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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 34『怒りの矛先』

「はあ…はあ…」


「大丈夫ですか?」


 強い重圧(プレッシャー)から解放され、ミカエルは連れられた洗面所で顔を洗っていた。

 その様子をドリス家の使用人であるキュロルが心配しながら背中を摩っている。今のミカエルの格好のためか、自分と同じ立場の人間だからと思っているからか、必要以上に優しくしてくれている気もする。


「はい。大丈夫です。ちょっと、体調を崩してしまったようです」


「そうですか。……同じ使用人の立場とは言え、無理はなさらないようにしてください。この仕事は一度身体を壊してしまうと二度と雇われなくなりますし」


「………」


 溜め息まじりにキュロルは仕事への愚痴を呟いた。それに対し、ミカエルは何の反応も出来なかった。


(この人は知っているのか?──いや、まだ断定は出来ない。本人に確認しない限りは)


 キュロルがドリス家の関係者だからか、どうしても、自分の村を燃やしたかもしれない人物の従者となれば、どうしても心を許すことが出来なかった。

 水で濡れた顔を自前のハンカチで拭き、ミカエルはこの状況がトゥラスヴィの用意してくれた舞台なのだと理解して、改めて覚悟を決めた。


「私は戻りますので、一階の客室でお休みになっていてください」


「あっ、はい」


 キュロルのお辞儀の後、ミカエルはその足で一階の客室まで出向き、表向きは向こうの談笑が終わるまでの待機をするのだが、そうは問屋が卸さない。


「よう」


 ノックの一つもせず、客室にシンナーが入ってきた。


(シンナー・ドリス……!!)


 震える怒りを仕舞い、貼り付けた笑顔で対応を始める。あくまでもこれは、向こうの真意を聞き出す為の会話なのだと肝に命じて。


「これはこれは、ドリス家の御子息シンナー様ではありませんか」


 違和感丸出しの対応。発する言葉も所々ぎこちなく、相手によっては怒りを買ってしまう言葉遣いである。


「ふむ、よろしい」


 しかし、シンナーはそれで良いみたいだ。自分の事を下から見る人間。それがシンナーが欲している人物なのである。


「しっかし、うちの親父も頑固だよなあ。いきなり呼んだかと思えば、出て行け!なんて、親が子供に言うことかね?」


「ぼ……、いえ、私は父を幼い頃に亡くしているので、お気持ちは分かりかねますが、それは一種の愛情表現なのでは?」


 言葉にしたくもなければ、此奴とは話もしなくない。トゥラスヴィから聞いた話だけしか根拠がないのに、何故か此奴が村を燃やした張本人だと考えてしまう。


「ほう?」


「きっと、シンナー様のお父上様は、シンナー様に貴族としての礼儀を知ってもらおうとあの場に呼んだのではないでしょうか?」


「ふ〜ん。……なら、なんで追い出されなきゃいけなかったんだ?」


「それは、単純にシンナー様の振る舞いがよろしくなかったからでしょう。力任せに扉を開けたり、トゥラスヴィ様を呼び捨てにしたりと────」


「待て」


 左手の掌をミカエルの前に出し、静止を促した。人が喋っている間にだ。


「おい貴様、他家の使用人の分際で俺にここまで意見するとは、無礼だと思わんのか?」


「は?」


「今日初めて出会った貴様にはとやかく言われる道理が一つもない。──燃やすぞ?」


「──!!」


 ──燃やすぞ。


 ──何故だろうか、ずっと前からこの言葉を待っていた。いや、知っていた気がする。


「……その、燃やす?」


「ああ、つい癖でな」


 シンナーは思い出し笑いをして、顎を引いた。


「いや〜、今思い出しても笑えてくる」


 ──何が?


 瞳孔を開き、下唇を軽く噛んで親指の爪を強く手の肉に立てる。


「あの屑共を焼却処分した日のこと」


「──!?」


 空気が震える。ミカエルの意味深な沈黙が心の光と影の対極を結ぶ。


「一体……なんの?」


「おお、教えてやろう。今から一年くらい前かな〜?ずっと前に俺達を助けてくれた狩人がいたのよ。そいつ、命張って、魔獣から馬車に乗った俺と親父、他数名の使用人共を逃したんだよ。──まあそいつは死んじまったけど、俺と親父はお礼として、そいつの住んでいた村に時間を開けて礼をしに行ったんだ。そしたら見てみろよ!なんとそいつの住んでいた村、貧民達……屑共が挙って寄生している村だったんだよ!ああ、今思い出しただけでも吐き気がするよ」


 シンナーは村のことを思い出したのか、癖のように首をボリボリと掻いて嘲笑する。


「んで、俺は考えたんだ。こんな奴らに頭を下げるくらいなら、いっその事手を汚して汚物を洗浄してやろうと」


 もはや、ミカエルの住んでいた村人達を人扱いせず汚物扱いするシンナーには心底苛立っていた。いや寧ろ、怒りを通り越して呆れてもいた。

 しかし、その呆れも再び怒りへと変わっていく。


「それで、冒険者二人を雇って、あの村を跡形もなく焼いたのさ。いやはや、あの光景は絶景だったよ。まさか、あんな屑共にも最期に俺を楽しませてくれる才能があったとはね」


 人が焼け、苦しみながら助けを求め、理不尽にも殺されていくのはどれ程屈辱だっただろうか。この真実を知っているのは王国で何人いるのだろうか。おそらく、極少数しか知らない事だろう。

 だが、その村の生き残りであるミカエルがあの名も無き村が焼失した真実とその犯人をしった。そんなミカエルはどんな表情をしていたのだろうか。怒りで震え、顔を真っ赤にしながら憤怒していたのか。それとも悲しさで涙を流したのか。──否、何方でもない。ただ静かに感情を内に収めて一点の殺意だけを研磨させていた。


 ──此奴だけは殺す。殺さなくてはいけない。


「ん?話聞いてるのか?」


「…はい。勿論です」

 ここで伝えることではないかもしれませんが、作者ドル猫は7/17に新型コロナウイルス陽性が判明しました。そのため、近日中に出す予定であった『カラスはなぜなくの 望』の投稿日時がかなり遅れると思われます。それに連動して、『勇者の弟』の投稿頻度も低くなります。読者様には申し訳御座いませんが、何卒ご了承頂けると幸いです。

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