第2章 43『死神の正位置』
全員が魔力障壁を出せる事を確認すると、サムは当たり前のように何も言わず魔法を生徒に向けて放った。一歩間違えれば怪我にも繋がる行動だが、魔法を受けたリリエナもいつもの事のように立ち上がり、サムを睨み返した。
「じゃ、魔力障壁に関しては各々で練習しておくように。次は実戦を行うぞ。ホーフノーは遅れないようナナイの後ろをついて行け」
どうやらここ迄は前座だったようだ。あくまでも魔力の循環を確認し、今日の授業は問題ないか確かめる為の日常的に体調を聞く点呼みたいなものだと感じた。
(それにしても、何処に行くんだ?)
二年生に挟まれながら、暗い階段を一段ずつ下る。時折り、階段の塗装が剥がれる音が聞こえ、不安を覚える。しかし、二年生は慣れているのか、おそらくボロボロであろう階段にも怯むことなく前へと進む。だからであろう、少しずつではあるが、アスタも危険を感じるこの足場に、少しだけ信頼度が上がった。
そして、一分程降りた所で先頭のサムが足を止めた。
「ナナイ先輩、自分らは今から何処へ向かうんですか?」
ここに来て、アスタは先頭にいるナナイに疑問を投げかけた。何故なら、アスタが入試で受けた試験の場所はおそらく先程の階での別室。理由としては部屋の色が似ていたからだけである。しかし、そうじゃないにしろ此処から先はアスタにとっても未知のエリア。まだ学内で足を踏み入れた事がない場所なのである。今から行く場所が何処か聞くのは当然の事だ。
「ああそっか。この時期の一年はまだ入れないんだっけ?」
ナナイはそれだけ言って、後は自分の目で確かめろとばかりにそれ以上は言わなかった。
そして、上階と同じ光が暗闇に差し込むと、後ろ前が動き出し、アスタもそれについて行くように扉の中に入った。
「こっ、ここは…」
扉を潜り、目に飛び込んできた景色。それは、辺り一面木や蔓、緑が鬱蒼としているほんのりと獣臭い森だった。
アスタは目の前の光景に困惑しているが、目の前にいる二年生達が余裕そうな表情をしているのは、彼らは此処に来たのが初めてではないのだろう。
「此処は本格的な実戦を学ぶ為の施設。通称、地下修練場」
「地下…修練場…」
学内の地下にこんな所があったとは思いもしなかった。なんせ、こんなにも広い土地で、しかも陽光まで再現されているのだ。山と森の中で暮らしていたアスタにとっては懐かしさすら感じさせる空気だ。
「地下修練場は、森、海、山、崖、市街地の五つのエリアに別れていて、それぞれでその時の状況に見合った授業をするのさ。そんで、此処は森のエリア」
「森……」
初めての本格的な授業について行けるか、僅かながらに不安は残る。特に今アスタの周りにいる者達は此処で一年間過ごした、言わば精鋭である。生半可にやったら、間違いなく置いていかれるだろう。
「じゃあ早速、魔獣討伐訓練をしてもらう。……と言いたい所だが、今日は初めてやる奴もいるからな。再度簡単な説明だけ行う。今日の授業は王国騎士の仕事の一つである、魔獣の掃討だ。協力するも良し、単独で行動するも良し、出来るだけ森に被害は出さず、潜んでいる魔獣を一匹残らず殲滅するか、一時間生き残って情報を集めろ。以上だ。分かったな?」
「はい!」
サムから授業の説明を行われた。しかし、これは本当に授業とは言えるのか、これでは個人で行う訓練と差し違えない。
そんな不満そうな顔をしているとサムと目線が合った。アスタは咄嗟に目線を逸らし、内心、心臓の動きを大きくさせた。
「俺はあの岩上で見ている。もし何かあれば狼煙を上げろ。直ぐに駆けつける」
サムはそう言うと森の中へ消え、アスタ達生徒が取り残された。
「あの、自分はどうすれば」
「うじうじと仮面被んな。この時期に此処に来たって事は相当強えんだろぉが」
「え?」
「期待しているからね」
先輩達を敬っているように見せられるように一人称を少し前のアスタに戻し、あくまでもまだノウハウを知らない一生徒を演じていたが、それは見破られていた。
周りを見渡してみると、その二人、ババナとコルト以外の他の先輩達もそれは分かっているようで、アスタを一人の戦力として見ていた。
「んじゃ、俺らは偵察だ。行くぞコルト、リリエナ」
例え一人人数が増えたとしても彼らは何も動じない。これもいつも通りなのだろう。ババナ、コルト、リリエナの三人が森の中に入り、残った六人はナナイの指示の元、円上に広がった。
(……ホーフノーは初めての授業で戸惑っているようだが、まあ問題はないだろう。二年の奴らも漸く慣れてきたようだな)
小高い丘の岩上で森の様子を見ているサムは、状況に困っているアスタとこの授業に慣れた二年生達を見て、紙に一人一人の名前の横に何かを書いている。
(……いた)
森の中、太い枝の上でババナが標的の魔獣を見つけた。
「──ファイアボール」
炎弾が空へと上がり、その目印に向かってナナイが両手を構える。
「──ストーンショット!!」
魔力で形成された複雑な岩の塊を、全長五十糎程の大きさの岩を槍の先端のように鋭利にし、詠唱後にそれを放った。
その岩は、空中に大きく上がると、炎弾が上がった所でゆっくりと落下し、最後には地上で魔獣『シロイタチ』の胴体を貫いた。
それと同時に他二箇所でも炎弾が上がり、その目印に向かって次々に魔法が発射される。
「こ、これは…」
効率よく魔法だけで魔獣を倒す方法、アスタなら上級か星級の魔法で辺り一面ごと吹き飛ばす方法をとるが、今回は森への被害は最低限に抑えなければならない。つまり、これをクリアする為の模範解答、それがこれだ。少数で森の中を魔獣に見つかる事なく探索し、魔獣を見つけ次第炎弾で知らせる。そして、その位置に向かって、この場に残った者が炎弾を目印に魔法を放つ。確かにこれなら森への被害は最低限に止まる。だが──
──ガサッ
アスタの前の茂みが動いた。風ではない。つまり──
「そこ!」
脳でそれが魔獣が動いたのだと分かった途端、アスタは茂みに向かって氷属性の中級魔法『アイシクルランス』を放った。
放たれた氷の槍が茂みに勢いよく入ると、そこから鮮血が上がり、周りの木々が赤く染まる。
「…今」
ナナイは見逃さなかった。今アスタが無詠唱の魔法を使った事に。
「ねえ……」
「ナナイ、何やってる!前を見ろ!」
無詠唱魔法に気を取られてる間にナナイは魔法の詠唱を中断し、完全に集中が途切れて意識が散漫した。
「あ…」
そんなナナイに目掛けて頭が平べったく伸びた鳥のような魔獣が牙を向けて飛び掛かろうとしている。
その牙が後少しで届く寸前、その魔獣の体が横から放たれた氷柱で串刺しになり、ナナイは九死に一生を得た。
(…助かった?)
