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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 54『それぞれの夜』

 木剣の音が鳴り、両者の息遣いが交わる。どちらかと言えば押しているのはミカエルだ。ヨハネも防戦一方と言う訳ではないが、筋力の差と言うものなのだろう。一打一打の重みが違う。


(やはり、力ではミカエルの方が勝っているか)


 立会人として、講師のクラークが二人の決闘を見守っている。他の生徒達は見ることを許されず、一体一で打ち合いをしろと言った。それでも、決闘なんて珍しいものを見ない者はいる筈なく、男女問わず、二人の決闘に視線を奪われていた。


「──ッッ!!」


 ミカエルは右手の掌を広げ、ほんの一瞬、ヨハネの視界を遮る。

 この隙を突き、木剣を逆手に持ち帰ると、真横からの脇腹への横払いに対応が出来ず、モロに喰らってしまった。


「かはっ!?」


 余程痛かったのか、声にならない声、絶叫を出した。

 脇腹を抑え、片手で木剣の剣先をミカエルに向け、牽制を計る。


 これで見ている全員が分かっただろう。ミカエルとヨハネ、この二人には埋めように埋められない実力の差が存在すると。


(もう、これしか方法はないか……)


 ミカエルは脇腹の痛みを抑える為に下唇を噛み切り、僅かながらに脇腹の痛みを無視出来るよう、自ら傷を増やした。

 そして、ある考えが浮かんだ。一撃必殺、先ず間違いなくミカエルも予想していない、禁忌とも言える手の内、それを使うと。いや、使うしかないと。


(結果がどうなろうと知ったこっちゃない。僕は……勝つッッ!!)


 覚悟を決め、ヨハネは力の全てを込めて持っていた木剣をミカエル目掛けて縦に投げた。


「──なっ!?」


 真っ直ぐと回転しながる迫ってはくるが、直線での投擲であった為に軌道は読める。そう、不意は突かれたが、大した脅威ではない。

 ミカエルは木剣の柄で投擲された木剣を防ぎ、次の攻撃に対応する為に三歩後ろに下がり、様子を見ようとした。しかし、ミカエルから見える範囲にヨハネの姿はなかった。


(──何処に行った!?)


「炎よ、その身を焦がして」


「──は?」


 気付いた時にはヨハネの姿はミカエルの真下にあった。いや、問題はそれではない。一番の問題は今、ボソボソと小声で呟いている言葉だ。


「おい待……」


「敵を焼き払え『ファイヤボール』」


 直後、直径三十センチメートル程の火の球がミカエルの掌から発生。一瞬にして、ほぼゼロ距離のミカエルに命中すると、炎は小さな爆発を起こし、長く燃えることなく弾けた。


「今のって……」


 今の攻防を見ていた者達からすれば、木剣しか使わないであろう決闘であのような爆発が起こったのは不可解な事だった。だからこそ、適当に流していた打ち合いの手も止め、全員が周りに駆け寄ろうと近付く。


「……講師、今のは」


「お前達、近付くんじゃない」


「──はい」


 爆発の影響で発生した煙が晴れる。初級とは言え、魔法を正面距離で受けたのだ。無事でいられる筈がない。なのに──


「…どうして」


 ミカエルは立っていた。木剣を片手にヨハネを睨みつけている。


(──まさか、腕を犠牲に?)


 よく見れば、ミカエルの左腕に火傷の痕が集中している。そう、咄嗟の判断で利き腕じゃない左腕を犠牲にダメージを最小限に抑えたのだ。これでまだ戦える。しかし、痛みは尋常ではない筈だ。今のミカエルの姿を勇敢と捉えるか、醜いと捉えるかは人それぞれだろう。だが、今この決闘を見ていた者達はきっと、前者の方で思っている。


(まずい!早く剣を!)


