第2章 44『天使の手』
サムはこの光景を見て溜め息を吐いていた。理由は、森の彼方此方で炎が上がって、それが木々に燃え移っているからだ。最初に注意した、『植物への被害は最小限に』これを誰がどう見ても破っている為、これに参加している全員に軽く失望していた。
「そこまでだ!」
サムの声が森中に響き渡ると、天井から水が雨の難く降り、木々に燃え移っていた火を消火した。
「雨……?」
「魔石を利用した人工的なね、……あーあ。今回は怒られるかな。さっ、行こっか」
「あの、魔獣は?」
「大丈夫。この魔獣達は国で飼育している個体。だから、ほら」
アスタの心配は杞憂となる。何やら肉が焼ける匂いが漂ってくると、魔獣達はその匂いがする方向に帰っていった。
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「よし、全員無事だな」
森の中心にいたアスタ含めた六人がサムのいる所までどうにか歩いて到着した。
偵察の三人は先に着いていたらしく、ババナは苛ついているような、悔しそうにしているようなどっちとも言えない表情をしている。
「……休憩無しで悪いが、早速総評だ。……どうしたお前ら?特に二年、お前達は一年と言う壁を乗り越えて少し天狗になっているんじゃないのか?」
「しかし、武器無しであれは──」
「黙れ。意見は認めない。本物の実戦を経験した事ない奴ばっかだから教えといてやろう。騎士はどんな状況でもどんな場所でも対応が出来なければクズだ。なんの価値もない。今回の授業も武器が使えない状況を想定した訓練だと言うのは、まあ薄々気付いていた物もいただろう。だが、それにしたってこれは酷いぞ。最低限の被害どころか、この森の四分の一が焼失仕掛けた。これがもし模擬訓練ではなければ、緑の大きな損失となる。それに、なんだあの腑抜けた戦い方は?魔獣が作戦行動を取らないとでも思っているのか?──自惚れるな!!奴らも生きる為に日々知恵をつけているんだ。群れを大きくしたり、はたまた他種族と共闘を取ることだってある。それら全てを考えて動けと、お前らには一年の頃から言っていた事だろう!!」
怒っているからなのだろうが、サムがいつもよりも大きく見えた。
「……各自今回の愚行は反省しておくように。ホーフノーだけは残れ。解散だっ!!」
二年生がゾロゾロと帰って行くのを横目で眺め、人気ひとけが完全に無くなったと分かった所でサムは地面に胡座をかいた。
「楽になっていいぞ」
「はい」
アスタも同じように胡座をかき、サムと対面して地面に腰を付けた。
「………」
「………」
あんな事があった事だ。そう簡単に話は切り出せない。
「あの、何でしょうか?」
「…話があるのはお前だろ。何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「あっ、そ、そうでした」
疲れ過ぎてそんな事も忘れてた。そんな事だからもっと重要な事も頭の片隅から抜けてしまっている。
「それで、これを見て欲しいんですが」
アスタは掌を広げると、魔力を捻り出す感覚でビットの一つであるアイを出した。
「此奴は……」
「あー、実は自分も分からないのですが、一応総称してビットと呼んでいます」
「これは…精霊……どうしてお前が?」
「いやどうしてと言われても」
「契約はどうした?何を契約したんだ?」
サムはビットを見るや否や、アスタに詰め寄ってきた。怒り以外で初めて見る彼の感情だ。それは嬉しさなのか、焦りなのかは判断しようがないが。
「契約?あー、アンジェさんはなんか仮契約とか言ってました」
「仮契約……。そうか、で、お前は俺に何を聞きたいんだ?この、お前がビットと呼び、俺やそのアンジェって奴が精霊と呼ぶそれは、正直な所分かっている事の方が少ない」
