第2章 47『墓まで』
今年最後の投稿になります。多分。
〜東暦八十年〜
「はぁぁ!」
ガハリシュの森、そこで一台の荷馬車と荷馬車と並走すり馬に乗る護衛が二人が魔獣から逃げている。馬車を追うのは五匹のキラーウルフ。彼らは獲物を追う時一匹では動かない。狩の時は群れで行動し、確実に獲物を仕留めるのだ。
「おい、もっと速く出来ないのか?」
「無理ですよ旦那!これ以上は速く出来ません!」
並走する馬は兎も角、荷物と人を乗せた馬車では速くは走れない。
「……ッッ」
荷馬車に乗っているのは、馬を操る御者、依頼者本人とその部下、護衛のイオク・ブレアだ。
この護衛のイオク・ブレア、そう、彼はミカエル・ブレアの父親である。そして、依頼者の名前はハロルド・ドリス、シンナーの父親である。
元々、イオクはガハリシュへ出稼ぎに来ていた。仕事が一通り終わり、徒歩で帰る途中に偶然通り掛かったこの荷馬車に護衛を良い値で頼まれ、それを了承し、今に至る。
「かくなる上は…」
「おい!何をする!?」
イオクは荷を掴むと、それを持ち上げて外に捨てようとした。しかし、それをハロルドに止められる。
「見て分からないか!?荷物を捨てるんだよ!」
「なにっ!?」
「このままではあの魔獣に追い付かれて俺達全員が死ぬ。ならば、近くの村か街にまで逃げるのが鉄則だ。そのために、この荷物は此処で捨てる。馬車を軽くする為にな」
「許さんぞ!そんな事私が許さんぞ!」
「は?」
「その荷は何があっても絶対に捨てるな!いいな!」
「……分かりました」
急遽雇われた身とは言え、雇い主の命令を無視する訳にはいかない。イオクは仕方なく荷物を捨てるのを辞め、弓矢に持ち替えて交戦する事にした。
矢を何本か放つが、どれもキラーウルフの軽い身のこなしと馬車の揺れで全部外れる。
(馬上では足場が悪くて狙いが定まらないか)
「おい!しっかり狙え!」
「やってますよ!」
馬に跨っている護衛の方は腰に帯剣をしているが、キラーウルフ相手に馬上での接近戦は不利と見えるだろう。だから、今戦えるのは実質イオクだけだった。
(このままでは拙い。この速度じゃ確実に追い付かれる。どうすれば)
今の速度では遅かれ早かれ追い付かれるのは自明の理だ。いや、そもそも馬もこれ以上体力が保つか分からない状況だ。
「ん?」
矢を取り出そうとした時、偶然にも積荷の蓋が軽く開いた。下を向いていたイオクは必然的にその積荷の中を見てしまった。
(これは……カロナイン!確か、鎮痛剤の材料に使われる物だったような)
積荷の中にあったのはカロナインと言う葉。これは主に鎮痛剤の原材料として使われており、一般の家庭から、騎士や衛兵、冒険者達にも欠かせない物である。しかし、その反面使い方を誤ると、強力な幻覚に苛まれる事もあり、国から認められた者以外は栽培、売買を禁止されている。無論、一貴族にその権限が与えられるのは滅多にない。
(まさか、麻薬の製造に?……いや、そんな事はないだろう。最近は取り締まりも強化されてるし)
──その荷は何があっても絶対に捨てるな!
(……考えたくはないが、まさか、俺は犯罪の片棒を担がされているのか?)
確信は持てない。だが、積荷を捨てようとした際のハロルドのあの慌てようは何かを隠したがっているようにも思えた。
「……すいません、こんな時になんですが」
「なんだ?」
「積荷の中身って、何ですか?」
つい我慢が出来ず聞いてしまった。イオクはキラーウルフを矢で牽制しながらも横目でハロルドの表情を窺う。
「……何でもないただの魔石だよ。いやぁ、最近は魔石の価値が上がっててね」
嘘だ。さっき荷の中身を見たのもあるが、不器用な程の笑顔と一滴の汗が今の発言が嘘だと物語っていた。
「そうですか。……私も今度の出稼ぎで魔石の採掘に行こうかな」
イオクはハロルドと会話を繋げ、積荷の中を見てしまった事を勘付かれないよう徹底した。
(間違いなくこの貴族はカロナインを違法で栽培をして売り捌こうとしている。クソッ!このままじゃ俺も犯罪者だ!どうする?)
王都で正式に作られていて一般の家庭にもある鎮痛剤は、効き目が薄いものの、薬への依存性はかなり抑えられている。逆に違法に作られた物、つまり、依存度が高ければ高い物程効き目は倍増。悪い意味で痛みを消し去れるのだ。
そして、ドリス家がやろうとしている事は間違いなくカロナインを使った違法薬物の製造だろう。知らなかったとは言え、それに協力したのがバレたらイオク、そして家族もただでは済まない。
(……やむなしか)
残り僅かな矢と弦を捨て、イオクは積荷を持ち上げた。
「おい!何をする!」
「もうこれ以外に方法がありません!」
イオクは腹を括った。この二つの窮地を脱する為にはこれしか方法がないと言い訳をし、積荷を投げ捨てようとする。こうすれば、自然にカロナインは捨てれるし、馬車も軽くなってキラーウルフからも逃げ切れる。
だが、その考えが甘かった。
「ガッ!?」
突如、背中に熱い衝撃が迸る。何事かと思い、後ろを振り向くと、馬に乗っていた筈の護衛の一人が馬車に乗り移り、イオクの背中に長剣を突き刺していたのだ。そして、そのまま剣はイオクの身体を貫通する。内臓も傷ついただろう。
「カハッッ!」
剣が引き抜かれ、刺された箇所から服に血が滲む。
「な、なにを…」
「悪いね、これを誰かに見られる訳にはいかないんだ」
立ち眩み、イオクは馬車から落馬した。
落馬した衝撃で身体が大きく跳ね、意識が混濁する。
「はっ」
そして、五匹のキラーウルフはイオクの身体へと噛み付いた。腕、脚、腹の肉を引き千切り、魔獣達はその腹を満たす。この捕食行動はイオクの身体が骨と皮になるまで続き、遺体に衛兵達が気付くのは、イオクが出稼ぎに出て三週間が経った後だった。
△▼△▼
〜東暦八十五年〜
「そんな真相が……」
「いいかトーマ、この事は墓まで持っていけ」
「分かってます。ですが、サムさんは何処でこの情報を?」
「……秘密だ」
出所も分からないドリス家とミカエルの父親イオクの関連を話し終え、二人は各々の業務に戻った。
だが、この事実をサムは何処で知ったのか、誰から聞いたのか、それはサム本人以外知る由もなかった。
* * * * *
〜夜〜
シンナーが衛兵に連れて行かれ、全てが終わってから約五時間が経過してのこと、アスタはとある人物に呼び出され、校庭の隅にある鉄棒の上でバランスを取りながら座って待っていた。
「──ん?」
暗闇の中から足音が聞こえ、その方向へ目を向ける。
「………」
街灯の光がその人物に当たり、その赤髪と爽やかな笑顔が照らされ、光に集まっていた蛾が散っていった。
「待たせたね」
「……全然、貴方こそ、僕に何のようですか?ヘルド・K・メイヴィウスさん」
冷たい風に包まれた空気が一層涼しくなり、何とも言えない雰囲気が二人の役者を新しい舞台へ上げた。そして、世界の歯車は動き出す。




