第2章 番外編『はじまりの物語』
遂に勇者の弟が1周年を迎えました!今回はその1周年を記念した特別番外編です。是非最後までお読みになってください!
余談ですが、今話で累計40万文字突破&80話達成です!
「うわぁ〜きれい……」
まだ漸く一人で立つのが限界の子供の前に十数個の光る球体が空中を漂う。
風に吹かれた本がパラパラとページを捲られ、本を目次のページにまで戻してしまう。
これは、この物語の主人公『アスタ・ホーフノー』に関する東暦八十五年から約十年前である東暦七十五年のお話。前日談である。
△▼△▼
〜東暦七十五年 三月〜
「はっ…はっ…」
フードを被った女と同じようにフードを被った目に傷を付けた男の二人が山道の斜面を降り、ボルスピ付近にある小さな林へ逃げ込んでいた。
「どうしますか?あれが来たって事は、政府に勘付かれていますよね?」
「……分からん。だが、此処に一直線に来たと言うことは、そう言う事なのだろう。取り敢えず、二手に別れて捕まる可能性を少しでも下げるんだ。五日後、ここから南西にある街、ワームで落ち合おう」
男は女にそう命じると、右手を拳の形にし、それをパーの形にした左手に重ねた。女も同じような行動をし、立膝を立てた。
「──っ、分かりました。貴方に不運があらんことを」
「貴女にも不運があらんことを」
お互いに誓いのような言葉を並べると、二人はお互いに逆方向へと走り出し、男はボルスピへ女はボルスピとは真逆にある海の方へと向かった。
(早く、早く逃げなければ。最悪、奴と刺し違えてでも)
男はそう考えながら黒い本を片手に急な斜面を降りていく。止まることを知らない。今は逃げることだけを頭に入れ、全速力で走る。
「ん?」
走っていると、男の目の前にもう一人、今度は白いローブに付いているフードを被った男が黒いフードを被っている男の前に立ちはだかった。
「……答えろ。此処に立つと言う事は、私の正体に勘付いているのか?それとも……」
「それは答えられない。……だが、俺はあんたらの敵じゃない。……小島の港に船を置いた。今なら竜巻も止まっている。その本を貸せ」
白いフードを被った男は黒い本を奪い取ると、ページをパラパラと捲り、一ページ毎に指で本に書かれている文字をなぞっていった。
「おい!」
「大丈夫。ありがとう。返すよ」
男は本を返すと、そのまま通り過ぎ、お互いに背中合わせになった。
「………」
「……船をあげる代わりにお願いを聞いてくれるか?」
「なんだ?」
「その本をこの先にある村、ボルスピに住んでいるある親子に渡してほしい。理由は聞かないでくれよ。俺も時間がないからな」
「……脱出するにはそれしかないか。約束しよう。しかし、あんた何者だ?」
「しがない騎士さ。王国騎士」
「……名前は?」
「……スタリン・ヒットラー」
「ふざけた名前だな」
「ふん、俺もそう思う」
お互いに鼻で笑った。
「なあ、あんた」
共感を得た事で少しだけ心が緩んだのか、自分達の味方なのではないかと思い、振り返る。しかし、振り返っても白いローブの男はいない。
「……まあいいか。なんかまた会える気がするし」
すると、突然の風が吹き、黒いフードが捲れて隠していた顔が露わとなる。
男は再び走り始めた。フードをもう一度深く被り、本を片手に村へと入り、ある曲がり角で足を止めた。
「うん?あれか?」
目線の先には子連れの女性がいる。こんな村だ。若者なんて数えるくらいしかいないのだろう。そう考えると、あの男の言っていた親子がアレだと分かる。
「……しかし、なんだってこれを?特に変わりはないように見えるが……何をしたんだ?」