「そ、そうなんですか…」
「ああ、なんなら多分お前の方が分かっている事の方が多いだろう。そいつらに名・前・は付けているのか?」
「名前……そうですね、自分は彼、氷結魔法を使うビットはアイと呼んでいます」
「氷結魔法?」
サムが反応したのは名前ではなく、その後の氷結魔法と言う単語だ。
「えっ?はい」
「何故それを知っている?」
「──え?」
「何故その名を知っているんだ?」
「いやなんでって……氷結魔法は氷結魔法ですよ。まあ、皆氷属性って言ってますが」
「…氷結魔法は昔の氷属性の魔法の別称だ。まあ、俺以外の前で氷結魔法って単語は出すなよ。……古臭く思われるからな」
「はぁ」
「それよりも、話は変わるが、お前俺に魔法を教わりたいんじゃないのか?」
「え?」
突然話題を逸らされた。確かに何れはサムに魔法を教えてもらいたいとは思っていたが、あまりにも突然過ぎる。
「お前は魔力量も多く、その歳で無詠唱魔法も使える……。俺に言わせてみてもお前が魔法の天才なのは間違いない」
話を逸らされたかと思えば、今度は褒める。必死で何かを隠そうとしているのが見え見えだ。
「だが、まだ威力の調整が出来ていないし、細かい調整にも慣れていないのが分かる」
「その課題は重々理解しています」
「だから、特別に教えてやろう。魔力のコントロールの仕方をな。──ほら、構えろ」
「え?」
「魔力障壁だ。今日習ったろ?」
「あっ、はい」
言われるがままアスタは自分の正面に一枚の魔力障壁を出した。
「じゃあ、よく見てろ」
見本を見せると、そう言う事なのだろうか。サムは左手を前に出すと詠唱無しで水属性の魔法──ウォーターボールを放った。
(ただのウォーターボール?)
水弾はそこまで速くはない速度でアスタの出した魔力障壁目掛けて飛んでくる。勿論、この程度の威力ではアスタの魔力障壁を割わるどころか、ヒビを入れる事も不可能だ。
何かあるとは思いつつも、魔力のコントロールの仕方を教えてやると言われたのだ。絶対に何か意味がある筈だと感じ、魔力障壁の先にある水弾を見つめた。
そして、水弾が魔力障壁に当たる。そう、当たる筈だった。
「──え?」
魔力障壁の目の前で水弾が魔力障壁を避けるように曲がり、アスタの右腕に命中した。
「──ッッ!?」
威力を弱くしてくれたのか、痛くはなかったが、当たった際の衝撃で腕が痺れた。
「今のは……」
「今のが魔力のコントロール……。人によっては無詠唱よりも難しいと言わしめる技術だ。これを今から教えてやる」
無詠唱よりも難しい。アスタは無詠唱の魔法を極めるまで約二年の時間を費やした。それ以上のものとなればどのようなものになるのか、不安が半分、そして、それが出来るようになれば魔法のレパートリーや作成がどれ程増えるだろうと言う期待が心の半分を締めていた。
「やり方はこうだ。先ず、詠唱ありでもなしでもいいから魔力を掌に溜める。そのまま魔法を放出」
「え?」
これではただの魔法だ。アスタだけじゃなく他の者達もやっている魔法を形成する最初の工程『想像』の時点で行う事だ。
「あの、それはいつもやってますよ」
「そうだな。勿論、これだけではない。大切なのはここからだ。──ホーフノー、魔法を出してみろ」
「…はい」
言われるがままに氷属性の魔法を出し、斜め上に向かって放つ。
「どうだ?」
「……いや一体これがなんなんですか?」
「……分からないか。まあ、これが出来れば上級や星級の魔法でも威力の調整が出来るようになるんだがな…。もう一度見とけ。──ウォーターボール」
あの技術をどうすれば使えるのか、どうやれば自分の身になるのか、折角時間を貰ったんだと心にもう一度言い聞かせ、サムの手本を鋭い眼差しで観察する。
