第2章 41『密会』
「起立!気をつけ!──礼!」
学級委員になったカイン・ゴードンが帰りの挨拶をし、今日は解散になった。
「帰ろうぜ」
「外出許可あるから王都に行こうぜ」
色々とクラスの委員や係が決まり、他クラスよりも遅い時間にホームルームが終わった。
このまま寮に帰る者もいれば、居残って図書室で勉強する者もいれば、王都にまで遊びに行く者もいる。
「アスタ、僕達は──あれ?」
ヨハネがアスタと一緒に帰ろうと声を掛けようとしたが、アスタの姿はない。
「彼奴ならホームルームが終わった瞬間に荷物纏めて出てったぞ」
「ええ〜」
アスタを探しているヨハネの元に帰りの準備をしているミカエルがアスタが既に教室にいない事を伝えた。
「折角一緒に帰ろうと思ってたのに…」
「…ヨハネ、話しておきたい事がある」
「ん?」
* * * * *
「サム講師!」
「おう、どうした?」
太陽が西へ傾き、地平線の彼方へと消えていこうとした頃、アスタは講師室の前でサムを呼び止めた。
「どうしたじゃないですよ!言ってないじゃないですか!」
「……ここじゃ人がいる。移動するぞ」
突然の大声に講師室にいた数人の講師が廊下に出てきて、トラブルでもあったのかと二人の間に入ろうとしたところでサムが面倒くさそうにアスタの腕を引っ張った。
そうして連れられたのは屋上。殆どの生徒が帰り、昼時は賑わっている此処も人気が全く無かった。
「此処なら大丈夫だろ」
二人は屋上にあるベンチに腰を掛け、何とも言えない緊張感を出しながら話の内容を切り出した。
「じゃあ聞きますけど、なんで俺が無詠唱使える事を話さなかったんですか?」
事前の話では、帰りのホームルームでアスタが無詠唱の魔法が使える事をサムの口からクラスメイトに伝わる予定だった。しかし、帰りのホームルームで決めた事は委員や係の決定、及び説明だけだった。
「まあ単純に時間が無かったからだ」
「そうですか」
沈黙が続く。あっさりとしたサムの受け答えに以外にも拍子抜けをしたと言うか、余り喋らないこの人はこういう反応をするだろうと多少の予想は出来ていた。
「……明日には話す。それは約束する」
「ありがとうございます」
また沈黙が続く。元来、アスタはそんなに喋る方じゃない。今の様に初対面の人と喋るようになったのはレイドが死んでからだ。おそらく本人も気付いてはいないが、今のアスタは生前の自分の知るレイドを真似ているのだ。だが、このような静かに時間の過ぎ去る流れを感じていると、ふとした時、素に戻ることもある。今がそうだ。
「……あの!」
そんな空気を壊したいが為か、舌を強く回し、話を広げようとした。折角の講師と一対一で話せるのだ。一つ一つの機会を大切にしていかなくてはならない。
「あの……あれってどうやったんですか?」
「あれ?」
「惚けないでください。追試験のあの日、自分の魔法を消した……あの魔法です」
アスタが此処に入ってからずっと聞きたかった事。それは、アインリッヒ大学の追試験の時にサムに向けて放った上級ほ火属性の魔法を打ち消したものである。
「あれは何なんですか?もしかして、サム講師の持つ寵愛なんですか?」
「……いや、あれは寵愛ではない。言うなれば『マジックキャンセラー』と言う魔法だ」
「……マジックキャンセラー」
「マジックキャンセラーはその名の通り、対象の魔法を打ち消す極単純な魔法だ」
「そんな魔法があったんですか」
「嗚呼ある。だがな、俺はマジックキャンセラーを使えんぞ」
「──は?……いや、サム講師、使ってましたよね?」
「あれはマジックキャンセラーじゃない。あれはオリジナルを真似た簡易的なマジックキャンセラーだ。本物じゃない」
「へぇー」
アスタも見たことがない魔法、マジックキャンセラーについて知れた所で、一つの疑問が浮かぶ。
「ん…?ちょっと待ってください。じゃあ、サム講師はそのオリジナルは使えないけど、その複製的なものが使えると言うことは、サム講師はオリジナルを見たことあるんですか?」
「あるぞ」
「えっ、じゃあなんでそのオリジナルを使わないんですか?」
「……その魔法を見たことあるのが、一回だけだからだ」
「詠唱は……」
「詠唱も知らん。何しろ、あの人は無詠唱で使っていたからな」
「……あの人?」
「お前は知らなくていい」
