第2章 40『此処に来た理由』
「──準備は出来た?」
「終わったよお姉ちゃん!でも、後三千匹くらいはもってこれるよ」
「そう……無理はしないでね。貴方には死んでほしくはないし」
「今回は外から見てるだけにするよ。後はあのお二人方がやってくれるし」
「……ならいいけど。……でも、これだけは言っておくわ。王国騎士とは戦わないで。特に隊長、副隊長クラスの人間には貴女でも敵うかどうか分からないわ」
「うん!分かった!」
暗い空間、深く深く沈んでいく。何かが自分に伝えようとしている。この会話は──
────スタ
「──アスタ!!」
暗闇から解放され、アスタ・ホーフノーの意識が覚醒する。
目覚めてから最初に飛び込んだ景色は空。広い青空だ。
「ああ……あれ?……俺…たしか…」
「まだ動かないで!何処か痛い所はない?」
「いや、違うんだ。なんか、凄いのが来る気がして……。こう、魔獣が……」
「え?」
アスタの言っている事は支離滅裂。ヨハネの質問にもまともに答えない。
「頭を打ったのか?」
「……講師」
「記憶は大丈夫なようだな」
人波の中からクラークが顔を覗かせた。クラークは溜め息を吐き、何か言いたげに口をモゴモゴさせていたが、一度それを押し留め、アスタの額に触れた。
「魔力障害的なものはない。…ヨハネもさっき聞いていたが、何処か痛む所はないか?」
「あっ、…全身痛いです」
アドレナリンが切れたからか、今頃になってコードにかけられた関節技が効いてきた。
「よし、ミカエル、ヨハネ!アスタを保健室に連れて行け!」
「はいっ!」
「ほらっ行くよ」
アスタはヨハネとミカエルの肩に寄りかかり、左脚を軽く引きづりながら保健室まで向かった。
* * * * *
「──っ!」
「はいはい、我慢してね」
左脚の膝に塗り薬を塗られ、その上から包帯を巻かれる。
此処は学内にある保健室。もしも、生徒や講師が怪我、病気を患った場合使用する大学の生命線である。ただし、治癒魔法を使っての大きな治療は行えない為、あくまでも軽い怪我──精々骨折までに限定される。それこそ、魔犬病などの病気はワーボンにある診療所で診てもらわない限り、直す事は出来ない。
「終わりました」
「ありがとうございます」
「お礼なんていいのよ。これも仕事の内なんだし」
既にミカエルとヨハネは授業に戻り、アスタは怪我の経過観察の為に暫く保健室に入ることになった。
「それじゃあ、そこのベッドで暫く横になってなね。私は講師室にいるから、何かあったらよんでね」
「はい」
医師がいなくなると、アスタは言われた通りにカーテンで仕切られた五つあるベッドの中で使われていない三つの内の一つに腰を掛けた。
「今日だけで保健室のベッドが半分以上埋まるのはあの医師も驚いたんじゃない?ねえ?」
「その声…コードか」
隣のベッドからコードがカーテン越しに話しかけてくる。彼女も保健室に運ばれていたのだ。
「お互いに災難だったわね」
「正直、やりすぎたと思ってる」
「…何が?」
「……お前は…強いとは言え、女だ。女相手に全力を出し、剰え……」
アスタはあの模擬戦を行った事を後悔した。正式な試合とは言え、顔には手を出していないとは言え、女を絞めたのだ。落とそうとしたのだ。多少の罪悪感はある。
「ダサ」
「え?」
「ダサいわね」
向こう側からカーテンが開けられ、コードのその冷徹な視線がアスタの心に突き刺さる。
「あんた、そんなの気にしながら私と戦ってたの?」
「いや、そう言う訳じゃ……」
「そう言う事でしょ。私が女だから、女だから戦いたくないって?──バカバカしい。じゃあ何?あんたは魔人と戦う事があっても相手が自分とは性別が種族が違うから戦えませんって言うの?」
「そんな事!!」
「あるのよ!…あんたの判断は、それは…仲間を殺す…最悪の選択になるかもしれないわよ」
「……ッ」
図星。コードの言う通りである。下手な優しさは自分を殺し、仲間を殺す。その光景が嫌にも脳裏に浮かぶ。
「よかったわね、今のあんたが騎士じゃなくて」