返された本に何か異常があるとは思えない。不可思議に思い、ページを幾らか捲るが、知っている内容と相違はない。
(まあいい。しかし、どう渡すべきか。こんな不審者だ。いきなり本を渡されたところで断られるだけだろうし、だが、約束を違える訳にもいかん。それは教えに反す)
そんな事を思っていても、親子は着々と近付いて来る。時間はない。
(どうすれば)
曲がり角に差し掛かるまで後二メートルもない。
そうやって飛び出すのを躊躇していると、風の悪戯だろうか、誰かに背中を押される感覚を受け、親子から死角になっている曲がり角から飛び出した。
「ぬおぁ!?」
「──キャッ!」
そのまま二人はぶつかり、男は壁に寄りかかり、母親は子供を守るように背中で受け身を取る。
「あいたっ」
「す、すみません。急いでいたもので…」
「いえ、私は大丈夫です。それよりも、子供が無事なら…」
「お子さんは無事ですよ。怪我一つない」
母親は胸に抱いた子供を見て、無事と分かり、ホッと一息吐く。その後ろで三歳か四歳くらいの子供が心配そうに母親を見つめている。
「お母さん、大丈夫?」
「ええ、母さんは大丈夫よレイド」
「アスタは?」
「アスタも大丈夫よ。貴女の弟は私が命に換えても守るから」
母親──いや、ニコラ・ホーフノーがレイドを心配させまいとはにかんだ笑顔でレイドの頭を摩った。
「色々とすみません」
「いえ、此方こそ不注意を……」
「ひっ、ひっ、おぎゃあああああ」
男の顔が怖かったのか、ニコラに抱えられているアスタが泣き始めた。
「あっ、よ〜しよしよし」
ニコラがあやそうとするが、どうにも泣き止まない。
「……あっ、ああ!そうだ!」
男は自分の所為でアスタが泣いてしまったのだと思い、天啓の如く浮かんできたアイディアのままに本を開き始めた。
「むかーしむかし、ある所にお爺さんとお婆さんがいました──」
「え?」
男は下手な笑顔をアスタに見せながら、本に書かれている内容とは違うものを読み聞かせた。
その話が終わる頃にはいつの間にかアスタは泣き止み、レイドも話に釘付けになっていた。
そして、泣き疲れたのか、アスタはぐっすりと眠った。
「いや、何からすみませんね。私の所為で」
「いえ、子供が泣き止んでくれたので、逆にお礼が言いたいくらいですよ」
「あー、じゃあお詫びとしてはなんですが、これを受け取ってくれませんか?」
男はフードを深く被り直すと、ニコラに持っていた本を差し出した。
「えっ、ええ、いいんですか?」
「はい。此処で会ったのも何かの縁。遠慮せず受け取ってください」
「は、はぁ」
ニコラは一瞬受け取ろうかどうか迷ったが、男の押しに負けて本を受け取った。
「貴女に不運があらんことを。そして、神のご加護があられるよう」
男は立膝を付き、呪文のように言葉を並べ、早速さと逃げるようにこの場を立ち去った。
「あの人、宗教の人だったのかな…?」
△▼△▼
それから何ヶ月が経っただろうか。
本はニコラに手渡されてからと言うもの、最後に男が開いてから、まだ一度もその内容を読まれていない。受け取ったニコラ本人も本の存在自体を忘れたように物置きの奥に何故かしまったのだ。
そして、今日に至るまでその本は誰の手にも渡る事はなかった。そう、今日に至るまでは。
「な〜にぃこれ?」
どうやって入ったのか、なんで入ったのか、それは全く分からないが、何故か物置きに入ったアスタがあろう事かあの本を手に取っていたのだ。
アスタはそれを新しい玩具だと思い、軽く投げてみたり、叩いたりもした。それがまだ本だと理解できないのだ。
「うーんと……」
アスタは本に興味を持っているが、まだそれが何かはどうやって使うかは分からない。だから、力一杯噛みついた。
