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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 53『大雨の彼方』

「ミカエル・ブレア、僕と決闘しろ」


「………はぁ?」


 ──これは、魔法応用の授業が始まる十五分程前の話である。

 ヨハネの表情は一切怯んでおらず、目を細め、揶揄う訳でもなく、覚悟を決めている。この言葉は冗談ではないとミカエルも何となく分かってはいる。


「おいおい、いきなり呼ばれたかと思えば何の話だよ。ヨハネ、聞かなかったことにしてやるから、お前もさっさと授業行け。俺も遅れちま……」


 急にトイレに呼び出され、ミカエルは少し不機嫌だ。授業に遅刻してしまうかもしれない。なので、踵を返して、トイレの出入り口へと歩を進めようとしたが、その前にヨハネが回り込む。


「……なんだよ」


「もう一度言う。君に決闘を申し込む!」


「だからなんで……」


「訂正してもらおう」


「──?」


「食堂での、あの言葉を」


 ──騎士になれば、安定して金を稼ぐ事ができる


「……ああ」


「僕が勝ったら、あの言葉を訂正しろ」


(こりゃ面倒くさい事になったな)


「拒否は許さないと言いたいところだが、僕も君とは戦いたくない。だから、断ってくれても構わない。でも、勝負に逃げた負け犬と言う烙印は押されるけどね」


 見え見えの挑発だ。普通なら、こんなものに乗る者はいないだろ。だが──


「よし分かった。その申し出、受けよう。俺が勝ったら、今晩の夕飯のおかずを全部寄越せ」


 ミカエルは敢えて、ヨハネの決闘に乗った。


「成立だな」


(良くも悪くも肝が据わってやがる。ここで止めないと、此奴何するか分からないな)


 ミカエルだって好きで金を稼ぎたい訳じゃない。必要だから稼ぐ必要があるのだ。それが大多数に理解されないのは知ってはいる。それ故に軋轢を生むのも分かっている。だからこそ、こんな日が来るのは目に見えていた事だ。


 だから──


「なんだ……これ……」


 再起不能になるまで力の差を見せつけ、叩きのめした。


 アスタの見た光景、それはほぼ無傷の立っているミカエルと傷だらけで仰向けに倒れているヨハネの姿だった。

 講師のクラークは二人の間に立ち、事の成り行きを見守っている所から、この二人が決闘をしたのが一目で分かった。それでも、何故このような状況になったかは当の二人以外皆目分からなかった。


「えっと……此処でいいんですよね?」


「………」


 アングレの問いにも反応出来ない。アスタの表情は強張り、今を見ることを避けていた。


「──!あれは……おい、ホーフノーくん大丈夫か?」


 そんなアスタに気付き、駆け寄って来たのは学級委員のカインだ。魔法応用を受けていたカインは、アスタが最後どんな事になったのかは己の目で確認をしていたから、アスタの身体がどうなったか、大方予想が付いていた。


「君は…」


「あっ……えっと……私、使用人科の……アングレ・ローズと……」


「彼女には此処まで来るのに手伝ってもらったんだ。いや、それよりもカイン、これは一体なんだ?」


 “これ”と差すもの、それは今の自分の目を疑うしかない状況の事を差している。アスタの中の二人は特段仲が悪いと言う訳ではない。寧ろ、シンナー・ドリスの一件から仲間意識は前より強くなったと言ってもいい。だからこそ、この状況に納得していないし、何故こうなったのか理解も出来なかった。


「それはこっちが聞きたいくらいだ。……お前、あの二人と仲が良かっただろ?お前で分からないなら、あの二人しかもう知らないんじゃないのか?」


 おそらくだが、審判をしている講師のクラークも二人が決闘をしている理由をしらないだろう。しかし、決着が着いたのは誰の目から見ても明らかだ。ヨハネももう立ち上がることが出来ないだろう。


「そこまで!おい、誰かアマベルを保健室に連れてってやれ!」


「はい!」


 クラークの呼び声に二人の男子生徒が答え、ヨハネの肩を支えて、この場を去った。


「……ミカエル」


「………」


 ミカエルの顔は朝とは違って、陰鬱な表情をしていた。決闘で勝ったのはミカエルの筈だ。それなのに、表情は暗いままだ。更に、それを理解するかのように一滴の滴が空から落ち、それを合図に小雨が降り始めた。そして、本降りとなり、外に出ていた生徒達は各々教室へと戻っていった。


「雨、止まないですね」


「ああ」


 殆どの生徒が教室に戻る中、アスタ、カイン、アングレの三人は保健室へと戻った。勿論、保健室にいる理由はアスタの体調がまだ優れてないからだ。


「ところで、なんでまだいるんだ?」


「それは私の勝手ですよ」


「授業は大丈夫なのか?出なくて?」


「はははははは」


「笑って誤魔化すな」


 乾いた笑いが湿った空気に触れる。妙に癪に触るが、アスタを心配しているのは間違いないだろう。そうでもなきゃ、彼女が此処にいる事に納得がいかない。


「もういいかな?なんか僕蚊帳の外っぽいんだけど」


 カインは会話の中に入れない事に嫌気が差し、この場から去ろうと一言入れる。


「いや、待ってくれ。まだ、あの二人の決闘についてまだ何も聞いてない」


「……言っただろ?決闘の理由はお前が分からないなら、誰にも分からないって」


「違う。俺が聞きたいのは決闘の内容だ。あの場にいたなら、知ってるよな?ヨハネとミカエル……二人の決闘を……まあ、結果は知ってるけど」


 カインの眉がピクリと動く。


「知りたいのか?」


「……ああ」


 興味本位からなのだろう。結果を既に知っているアスタにとっては知っても知らなくてもいいこと。それでも聞く理由は一つ。一番近くにいた自分が止めれたかもしれなかった決闘を止められなかった自分への不甲斐なさと責任からだろう。そして、数秒間の間が開いた。その間に数回の呼吸を挟んだ後、多少の躊躇いを振り切り、口を開いた。


