第1章 7『王都での1日』
木造建築の大きい建物、此処は王都でも有数の名医が働いている診療所である。
「成程……。ええ、我々ならニ日あればこの毒を綺麗さっぱり解毒することが可能です。後遺症も残らないでしょう」
「そうですか、それはよかった」
医者がロイドの身体を診察して、椅子に腰を掛けるローグとレイドに報告した。
昨晩の盗賊との戦闘でロイドは毒の付いたナイフをもろに喰らい、失明寸前まで追い込まれていた。
だが、ヘルドの懸命な治癒魔法のおかげで、どうにか毒が回るのを抑えられた。その後、四時間で王都まで行く道則を御者と馬の努力で一時間にまで短縮する事に成功。そして、王都に着いた瞬間、直ぐに診療所へ駆け込んで、今に至る。
「ヘルドさん、ありがとうございます」
レイドは診療所の外で待っていたヘルドに叔父を助けてくれたお礼を言った。だが、その気持ちとは裏腹に、憧れの人と話ができるという事に興奮していた。
「…いや、お礼は言わなくても大丈夫だよ。僕は騎士の本分を務めただけだし、元はと言えば、僕が寝ずに護衛していればこんな事にはならなかった」
全て自分に非があるような言い分だった。
「いやいや、ヘルドさんがいなければ俺たちみんなやられてたかもしれませんし、さすが最強の騎士ですよ!!」
「……最強の騎士…か」
ヘルドは何か思うところがあるのか、口を閉じた。
昨晩、レイドとローグの二人が死体の確認をとっている時、ヘルドが殺した者達からは指を飛ばされたドベーを除き、一人も出血していなかった。
その切り口は鮮やかなもので、死体の表情からでも、まるで自分が斬られた事にも気付いていないようにも見えた。そう、言うなればヘルドは最強の騎士ではなく、斬られた彼らからすれば、死神と言ったところだろうか。
「さて、僕はそろそろ本部にまで、捕らえた盗賊十七名の引き渡しに行ってくるよ」
「レイドくんは、そうだな……王都初めてでしょ?」
「は、はい!」
「よし、なら御者の人と王都を周るといい。これから一年間、君が住む街でもあるからね。何処に何があるか覚えておいた方がいいよ」
「分かりました!ヘルドさん!」
レイドは大声で返事をして、馬車まで走って戻った。
ヘルドがレイドを見送っていると、診療所からローグが出てきた。
「ヘルド、私も今から騎士団本部へ行く。今回の後処理をしたいからな」
「分かっていますよ。さあ、行きましょうか」
* * * * *
「──すっげぇ!!」
レイドが御者のおっちゃんに連れられて最初に向かった先が、武器・防具屋だ。レイドは王都の品揃えの良い剣や鎧に目を輝かせていた。
「すげぇ、初代勇者の使っていた剣のレプリカ!新聞の絵で見た事あったけど、本物はやっぱり違うなぁ」
「どうだ、すげぇだろ坊主!うちは王都でも評判がいい店だからな!」
「おい店主!このお方は二百代目の勇者様だぞ!口に気をつけろ!」
店主は驚いた表情で腰を抜かした。
棚に飾ってあった商品の魔石が床に落ちる。
「おいおい、冗談はよしてくれよ」
「いいや、残念ながら本当だ。王都を一通り周ったら大学まで送る予定だ」
入り口に立てかけてあった銀の剣が留め具から金属独特の音を立てて崩れ落ちる。
「ところで、この短剣はいくらで売れる?」
レイドが商品を眺めている間、店主と御者のおっちゃんが何か話し込んでいる。
「──ん?家紋が入っているな…、これを何処で手に入れた?」
「ああ、この短剣は盗賊に襲われた時にリーダーっぽい男の死体からくすねた物だ」
御者のおっちゃんが短剣を出し、店主がそれをじっくりと虫眼鏡のような物を使って鑑定する。
「うん、これなら金貨八枚から魔金貨一枚ってところかな。状態は良好だし、もしかしたらマニアの中ではもっと高く売れる可能性がある。──それに…これは…」
「おっちゃん!!このペンダントいくら!?」