「ん……にがぁ…」
本には虫除けの為の油が塗られていたからか、アスタは直ぐに本を口から離した。
すると、怒ったのか、本が突然跳ねたかと思うと、急に光始め、丁度半分の辺りで本が開かれると、中から複数の発光する球体が飛び出した。
「わあー……」
この球体こそ、後にアスタが総じてビットと呼ぶ事になる球体である。
ビット達は怒っているのか、アスタの周りをグルグルと回遊している。そして、全てのビットがアスタの胸の中に収まったかと思うと、今度は本から黒い摩耶が出てかと思えば、そのまま消えていき、更には何ページか開かれていた筈なのに、空中に突如浮き、そのままパタンとページを閉じてまた物置きの床に落ちた。
「──?」
それを尻目に、はしゃいで疲れたのかそのまま眠ってしまった。
△▼△▼
〜東暦七十七年〜
「ふんふふんふ〜ん」
暗雲が立ちこめる昼下がり、齢四歳のアスタは居間で鼻歌を歌って、寝そべりながら本を読んでいた。
一文字一文字に目を通し、時折り描かれている挿絵を眺めていると、ニコラがお盆の上に乗せたクッキーを持って、居間に入ってきた。
「アスタ、此処におやつ置いておくからね」
「はーい」
子供ながらの幼い返事にニコラは微笑むが、居間から廊下に出た瞬間、不安そうな表情を浮かべて、反対側にいるフライデンと目を合わせた。
「お父さん、やっぱりあの子何か変よ。神父様に見せた方が……」
「確かに、いきなりあの本を持って詠唱したのは驚いたが、まああの子はあの子なんだろう。わし等とは違って、きっと生まれついての才能があったに違いがない」
「でも……」
「大丈夫。お前が心配せずともあの子はきっといい子に成長する」
フライデンがニコラを諭し、二人は居間から離れた。
「うししし。ママもジィジもいなくなったね」
アスタの肩に萌葱色のビット、ウイが乗り、何かを意思疎通したのか、アスタは悪戯っ子がする笑顔の後、今のページから本を三ページ捲り、所望のページに目を通す。
「これこれ。いつもえーしょーしようとするとママに止められるし、こうやってヒトバライ?しとかなきゃ」
ウイがアスタの胸に戻ると、読みかけのページの上から五行目の文を声に出して読み始めた。
「むえーしょーの魔法の使い方……えーと、まず最初にえーしょーをはしょる際に生じる魔力がてのひらにしゅんかんてきに集まる……これえーしょーじゃない。なにこれ?」
今アスタの読んでいるページは詠唱に関するものではない。それは誰が見ても分かる。これまでのページは詠唱や魔法に関する効果が書かれていた。しかし、このページには詠唱文は一つも書かれておらず、ある事に関する短い説明と落書きのような下手な絵が描かれていた。
「むー、わかんなーい」
その文章と絵を見て、アスタは本を投げ出した。
すると、本が空中で静止した。アスタの胸から出た二体のビットが受け止めているのだ。
「わかんないしもう寝ちゃおー」
疲れたのか、瞼を閉じて眠ってしまった。こういう所は年相応である。
『本当にこの子が僕らの主?』
『まあそうなるな。契約的には』
『こんなガキと何十年も一緒にいなくちゃならないのか』
『しかも終わりがない』
『全くやんなっちゃうねぇ。僕らの声も聞こえないみたいだし』
『けど、確実に契約は果たす。それは揺るぎない事実』
『……契約の内容って何だったけ?』
『さぁな、もう忘れた。何千、何億……もう数えるのも飽きるくらいに前の事だからな』
『僕達って、この子の掌の上で遊ばれているみたいだね』
