に全く手を付けないまま席から立ち上がった。


「もういいのか?まだ残ってるぞ」


「食欲ない」


「おい!」


 アスタの制止を気にも止めず、ヨハネは楚々とした態度でお盆を持って食堂のおばちゃんに返しに行き、そのまま、食堂から出て行った。


「たくっ、彼奴。……アスタ、ちょっと行って来る。それ片付けといてくれ」


「えっ、ちょっと!」


 ミカエルはパンを口の中に詰め込み、それをシチューで一気に胃まで流し込むと、お盆をその場に残してヨハネの後を追った。



 開光石が設置されていない寮の廊下、薄暗く、蝋燭の火がポツポツと灯る石壁の両壁をヨハネは早歩きで歩く。この廊下は夜には幽霊が出るとも言われているが、それが真実かは定かではない。


「おい待てよ」


 その声にヨハネの足が止まる。振り返ると、やや息を切らしたミカエルがいた。ヨハネの早歩きよりも速度がある小走りで追いついたのだ。


「………」


「黙ってんじゃねえよ。なんで逃げたんだ?」


「逃げてない」


「あ?」


「僕は逃げてないっ!!」


 廊下にヨハネの声が反響する。

 すると、呼応してか、蝋燭の一つが消え、廊下が更に暗くなる。


「逃げてない……」


「嘘つけ……いっぺん顔殴らせろ。歯ぁ喰いしばれ」


 ミカエルの右腕がゆっくりと後ろに引かれ、今かとその拳が振られようとした時、強い力でミカエルの腕が掴まれ、止められた。


「落ち着け。二人とも」


 ミカエルの腕を掴んだのはアスタだった。間一髪の所で二人の間に入り、暴力沙汰にまで発展するのは防げた。


「…離せよ。俺は此奴を殴らなきゃならない意味が出来た」


「だから落ち着けって……。ヨハネも!そんな拗ねる事はないだろ!」


「………」


「お前、黙ってないで、なんか言えよ」


 アスタは二人の喧嘩を止めようと必死に動くが、ミカエルはヨハネの胸倉を掴んだまま話す気はないようだ。ヨハネも口を閉じたままミカエルから視線を逸らしている。


「殴りたければ殴ればいい。それで君の気が済むのならな」


「言うじゃねえか。よし、顔はやめて腹にしてやろう」


「だから待てって!と言うか、お前らなんで決闘したんだよ!?」


「……そう言えば」


「言ってなかったな」


 アスタの質問に反応し、ミカエルは漸くヨハネから手を離した。

 ヨハネが崩れた襟を直している間に、ミカエルとヨハネの間にアスタが入り、これ以上大事にならないよう気を張った。そして、二回咳き込んだ後、ミカエルの口からこの喧嘩の始まりが語られる。



「え?あの時の口論が原因?」


 ミカエルは五分程時間を掛けて、決闘する理由になった要因を話した。決闘の原因は、アスタも知っていた『どうして騎士になりたいか』だったから目を丸くした。その時の会話にもアスタはいたし、確かに、二人の仲が拗れそうになったのはあの会話が原因だ。


「そうだな。そんで、ヨハネが俺の意見が間違ってるとかなんとかイチャモン付けてきて、決闘に至る。そして、あの決闘で魔法を使う約束は一切交わしてない。──だろ?」


「………」


「沈黙は肯定と受け取るけど、いいのか?」


「………」


「そうか」


 ヨハネの答えはずっと黙ったままだ。これはその通り、元々魔法は使わないと言う約束だったのだろう。


「……憐れむなら憐れめよ。どうせ、僕の学生生活は終わりだよ」


「ああ」


 今までヨハネが何に怯えて拗ねていたのか、分からなかったが、今のでアスタにも分かった。ヨハネは怖かったのだ。自分が卑怯者と言う烙印を押されるのが。


「あのなぁ」


「ヨハネ、その心配はいらないぞ」


「──え?」


「あの決闘は魔法もありって皆には伝えた」


「……本当に?」


 ヨハネはどう言う事と言いたそうな顔をしている。


「えっ……じゃあ」


「そんなビクビクしなくても、お前が後ろ指差される事はねえよ」


 力が抜けたのか、それとも、自分自身の情けなさに絶念したのか、ヨハネは女の子座りで地面にペタンと座り込んだ。


「だからと言って、お前のやった事を俺達が許せるかと言うと、話は別だ」


「……そうだよね。分かってるよ。なにがなんでもと、勝ちに拘った結果がこれだ。僕の不甲斐なさの所為……だから、二人に何を言われようと、甘んじて受け止めるよ。だから、また僕と友達になってくれないか?ミカエル。本当にごめんなさい」


