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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 38『卑怯と言う名の勝ち方』

 校庭の隅にある草っ原、そこにある石の上でバッタが跳ぼうと後脚をと卵管を下ろした瞬間、草陰に隠れていたカマキリが前脚の両鎌でバッタを捕らえた。

 そんな弱肉強食が起きてる自然界の後ろでアスタ達のクラスが準備運動をしている。


「五…六…七…八…。二人一組になって柔軟!」


 人で成っていた円がバラけ、一人、また一人と男女同士だったり、同性同士とペアを作っていく。約一人を除いて。


(お、おい?誰かいないのか?)


 完全に出遅れた。アスタが新脚していた足を元に戻した時には既に殆どが二人一組を作り終えていた。


(ヨハネは……ミカエルとか。コードは!?ハンナと)


 唯一組んでくれそうな人を探したが、どうやら駄目なようだ。

 ヨハネが苦笑いしながらアスタの方を見る。アスタはそれを睨み返すが、直ぐに仕方がないと切り替える。


「お前は先生とやろうか」


 背後からアスタ覆う程の大男が仁王立ちで近寄ってきた。


「……はい」


 仕方なくアスタは講師とペアを組み、柔軟をすることになった。


「一…二…三…四…」


 中央で先行して柔軟してるカインの掛け声と共に股を広げ、身体を右に倒して筋肉を解す。


「んぎ……ぎぎ……」


「なんだ、お前身体硬いな」


(ち…千切れる)


 股と右の脇腹が今にも断切しそうなくらい負荷が掛かる。無論、これを毎日続けていればいつかは柔らかくなるだろう。


「こ、講師……そんな力を……いっ!?」


「たくっ、最近の子供は身体が硬い奴ばっかだなぁ」


(二年前まではもう少し柔らかかったんだけどなぁ)


 アスタ以外にも足の先に手が届いていない者は沢山いる。その中でもヨハネは特に固そうだ。


「おい、大丈夫か?」


「だ、大丈……いてててて!もう少し優しくしてくれ」


「悪い」


「交代!」


 カインの掛け声と共に二人組のもう一方に交代する。


「ん、数人柔らかい奴がいるな。一人は、コード・ティーナ。もう一人は、ミカエル・ブレアか」


 股を広げ、地面に身体を付けて筋肉を解している講師の背中を押していると、講師は顔を上げ、二人の名前を上げた。


(確かに、二人とも柔らかいな。何をどうすればここまで……。にしても、この人もこの人で柔らかいな)


 足を百八十度開脚し、地面に腹を付けているコードとミカエルにも驚いたが、それ以上にこの講師も体格の割には相当柔らかい。


「身体柔らかいですね」


「おう!まあ、昔はお前と同じで硬かったんだがな」


「そうなんですか」


「ははっ、身体が柔らかい事が戦闘の中で役に立つことは余り無かったが、やっておいて損はないぞ。どうだ?後で俺が編み出した一ヶ月で柔らかくなる柔軟を教えてやる」


「あ、ありがとうございます」


 身体の硬いアスタにとっては、柔軟は苦しいものである。なので、この提案を多少快くは思えなかったが、折角講師が教えてくれるのだ。であれば、その好意に甘んじるのがこの場合は正解なのだろう。


* * * * *


 柔軟を含めた準備運動を終えると、アスタ達は倉庫にある木剣を取り、横一列に並んだ。


「んじゃ、剣術の授業を始める!先ずは素振りだ!脇を締めて指先に力を入れろ!肩には力を入れるなよ、必要なのは肘から先だ!──始めっ!!」


 講師の合図と共に全員が一斉に木剣を振り始めた。


「手を休めるな!一!二!」


 アスタは祖父のフライデン・ホーフノーを師に三年間剣を学んでいた。なので、腕力には多少の自信があったし、事実、素振りの回数が五十を超えてもキレが落ちていなかった。

 アスタの隣で木剣を振るヨハネも声を出し、力一杯剣を振っているが、20を超えた辺りでアスタとミカエルについていけなくなっていた。それはクラス内の女子やカイン、ハンナにも言える事である。