空気を読まず、得意げにレイドは大声でカウンターに肘をつけ、鑑定をしている店主の目の前にペンダントを持ってきた。
「どうしましたか、勇者様」
店主の口調が先程とは打って変わり、荒々しい言葉使いから丁寧語へと変わった。
「うん、これ買いたいんだけど……でいくらなの?」
レイドが持ってきたのはなんの変哲もないペンダントだった。
「勇者様お言葉ですが、そんな代物よりもこの対魔用に作られたペンダントが宜しいかと。こちら、少々お高いのですが、勇者様がご購入されるのでしたら、特別に半額サービスをいたしましょう」
店主はそう言うと、ショーケースの鍵を開け、その中でも特に光沢の強い宝石が埋め込まれている物を取り出した。
(商売上手め)
「いや、いいんだ俺はこのペンダントに弟から貰った魔硝石を入れて保管する。約束破るから、弟には悪いけど…」
レイドはペンダントの家族の絵を入れる箇所を指差して、ここに魔硝石を埋め込められないか店主に聞いた。
「ふむ…それでしたら、埋め込みも含めて特別価格で銅貨二枚になります」
「うん、ありがとおっちゃん。それと、その口調は少し気持ち悪いから最初に会ったときのような話し方に戻してくれない?」
「………分かりました」
店主はペンダントと魔硝石を受け取り、作業室へ篭ってしまった。
(あ〜あ、やっぱり子供相手じゃ難しいよな)
御者のおっちゃんは心内で店主を小馬鹿にした。
「じゃあ勇者様、ペンダントが出来上がるまでそこの酒場で食事でもしましょうか」
「あの、御者のおっちゃんもそんな堅苦しくしなくていいんだけど…」
ペンダントができるまでの時間潰しとして、近くの酒場にまで案内された。
覗いてみると、昼前だからなのか店内には一人も客がいなかった。
御者のおっちゃんが酒場の半開きになったドアを開ける。
ドアはどうやら建て付けが悪いらしく、木材が軋む音を立てながら、ゆっくりと開いた。
「マスター、魔鹿のジビエを二つくれ」
店内に入り、席に座ると、カウンター席の奥で食器を拭いている左右の瞳の色が違うスキンヘッドの店主に御者のおっちゃんは注文をした。
注文をしたのは魔鹿と呼ばれる魔獣の一種を使った料理だ。
魔鹿は繁殖力がとても強く、偶に農家の人々を襲う害獣だ。寒い冬の時期になると、人里に下りてきて農作物を荒らす。レイド達も家で家庭菜園をしていた時に、この魔鹿に畑を荒らされた経験がある。その時は、レイド以上に怒ったフライデンが魔鹿を切り刻んだ。
「かしこまりました」
店主は注文を受け取ると、直様調理に取り掛かった。
その間、御者のおっちゃんとレイドでちょっとした世間話をした。勇者制度とか、最近の騎士の話等、それはもう子供には分からない内容にまで話は深くなっていた。
その熱弁にレイドは喋ることができず、ただ頷くことだけが許された行動だった。
(正直、盗賊よりこの人の方が怖えぇ)
「お待たせしました。魔鹿のジビエです」
雑談を──いや、御者のおっちゃんの愚痴を聞いていると、店主が皿に盛られた鹿肉と色とりどりの野菜が並んだ料理が出てきた。店主のエプロンに所々赤黒い液体が付着している。先程、魔鹿を締めた際に飛び散って付着した血液だろう。
「おお、これは美味しそうだ」
「勇者様にそう言っていただけるとは、光栄です」
店主がそうお礼を言うのを聞くと、レイドは何か違和感を感じた。
「──あれ?俺が勇者っておじさんに言ったっけ?」
レイドは肉を一口、口に放り込んで、咀嚼をしながら疑問を口に出した。
「ええ。一目見たら分かりますよ。なんたって、この酒場は歴代の勇者全員が食事したことがある伝統的なお店ですからね」
その言い分に納得した。この店主の見た目は三十代後半と言ったところだが、思っているよりも歳は重ねている模様だ。
「ごちそうさまでしたー」
お代を渡し、満腹で店を出て行った。店主はこちらを見送る時、満面の笑みで見送ってくれた。