 ヨハネは漸く素直に謝り、己の非を認めた。頭を深く下げ、自分が悪かったと意思を見せた。


「これで元通りでいいんだよな?」


「ああ」


「だけど──」


 これにて一件落着と思いきや、ヨハネの言葉に遮られる。もしや、まだ納得していないのかとアスタの中で嫌な予感がした。


「僕は意見を変えるつもりはない」


「そりゃ俺も同じだ」


 その予感は外れた。取り敢えずは、これでこの三人の仲は元通りと言っていいだろう。

 それでも、今回のように意見の食い違いで衝突が起こる事もある。ならばその度に仲直りすればいい。友情とはそうやって育むものなのだから。


「あっ、でも今晩の夕食のおかずは貰うからな」


「分かってるよ」


* * * * *


「はよー」


「おはよう」


 教室では授業が始まる前と言う事もあって、結構賑やかだ。中には今になって宿題があった事に気付いた者も出て、写してもらったり等して、如何にか終わらせようと必死になっている。


「ギリギリセーフ!」


 大きな声と共に教室の後ろの引き戸が勢いよく開いた。その勢いのまま、最初にアスタが教室の中へと入った。勢いのつき過ぎた戸は跳ね返り、再び閉じられる。それがもう一度開くと、戸の向こうからミカエルと息を切らしたヨハネが教室の中に入ってきた。

 三人の派手な登場に教室内は一瞬静まったが、程なくして笑いの渦が巻き起こった。


「三人共どうしたんだ?珍しいな」


 カインが女子二人を連れて、気安い調子で声を掛けた。


「──え?」


 アスタとミカエルは首を傾げ、何故クラスが笑いに包まれているのか分からなかった。

 ヨハネが教室の壁に掛けられている時計を見ると、時計の長針は四を指している。


「まさか、部屋の時計がずれていたのか?」


「そうみたいだね」


 早朝の寒さから一転、三人の身体は余分なくらいに熱くなり、疲れた身体を休ませる為に自分の席に座った。


 鞄から教科書を取り出そうとして、コードと目が合った。


「おはよう」


「………馬鹿やってるわね」


 アスタの挨拶に返ってきたのは罵倒だった。

 相変わらずだなと思っていると、教室の前の引き戸が開き、サムが入ってくる。

 まだ朝のホームルームが始まるまでには少しだけ時間がある。いつものサムなら気怠く、時間を過ぎてから教室に来るのに、今日は珍しく早い為、生徒達は驚き、急いで自分の席に戻る。


「起立!気をつけ!礼!」


 カインの掛け声と同時に教室内にいる生徒全員が立ち、一人一人が姿勢を正して朝の挨拶を行う。


「おはようございます!」


「着席!」


「え──、おはよう……今日は…欠席はいないな」


 サムは教室を見渡し、空席はないか確認をする。もしも空席があれば、その生徒がどうしたかを近くの席の生徒に聞く。一人一人確認は時間の無駄なので、取ったりはしないのだ。


「先ずは今日の予定についてだ。皆には悪いが、今日の一時間目から四時間目は俺が受け持つ事になった」


「え?」


 本来なら、今日の一、二時間目は魔法基礎、三、四時間目は体術の授業の筈だったが、どうやら今日はなくなるようだ。これに、一部の者は内心喜んだり、表情に出して残念がっている者もいる。


