第2章 32『ドリス家訪問』
〜東暦81年〜
赤蜘蛛討伐から9ヶ月後。年が周り、冬の寒さが本格的に寒くなった頃、王都では薪に代わって暖を取る物として、火の魔石が使われていた。
粉々に砕いた火の魔石を小さな袋に詰め、それを布団の中に入れて包まると言うものだ。
そんな魔石の需要が高まる中、赤く塗装された一台の馬車が王都の西にある屋敷の前で停まった。
馬車が停まると同時に首輪を付けた男が門を開けた。
そして、馬車から身なりのいい左目に眼帯をした男と使用人の格好をした3人が出てくると、首輪を付けられた男の案内で屋敷の玄関まで足を運んだ。
首輪を付けられた男が玄関前の扉を3回ノックすると、中からメイド服を着た20代中頃くらいの女性が中から出てきた。
「お待ちしておりましたトゥラスヴィ殿。我が主人、ハロルド・ドリス様は足を悪くしているため、ドリス家使用人の私、キュアルが主人の元までご案内いたします」
「ああ、頼むぞ」
使用人キュアルの案内でトゥラスヴィ達4人は屋敷の2階にある一室へと案内された。
「ハロルド様、お客様がお見えです」
「通せ」
キュアルが扉を開けると、最初にトゥラスヴィが部屋の中に足を踏み入れた。それに続いて長身の初老くらいの老人と30代くらいの女性の使用人、最後に身長が低い使用人が部屋の中へと入った。
「ハロルドさん、お邪魔しますよ」
「これはこれはトゥラスヴィ殿、遠い所態々足を運んでいただき…」
トゥラスヴィが声を掛けたのは、中央の椅子に座る太った男、彼がドリス家当主のハロルド・ドリスだ。
「いえいえ、早馬を使えばあの程度の距離、どうって事ありませんよ」
「そうですか……。して、其方の御三方は?」
「此方は当家の使用人です。1人は見習いですが……。3人とも、挨拶を」
「はい。お初にお目に掛かります。私は、メイヴィウス家使用人筆頭のセバスです」
まず最初にトゥラスヴィの左に立っていた使用人筆頭と名乗るセバスが前に出ると、右手を胸に当て、腰を低くして目上の人に対する挨拶をした。
この人は、ミカエルが初めてメイヴィウス家の屋敷に来た際にトゥラスヴィがいる部屋まで案内した人物だ。
「同じく、メイヴィウス家使用人のコルニです」
次にトゥラスヴィの右斜め後ろに立つ、メイド服を着た女性、コルニが前に出てスカートの裾を優雅に摘んでメイドの作法に則った挨拶をした。
「おっ、お初にお目に掛かります。使用人見習いのミカエル・ブレアでしゅ。あ──です」
最後に使用人の格好に着替えたミカエルが噛みながらぎこちない挨拶をした。そんな挨拶にハロルドの両隣にいる護衛の傭兵がクスクスと含み笑いをした。
(くっ、なんでこんな事に……)
こうなる事になった理由は今から9ヶ月前に遡る。
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〜9ヶ月前〜
「今……なんて……?」
「……君の村が燃えた理由はドリス家にある。そう言ったんだ」
ミカエルの握った右手がプルプルと震え、一滴の汗が重力に引かれて滴り落ちる。
「えっと…つまり、あの火事は……人為的なものだったと?」
「そうだ」
「いやいやいやないでしょう。あの日だって、王都の壁上から衛兵達が付近を監視してましたし。ましてや、僕の住んでた村は王都からもそう離れていない。もしも、人為的な災害なら、衛兵が……」
「その衛兵が口封じされたと言ったら?」
「──!?」
何故こんな事まで一貴族であるトゥラスヴィが知っているのか、その事についてはミカエルの頭の中から抜け落ち、火事の事だけが脳内を支配した。
「口…封じ?」
「権力によってな。ドリス家は、小さい貴家ながらも最近、妙に権威と発言力を伸ばし始めてきた。もしかしたら、君の村が燃えた理由もそこにあるのかもしれないな」
「でも、そんな事……!」
口を大きく開き、トゥラスヴィに向かって視線を真っ直ぐに向ける。これは、無意識に身体が助けを求めているのだ。勿論、その仕草にトゥラスヴィは気付いていた。
「じゃあ、確かめてみるか?」
「……え?」
「一年後にドリス家へ訪問する機会がある。その時について来ればいい」
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(だからと言って、使用人の格好をさせる必要はあったのか?いや、あったんだろうけど!)