魔法を放ったのはアスタだ。魔獣との多対一には慣れている為か、自分以外の持ち場にもどうにか対応が効いた。
「ボーッとすんな!次が来るぞ!」
人間の気配を辿って来たのか、複数の魔獣が円になって固まっている六人へと襲いかかる。
「くそっ、あの三人は何やってんだ!?索敵取りこぼしすぎだろ!!」
「ああ、それに魔獣も……っ、いつもと」
魔獣が作戦行動でも取っているのか、索敵報告の炎弾は止まらないのに、魔獣の数は減らない。寧ろ、アスタ達の方に来る魔獣が増えているくらいだ。
「さあ、どうする?」
* * * * *
(可笑しい……)
ババナは更に数発の炎弾を上げ、味方からの魔法を待つが、一向にそれは来ない。
(魔獣どもも俺には気付いている筈なのに何故か襲って来ねえし、やっぱ向こうでなんかあったのか?)
ババナの目の前にいる魔獣『ヒラシュモクドリ』、この魔獣の横に長く伸びた頭は獲物を探すためのレーダーと言われており、これを使って仲間と連携を取りながら狩りをする習性があるのだ。尚、翼は退化していて飛ぶことはできない。その代わり、ジャンプ力と持久力が高く、一度追いかけられると逃げ切るのは困難だ。
「いやな予感がするな。俺も……」
戻ろうと、そう思い立った時である。ババナが足場にしていた枝が折れた。
「なっ!?」
いや、噛み砕かれたのだ。キラーウルフに。
(キラーウルフ!?此奴、何処にいやがった!!)
身を潜めていたキラーウルフに全く気付けなかった。完全にヒラシュモクドリに注意を惹かれていた所為もあるだろうが、ここまで気配を消せていることに少し違和感も持つ。
ババナはそのまま木から落下し、地面の上で素早く受け身を取って体勢を立て直すが、時既に遅く、周囲はヒラシュモクドリの群れに囲まれていた。
(くそっ!剣さえあれば……)
ヒラシュモクドリ達は涎を垂らし、ババナを獲物と認識する。今魔法しか使えない丸腰のババナは格好の餌だ。
「やるしかないか」
意を決し、ババナは手に魔力を溜める。首から出る汗が身体を伝い、臍に到着する。
(間に合うか…?詠唱)
そして、出来るだけ早く舌を回そうと大きく深い呼吸で肺に酸素を入れる。
「──サラマン」
「ファイアボール!」
魔法の詠唱を終える直前、右方向から加速した炎弾がババナの正面にいたヒラシュモクドリを焼き尽くした。
(今のは!!)
「ババナ!伏せろ!」
伏せろ。この言葉に即座に反応し、ババナは目線だけは上げたまま身を屈めた。
「コルト!」
目線の先には木から木へと飛び移るコルトの姿があった。
コルトは魔獣達の真上まで来ると、腕を交差させ叫ぶ。
「ギャストウィンド!!」
詠唱と同時に交差させた腕を解くと、コルトを中心に風の渦が発生し、次々に周囲を囲んでいたヒラシュモクドリら魔獣の群れを吹き飛ばした。
「すまん、助かった」
「……いや」
コルトから逃げて来た方向から強い獣臭がする。
「──!!ここまで押し戻されたのか」
「なんせ今日は数が多い。死神に魅入られたのは僕らか…あるいは」
コルトはズボンのポケットに隠し持っていた死神の正位置のタロットカードを捨てた。
【豆知識】
基本属性の魔法 初級〜星級
火属性
初級 ファイアボール
中級 サラマンダー ファイヤランス
上級 バーニングスクリュー
星級 アトミック・コロナ
水属性
初級 ウォーターボール シャボンシャワー
中級 アクアスプラッシュ
上級 ストリームヴェール
星級 サファイアリップル
風属性
初級 ウィンド
中級 ギャストウィンド エア・バレット
上級 ハリケーンリフレクション
星級 テンペスト・ストーム
土属性
初級 ボーデン・サンド
中級 グランドウォール ストーンショット
上級 ゾーン・ジ・エルダ
星級 アースブレイク
雷属性
初級 エレクシトリィ
中級 サンダー・リム
上級 ブリッツ・リンク
星級 ライトニングバスター