夢の中、誰かの声が耳の奥で残るように繰り返され続けた。誰かの愚痴を離れた席から盗み聞きするかの如く、アスタはその会話に集中しようと頑張ってはみたが、話の内容を聞き取れるのは極一部のみ。しかも、次の日にはその夢すらも忘れてしまうのだ。
△▼△▼
〜東歴七十九年〜
来月七歳の誕生日を迎えるアスタは、今日も今日とて、本を捲り、庭で魔法の練習をしていた。この二年で中級の魔法はほぼ覚え、一端の魔法使いや魔導士と同じくらいの魔力量を持っていた。
「風に仕えし我が身の心の臓よ、豊潤の土地に吹き荒れろ『ギャストウィンド』!」
地面に落ちた木の葉が宙に舞い上がり、庭に生えている木が大きく動く。
外で畑仕事をしている村民達も急な突風に麦藁帽子を飛ばされ、またかと呆れた表情を浮かべた。
「おっ、アスタまた魔法の練習か?」
魔法を出して上機嫌になっている所に木剣を持ったレイドがやって来た。
「そうだよ。兄さんもやる?」
「いや、俺はいいかな。どうにも魔法は身体にあわねえ」
アスタの申し出を断り、レイドは手首を捻って木剣を一回転させ、持ち直すと、アスタの方に木剣を向け、
「それじゃ決闘といきますか」
「賭けは?」
「今日のおやつ!」
「乗った」
決闘────それは二人の人間が対等の何かを賭け、それを手に入れる為に行われる神聖な勝負である。賭ける物は様々で、金、名誉、謝罪、花嫁、人命だって決闘で勝てば手に入れられる。
だが、何故この歳の子供が決闘なんて言葉を知っているのか、その理由は一年前、ワーボンで行われた親戚の結婚式のこと、式場である教会で花嫁と花婿が誓いのキスをしようとした所に一人の男が乱入。花嫁を賭けて決闘しろと叫ぶのだった。この決闘の申し出に花婿の男は承諾。二人は教会にあった刃の付いていない騎士剣のレプリカを取り、教会の外で花嫁を賭けた決闘を始めた。結果は、決闘を受けた花婿の勝利で終わり、負けた方は渋々教会を後にしていた。この時、アスタとレイドは男同士の意地と意地のぶつかり合いに熱いものを覚え、以降、何かある度決闘の真似事をしているのだ。
そして、今日もその決闘の真似事を行う。現在の戦績はレイドが40勝35敗一引き分け、アスタが35勝40敗一引き分け。僅かにレイドが勝ち越している。
「悪いけど、今日は勝たせてもらうよ」
「こっちの台詞だ。もうお前の魔法は全て見切っている」
「……っっ」
今レイドが言ったことは全て事実である。15戦目を超えた辺りからレイドはアスタの魔法を少しずつ見切り始めたのだ。最初こそ、両者偶然の産物だと思っていたが、続けていく内に一つ、また一つと魔法への対応の仕方が上手くなっていったのだ。
すると、レイドは両手持ちで木剣を突き出し、構える。アスタも隙こそ多量にあれど、見様見真似で木剣を構える。
そして、木から鳥が飛び立ち、一枚の葉が地面に落ちた瞬間、それを合図にレイドが地面を蹴って低い姿勢でアスタに向かってきた。
「『サラマンダ』!」
突っ込んでくるレイドに対し、アスタは火属性の中級魔法サラマンダで対抗するが、一直線の魔法など簡単に見切れてしまう。
「『アイシクルランス』!」
次に氷属性──アスタ自身は氷結魔法と呼んでいる魔法を使う。
大気中の水分が一箇所に集まると、それが少しずつ固まっていき、氷の槍が形成される。それをレイド目掛けてサラマンダと同じ軌道で発射してみるが、今度は素早く突き上げた突きで粉砕される。
「『ギャストウィンド』!」
攻撃の魔法が通用しないとなれば、搦め手を使うしかない。アスタは風属性の中級魔法ギャストウィンドを使い、レイドには向かい風になるよう風上を変えた。これで少しの間は距離も取れるし時間も稼げる。
(やっぱり接近戦しかないか)
