第2章 48『最強の騎士再び』
読者の皆様、あけましておめでとうございます。
少し遅くなりましたが、新年初投稿となります。どうか、勇者の弟を今年もどうぞ宜しくお願いします。
夕焼け空が下校する生徒達の背中を照らし、一日の終わりを物語っている。この景色は一日に一度しか見られない芸術的な景色、その景色に恋焦がれる表情をする男が一人、校門から大学内へと入った。
男は門の管理人に一礼すると、管理人も一礼で返し、入校を許可した。それもそうだろう。此処に来たのは王国最強の騎士ヘルド・K・メイヴィウス本人なのだから。
「此処も久しぶりだな。……さてと、先ずは挨拶にでも行くか」
* * * * *
同時刻、保健室では保険の講師とアスタ、ヨハネ、そして気絶しているミカエルが大学長のグレースを前にしていた。
「さて、まあ言いたい事はあるが、真意に関しては君らに聞いても分からないだろうね」
今回の首謀者は言わずもがなミカエルだ。それはグレースも事情を知っている為、アスタとヨハネには大した質問等はしなかった。
「君達はもう帰っていいよ。怪我もないようだし。大学長、この子が起きたら通達を送りますので、今日のところはお引き取り願います」
「ええ、お願いします。じゃあ行こうか」
グレース、アスタ、ヨハネは保健室から出て行き、外で待っていた生徒会の生徒二人と共に下駄箱まで移動した。
「それじゃ、明日も授業はあるからくれぐれも遅刻はしないように」
足早にグレースはアスタ達と離れようとする。本来なら、もう少しは事情聴取をする所だが、グレースはそれすらしようとしない。
「大学長、ちょっと待ってください」
その違和感に気付き、アスタはグレースを呼び止めた。
「なに?」
「あのバリケードを作ったのは、貴女……いや、貴女達ですか?」
アスタの中にある違和感、それはシンナーを追い詰める要因になったバリケード、それとあの観戦人数、あの僅かの時間では声を掛けられる人数には限りがある。つまり、あの人数は予め裏回しを取っていないと不可能な部類だ。それも、アスタ、ヨハネ、ミカエル、シンナー、この四人に気付かれる事なく。
「うん、そう。君達が近い内に行動を移すのは分かっていたし、色々と手を回させてもらったよ」
「色々と、あの人集りも…ですか?」
「うん。…まあ、後一つは分からないみたいだけど」
「後一つ?」
「分からないなら分からないでもいいけど、宿題にしておくよ。君が二年に上がる時までに私に教えてね」
そう言うと、グレースは生徒会の生徒二人を連れてアスタ達の前からいなくなった。
(…その答えは大方想像につきますよ)
「後一つって何かな?」
「多分、疾しい事だと思う」
「え?」
「何でもない」
アスタはどうやらその『後一つ』と言うものに何かしらの心当たりがあるようだ。
「じゃあ帰るか。ずっと此処に居座ってても…」
二人が後ろを向いた瞬間まで気付かなかった。二人より高い身長の赤髪の男が二人の目の前に立っていたのだ。
「──!!」
「あっ、ああ…最強の騎士…」
二人の目の前に居たのは最強の騎士と言う肩書きを持つ男、ヘルドだった。
この男を前に一見はいつも通りの表情をしているが、その実、内面ではこの男に少しだが恐怖を抱いていた。何故だって、それはこの男がアスタに向ける視線が普通のものとは違うからだ。どう違うのか、普通の人間が向ける視線は通常、向けられる者を擦り抜けるように感じられる。しかし、この男がアスタに向ける視線は殺意に似通ったものを感じるのだ。しかも、その殺意も怒りや悲しみ等、そんな軽いものでない。言うなれば、諦め。そんなものが感じられた。
「そんな固い表情しなくても大丈夫だよ」
だが、アスタが感じた緊張感とは打って変わり、ヘルドの表情は穏やかだった。
「どうして、貴方のような人が此処に?」
「一応、僕も此処のOBだからね。今日は挨拶に来ただけだよ」
