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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 46『ミカエル・ブレア』

 授業が全て終わり、各々の生徒達が放課後の居残りや個人練習に勤しんだり、早くに寮へと帰宅する者もいる。このシンナー・ドリスもその一人である。

 シンナーは、特別に許可を得て連れてる護衛二人と共に同学年や同じクラスの者とは誰とも連む様子もなく、寮へと真っ直ぐと歩いていた。


「ん?」


 背後で物音がし、護衛一人が振り向く。


「どうした?」


「いや、気のせいだ。多分、鼠か何かだろう」


「おい何やってんだ!早く帰るぞ!」


「はい」


 今の様子を物陰に隠れたアスタ、ミカエル、ヨハネが見ていた。


「やっぱり、警戒心が高いな」


「あれじゃあ奇襲を掛けるのも難しそうだね」


「ああ、分かってはいた事だか……だが、どうしてシンナーは護衛を連れるのを許可されたんだ?二年の先輩や他学科の同学年にもああいうのを引き連れたのは見かけなかった。何か理由があるのか?ミカエル、何か知ってるか?」


「いや、知らない」


「そうか」


 側から見れば、この三人は不審者極まりない。物陰に隠れて一人の男に狙いを定めているのだ。怪しいと思わない者の方が少ない。


「けど、作戦に変わりはないな?」


「ああ」


「作戦と呼べるかは怪しいけどね」


 ここまで来たらもう後には引けない。作戦の実行以外に道はない。


「そんじゃ、俺らは行くぞ」


「…任せた」


 ──先ず、シンナーと戦うためにもあの二人の護衛が邪魔だ。引き剥がさないといけない。そのために、


 ミカエルが隠れていた建物の裏に回ると同時にアスタとヨハネは物陰から前に出た。


「いててててて、痛い…痛い。お腹が」


 すると、急にヨハネが地面に蹲り、腹部を押さえて苦しみ出した。


「おい、どうしたんだ?そこの人、助けてください!友達が!」


 大人に助けを求める。成人していない子供だけ持っている特権だ。恰も自分は力がないと見せれば大抵の大人は助けてくれる。その同情を狙ったのだ。


「……助けてやれ」


 この光景を見て、護衛の一人が耳打ちでそう言った。


「しかし、それでは護衛の任が……」


「いいから。寧ろ此処で助けない方が色々と不自然だし、雇い主にも迷惑が掛かるかもしれん。護衛は俺がやる」


「分かりました」


 耳内での相談を終えると、護衛の一人がヨハネの肩を持った。


「ありがとうございます」


「医務室は何処だ坊主?」


「はい。ついて来てください」


(任せたぞ)


 ──だから、二人で護衛の一人を猿芝居で引き離してほしい。


(ここまでは作戦通りか。後は)


 アスタを先頭にして医務室へと歩いていたが、アスタはふとした所で医務室からは離れた人気のない道へと入った。


「おい、医務室への道をこっちであっているのか?」


 人がいなければ、木々の影や茂みの間を進んでいる。流石に怪しく思ったのか、護衛は一度足を止めた。


「大丈夫ですよ。こっちが近道なんで」


 ──引き離せたらどうする?一応人気のない所には誘導出来ると思うけど。


 ──引き離せたら


 木々の間を出ると魔法館の三号館の建物の裏へと出た。


「ん?彼奴は何処だ?」


 一瞬の瞬きの間でアスタが護衛の視界の中から消えた。先に行ってしまったのかとそう思ったが、いまの一秒未満の時間で姿を消すなど人間技ではないし、建物の影になっているとは言え、足跡が消えている。


 おかしいと思った時にはもう遅かった。


 完全なる死角。アスタは覚えたばかりの魔力障壁を足場として使い、頭上に隠れていた。


「──ふっ」


「がはっ!?」


 護衛が完全に油断したタイミングで脳天に踵落としを決めた。


 何が起こったのかと、そう思って反撃しようとするが、脳に完璧な打撃が入った影響で重度の脳震盪が起こる。まともに立つことすらままならない。

 そして、護衛が完全に倒れたタイミングで護衛の脚を氷属性の魔法で凍らせて地面と固定した。


「ッッ、テメェ……」


「動かない方がいい。無理に動かすと皮膚が剥がれるぞ」


「何が目的だ?」


「言う必要はない。ヨハネ、防音石は設置したな?」


「うん。でも、小さいやつだから長くは持たないと思う」


 ヨハネは防音石の欠片を護衛の周辺に埋め、声を発しても誰にも聞こえない仕掛けを施した。この防音石は、前日にこの付近を探している時に見つけた物だ。何故此処にあるのを知っていたのかと言うと、入学試験の日、この魔法館で試験を受けたアスタは既にこの壁が防音石と魔法の衝撃を吸収する為に加工された魔哨石が使われているのを確認していた。なので、護衛を捕らえた後の事を考えて前日に防音石の本体か破片が落ちていないか探したのだ。