やはりと言うか、分かってはいた事だが、レイドはアスタの魔法に殆ど対応が出来ている。こうなると、新しい魔法か何か特別な事をしないと絶対に勝てない。そこで思い付いたのが、あえてレイドの得意な接近戦で戦う事だ。
「『パワード』」
アスタはギャストウィンドの効果が切れると同時に自身に身体強化魔法を掛けた。
(これで単純な力でも兄さんに……)
──油断した。筋力を強化出来ればレイドにも負けない筈。そうたかを括ったのが間違いだ。例え力で勝っていたとしても、速さが、瞬発力が足りない。
レイドが左へ傾いたと同時に脇腹に一本入れられていた。
魔法を独学で学んだおかげで柔軟な思考は出来るようになった。身体をどう動かせば効率が良いかもイメージ出来ている。だが、まだそれに全くと言っていい程、身体が追い付いていない。
「遅いな」
しかし、倒れてはいない。身体強化魔法で身体が痛みが軽減されているとは言え、これまで何回もレイドの剣撃を受けたのだ。知らず知らずの内にアスタの身体も頑丈になっているのだ。
「ぐっ……」
「どうした?降参か?」
「まだだ!『マジックアップ』!+『パワード・改』!」
レイドからの挑発を受け、アスタは魔法の威力を上げる初級強化魔法マジックアップと初級身体強化魔法の発展型、パワード・改を使い、今出せる全力を全て出し切る勢いで意識を集中させる。
「海の精よ、森の精よ、今我が手の内からその力を解き放ち、敵を打ち砕け『スプラッシュストリーム』!!」
この時点でのアスタの限界は完全な詠唱ありでの上級魔法である。この水属性の上級魔法、スプラッシュストリームは発動者の眼前で小さな丸い水流を作り、それを詠唱中に十数回回転させてから、解き放つ魔法である。今はマジックアップで威力と範囲を広げているので、いくらレイドでも避けられないと判断した結果の魔法だ。
しかし、レイドはその魔法すらも素早い動きと軽い身のこなしで簡単に避け、大技を使って隙が出来ているアスタに向かって木剣の先端を向ける。
(来たっ!)
ここでアスタは魔法を中断させる。
これを待っていたのだ。あえて隙が大きくなる魔法を使い、レイドを呼び込んだのだ。
(あの構えの兄さんが狙うのは…鳩尾!)
何回もこの決闘擬きを行う内にレイドの癖は見抜いた。右足で踏み込み、木剣の先端を相手に向けている時は間違いなく一撃で倒す為に下腹部から僅かに上、肋骨の間を狙うのだ。そんな分かりやすい癖は何度も戦ってきたアスタだから分かるのだ。
(ここでカウンター入れれば、いくら兄さんと言えど…)
アスタは突きを受け止める為に腹に力を込める。重複した強化魔法の所為で身体は悲鳴を上げているが、そんなのお構いなしだ。
だが、後二メートルを切った所で急に減速した。アスタはその違いに集中のし過ぎで逆に気付けなかった。
「だろうと思ったよっ!」
脛に強烈な剣撃が入る。
何が起こったのか、レイドの動きは全て分かっていた筈だと思っていたが、これは想定外。いきなり動きを変えたのだ。
何故動きを変えたか、理由は単純。レイド自身もアスタの動きを予測していたからだ。だから、敢えて誘いに乗った。アスタが魔法でなく、剣で対抗しようと強化魔法で身体を強化した時点で何かあるとは予想していた。そして、あの硬い構えを見て分かった。カウンター狙いだと。だから最初は何時もと同じように素早い動きでアスタの目を混乱させた後、木剣を逆手に持ち替え、強化魔法の効果が集中している腹ではなく、脛を狙ったのだ。
「いったあー」
脛に強烈な打撃を貰い、攻撃された箇所を押さえて膝立ちをしていると背後に回ったレイドがアスタの首筋に木剣の刃を当てていた。
「俺の勝ちだな」
「ぐっ……。分かったよ兄さんの勝ちでいいよ。けど、今はそれよりも肩貸してくれない?」