サムは全てを語らなかった。マジックキャンセラーの使い手を、それを元に作った複製についても、何も語ろうとはしなかった。
「それよりも、お前はミカエル・ブレアの事を心配した方がいい」
「ミカエル?」
「お前達の目的がドリス家に関係している事なら、もしかしたら、先走っている可能性があるぞ」
「え…?それって、どう言う……」
言葉に迷っていると、サムから鋭い視線を感じた。無言の圧力と言うものなのだろうか、アスタは急いでこの場を後にした。
* * * * *
陽が完全に落ち、外が真っ暗になり始めた時間、寮の自分の部屋の前でアスタは息切れを起こし、膝を曲げ、顔を下に向けて呼吸を整えていた。
「はあ、はあ……。一体なんだってんだ」
右手をドアノブに掛け、ゆっくりと下へ押そうとすると、ドアノブが勢いよく回り、アスタの額にドア本体が当たる。
「──いっ!?」
「ん?…アスタ!?何処に行ってたの?」
朦朧と言う程ではないが、軽い脳震盪のような頭痛に足下を覚束せながら、アスタは壁に寄りかかった。
「いや、それよりも、ちょっとまずい事になったかもしれない」
「え?何が?」
「いいからとりあえず部屋に入って」
ヨハネに引っ張られ、部屋の中に入ると、胡座で座っているミカエルの姿が目に入った。
「おっ、ミカエルもいたのか」
「………」
心なしか、ミカエルの表情は沈んでいる。ヨハネにもいつもの楽観的な雰囲気が無く、どう言う訳か空気が重い。
「なんかあったのか?」
「詳しい事はミカエルから聞いて。僕も、余り信じたくはないんだけど……」
「ミカエル、何かあったのか?」
話題をミカエルに振ると、ミカエルは黙りを解き、ゆっくりと事の顛末を話し始めた。
「……すまない。実は、シンナーにバレてしまったかもしれない」
「……は?何が?」
「復讐の事はバレてないと思う。……多分。でも、俺についてはバレた。いや、言ってしまったんだ。あの時──」
▼△▼△
「──おい!」
「ん?」
遡ること入学式の次の日、ミカエルは自分にとって因縁のある者、シンナー・ドリスをこの目で見てしまったのだ。どうしてこんな屑が此処にいるのか、どうして今も悠々自適に暮らしているのか理解できなかった。
「なんで、お前がこんな所にいるんだよ!?」
「なんでって、そりゃ入学したからに決まってるじゃねえか。と言うか、お前誰?」
怒りの沸点が一息に怒髪天を突き抜ける勢いでミカエルのキャパシティを超えた。
「お前ッッ!!!」
拳を振り上げ、何も考えずにシンナー目掛けて顔面に一発殴り掛かろうとする。この時のミカエルは何も考えず、怒りと憎しみから行動していた。
その拳はシンナーの前に立ちはだかった一人の男に、片手でいなされ、ミカエルの鳩尾に膝蹴りを喰らわせた。
「──かはッ!」
ミカエルの拳がシンナーに届くことはなく、ミカエルは膝を地面に付いて蹲った。
「ゲホッ!…ゴホッ!」
「おっ、丁度蹴りやすい位置に」
続いて、シンナーがミカエルの頬に蹴りを入れる。それが歯茎に当たったのか、ミカエルの口から血が引力に引かれながら垂れる。
「たくっ、何なんだ此奴は?」
ミカエルの顔に唾を吐き掛け、奇怪な物を見る目をしながら、シンナーは護衛と共に去ろうとする。
「……待て」
立ち上がる。地面に伏せられようとも、苦渋を舐めようとも立ち上がる。
「ああ?」
「…覚えておけ。俺の名はミカエル・ブレア。あの村……名も無い村の生き残りだ。俺はお前を絶対に許さないっ……!」
「やってくれ」
シンナーの指示に護衛の一人が頷いた。
「──岩の意志の元、我が命を聞き敵を打ち砕け『ストーンショット』」
護衛の掌から出た土属性の初級魔法がミカエルの肩に当たり、弾け飛ぶ。
「貧民のくせに」
──パキャッ
枝が折れる音が二人の耳に入る。昼時で静かだからか、その音は鮮明に聞き取れた。
「やべっ!」
「──!!そこに誰かいるのか!?」
(……アスタ)
△▼△▼
ミカエルは自分の身分がバレてしまったかもしれない事をアスタに話した。それは数日前の出来事、あの日、初めてミカエルの過去を聞かされた日だった。
「あの時か……」
「ミカエル、僕はその場にいなかったからもう一度聞くけど、それは本当なの?」
「本当だ」