「効果は三十分が限界だろうが、充分だ。じゃあ、作戦の第二段階に移るぞ」


「うん!」


【同時刻、ミカエル側】


 アスタ、ヨハネと別れたミカエルも時を同じくして機会を窺っていた。だが、窺うだけでミカエルの身体は動けなかった。まだ護衛が一人いるからだ。シンナーと一騎打ちに持ち込むためにもあの護衛はミカエル一人でどうにかしなければいけない。


(アスタとヨハネには作戦の第二段階を実行してもらう為に協力は得られない。…覚悟は決めた筈だ。思い出せ。こんな奴ら、赤蜘蛛に比べれば、屁でもない!!)


 一息吐き、その目線にシンナーを捉えると、ミカエルは助走から全力で走り始めた。左手には前日のうちに隠しておいた木剣が握られている。


「うおおおおおお!!!」


「え?」


 ──パキャッ


 一閃。護衛の側頭部に木剣の刃が直撃。頭蓋にヒビが入る音と共に木剣の刃も折れる。それ程までに腕の筋肉と握力に力を入れていたのだ。

 そして、木剣が命中した所から血が流れ、護衛が倒れた。


「ハァ…ハァ…」


「え?…え?」


 次はお前だと言わんばかりにミカエルがシンナーを睨み付ける。長年の恨み辛み、全てをぶつけんばかりの殺意はシンナーにも確かに伝わった。


「ヒッ…」


 それが良くも悪くも功をそうしたのか、シンナーは反撃する事もなくミカエルから逃げ始めた。


「やっぱり逃げるか」


 シンナーに元々武勇など持ち合わせていない。そんな事はミカエルだって百も承知だ。


「逃がすかよ」


 シンナーが約三十米距離を離した所でミカエルは折れた木剣を手放し、茂みの中から弓と十本の矢を手に取った。これも前日準備で隠しておいた物だ。

 弦を引き、小さく、そして細く息を吐く。的は魔獣よりかは小さいが、背中を向けているのと、恐怖の為か動きが読み易い。

 そして、放たれた矢は一直線にシンナー目掛けて迫る。

 だが、矢はシンナーの肩擦れ擦れに掠めただけで護衛の男に喰らわせたような決定的な一撃にはならない。


「ひっ、ひぃぃ!!」


 しかし、ミカエルの殺意はシンナーも確かに感じ取っていた。なので、逃げる。死物狂いで逃げる。相手は自分を殺しに来ていると脳裏に焼き付かせて。

 そんな逃げるシンナーにミカエルはもう一本矢を放つ。今度も殺意を込めて放たれたが、矢はシンナーの足元に刺さる。


「いっ!?」


 地面に刺さった矢を見て、シンナーは逃げる方向を変える。その方向は校舎の中、シンナーは建物の中でこれをやり過ごそうとしたのだろう。


「なっ、なんで!?」


 だが、シンナーの行手を阻むように廊下や階段へと続く道は机のバリケードで塞がれていた。


「くそぉぉぉ!!」


 まるで計算されたかのような状況を前に、シンナーに残された道は後一つとなった。真っ直ぐだ。このまま真っ直ぐ進めば外に繋がる校門へと出る。不気味にも何故か他者と遭遇しないシンナーにはこれしか方法が残されていない。


(これは…)


 遅れてシンナーの後をつけて来たミカエルにもこの光景は予想外のものだった。


(こんなの、作戦の内に入ってない。アスタとヨハネがやったのか?この短時間に?)


 余りにも都合が良すぎる状況に戸惑いすらも感じられる。本来なら、この校舎を使ってシンナーを端まで追い詰めさせて窓から外にまで追い込むのが作戦だったのだが、謎のバリケードのお陰でその必要がなくなった。そう、だからこの状況はミカエルにとって都合が良すぎるのだ。


(だけど)


 この手を逃すほどミカエルも愚鈍ではない。予定とは少し違うが、概ね計画通りである。なので、作戦はこのまま実行。迷う事なくシンナーの背中を追う。


「はっ、はっ、くそぉ…なんだよ…なんだよこれは」


 シンナーの手には汗が滲んでいた。走れ走れと脳が叫び、ただ一心に自分が助かる為の道へと進む。


「──!おわっ!」


 校庭の中心まで来たタイミングでシンナーの足元に矢が落ちてきた。


「っ!お前、お前は何がしたいんだよ!」


 よくよく考えてみればここまでシンナーに矢を当てなかったのもここまで誘導する為のものだったのだろう。きっと、ミカエルもシンナーを殺したくて仕方ないだろうに、よく我慢したものだ。