「……簡潔に言うと、一方的だった」


「一方的……?」


「ああ。ブレアくんの圧勝だった」


「そうか」


「だけど、決闘の結果よりも一つだけ気になる事もあった」


「気になる事?」


「……余り言いたくはないんだが、決闘って剣一本だけで行うものだよな?」


 今度は反対にカインがアスタに質問をした。


「──?そうだと思う。俺が昔見た決闘もそうだったし」


 幼い頃に見た結婚式で起こった決闘、漢と漢が互いのプライドを掛けて闘うそれはアスタとレイド、この兄弟の心を震わすにはこれ以上のものはなかった。思えば、あの決闘がなければ、アスタも今程強くなってはいないだろう。


「そうだよな」


「それがどうかしたのか?」


「それがさ、アマベルくんが途中で魔法を使ったんだ」


「……え?」


 アスタは驚きの表情を隠せない。それもそうだ。古来より決闘は、双方の合意の上に剣や斧や槍等の武器と己の身体以外の魔法を含む遠距離の武器、弓を一切使ってはいけないと言う掟から成り立っている。もしも、これを破ったものなら、そいつは死ぬまで卑怯者、臆病者等の不名誉な二つ名を与えられてしまう。ただし、魔法の使用を互いに認めていると言うのなら話は変わるのだが。


「……ミカエルは魔法を使ったのか?」


「いや、ブレアくんは使っていない」


「じゃあ……」


「だが、二人から事情を聞けていないから、今の僕達には確認のしようがない。一人はそこで寝てるし」


 この問題はミカエルから聞くのが関の山だろう。アスタ相手とは言え、負けたヨハネから聞くのは確実性がない。


「………」


「……そろそろホームルームの時間だ。僕は戻るが、君はどうする?」


「俺はもう暫く此処で休んでおく。クラーク講師にも怪我人が無理に身体動かすなって、こっ酷く叱られたし」


「私も残ります!」


「お前は戻れ!!」


 一学級委員としての誉れからか、カインは睨みながら、アングレにやや大きめの声で注意をした。それに対し、アングレの反応は、躾を覚え始めた子犬と同じように震え、保健室から出て行った。


 雨足が更に強まる。次第に霧も出始め、いつもより不機嫌なお天道様に溜め息を吐露しながら空を眺めた。


 夕焼けはもう、消えていた。


△▼△▼


 ミカエルとヨハネが決闘を始める約三時間前に遡る。此処は、王都シミウスから北に約五十キロメール、動物保護区と呼ばれる王都と同じくらいの厚さの壁に囲まれた地区ではアインリッヒ大学よりも早く雨が降り始めていた。

 そこには、周辺の見張りをしている衛兵達が監視の目を光らせており、マウザーもその一人である。


「たくっ、雨が強くなってきやがった」


「霧も出て来ましたね。どうしますか?一度、駐屯地に戻りますか?」


「ああそうだな。この雨じゃ此処に近づく奴がいても、対処できねえからな」


 未だ、この大陸では魔獣と言う天敵が存在する為に、普通の動物達は生きていけない。なので、此処、動物保護区はその数を失わせない為に作られた人工の環境である。しかし、その実態は違う。保護区とはあくまでも表向きに公開されている情報。実際は、有事の際に解放される備蓄庫である。なので、時折り盗賊が貴重な牛を盗み出そうと侵入しようとする事もある。なので、そうならないように此処の壁には衛兵が置かれている。もしも、許可なく此処に近付き、監視に就ている衛兵に見つかれば、問答無用でその剣を向けられ、命を取られる。上からもそう言われているのだ。つまり、此処は一種の治外法権でもあるのだ。それ程までに人類にとって此処は重要な場所なのである。


「まっ、この壁を上れる奴なんてそうそういませんしね」


「そうだな。もう五年は……うん?」


「どうしましたか?マウザー班長?」


「いや、なんだ?なんか聞こえねえか?」


「いえ、自分には」


(この音、北から?)


「──?」


「……おい!単眼鏡はあるか?」


「はい!」


 マウザーは部下にそう命令すると、部下の懐から出した単眼鏡を左目に当て、遠くを見た。


「……!!」


「マウザー班長?」


「……やべえぞ」


「──え?」


 単眼鏡から目を離すと、近くにいる部下全員に聞こえるよう、雨音に消されぬよう、大声で支持を出す。


「班員に告ぐ!!今直ぐ全速力で王都に向かう!!任務は放棄!!」


「……え?班長、どう言う事ですか!?」


「緊急事態だ。俺と数人は王都に向かう。お前は、付近にいる他班の班長にこの事を伝えろ。一刻も早く。そして、近くの村に避難指示を出せ、俺も道中に通る町や村には伝えるが、今のままじゃ避難は到底間に合わねえ」


「いや、だから一体何を……」


「それで向こうを見りゃ分かる!!」


 マウザーの指差す方向、それに向かって、単眼鏡を向け、その拡大されたレンズから霧の中に写る景色に肝を冷やす。


「……え?」


「分かったか!!あれが!!……何故か知らんが集団で動いてやがる!!分かったらさっさと脚を動かせ!!此処も直に危険だ!!」


 マウザー達が見たもの、それは、動物保護区から約三十粁離れた所で隊列を作って進行をしていた。発見に遅れたのはこの雨と霧の所為もあるだろうが、突然の事で脳が情報を整理しきれなかった。


「くそっ!なんでだよ!!なんで奴らが集団で動いてんだよッッ!!!」

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