自分で自分にツッコミを入れ、動きを制限される服に多少の苛つきを覚えながらも、背筋を伸ばして如何にも、働き始めて数日の新人のような立ち方を徹底した。
「新人くんかな?」
「はい。2日程前に当家が雇った使用人です。本日は勉強の為に連れてきました。……宜しくて?」
「ええ、問題ありません。──そうだ!折角ですし、私の倅も紹介しましょう」
倅と言う言葉にハロルドの両隣に立っている護衛の傭兵達がハロルドを一瞥する。
右隣に立っている傭兵が小さく口を開き、「いいのか」も今にも言いたげな表情をしている。
「ハロルド様、シンナー様をお連れして宜しいのですか?」
左隣に立っている傭兵がハロルドに向けて思っている事を口にする。
「うーん……お前、私に意見するつもりか?」
「い、いえ」
その事にハロルドは傭兵に向かって鋭い目線を向ける。普通に見れば、従者と当主の間で普通にありそうな会話だが、一瞬だけ場の空気が硬直した。
「普段なら、私に意見した瞬間に彼奴のように奴隷になってもらうが、今回は客人がいる。…不問に処そう」
「……はっ」
その硬直した空気をハロルドは更に固まらせる。客人が目の前にいると言うのに随分と横暴な態度を見せるものだと、ミカエルは逆に感心してしまった。
「直ぐに呼んでこい」
「──はっ!」
ハロルドの命令にビクつきながらも、護衛の1人が足早にこの場を後にした。
「……先程話した奴隷と言うのは?」
奴隷と言う言葉に眉を動かし、口角を上げ笑ってはいるが、目の奥からは一切の光を感じさせない静かな怒りを出しながら会話を切り出した。
「貴方方も見たとは思いますが、奴隷と言うのは玄関にいるあれですよ」
「あの男の方が奴隷…と言うことですか?」
ミカエルも思い出した。屋敷の門を開けた大柄の男を。一目見た時は使用人なのかと思ったが、今思うと、首輪を付けられているのは可笑しすぎる。
「ええ、そうです」
「…しかし、前王の意向で奴隷制度は廃止になったのでは?」
「……勿論、何の罪も無い人を奴隷にはしません。これは、特例ですよ」
一呼吸置いて、特例を強調させるように言葉を遅らせた。
「特例…」
ミカエルが顔を軽く下に向け、特例と言葉を繰り返した。
「気になるかね?」
「…いえ」
奴隷や特例と言う言葉の所為であの男がなんでこんな事になったのかは、なんとなく予想が付いていた。
「私は気になりますね」
すると、トゥラスヴィが内心穏やかではない淡々とした口調でハロルドに説明を求めた。
「トゥラスヴィ殿は気になるのですか?」
「はい。とっても」
「では、お話ししましょう」
ハロルドは一度目を瞑り、顎を親指で触ると、ゆっくりと丁寧に話し始めた。
「あれは、3年前のことです。あの新月の日の夜は、自棄に蒸し暑く、とても寝付けるような感じではありませんでした。私は、深夜帯の時間に勤務していた護衛を呼び、自室から離れたトイレへと向かいました。──廊下に備え付けられている開光石の効力は既に手動で落としていたので、月明かりも差さない中、トイレまで早歩きで歩きました。3分程歩き、トイレまで後10メートルを切った所で、護衛の者が気付きました。影が廊下の奥で動いていると。私は護衛の者に命令し、その影の正体を捕らえさせました。そうして、首根っこを掴まれてひきづられて来た男こそ、貴方方が門で見た男なのです」
ハロルドが話を一旦区切り、トゥラスヴィが質問を入れる。
「成程。では、あの男はドリス家に侵入した泥棒だった…と言うことですか?」
「察しがいいですね。その通りです。奴は、月明かりの出ない新月の夜を狙って、入り込んだのですよ。こんな事は初めてでした。ドリス家末代までの恥です」
「それはお気の毒に」
「幸いにも、何も盗まれてはいないし、無料の労働力も確保出来たことですから、結果オーライと言ったとこらでしょうか」
「労働力?」
「はい。今から約40年前に廃止された奴隷制度……これに代わって新たに作られたのが、『犯罪者責任法』。この法には、個人が特定の者に対して損害を出した、もしくは出そうとした場合にのみ被害者は加害者を常識の範囲内でなら好きに取り扱っても良いと記されています」
この犯罪者責任法の内容を簡単に訳すと、犯罪を犯した者は被害者の所有物にされると言う事だ。
「ですが、そんな事王が許しますかね?」
「許されますよ。彼を奴隷にする際にキチンと三食分の食事の提供を約束してみたら、あっさりと通りましたよ」
「…そうですか」
この事が本当の事なのか、嘘なのかは最早誰にも分からない。この法を決めた先代の王は死に、当の本人は何も言わず従順に働いている。
──コンコンコン
そして、静かな空気に成りかけた時、部屋の前の扉が3回のノック音が響いた。
7月の間は投稿頻度が低くなります。申し訳ございません。