「……シンナー・ドリス、俺を覚えていないか?」


 ミカエルは弓矢を捨て、一歩ずつ近付く。


「は?」


「俺を覚えていないか!?」


 大声で叫び、シンナーへと更に近付く。ミカエルの表情はもはや悪魔だ。


「あっ!──ああっ!思い出したぞ。お前、あの時俺の屋敷に来た…」


 人間とは不思議なものだ。普段思い出さない、思い出せない事でも死の淵に立てば勝手に脳が思い出させるのだから。


「ど、どうしたんだ?そうか、俺の使用人になりにきたのか!いいぜ、お前なら特別に好待遇で……」


 この状況でもまだヘラヘラできるシンナーを見て、ミカエルの何かが切れた。


「ふざけんじゃねええええぇぇぇ!!!」


「がっ!?」


 ミカエルはシンナーの懐まで怒りのまま接近すると、手をグーの形で握り、その拳をシンナーの頬に叩き込んだ。

 殴られたシンナーの口から白い塊が外に吐き出される。──歯だ。シンナーの奥歯が殴られた衝撃で折れたのだ。


「いっ、お前何すんだよ!?俺がお前に何したってんだ!?」


 どうやら先日の事さえも覚えてないらしい。そのため、今の態度に対しミカエルはもう一度シンナーを殴る。


「──先日の件は許そう。だが、お前には忘れるべきでない罪があるだろうが?」


「罪?何のことだ?」


「まだ分からないのか?いいだろう思い出させてやる」


 ミカエルはそう言うと、後ろに二歩下がった。すると、教室の窓や物陰に隠れていた生徒や講師達が次々に出てきた。


「は?なんだ?何をするんだ?」


 シンナーだけでなく、出てきた者達も何がなんだか分からない様子だ。


「これで作戦の第二段階が終わったな」


「うん、でもなんで皆僕らの言う事に乗ってくれたんだろう?」


 これが作戦の第二段階、人を集める。ミカエルがアスタ達に頼んだ事は、できるだけ校庭に人を集める。一見単純に見えるが、人をあの短時間で集めると言うのは相当な高難易度だろう。それをアスタとヨハネは見事にやってみせた。それも集まった人数は九百人を優に超えている。おそらく、全校生徒の殆どが揃っている。想定以上だ。


「分からないな……。それに、あのバリケードは俺達も知らない。誰がやったんだ?タイミングとしても完璧すぎるぞ」


「それに、僕らこんなに声掛けたっけ?二人で精々二十人いったかどうかだと思ったんだけど……」


 尽きぬ謎、ミカエルを見守るアスタとヨハネにもあのバリケードとこの人数の観覧は想定外だ。


「東暦八十年、五年前に何か覚えはないか?」


「五年前?そんな事忘れちまったよ!なんだ?その年に俺はお前に何かしたのか?」


「……王都より北東、その昔黒竜によって汚染された村の事だ」


「北東の村?……ああ!思い出したぞ。あの村だ!ゴミ臭い……がっ!?」


 気付けば足を出していた。シンナーの鼻に入れられた蹴りは重く、鼻から溢れる血がそれを物語っていた。


「ゴミ臭い?…確かにゴミ臭かったかもしれないな。けど、あそこには俺の家があった!!同年代の友達がいなかった俺にも優しかった皆がいた!!それをお前は、あんな簡単に踏み躙って……」


 ミカエルの両目から大粒の涙が溢れる。


「なになに?」


「あっ、あの時の火災だよ。まさか、放火だったの?」


 周囲が騒めき始めた。


「お前の一時の快楽で大勢の人が死んだ。…もう俺の故郷は何処にもないんだよ」


「はっ、何が人が死んだだ!あれが人?笑わせる!あんなゴミどもを焼却してくれてありがとうと感謝してほしいくらいだぜ」


「……は?」


「ほら、実際に奴らを消し炭にしたおかげであの土地の汚染された野菜は二度と市場に出回らなくなるんだぜ!しかも、あそこからゴミがいなくなったおかげでちょっとずつ地面も浄化されてるんだぞ!!ほら、良いことしてるだろ?感謝しろよ!もっと俺に感謝しろよ!!」