騎士じゃなくてよかった。少し前までのアスタに対して効く言葉ではなかっただろう。騎士を目指していなかったから。だが、皮肉にも今は痛いくらいに効く。
「その甘い考え、捨てた方がいいわよ」
捨てたつもりだった。兄レイドの敵を打つと決めた時にそんなものは捨てたはずだった。
しかし、捨てらなかった。失くせなかった。優しさだけは。
──頭が真っ白になる。そのまま時が過ぎ去ってほしいとも考えた。
「…優しさを否定する訳じゃないけど、やっぱり、あんたは騎士に向いてないと思う。…と言うか、何か別の目的があって騎士科に来たんでしょう」
「………」
「沈黙は肯定と受け取るわよ」
アスタがアインリッヒ大学に来た理由は主に二つ。一つは打倒魔人の為、今よりも更に強くなる為、騎士と言う称号はアスタにとってみれば、副産物的なものだ。そして、もう一つは────
「兄さんに近付く為だ」
「は?」
「俺が此処に来た理由は、兄レイド・ホーフノーに近付く為だ。兄さんが此処で何を学び、何を見たのか知りたいんだ」
そう、兄が何を思いながら此処にいたのか、それを知りたかった。見てみたかった。感じたかったからだ。
「……憧憬。それがあんたが此処に来た理由?」
「そう……だと思う」
「ふ〜ん……時間よ。教室に戻りましょう」
壁にかけてある時計を見ると、後一分弱で授業が終了しようとしていた。
「もうそんな時間か」
そして、時計の短針が三へずれた瞬間に終業のベルの音が校内に鳴り響く。
二人は寝たままのマルベルトをそのままに保健室を退出した。この後は帰りのホームルームだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
空気が重い。今の状況はそう一言で表せるだろう。
担任のサムの目つきがより一層鋭くなっている。その目でアスタとコードを睨み、大きく溜め息を吐く。
「──話はクラークから聞いているが、お前ら、初日にしてもやり過ぎだ。全力でやるのはいいが、ぶっ倒れるまでやられるのは此方も困るんだ」
「……はい」
「講師!此処は実力主義なのではないのですか?ならば、その通りに自分の力を出し尽くすのが節と言うものではありませんか?」
お叱りを受け、アスタはそれを素直に受け止めたが、コードは実力主義を掲げ、反論した。
「……あのな、確かにこの大学は実力主義だ。それは間違っていない。だが、限界を超えた力を出し尽くした結果、ぶっ倒れたじゃあ話にならない。自分の体力も管理できない奴が騎士になれるのかと俺は思う」
まるで自分が体験したかのような言い方だ。
「お前は先程の授業でも実戦のことを話してたみたいだが、戦場で常に全力をだしてみろ。確実に体力も魔力も持たなくなる。そして、騎士と言うのは民の憧れであり、希望でもある。それを一人でも失えば、此方の指揮にも相当な影響がある」
「それは分かってます…」
「分かってるなら尚更だ。入学試験で一番の成績を出したことだけで調子に乗るんじゃない。お前はもう少し自分を見つめ直したらどうだ?」
厳しい言葉だ。コードの実力は剣術だけの観点で見れば、今の時点で学年トップクラスのものだろう。それでも、まだ足りない。彼ら講師の求める実力は今のアスタ達には想像し得ない領域なのか。
「──だが、心意気だけは立派なものだ。自分より強いかもしれない男をその嗅覚で見つけたのか?」
「……個人的な興味があっただけです」
興味があると言う発言に一瞬教室内が騒めいた。それは誰の事を言っているのか、今の状況から考えればそれはアスタと言うことになる。
「そうか。まあいい。…説教だけになってしまったが、取り敢えず今日はこれで終わりだ」
「………」
「………」
誰も動かない。皆それぞれ隣席の者と目を合わせたり、苦笑いするだけだ。
「おい、学級委員。号令は?」
「…サム講師」
カインが挙手をする。
「どうした?」
「学級委員、決めてません」
ここでハッとしたようにサムの表情が軽く崩れた。トーマに言われた事を思い出したのだ。
「…忘れてた」




