第2章 55『朝の余韻』
「……ん」
仄かに寒い室温と窓から落ちた水滴の音で目を覚ました。
時計を確認すると、短針が五を指している。この朝の寒さで意識は覚醒したが、アスタは椅子から立ち上がれないでいた。
「寒い…寝落ちしてたのか…」
昨夜の徹夜が効いているのだろう。身体が妙に重く、気怠い。
「頭痛い……」
今日は日課のランニングをする気にもなれない。寝不足からくる頭痛に囀られながら、千鳥足の如くフラフラとしながら二段ベッドの下の布団の上に倒れた。
「……ヨハネ、戻ってきてなかったのか」
ヨハネの残り香と寝たら確実に遅刻するぞと訴えてくる頭のお陰でどうにか意識は保てていた。
「眠い……紅茶でも入れるか……」
眠気覚ましの紅茶を飲む為にヤカンの中に水を入れ、部屋の隅にある仮説のキッチンへと歩き、火属性の魔石に魔力を入れた。すると、黒かった魔石が少しずつ赤くなり始め、ヤカンの中の水が沸々と音を出し始めた。
「さて、五分待ってる間に水やりでもやるか〜」
窓の淵に置かれた小さな植木鉢の中で育てられているヨハネの観葉植物。普段は、自分の事なのでヨハネが水やりをするが、今日は当の本人がいない。
鉄製のジョウロに蛇口から出てくる水を入れる。
(それにしても、水の魔石を使って作られたこの装置にはいつも関心するなぁ〜。これ一つあるだけでかなり便利だよ。ほんと、作った人はどんな天才なんだ?)
ジョウロの三分の二に入った水を植木鉢の植物に掛け、日の出を始めた太陽を眺める。
「はあ……」
嘆息を吐き、窓を開ける。窓越しに入っていた僅かな陽光が窓を開けた瞬間、部屋全体が寒さに支配される。
「うわっ、さむさむ」
身体全体が震え、急いで窓を閉めた。もう直ぐで季節も暖かくなるが、この朝の寒さは暑くなっても続くだろう。そんな些細な事に少し憂鬱になりながら、急に来た尿意を済ます為に部屋を出た。
* * * * *
「ふ〜…すっきり…」
トイレから帰ると、丁度ヤカンの中の水が沸騰し、お湯になっていた。
アスタは紅茶の茶葉が入ったパックを実家から持ってきたマイカップの中に入れ、そこにお湯を注ぐ。このお湯を注ぐ時の音が好きで、この数秒の間、アスタの顔は和らいだ表情に変わっている。
「さてと」
マイカップに唇を付け、お湯加減を確認する。
「……あちち」
お湯はの温度はまだ人が飲むには熱すぎる温度らしく、アスタは咄嗟に唇をマイカップから離した。
「お湯冷めるまで教科書でも読んでおくか」
紅茶が冷めるまでの時間を持て余したので、アスタは剣術基礎の教科書を開き、次の授業の範囲を目で追い始めた。この行為自体にそんな意味はない。ただ、暇な時間を有意義に使いたいだけだ。だから、教科書の文章を見ても、頭の中には書いてある文字しか入ってこず、内容は左から右へ抜けていっていた。
そして、タイミングを見計らい、湯気がやや収まってきたと同時にマイカップの持ち手を持ちゆっくりと口の中に紅茶を運んだ。
「ふ〜」
漸く一息吐けた。教科書から目を離し、昨日のままの布団に視線を向ける。すると、此処に入学してからの記憶が次々に呼び覚まされた。入学してからまだ一ヶ月、一ヶ月も経過していないのに、様々な事があったので、当然ではあるが、この一ヶ月は中々にヘビィなものだったと実感させられる。
「……ははは、これからどうなる事やら。……取り敢えず、ミカエルとヨハネを仲直りさせないとなぁ」
久しぶりにゆっくりとした朝を迎えたアスタだったが、誰にとっても、今日が今年一番疲れる日になる事をアスタはまだ知らない。
△▼△▼
アスタが紅茶を飲み始めてから一時間後、食堂が開くまで後少しとなり、次々と生徒達が起き始め、外には一部の者が朝のランニングや準備運動をしている。
そんな中、本校舎の談話室でサムは黒色の飲み物を飲みながらソファで楽な姿勢を取り、来客を前にしていた。
「久しぶりだな。お前達。急に来てもらって済まないな」
「いいってことですよ。サム隊長直々のお願いとあっちゃあ断れませんしね」
「おいおい、俺はもう隊長じゃないぞ」
「サム隊長は私達にとってはずっと隊長ですよ」
「ふっ……そうか」
「それにしても、その飲み物珍しいですね。仕事で色々な所に行きましたけど、そんな悍ましい色の飲み物は見たことないですよ」
「おいコラ、悍ましいとか言うな。これは友人から貰った貴重な物だ。お前らも飲むか?」
「はい。いただきます」
「それよりよぉ、隊長、今日は俺らに何をしろって言うんですか?」
「それはな……」
来客の二人はサムから聞かされたそのお願いを聞き、一人は八重歯を見せ、口角を上げるが、もう一人は不安そうな表情で飲み物を啜った。
「できるか?レオ?」
「問題ないですよ。つまり、隊長の可愛い生徒さん達をギッタンギッタンにすればいいんですね?」
「やりすぎはダメだからね」
来客の正体は王国騎士第五師団隊長のレオと副隊長のネメアだった。