 ミカエルを抑えていた理性が”プツン“と音を立てて切れた。


「……もういいよ。お前は、死ね」


 ミカエルは何の躊躇いもなく懐から隠していたナイフを取り出した。


「おい!」


「何やってんだ彼奴!?まさか──」


 殺す気だ。今を見ているアスタもこの光景を何度か見たことある。そう、山に住んでいた魔獣が時折見せたあの目だ。

 それを理解した瞬間、アスタの身体は誰よりも早く動いていた。


「は?」


 アスタが動き出したと同時にシンナーの目線がミカエルからミカエルの持つナイフへと移った。それを見た途端、シンナーは蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。脚に力が入らない。よくよく考えてみれば、先日会った時もそうだ。護衛がいたとは言え、今日の為に無闇に手を出そうとしなかったのかもしれない。今日、返答次第で大衆の面前でシンナーを殺すために。


 無言でナイフが振り下ろされる。狙いは目だ。先ずは目を潰す。目を潰して視力を奪ったら、次に耳、鼻と剃っていく。それが終わったら爪を剥ぎ、歯を抜き──ミカエルの頭にはそんな考えしかなかった。今のミカエルはシンナーを殺すことだけに特化した機械だ。


 ミカエルのナイフがシンナーの目に当たる寸前、ミカエルの身体に大きな衝撃が走る。


「かはっ!?」


 身体が大きく仰け反り、自分に当たった物の正体を確かめる為に腹部を触る。


 冷たい。そう思うと同時にパラパラと氷の粒が地面に落ちる。


(なんだ?……魔法?)


 当たった物がなんなのか理解しかけた時、今度は身体を大きく押し倒される。


「ッッ!!邪魔をするなっ!!!」


 ミカエルの身体は地面の上で押さえられていた。


「落ち着け!お前まで人を殺してどうする!?お前も此奴と同じになりたいのか!?」


 アスタはミカエルに人を殺させまいと、膝でミカエルの首を固め、動けないよう無理に固定した。

 しかし、固定はしても油断は出来ない。ミカエルはナイフを持っているからだ。もし、怒りのままにアスタにもその殺意を向ければ、今のミカエルはやりかねない。


「黙れぇっ!!アスタ、お前だって兄貴を殺した奴を殺したくてウズウズしてるんだろ!?お前にだって俺の気持ちが分かる筈だ!!だから、その脚を外せぇぇぇぇ!!!」


「──っ!」


 ミカエルはナイフこそ突き刺したりはしなかったものの、アスタの脚を力一杯に噛み、無理に拘束を外そうとする。


「やめろ!お前にはまだ人生がある!そんな事してどうするんだ!?奴を殺せたとしても、その後お前はどうするんだ!?」


「それは…奴を殺した後に考える。それでいいだろ!!」


「駄目に決まってるだろ!!」


 アスタは噛まれたまま更に脚に力を加え、完全に落とすカウントダウンを始める。


(怒りに呑まれている。仕方がないが……少し我慢してくれ)


「ガッ…かかっ…」


 ミカエルの意識が混濁し始めた。おそらく、後三十秒締めれば落ちるだろう。


 そう考えていた。だが、人の意思はそう安い物ではない。


「え?」


 なんとミカエルのナイフを持つ右腕がゆっくりと動いたのだ。万に一つでもミカエルがアスタに刃物を向ける、勿論、ほんの僅かだがその可能性はあった。しかし、先程の問答の繰り返しから、口は出ても流石に人を殺せる道具を友に向ける事はないだろうと確信していた。それでも、その予想はひっくり返された。現に、ミカエルの腕はゆっくりとだが上がり、その鋭利な刃先はアスタの方を向いている。


 拙い。その思考と同時に命の危機を感じた。


 アスタは咄嗟に締める力を強くした。しかし、ミカエルの腕は上がったまままだ刃先をアスタに向けている。


(おい、嘘だろ?)