アスタは力を緩ませて自身の身体に掛けた強化魔法を解くと、そのまま仰向けで地面に倒れた。
これは一体どう言う事なのか、これは強化魔法を使った際の副作用──デメリットだ。
強化魔法は使えば、一時的ではあるが大幅な身体能力、筋力、魔力、魔力限界量を底上げする事が可能だ。だが、強力な魔法故にとあるデメリットも存在する。それは、疲労だ。このデメリットは魔法のクラス、初級、中級、上級、星級と上がる度に魔法の効果に比例するようにデメリットも負荷が掛かるものになる。例えば、今回使ったパワード。これは強化魔法の中でもまだマシな方で、強化した所が筋肉痛になるくらいだ。しかし、中級、上級と上がっていくと身体が負荷に耐えられず、目や鼻、耳から出血、吐き気等の症状が出る。そして、アスタが二回目に使ったパワード・改、これは改と名付けられているが、効果はパワードよりも下だ。その分、受けるデメリットも軽減される。なので、パワード、マジックアップと重複して使っても、倒れるだけで済んだのだ。
「分かった分かった。やっぱ魔法だけじゃ剣が得意な相手には通用しねぇぞ。今回だって、詠唱中に攻撃を仕掛ける事も出来たんだからな」
「そ…そうなんだ」
肩を貸してもらうどころか、あぶってもらい、家の中まで運ばれた。
「ありがとう」
「動けるか?」
「まだ無理っぽい。やりすぎた」
「分かった。氷持ってくるよ」
レイドが氷を取りにアスタの元を離れる。
(だけど、どうしようか……。確かに兄さんの言う通り、詠唱に時間が掛かる魔法じゃ短期決戦を仕掛けてくる剣士には不利だな。このままじゃ兄さんに毎回負けてしまう……どうすれば)
──むえーしょー。
「あ……」
思い出した。あの本に書いてあったあのページを。
「ぐっ……!」
本を取りに身体を起こそうとするが、動かない。肘から上が痛過ぎてとても子供の身体では耐えれるものではないと痛感する。
「強化魔法のデメリットも大人になれば多少マシになるのかな」
魔法のデメリット、強化魔法のデメリットはかなり痛いものだが、アスタがあの本で読んだ内容によれば、強化魔法のデメリットは大人になるにつれ段々と薄くなるようだ。特に二十代から三十代の間の身体が完全に作り上げられる期間は初級の強化魔法程度のデメリットなら、無いに等しいらしい。
しかし、どれだけ歳を取ろうが、どれだけ魔法の知識、技術があろうが避けられないデメリットも存在する。それは治癒魔法のデメリットだ。強化魔法も治癒魔法もデメリットの効果を受けるのは使用者ではなく、魔法を掛けられた側だ。強化魔法の場合は身体への負荷、治癒魔法のデメリットは寿命の前借りだ。無論、寿命の前借りと言っても切り傷を治すくらいの傷は使う寿命は数分程度で済む。しかし、上級や星級等で、骨折や損傷した内臓を治癒魔法で治すと、少なくとも二週間は寿命が取られる。そして、治癒魔法の限度でもある、四肢や身体機能の再生ともなれば年単位で寿命が取られる事もある。だから、アスタは自身に中級以上の治癒魔法を掛けることはかなり少ない。
「おーい、氷あったぞー」
「うん、ありがとう……ってて」
肘に氷の入った袋を当てた。ヒリヒリとくる痛さにアスタが一瞬身体を身震いさせ、袋を落とす。
「大丈夫か?」
「うん、やっぱり身体がついていけていないみたいなんだ。悪いけど、部屋から僕の本持ってきてくれる?」
「本?あの黒いやつか。どうしてまた」
「ちょっと調べたい事が出来たんだ」
「分かったよ」
レイドは嫌々ながらも動けないアスタの代わりに部屋まで戻り、本を取ってきた。
「ほらよ」
「ありがと。えーと……」