「さて、次はどこへ行きましょうか?大図書館ですか?それとも、演劇でも観にいかれますか?」
レイドは、御者のおっちゃんの提案に賛成しようと思っていたが、この活気に溢れている王都をもう少し散策したいという衝動に駆られた。
「おっちゃん、今から暫く自由行動させてくれない?」
「えぇ!?それは困りますよ。勇者様に勝手にいなくなられては」
「大丈夫、直ぐに済ませるから。そこで待ってて!」
御者のおっちゃんが止めようとしたが、レイドは持ち前の身体能力で人混みをかわし、少し奥に行った所の八百屋で足を止めた。
(見た事ない果物だ)
「おっちゃん、これ何?」
商品棚に陳列されていたピンク色の果物を見て、八百屋の店主に声を掛けた。
「ああ、これは『モモ』と言う果物らしいぜ。俺も昨日仕入れたばっかで、この果物の詳細は解らないんだ」
レイドは「ふ〜ん」と分かりやすいように興味を持ち、モモを手に取った。
「じゃあ、これ買うよ。いくら?」
「おいおい坊主、俺も食ったことないやつなんだぞ。もしかしたら毒が入ってるかもしれねぇ」
(そんなもん商品にすんなよ)
そう心の中で突っ込みをいれながら、銅貨二枚を店主に手渡した。
「ありがとおっちゃん。食べたら感想言うから」
「おう!期待してるぞ!」
モモが入った紙袋を持ち、今度は、ここへ来たときから王都の中でも一際大きく異彩を放つ、ドーム型の丸い建物へと足を運んだ。
「ここが『練兵場』か……」
レイドの目的は、騎士や衛兵が訓練するために使う、この練兵場の見学だ。此処に来た理由は、少し前に読んだ新聞で月に数回、訓練や試合の見学が出来ると紙面に書いてあったからだ。
入り口の目の前まで来て、中に入ろうと歩を進めるが、鎧を着た二人の衛兵に止められた。
「おい、何をしているんだ!!ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「えー、ちょっとくらい見せてくれてもいいじゃーん」
レイドは駄々をこね、衛兵に中に入れるよう促すが、今日は別に見学日でも何でもないため、問答無用で押し返される。
「──ちっ!ちょっとくらい見てもいいじゃん」
良からぬことを考えた。レイドはこの衛兵二人の身体を触った時、筋肉のつき方やレイドを突き飛ばした時の動き方から考えて、この二人は自分より弱いことに気付いていた。
(力づくならどうにか入れるか?)
と思っていると、突然、頭に強い衝撃が走る。
「この馬鹿ガキ、何をやっているんだ!?」
「ローグ様!」
背後に現れたのは、片眼鏡を掛けた使用人姿の男、ローグだった。
「げっ!!」
どうやら拳骨を受けたようで、軽い脳震盪で視界が揺れる。レイドも反撃をしようとしたが、足元がふらついている状態ではまともな攻撃ができない。直ぐに足元を掬われ、今度は身体全体を地面に打った。
「に、にゃろ……」
しかし、これだけやられてもレイドの目はまだ死んでいなかった。その態度にローグは溜息を吐き、衛兵に中に入るよう交渉を始めた。
「はぁ、悪いが君たち、今回は私の独断で彼を入れさせてはくれないだろうか?」
「い、いや、いくらローグ様と言えど関係者じゃないそこの子供を入れるのは…」
「手を出せ」
交渉は難航の兆しを見せていたが、ローグの低い一言に衛兵は黙った。
「──え?」
「いいから」
「は、はい」
衛兵が手を出すと、ローグは周りに見えないように衛兵の掌に何かを押し付けて、耳打ちで何かを話した。
「ど、どうぞ」
耳打ちが終わると、押し付けられた物を見て、衛兵は引き攣った顔をした。そして、表情が柔らかく崩れると同時に練兵場の門を開けた。
「あの〜、何をしたんですか?」
練兵場の廊下を歩いている途中でレイドはローグに先程の行動のことを聞いたが、ローグは何も話さなかった。
それから程なくして、練兵場の客席に出た。
「……誰もいない」