 アスタは締める力を強めながら、恐る恐るミカエルの表情を確認した。すると、アスタの目に映ったのは白目を向けて既に意識を失っているミカエルの姿だった。


「………」


 よく見れば、ナイフも上がったままアスタの方へ下げる様子はない。

 アスタはもう安全だと判断し、ゆっくりとミカエルの拘束を解いた。これ以上やれば死んでしまう。

 何がミカエルの意思を止めたのか、それは分からない。アスタの締め技が上手く決まったからなのか、それとも、ミカエルの理性が怒りを収めたからなのか、あるいは──


「助かった」


 だが、結果オーライだ。これで最悪のシチュエーションは回避されたといっていいだろう。


 アスタは一応の危機が去った事に一息吐き、地面に尻餅を付いて、全身を脱力させた。


「ん?」


 そこにアスタの肩にポンっと手が置かれる。


「……シンナー!」


「よくやった。お前のおかげで命が助かった。俺の私兵にしてやろう。勿論、待遇は親父に言って最高に良くしてやる。そうだなぁ、給料は──」


「……ミカエル、お前の気持ちも分かるよ」


 シンナーの提案を無視しながら、アスタは気絶したミカエルにそう言い掛けた。


「え?」


 そして、次の瞬間にはアスタはシンナーを殴っていた。


「お前っ!!命を助けたからってここまでしていいとは……」


「シンナー・ドリス!!」


「はい?」


「え?」


 シンナー・ドリスと名を呼んだ人物、それはアスタでもなく、ヨハネでもなく、ミカエルでもない。そこにいたのは絶対に此処にいる筈のない人物であった。


「シンナー・ドリス、来てもらおうか」


 それは衛兵だった。そう、此処、アインリッヒ大学には衛兵はいない。ここの講師達一人一人全員が達人だから、警備の衛兵や傭兵を雇う必要がないからだ。

 では、どうして衛兵が此処に来たのか、その理由は極単純である。


「え?……何?どう言うこと?」


「貴様に逮捕状が出ている。同行願おうか」


「た、逮捕?バカ言え!お、親父だ!親父を連れて来い!」


「残念ながら、貴様の父親も違法薬物を売買している事か判明した為、既に逮捕した。そして、貴様にも殺人と放火の罪、更にそれを先導したとして逮捕状が出たのだ」


「んなっ!?」


「年貢の納め時だ。来てもらおう」


「いっ、ふざけんじゃねぇ!!そんな事罷り通って……」


「シンナー・ドリス!!」


「今度はなんだ!?」


 衛兵との悶着、その間に次の人物が入る。


「ええ!?」


「貴女は……」


 固唾を呑んで見守っていた者達から騒めきが生じる。それもその筈、現れたのは、アインリッヒ大学、大学長のグレースだったからだ。グレースは生徒会のメンバーを引き連れて直々に一枚の紙をシンナーに押し付けた。


「シンナー・ドリス、貴殿に退学を言い渡す」


 シンナーに無理矢理渡された物は自主退学書類。これが何を意味するのかと言うと、アインリッヒ大学は間に入らない。絶対中立ではなくなる。つまり、シンナーを守るものが全てなくなったと言う事だ。


「は?」


 シンナーが膝から崩れ落ちる。それを衛兵二人が取り押さえ、校門の外へと連れて行った。


「ご協力感謝します」


「いえいえ、彼はもうアインリッヒ大学(うち)の生徒ではないので」


「彼はどうしますか?」


 衛兵がミカエルの方に目線を向ける。


「あの子はうちの生徒ですので、此方で対応します」


「そうですか。では」


 そして、校庭にいた衛兵達は全員出ていった。


「──君」


「はっ、はい」


 グレースがアスタに声を掛けた。


「この事態の首謀者は、彼処に倒れている……?」


「……彼の名前はミカエル・ブレアです」


「そうかい。名前が分かって良かった。ありがとう」


 グレースの雰囲気から何故か優しいものに感じられた。それに一瞬だが包まれた所為か、アスタは聞かれた質問に素直に答えた。

 そこに講師が数名割って入った。


「取り敢えず、ミカエルくんとアスタくんは保健室へ。詳しい話は彼が目覚めてからにしよう。我々はバリケードの撤去だ。さあ、仕事するよ」


「はい!」


 どうやらグレースはあのバリケードの事を知っているらしい。何故、どうしてあのバリケードを作ったのかは知りたい所だが、それは何れ話されるだろう。


 そして、この光景を二階の進路指導室で二人の男が眺めていた。サムとトーマだ。


「……終わりましたね」


「ああ」


「あの件はどうしますか?彼に話しますか?父親の死にドリス家が関わっている事を」


「…今はまだ辞めておこう。今話してしまったら、彼奴、此処を辞めてでもシンナーを殺しかねん」


「ですよね」


 かくして、ミカエルにとっては不完全燃焼かもしれないが、復讐は終わった。今後、彼が目覚めた時、何を思うのか、何を判断するのか、それはまだ分からない。

 読者の皆様お久しぶりです。どうもドル猫です。最近は寒さも段々と強まっていますが、皆様はどうお過ごしですか?

 さて、これで第二章の四分の一が終わりました。漸く四分の一です。まだ四分の一です。つまり、このペースだと第二章が終わるのは再来年になりそうです。ですが、確実に全話書き切って、第三章へと突入出来るよう私も頑張ります。どうか、これからも応援の方を宜しくお願いします。

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