サムが放った水弾が木々を生き物のように避け、アスタ達が倒した一匹の魔獣の死骸に命中するまで、ずっと水弾を見続けた。
「……ッ」
しかし、どれだけ良く観察してもその仕組みどころか、動かす為のヒントらしきものも見当たらない。
「後は自分で考えろ。俺からの宿題だ」
(ええー)
宿題と言われても、あれだけでは何がなんだか分からない。そして、サムは早歩きでこの場からいなくなった。サムにも次の授業の準備があるのだ。
「あっ、やっべ!俺も遅れる!」
今は一旦頭の中からこの事は捨て、アスタは急いで元来た道を辿ろうとしたが、此処は森。簡易的なものとは言え、そう簡単には抜けられない。
「ど、どうすれば……」
「お困りのようだね」
「……先輩」
少しでも間違えればその時点で次の授業への遅刻が確定。そんな時に差し伸べられる天使の手。ナナイがアスタを待っていたのだ。
「ほら、ついてきな。このままだと授業に遅刻するよ」
「はい。でも、どうして…?」
普通に考えて、ナナイがアスタを助ける理由はない。下手をすれば自分だって次の授業に遅れてしまう可能性がある。
「困っている後輩がいたら、助けるのが先輩の仕事だ。理由なんてないよ」
「…ありがとうございます」
「…ごめん、嘘」
「──え?」
「本当は気になってたから待ってたんだよ」
「何を?」
「無詠唱魔法」
「………」
「ねえ、どうやったらあれ出来るようになるの?無詠唱の魔法なんて早々出来る人いないよ」
「…どうやるか教えたら、魔力を調整をして魔法を動かす方法を教えてくれますか?」
「──ん?」
「見てたんですよね?」
サムの放った魔法を観察してた時、木陰で人影が動くのが見えていた。おそらくは、ナナイの物だろう。
「うん、見てた。でも、教えてあげない。あれはサム講師から君に出された課題だからね」
「じゃあ自分も無詠唱の魔法、教えません」
「そう、残念だなぁ」
二人はそんな会話をしながら森の中を一直線に歩いた。
「そうそう」
階段で足を止め、先頭を歩いていたナナイが踵を返してアスタの方を向いた。
「あれって何?」
「あれ?」
「あれだよ。あの何か丸くてポワポワしてるやつ」
(ビットまで見られてたなんて…)
当然と言えば当然だが、やはりビットは見られていた。アスタとしては、まだ謎が多いビットを見せる訳にはいかなかったが、こうなってしまっては仕方がない。
「サラ、出てきて」
階段が薄暗かったのもあり、アスタは火属性のビット、サラを出した。
「お〜、これが」
「余り他人には言わないでくださいよ。これが何なのか、まだ完全には分かってないので?」
「えー、なんでよ。遠くから見てたけど、サム講師も驚いてたから凄いやつなんでしょ?自分のアピールポイントとして皆にも話しちゃえばいいのに」
「駄目なものは駄目です」
実力主義のこの大学では特に隠しておく必要性は微塵もないが、敢えて隠しておく事でいざという時の切り札にもなり得る為、出来るだけビットについては隠しておきたかった。
「私が誰かに話しちゃうかもよ」
しかし、今回バレたのは家族でもなければアンジェやサムのような信頼に足る人物でもない。今日初めて出会った先輩だ。彼女が喋った時点でアスタの目論見は崩れるだろう。
「……そうなったらそうなったで仕方がないですよ」
「ふーん、うん、君あんまし面白くないね」
「え?」
「じゃっ、私は此処で。後は階段を上るだけだし、一人で行けるよね」
そう言うと、ナナイは元来た道を戻って行った。
アスタの心の中には然りが残った。頭の中が脳震盪のように大きく揺れ、景色が正しく定まらない。なんでそんな事を言われたのかでさえも理由が分からず、ただ、階段の手摺りに押し付けた中指の爪が内側へ曲がり、サラがそれを照らしていた。