「はあ……はあ……一……二……」


「おい大丈夫か?無理なら休んでも…」


 身体中から汗を出し、息切れを起こしながら自分の体力の限界以上の過度な運動にアスタも心配をしている。


「ありがとう。でも、大丈夫……。皆には負けてられないし、何より、あのクリークさんに指導を受けてもらっていんだ。へばる訳にはいかないだろう」


「そんなに凄いのかあの人?」


「えっ?まさか知らないの?」


 剣術の講師であるクラーク。この大学が雇う講師なのだから、何かしらの肩書きを持っているとは思っていたが、それ程に有名な人なのかと疑問に浮かんでいた。


「アインリッヒ大学に入学する人の一部はあの人に剣を教わりたいってだけで入る人もいるんだよ!」


「だからどんな人なんだよ」


 ヨハネの焦らしに多少の苛つきを覚えた。


「クラークさんは、元王国騎士第六師団の団員で『三大流派』を極めたただ一人の男なんだよ!」


「声がでかいぞ」


 晴天だった空がが急に曇り空になるかのようにヨハネの足下が暗くなった。ヨハネの足下だけが。


「え?」


「お前達、何無駄口を叩いてる」


「ああいや、その〜」


「まあいい。それにしてもそこまで良く知っていたな」


 饒舌になったヨハネに修正と称した拳骨が飛ぶかと思われたが、初回の為かクラークは授業中の私語を見逃した。

 ヨハネは心臓の音をバクバクさせながら心の中で助かったと叫び、アスタの方を睨んだ。


(これでおあいこだろ)


「素振り()め!五分間休憩を取れ!」


 その号令と同時にクラスメイトの殆どが地面に尻餅を付き、激しく呼吸を繰り返している。


「まっ、最初だからこんなもんか。だが、二組よりかはタフな奴がいるようだな」


 少し離れた所でクラークがクラスメイト一人一人に目を向ける。特に視線を集めたのは今の素振りが終わっても立っている者だ。今回の木剣はトレーニング用に大学側が改良を加えた物だ。生半可な力じゃ振れないよう少しだけ重くなっている。


(立っていられているのは五人か)


 その木剣を軽く百回は振り、その場に立っているのは五人。


(勇者の弟のアスタ・ホーフノーに入学試験一位のコード・ティーナ、どう言う訳か、メイヴィウス家をバックに持つミカエル・ブレア、筋力は学年随一であろうパウェル・メオン、そして、王都シミウス出身の中級貴族マルベルト・ジンか……)


 その巨体が目を付けた五人には少なくとも何かしら突出したものを持っている。クラークはそう感じ、期待感を膨らませた。


「アスタもミカエルも凄いね」


「ん?」


 水道の水を飲みながら、ヨハネはタオルで汗を拭う二人を羨んだ。


「二人とも、僕なんかより全然体力あるし……ちょっと嫉妬しちゃうよ」


「そんな事ない。俺だって、三年前までは人並みくらいにしか体力なかったし、鍛えればヨハネだって体力つくよ」


「そうかなぁ、まあ、そう言うなら僕も頑張ってみるよ」


「おう!……あっ、それでさ、聞きたい事あるんだけど」


「なに?」


「さっきの『三大流派』ってなんだ?」


 ヨハネがクラークについて詳しく説明してくれていた時から疑問に思っている事だ。普通なら、クラークが元王国騎士団の団員と言うのに耳が傾きがちだが、アスタはそれ以上に『三大流派』と言うものに興味が湧いていた。