レイドは練兵場で汗水流す騎士の姿を期待していた筈だったのだが、期待とは大きく違い、中はもぬけの殻だった。
誰もいない練兵場は風通しがよく、二人に心地いい風が当たっていた。
「当たり前だ。お前は今の国の情勢すら知らないのか?」
「え……?」
「はぁ、知らんのか……」
レイドの気の抜けた返事にローグは嘆息をし、レイドに事の顛末を話し始めた。
「この国の王であるルゲ・シミウス様が先月、病で倒れたんだ」
「!?」
レイドは普段から新聞を読まないので、簡単な世間の噂も知らなかった。だが、これは緊急事態にも程がある。なぜ知らなかったのか分からなかった。
「ああ、そうかお前の住んでいた所はかなりの田舎だったな。もしかして、紙面が届くのが遅れたのか?」
それに、もしレイドがそのことを知らなくてもアスタなら確実にその記事を読んで、レイドと話している筈だ。
「だから、俺に手紙を届けたのが……」
ここで点と点が結びついた。普通なら勇者に手紙を届ける役目は責任重大の為、ベテランの王国騎士、もしくは王直属近衛騎士にでも任せる筈だ。いくらなんでも、あの二人は騎士としては弱すぎた。
「そうだ。だから、殆どの騎士や魔法使いはその情報を聞きつけた王族への反対運動をしている組織、そして、今になって二十年ぶりに南下を始めた魔王軍と最近になって活性化し始めた魔獣の対処に出払っている」
レイドは返す言葉が思いつかなかった。だけど、ローグの言い分にも何か疑問を感じずにはいられなかった。
「でも待てよ。王族が死にそうって言うのに、王都は平和そのものだったぞ」
その疑問は、この王都を見学している時、普通に人々は日常を楽しんでいるように見えた。
「それはだな…我々が噂話が広がる前に新聞社に賄賂を送り、無理矢理黙らせたんだ。だから、この情報知っているのは城に出来る者でもそういない。だが、どうやら既に情報は反対派の組織に伝わっていたらしい。全く、どこで情報が漏れたのやら…」
ローグは分かりやすいように苛つきながら爪を噛んだ。
「まぁいい。これで、お前の用事は済んだか?」
「あ、ああ」
「それなら良かった。もう我々には時間が無いからな。もし今、各都市で反乱が起きて戦争になろうものなら、矛の無い我々は滅ぶ以外に道はない」
ローグの言う通り、王都では王国騎士を全然見かけなかった。どうやら、今王都にいる騎士は近衛騎士団と新米の王国騎士とヘルド、それと衛兵も普段在中してる数の半分だけらしく、精鋭部隊である王国騎士が手薄な今、もし、各都市から反乱が起きれば王都は火の海になる。それを止める為に一刻も早く、勇者が必要になり、レイドを推薦したらしい。
その後、御者のおっちゃんと再会してから、馬車で王都の道を駆け、夕方になる頃にはレイド達の目の前には練兵場よりも巨大な建物が見えていた。
「──着いたぞ」
「ここが、『アインリッヒ大学』」
レイドが巨大な門を前に口内に溜まった唾を飲み、来た時とは別人のような顔付きになっていた。
「私はここまでだ。ガ……いや、レイド、勇者はお前が思っている程甘いものじゃないぞ」
「分かってるよ」
馬車を降りると、レイドは荷物を荷台から降ろし、門番に勇者の推薦状を見せた。門番は「どうぞ」と一言言うと、門を開けた。ここに入れば、もうあそこには戻れない。そう感じていた。
──パァン
手の叩く音が辺りに響いた。いや、手を叩いたのではない。自分の頬を気合を入れるために思いっきり引っ叩いたのだ。
「俺の名はレイド・ホーフノー!!二百代目勇者にして、魔王を倒す男!!」
レイドは学校に向かって吠えた。これが俺だと示すように。
夕日はレイド達の背中を照らした。ひりつくような暑さと共にレイドに何かを語るように。
──さあ、俺の勇者記伝の第一章の始まりだ!!
レイドはそう啖呵を切り、学校の敷地に足を踏み入れた。果たして、ここから始まる彼の物語は希望なのか──、それとも──