もしも、ミカエルの正体がバレているのなら、もしかすればシンナーは家の力を使い、ミカエルを退学──最悪の場合だと命を狙うかもしれない。何故なら、ミカエルはあの火災事件の生き残りであり、真実を知っている。それを王都や他の街に広まらせば、忽ちドリス家は衰退する。そんな事、ドリス家が許す訳がない。
「……でもちょっと待て。ミカエル、二つ疑問がある。いいか?」
「どうぞ」
「一つは、村の火災から五年は経ってるのに、なんでお前はこの事を少しも広めようとしないんだ?今回だって、俺達からお前に聞かなかったら、知らないままだったんだぞ」
「……それは、余り他人を巻き込みたくはなかっからだ。それは、お前達も同じ」
「ようは、敵対する相手が多いかもしれないから?」
「そうだ。敵はドリス家だけじゃないかもしれない。一応、俺のバックにはメイヴィウス家が付いてる。でも、あの人はもういないし、現当主が味方になるとも限らない」
「え?でも、メイヴィウス家には入学金と授業料まで出してもらってるんだから、それないんじゃ……」
「それは前当主の話だ。今の当主、ヘルド・K・メイヴィウスが俺の味方になるかは……分からない」
「そうか。お前が周りを巻き込みたくないのは分かった。じゃあ此処でもう一つ聞くぞ。……なんで、シンナー・ドリスは動かない?」
「え?」
アスタは昼間の記憶を思い出した。あの呑気で苛つく顔を。
「言ってなかったが、俺は今日の昼、彼奴とあった」
「──なっ!?」
「彼奴のあの顔、多分お前の事なんか忘れてるだろうぜ」
「…どう言う」
ミカエルの言葉を遮り、続ける。
「あくまでも俺の簡単な想像だが、彼奴はお前の事を眼中に入れていない。お前がドリス家を衰退できる情報を持っていなかったとしても、あれが本当なら、普通は何か危険があると判断する筈だ。それがどうだ?彼奴は能天気に授業をサボってたぜ。これは何でだと思う?ミカエル」
「……馬鹿だから?」
「そうだろうな」
「そんな馬鹿に、俺の村は……」
アスタの背中に悪寒が走る。殺意だ。こうゼロ距離でミカエルの溢れ出す殺意を間に受けると、心なしか身体が震える。
「ミ、ミカエル落ち着こう。今怒ってもしょうがないよ。その怒りは、彼奴と対峙した時に出せばいい」
「……分かった」
怒りを抑え、ミカエルは天井を向いて一度肺に酸素を大きく入れた。
「だけど、彼奴がこの事にいつ気付くかは時間の問題だ。仕掛けるにしても早い方がいい」
「それは分かってる。だから、単純だが一つ策を考えた」
『策』この言葉にアスタとヨハネは反応する。今日まで明確な復讐の為の作戦は練っていない。その均衡が今破られようとしているのだ。
「それは本当?」
「ああ」
「早く教えてくれ。時間が惜しい」
「じゃあ、話すぞ」
* * * * *
五分後、ミカエルの言う作戦の説明が終わった。しかし、アスタとヨハネは納得のいく表情をしていない。
「それでいくの?」
「ああ」
「正直無茶だと思うんだが。それだと、俺とヨハネは一切手が出せない。いや、俺はいいとしてもヨハネも危険だ」
「いやアスタも危険だよ」
「無茶は承知で言ってる。でも、頼む。これは俺の我儘だ」
ミカエルは胡座を崩して立ち上がると、アスタとヨハネに向けて頭を下げた。その行動にヨハネは目を丸くして、アスタの方を見る。
アスタはアスタで、ミカエルの叩頭に驚きもしなかった。人にお願いする立場として当然だと理解しているからだ。
「……分かったよ。乗りかけた船だ。僕も最後まで一緒にやるよ」
「ありがとう。アスタは?」
「……その船、泥舟じゃないといいな」
「え?」
「ふん、部の悪い勝負は好むところだ。俺はお前も知ってるメイドに一度命を秤に掛けられたからな。この程度の試練、乗らない訳がないだろう。何より、俺は最初から最後までお前に協力するつもりだ」
アスタは今日一の笑顔でミカエルの作戦に乗った。何より、人から駒として動かされるのはこれが初めてで、内心は興奮しているから、部が悪くても賭けには乗るつもりだった。
「ありがとう」
「で、作戦はいつ決行するの?」
「──明日だ!」
自分が小説内で使っている*と△▼の違いは、*は時間の経過を表す時や、同じ時間帯で場面が移り変わる時に使います。
△▼は、回想シーンに入る時、または、全く別の時間の話をする時に使用します。そうしないと、今後の展開(主に第5章以降の話)と繋がらない場合があるからです。