アスタはレイドから本を受け取るや否や痛む身体を無理矢理動かして座り直し、本をパラパラと捲り始めた。
「何調べてんだ?」
「ちょっと待って。えーと、あ、あったあった」
アスタは自分の望んでいるページで止めた。
「なんだそれ?下手な絵が描いてあるな。アスタの絵か?」
「違うよ。最初っから描いてあったんだよ」
レイドは本に描いてある絵を絵の下手なアスタと同じ絵だと馬鹿にした。アスタはそれに反論する。自分で描いた絵ではないのに。
「それで、何を知りたいんだ?」
「これだよ。此処に書いてある無詠唱ってやつ」
「無詠唱?」
アスタは文の一行を指差してレイドに見せた。
「そう、無詠唱。これによれば、どうやら魔法を詠唱無しでも使う事が出来るみたいなんだ」
「へえーそんなのがあるのか」
今の二人は呑気に無詠唱の魔法を語っているが、現代でも無詠唱の魔法に関しては未だに謎が多い。その秘密の一端を担っているかもしれない物をこの子供らは無邪気に扱っているのだ。
「で、どうすればその無詠唱ってのが使えるんだ?」
「…それが、よく分からないんだ」
「分からないのか」
「うん。でも、兄さんの剣の速さについていくにはこれしかないと思うんだ」
「俺の剣の速さに?…面白そうじゃん!それ俺にも読ませてよ!」
「え?いいけど、兄さんに分かるの?」
レイドに本を手渡す。
「分かるさ!俺はお前の兄貴なんだぜ!きっとお前よりも早く……」
レイドはその無詠唱のページを読み始めた。目が右へ左へと何度も動かし、一文一文を読み進める。アスタは、普段本を読まないレイドがこんなにも本に真剣に取り組んでいるのを見て、少しだけ感心してしまっていた。
しかし、レイドが途中で岩のように動かなくなった。
「兄さん?」
「………分からねえ。文字ばっかで……。こう、なんだ?もっと絵とかないのか?」
「ないよ。多分これ魔導書だからね」
「──っ、はぁ……返すよ。やっぱ俺には魔法は無理だわ」
「はは……」
分かってはいた事だが、やはりレイドは投げ出した。
「だから、その分剣術の精度を磨いてやる。その、無詠唱なんかよりも凄いやつをな!!よぉし、そうと決まったら爺ちゃんと特訓だ!!」
しかし、レイドは滅入る事なく、寧ろ、いつも以上のやる気で木剣を取って家の中に戻った。
「ああ……」
レイドがいなくなったタイミングでアスタはもう一度、無詠唱の事について書かれたページを見た。
(えーと、無詠唱とはその名の通り魔法を詠唱無し使う技術の事である。これは、物覚えの早い若い内からやればやる程精度が上がり、何れは予備動作無しでも魔法を使う事が可能になる。コツとしては、魔法の詠唱を掻い摘む感じのまま魔力の循環を行う。そして、放出。出来るようになれば、循環を行うだけで魔法を使う事も可能だ。そこから──)
声に出さず本を黙読する。四歳の頃に読んだ時よりも、内容は頭に入る。しかし、
「これ、どうするんだ?確かに、この理論なら魔力の循環を応用すれば詠唱無しでも魔法は使えそう。だけど、これじゃあ思っているような魔法が使えないんじゃないか?最初のイメージが抜けてしまっている」
そう、魔法を形成するに当たっての重要な部分、イメージ──想像と質量化がないのだ。
「一体どう言う事なんだ?」
下手な絵も伴い、この文章の意味が全くと言っていい程理解できない。
「取り敢えずはやってみるしかないか」
動けないアスタは、今の胡座をかいた状態のまま、先ずは魔力の循環を行う。呼吸を落ち着かせ、身体全体に意識を移す。そうして、身体に流れる血と同じように魔力を感じるのだ。
(本によれば。この状態のまま魔力を放出と書いてあるけど、詠唱無しで本当に出来るのか?)