「あっ、あの!!」
「ん?」
「自分、ヨハネ・アマベルと言います!自分は、ヘルドさんに憧れて此処に入学しました!!」
ヨハネは緊張しているのか、身体を震わせながらヘルドに自己紹介した。
「僕に憧れて?それは嬉しいなぁ」
「はい!」
「そうか!じゃあいつか共に仕事出来るといいね」
「はいっ!!」
ヘルドの言葉にヨハネは満面の笑みで返事をした。そのおかげか、先程までアスタが感じていた緊張感が消えた。
「じゃあね。ヨハネくん」
「はい!」
ヘルドはヨハネに別れの言葉を告げると、すれ違い間際にアスタに耳打ちをした。
「今日の二十時、校庭で待っていて。出来るだけ、人目の付かない所で」
要件を小声でアスタに伝えると、ヘルドは校舎の中に入った。今の言葉で再びアスタに緊張感が戻る。心音が五月蝿い。逃げられない。下手をすれば殺されるかもしれない。何故かは分からない。おそらくは勘だ。そんな漠然とした不安がアスタの脳裏に過った。
△▼△▼
陽が完全に落ち、王都の街では各家庭が夕飯にありついている頃、大学の外れにある極普通の家、その家の書斎で机一つを挟んで、グレースとヘルドが対面していた。
「こうやって君と話すのもいつぶりかな?」
「六年ぶりと言ったところでしょうか。…グレース講師も……いえ、今は大学長でしたね。貴女もあれからお変わりなく」
「…皮肉だね」
他愛のない会話をしながら、グレースは机に置いているグラスに琥珀色の液体を注いだ。ワインだ。
「良いものが手に入ったんだ。今日はこれで──」
「失礼ですが、実は今日はこの後別の予定がありまして……お酒は控えさせていただきます」
「そうか……」
「それよりも、彼女はどうですかね?」
「ああ、今年入学した……どうかと言われると、間近で見た訳じゃないからどうにも言えないけど、入学試験の評価と点数を見る限りじゃ、間違いなく学年でもトップクラスの実力を持ってるね」
「成程、彼女なり精進してると」
「詳しい事は担任のサム講師に聞いてみるといい」
「サムさんが……分かりました。機会があればですが……」
ヘルドは神妙な表情で顎を下げた。
「それにしても、どうして今日は此処に来たんだい?ただ後輩の様子を見たいってだけで来る程、君ももう暇じゃないだろう?」
「…そうですね。こうやって国民の期待を背負ってしまうと、元々無いに等しかった自由が更に擦り減りましたね」
「それはお気の毒に」
「ですが、久しぶりに此処に来たかったのも事実です。僕に憧れて騎士科に入ったって子にも会えましたし」
「ほう、そりゃ良かったね。まっ、最強の騎士に憧れていない若い子なんて、今時いないよ。君人望あるし」
「…人望なんてありませんよ。騎士団の中でも僕を目の敵にする人だっています」
「……ハーマルか。私も先代からの付き合いだし、気持ちが分からない訳じゃないし、そっちの事情も知ってる。けどさ、元親友なんだろ?話してやってもいいんじゃないか?君の寵愛の事」
「話せません。話してしまったら、悪い方向へ進む。それは貴女にも言える事です」
「……私にも全ては話せないと言うことか」
「はい。残念ですが…」
「ふん、まあ君が此処に来たと言う事が最大限の行動か」
「………」
「成程ねぇ。……分かった。暫くはうちも限界態勢を引く。それでいいよね?何となく察しは付くから」
「ありがとうございます」
ヘルドは全てを話さなかった。いや、話せなかった。いつかは分からないが、近い内に来るであろう王国を揺るがす事件を。それをグレースに自分の口から伝えられないのは、ヘルドにとって悔しい事だった。
(彼奴らの寵愛を知ってる私だからヘルドの伝えたい事はなんとなく分かるけど、これを王国騎士の奴らが理解出来るとは思えないし……話したくても話せないか。もしかして、直々に来たって事は、これ結構やばい?)