「えっ?知らないの?」


「ああ、知らない」


「お前マジか」


 どうやら、この三大流派と言うものは誰でも知っているような一般常識の言葉らしい。

 アスタの反応に会話を聞いているだけだったミカエルも口を開けた。


「知らないならしょうがないなぁ。僕が──」


「休憩は終わりだ!全員集合!」


 ヨハネが自信気にアスタに三大流派について語ろうとした瞬間、休憩終了の合図が掛かった。


「集合だ。いくぞ」


「…ヨハネ、それはまた後で聞くよ」


 気まずい雰囲気なりながらも、三人は駆け足で他のクラスメイトより数秒遅れて集合した。


「では次に三大流派について教える!」


「あっ…」


 これでヨハネがアスタに教える必要は無くなった。


(ドンマイ)


「殆どの者が知っていると思うが、三大流派とはその名の通り、かつて一つであった剣術の流派が長年の時を掛けて三つに別れたものを言う!現代(いま)でこそ三つと言うのが常識だが、元は一つ!つまり、机上では一つ極めれば他の流派を極める事も可能だ!では今から、その流派を一つずつ説明する。一つ目は『闘流』!!これは力に重点を置いた流派で、主に攻めを意識した流派だ!二つ目は『護流』!!これは守りに重点を置き、主に受けを意識した流派だ!三つ目は『静流』!!これは受け流しに重点を置き、相手を持久戦に持ち込む流派だ!──この三つが三大流派と呼ばれるものである。これは剣術基礎の教科書七ページに書かれているので、しっかりと復習するように!」


「はいっ!」


 最後に繰り返し覚えるよう念を押し、三大流派の説明は終わった。


「では次に一対一の模擬戦を行う!」


「いきなり試合ですか?」


「ああそうだ。お前達の今の実力を測るにはこれが一番早いからな」


 カインはいきなりの対人戦に不満があったようだが、クラークの言い分に成程といった表情で納得した。


「では、各自二人一組を作って模擬戦を始めろ」


 その一声と同時にアスタは隣にいたミカエルの肩を掴んだ。


「俺とやんの?」


「ああ」


 入学試験の日に初めて会った日以降、ここまでまともにミカエルとは剣でも魔法でも戦ったことはなかった。そして、唯一先程の素振りでも倒れなかったのだ。アスタは好奇心でミカエルと戦いたかった。


「分かった。やろう」


「えっ、じゃあ僕は?」


 アスタとミカエルがペアを組むのが決まると、必然的にヨハネが一人になる。


「あんたは私とやんのよ」


「え?」


「コード…」


 ヨハネの前に割り込むようにコードがやって来た。


「お前、ハンナは?」


「あっちを見てみなさい」


 コードが指を差した方を見ると、何人か体育座りでペアを組まずに地面に座っていた。その中にはハンナもいる。


「あれは?」


「一部はやりたくないんだって。…全く、負けるのが怖いからって……。あそこにいる奴らは全員今学期で落とされるわね」


「お前、ハンナはいいのか?」


「ハンナはいい友人よ。でも、それとこれとは話が違う。私は本気で騎士になりにきたの。あんたなら分かるでしょ?」


「……ああ」


 酷い言いようだが、ハンナの言っている事も一理ある。事実、アスタ達は騎士になるために安くない授業料を払って此処にいるのだ。本気でやらないでどうするのだ。


「でも、女の子に本気は……」


「あんたも全力でかかって来なさい。捻じ伏せてあげるから」


「う、うん…」


 全員が等間隔に距離を開け対戦相手と顔を合わせ、木剣を取り、構えた。


(さっ、ミカエルはどう出るか…)


 木剣を強く握り、アスタは対戦相手のミカエルを真っ直ぐに見つめる。


「始めッ!!」


 クラークの勝負開始の合図と共にアスタは左足の爪先で地面を蹴り、体勢を低くして肉食獣のようにミカエルの懐まで一気に迫った。


(──早い!)


(もらった!!)