「なので、この後の授業はホームルームになる。運動着に着替え、十五分後に六号館の前に集合。以上だ」


* * * * *


 十五分後、A組の生徒達は言われた通りに天井が丸く筒抜けになっている六号館の前に集合した。


「こんな所に集まって、何すんだろうな?」


「さあ」


 学級委員のカイン含め、此処に集められた理由を誰も知らない。だからなのか、やや緊張した空気が一体に張り巡らされている。


「全員来たな」


 六号館の扉が開き、中にいたサムが生徒達の前まで四歩踏み出す。


「今日の授業は此処で行う。ついて来い」


 余計な事は言わず、サムはただついて来いとだけ伝えると、背を向き、ゆっくりと歩き始める。生徒達はこの六号館がどんな場所なのか知らない。全員が初めて入る場所なのだ。サムを追って、カインを先頭に二列で進み始める。

 六号館の中に入ると、先ず最初に飛び込んできたのは柱──いや、壁だ。前方から見ると建物を支える円柱形の柱に見えるが、一歩、右か左のどちらかに踏み出せば、それが壁だという事が分かる。何故なら、その壁は建物のずっと奥、おそらく出口と思われる場所まで続いていたのだ。つまり、この壁で廊下が二つに分断されている。別れ道だ。サムは左へ進んでいったが、遠くから見える外から漏れている明かりの感じからして、何方の廊下も出口は同じに違いない。


(肖像画……?)


 歩いてる途中、アスタは壁に飾られている絵を見つけた。しかも、一枚だけではない。よく見れば、壁の始まりから終わりまで何枚も絵が飾られている。どの絵も人が描かれた肖像画に見えるが、廊下は暗くて顔までは確認出来ない。それでも、この絵の人物達が一人一人別人だと言う事は一人一人の身なりと表情から伝わってくる。


(……どれも人の絵。反対側にも同じのが続いているのか?)


 アスタは脚を止めた。


「いって」


 絵に見惚れていると、後方の生徒と身体をぶつけてしまった。


「すまん」


「おう、ボーっとしてんなよ」


 気付けば、長い廊下は終わりを迎え、狭い出口で渋滞を起こしていた。


「漸く着いたか」


 渋滞している中、アスタの後ろからミカエルの声がした。いつの間にか、アスタは列の後ろの方に行ってたらしく、ミカエルの後ろには誰もいなかった。


「ミカエル」


「なんか不気味な廊下だったな」


「そうか?」


「ああ、なんか、絵の中の奴らが俺らを見てるようでな……感じ悪いんだよ」


「……?」


「おい、前進めよ。列動いてんぞ」


「あっ、悪い」


 ミカエルの言った事に疑問が浮かんだが、それを聞く暇もなく、アスタは列を進んだ。そして、渋滞の原因となっていた狭いドアを潜ると、そこには見たことがある景色が広がっていた。


「……これはっ」


「なんだ此処?」


 アスタに続いてミカエルも来たが、どうやらミカエルにはこの場所の見覚えがないらしい。


(ここって……練兵場?)


 それもその筈。アスタ達が来た所はアスタがかつて王国騎士団と試合をした練兵場に酷似した場所だ。周囲は丸い円で囲まれていて、客席もある。ただ、本家の練兵場より二回り程小さく、試合場も一つしかない。


「よし、全員来たな」


「サム講師、今から何を行うんですか?」


「それを今から説明する。レオ!!」


 サムの視線の先、反対側の三階席の椅子の背凭れの上で人影が揺れている。その人影が小さくしゃがんだかと思えば、次の瞬間には人影は空に上がっていた。


「なんちゅう脚力だ!!」


 規格外とも言える脚の強さにクラス一の力自慢であるパウェルも驚きを隠せないでいる。

 そして、ある程度の高さから人影は一気に地面へと落下した。試合場の地面に散布されていた砂が巻き上がり、砂煙がその人物を覆う。


「紹介しよう。今日のホームルームの特別講師、王国騎士第五師団隊長、レオ・アルテルフだ」


「……えええ!!?」


 砂煙が消えると、その中から騎士の制服を見に纏い、何事もなかったかのようにレオが現れた。


(……彼奴はっ!!)


 アスタの脳内で再生されるかのように記憶が溢れる。そこに映し出されたのは、デコピンで身体が弾かれた記憶だった。

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