今までこの本に書かれていた通りに魔法を学んでいたが、今回だけは半信半疑だ。
(でも、本にはそう書かれているんだ。出来ないなんて事はない!)
そして、本に書かれていた通りそのまま詠唱無しで魔力を放出。結果は、特に何も起こらない。アスタの掌から出された形を持たない魔力が周囲の空気を僅かながらに歪めただけに終わった。
「やっぱり何も起こらないか。……そりゃそうだよな。魔法を構成する大事なものが……」
ふと思い出す。アスタは見た事がある。人間ではないが、無詠唱で魔法を使う存在を。いや、魔法なのかは分からないがあれは間違いなく無詠唱だ。そう直勘が語りかけた。
「そう言えば、ビットてどうやってあの魔法みたいなやつを出しているんだ?」
そう、ビットだ。アスタの中に今もいるのだろうあのビットは口も無いのに魔法のようなものを出している。
「まさか…アイ!」
アスタは痛む腕を曲げ、掌から氷属性を司るビット、アイを呼び出した。
「なあアイ、君達ビットってどうやって魔法を出しているんだ?」
ビットが口を聞けないのは分かっている。勿論、アスタもそれを承知でアイに話しかけた。
「………」
しかし、アイからは何の反応もない。
「やっぱそうだよなぁ〜。僕はまだ君達の事全く知らないもんなぁ」
そうやって半ば諦めかけた時である。突然アイがアスタの背中に回ると、青色の光に包まれて発光をし始めた。
「うわっ!?なんだなんだ!?」
それと同時にアスタの身体も光に包まれる。
「これって……?」
理由は分からないが、アスタの感覚が敏感になっている。身体の五感だけじゃなく、第六感と言うものなのか、人類の知識だけでは理解できない域に今の自分が達せられているのが分かった。
「無詠唱の魔法……。何故か分からないけど、今なら仕組みが理解出来そう。本ではイメージと質量化が飛ばされているように見えたけど、そう言う意味じゃないんだ。あれは、通常とは真逆の理論。つまり、放出の後にイメージと質量化を行うんだ。そして、それが合っているのなら、ビットの力を借りた今なら……」
そう思い立つと、アスタは両手を前に出した。
(いける!!)
放出された魔力の塊を思い描く形で形成させる。そして、それに質量を──
「うっ!?」
アスタを包んでいた光が消え、アイもアスタの中に戻る。
「かっ!かっ!?」
肺に酸素が送り込まれない。身体が痙攣する。声が出せない。
アスタも気付いたが前述でも説明した通り、一部の魔法にはデメリットが存在する。それはアスタが行おうとしている方法での無詠唱の魔法も例外ではない。
この無詠唱魔法のデメリット、それは、発動している間は息が出来ないという事だ。特に身体が作れていない子供にとっては下手をすれば死にも至る。
そして、アスタ・ホーフノーがこの無詠唱の魔法を身に付けるまでに掛かった年数は約二年。東暦80年の事である。更にそこからビットの補助無しで使えるようになるまで一年の年月が掛かり、その間、アスタは何度も死の淵を見た。
これは、アスタ・ホーフノーが無詠唱魔法を覚えるまでの話、使えるようになる迄の話はまたいつか。
どうもドル猫です。遂に、この作品『勇者の弟』が1周年を迎え、私自身も嬉しい所存です。さて、今回の話はアスタが無詠唱魔法を知るまで、ビット達と出会うまでのお話をお書きしましたが、どうだったでしょうか?今回の番外編は本編にも繋がる大切な話となっており、多数の伏線を貼らせて頂きました。是非、考察の参考にしてください。
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【豆知識】
第2章時点でのアスタとレイドの誕生日
アスタ・ホーフノー (13) 誕生日4月8日
レイド・ホーフノー 享年13 誕生日9月23日