 膝で地面に踏ん張りを効かせ、腕の力でミカエルの脇腹目掛けて木剣を振った。


「──!!」


 しかし、ミカエルも負けてはいない。木剣を逆手に持ち替えて、アスタの放った一撃を受け止めていた。


(そう簡単には)


(いかないか)


 アスタは再び体勢を低くして、バックステップでミカエルから離れた。


(来る)


 アスタが再び攻撃に移る前に今度はミカエルが攻撃に移った。

 ミカエルの動きはぶっきらぼうでゆったりとしている。まるでカウンターしてくださいと言っているような感じだ。


(──遅いッ!!)


 アスタもそれが分かって一直線にミカエルの方へ駆ける。だが、そこで気付く。これは罠だと。


 しかし、もう遅い。


 アスタがまたミカエルの懐まで潜り込んだ瞬間、背中側から殺気を感じた。

 木剣と木剣がぶつかり合う際の独特な音が響いた。


「──くっ!!」


「…これ止める?」


 お互いに目を合わせる。ミカエルは驚いた表情でアスタを見た。何故か、理由は木剣をアスタの背中に回らせて、意表を突いた筈の攻撃を止められたからだ。

 アスタもアスタで急に腕を後ろに回した為、体勢を崩しながらも、どうにか今の状態を維持していた。


(単純な筋力はミカエルの方が上か)


 だが、この均衡も直ぐに崩れそうだ。今はどうにか両足の全筋力で踏ん張っているが、長年の弓術で鍛えられたミカエルの腕力の方が上回っている。


(このままッ……!!)


 力押しで勝てると思った矢先、突然股間(こかん)に焼けるような熱さが走った。


「──!!」


「いまっ!!」


 そして、脇腹に木剣を当てられミカエルは地面に蹲って倒れた。


「おい!大丈夫か!?」


「──ッッ!ってて……」


 倒れたミカエルを心配して、クラークが走って寄ってきた。

 ミカエルの身体を起こし、身体の具合を確認するが、見える範囲では目立った外傷はない。だが、股間を押さえ、呼吸を荒くしている。


「お前、金的を蹴ったのか?」


「はい」


 クラークはアスタの方を向き、溜め息を吐いた。


「お前なぁ、これは剣術の授業なんだぞ。実戦を意識するのは悪くないが、今回の場合は卑怯と言われても仕方がないぞ。以後、今回の行動は謹むように」


「はい…すみません。……ミカエル、大丈夫か?」


「ああ…」


 観戦しているクラスメイト達からは陰口を言われている気がする。いや、言われているだろう。


「はぁ〜、やってしまった…」


 自分の無責任な行動に後悔している。これが二人の友情に亀裂が入らないか心配である。


「あんたの選択は間違ってないわよ」


「お前…」


「実際の戦場では卑怯云々なんて一々言ってられないし、どんな手を使っても勝つというのは寧ろ正解の行動とも言えるわ」


 コードは慰めようとしているのか、それとも単にアスタの行動に関心、共感しているのかそれは分からない。


「だからこそ、興味が出た。私はあんたと戦ってみたい。…いえ、戦いなさい。今すぐ」


「……ヨハネはどうした?」


 アスタはコードの命令口調の言葉には答えず、ヨハネの安否を聞いた。


「あそこで伸びてるわよ」


 コードの目線の方を見ると、大の字で気絶しているヨハネがいた。その周りにクラスの女子数名が集まっている。


 アスタを見るコードの目は何を見据えているのか、それは目の前にいるアスタにも、この光景を傍観しているクラークにも分からなかった。

 全話で予告した通り、東歴85年時点の王国騎士団の総数を提示します。


     83年   85年


第一師団 57人 → 65人

第二師団 15人 → 15人

第三師団 39人 → 47人

第四師団 31人 → 38人

第五師団 32人 → 40人

第六師団 34人 → 48人

第七師団 30人 → 36人

第八師団 30人 → 39人

第九師団 42人 → 51人

第十師団 31人 → 42人

第十一師団 28人→ 38人

第十二師団 30人→ 37人


団長 1人

副団長 1人


その他 3人


総人数 501人

総人数は東歴83年から97人増えています。

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