△▼△▼
時を同じくして、同時刻、寮の部屋でアスタとヨハネ、特にヨハネは興奮して会話に花を咲かせていた。その様子に今回のシンナーの一件について聞きたいクラスメイトを遠ざけさせていた。
「凄いよ!あの最強の騎士に会えるなんて!」
「良かったな」
「しかもしかも、いつか仕事出来るといいねって!」
ヨハネはいつになく興奮し、自分の世界に入り込んでしまっている。
「よーっしッ!また明日から授業頑張るぞっ!!んじゃ、風呂行ってくる!」
「おう、行ってらっしゃい」
ヨハネは気分良く鼻歌混じりでスキップしながら部屋を出ていった。
「さてと」
ヨハネが出ていった後、アスタは部屋の窓を開けて、周囲を確認する。
(二階なら大丈夫か)
建物高さを確認すると、靴を履き、窓から飛び降りた。幸いにも高さが余り無かったのと、下が茂みであった為、多少の脚の痺れは感じたが、無事に着地出来た。
「よし、『ルーク』」
着地の後、直様初級の影属性の魔法を使い、闇夜と同化した。
(なんでこんな事してるんだか)
アスタがこんな事をしている理由、勿論、理由はヘルドに呼び出されたからと言うのもある。しかし、アスタはあれを聞かなかった振りをしておいても良かったのだ。その結果、ヘルドから嫌われようとも、アスタにとってはどうでもいい話しだ。だが、アスタは行動に移った。態々一番リスクのある方法でだ。何故こんな事をするのか、その理由の一つに兄のレイドが関わっている。
アスタは、レイドが王都に経って以来、月に一度、手紙を送っていた。無論、手紙を送れば、返事が来る事もある。そんな文通をしている中で、ヘルドがレイドに剣を教えているのを知ったのだ。だから聞きたいのだ。もしかしたら、レイドが此処ではどうだったのかと聞けるかもしれない。自分の知らない兄の一面が知れるかもしれないと淡い期待を抱いているのだ。
(よし、後は真っ直ぐ行けば……)
寮の裏から回り、念には念を入れて魔法を使って姿を消したので、先ずバレる事はない。なので、茂みが揺れる音に反応していた者も小動物か何かと思い、それ以上詮索もしなかった。完璧だ。後はこのまま正面玄関の横を通れば校庭は目と鼻の先にある。だが──
「何してるの?」
「!!」
背後から声を掛けられた。いや、今は夜だ。影属性の魔法を使っているアスタの姿は他人には絶対に見えない。見えない筈だ。だから、アスタはその者は他の誰かに声を掛けたのだと思っていた。しかし、よく考えると、アスタは窓から飛び降りる直前、下には誰もいない事を確認した。つまり、今の声の主はアスタが飛び降りた直ぐ後に同じように窓から部屋を抜け出したのだろう。
しかし、アスタの後に窓から出たのなら、何かしらの痕跡、音が残る。それに気付けない程アスタも馬鹿ではない。と言うことは、その者もアスタと同じように気配を消し、その上でアスタに声を掛けたのだ。
「ねえ、そこにいるんでしょう?アスタ・ホーフノー」
「……!!」
名前を言われた。つまり、相手には顔を知られている。だが、あの聞き方は姿は見えていないと言うことだ。アスタはそれを瞬時に理解した。
(仕方がない。魔法は使えないからここは素手で行くか)
勿論、アスタの魔力量とそれに応じた魔法のレパートリー数ならば、相手が誰であろうと負ける事はない。しかし、今別の魔法を使うと、自分に掛けている『ルーク』の効果が切れてしまう。
それでも、アスタは数種類の魔法を同時には使える。なので、アスタの理論上では今、別の魔法を使ってもルークの効果は切れないが、アスタでも素で複数の魔法は使えない。あれは、ビットの補助があって初めて可能になる芸当なのだ。しかし、今、常に発光しているビットを出してしまえば、その光でルークの効果を打ち消してしまい、見つかる可能性が上がる。そのため、ビットは使えない。だから、ここは姿を消せている内に体術を掛けるのが正解と判断した。
そして、アスタは成る可く音を立てないよう、靴を脱ぎ、振り向くと同時にその者がいるであろう背後に裏拳をお見舞いしようとした。だが、その拳は空を掠め、無情にもただ自分の居場所をバラしたにすぎなかった。
(しまっ──)
「あんたの動きは見えてるの」
右腕を掴まれ、そのまま捻りを入れられる。
「かっ!」
こんな芸当が出来て、アスタを知る者はこの学内に一人だ。
「……コード」
雲から月が出る。月光が地面を照らし、アスタに掛かっていたルークも切れる。
そんな月光に照らされるコード・ティーナの顔が今のアスタには憎らしく、そして、美しくも見えた。
【豆知識】
第2章(東暦八十五年)時点での一部登場人物の誕生日
ヘルド・K・メイヴィウス (20) 誕生日4月2日
ハーマル・メサルティム (20) 誕生日3月25日
フライデン・ホーフノー (69) 誕生日9月15日