 瞬間、ヨハネの顎にミカエルの持つ木剣の剣先がクリーンヒット。そして、白目を向いたヨハネは両膝を地面に付き、前伏せに倒れた。


「勝負ありだな」


△▼△▼


「………」


 意識が無くなる直前、この言葉が最後に耳に入った。誰の声だったかも忘れてしまったが、ただ、自分が決闘に負けた事と、卑怯な手を使ったと言う事実だけが残った。


「……はあ」


 既に辺りは暗くなり、未だに雨は降り続けている。保健室にはヨハネ以外にもう人はいなくなっていた。


 同時刻、寮の部屋でアスタとミカエルは紅茶片手に談話をしていた。


「やっぱりそうだったか」


「ああ、あの魔法はヨハネの独断だろう。まあでも、彼奴の名誉の為にもクラスの皆には魔法も使っていい決闘だって伝えてる」


「……そうか。優しいんだな」


「お前にだけはこの事は伝えておく。この火傷痕は彼奴がこの事を忘れないように残す」


 ミカエルの左腕には何重にも包帯が巻かれていて、治癒魔法も掛けられていない。今ならまだ治癒魔法を使えばこの火傷痕と痛みを消すことが出来る。勿論、アスタも治癒魔法を使おうとしたが、ミカエルの男の意地とヨハネが決闘の盟約を破った事を意識させる為に敢えて火傷痕を残している。


「……まあ、こんな辛気臭い話は置いといて…それにしたってさぁ、今日、凄かったよなぁ」


「なにが?」


「なにって、決まってるだろ!今日の魔法応用の時に来た特別講師だよ!いやまさか、本物の王国騎士に指導してもらえるとはね。しかも、副隊長の人に!流石サム講師だな」


 いきなり話題を変えたかと思えば、ミカエルが話し始めたのは、今日の選択授業の話だった。


「確かに凄いけど、この学科は騎士を育てる学科だろ?現役の騎士が講師に来るのも珍しくはないんじゃないのか?」


「アスタの意見も一理ある。それでも、王国騎士のトップクラスの人が来るんだ!こんな光栄な事はないね」


「……それと、サム講師に何か関係があるのか?」


「まさか、知らないのか?」


「ああ」


 アスタの反応にミカエルはやや困ったような表情をする。別に情報通じゃないにしても、これくらいの事は知っているだろうと踏んではいたが、ここまで知らないとは予想外であった。


「しょうがない。教えてやるよ。サム講師はな、元王国騎士団の隊長だ」


「……そうなんだ」


「なんだ、反応薄いな」


「いや、そうじゃないかな〜とは薄々思ってたけど、やっぱそうだったんだ」


 アスタの反応の薄さに教えた側のミカエルは、オーバーなリアクションを期待してた分、肩透かしを喰った事となった。


(あのエマって騎士の人に先生って呼ばれてたし、ああいう人の師なら、サム講師が王国騎士かもって言う線があったから思っただけだけどね)


「なんだよ、つまんねー。じゃあ、グレース大学長が元勇者パーティーの一人って事も知ってんのか」


「──ええっ!?」


「……それは知らないのか」


 グレースの話にはアスタも飛びつき、ミカエルから知っている事を全て聞いた。それは、ミカエルがメイヴィウス家にいた頃、トゥラスヴィから聞いたもので、アスタにとっても興味を惹かれる話だった。そんな話をしているものだから、気付けば、時計の短針は二を差し、深夜へと時間が移っていった。そして、談話から談笑へと切り替わった頃に、二人は宿題をまだやっていなかった事を思い出し、急いで机に向かって、鉛筆を走らせた。結果として、アスタは徹夜、ミカエルは一時間の睡眠と言う、なんとも不健康な夜を過ごしたのだった。


 逆にヨハネは、悔しい思いをした事もあってか、寝付けずにいた。何度も今日の決闘を思い出し、その度に己への情けなさに胸が張り裂けそうだった。


「……ッッ!!クソッ!!」


 賑やかな寮の部屋とは違い、保健室にいるヨハネへと届く音は耳障りと思える程五月蝿い雨音だけだった。

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