第2章 30『人間』
(ミカエルくんは大丈夫だろうか?もう直ぐ陽が暮れる。早くしないと、魔獣が動き始めてしまう)
ミカエルが森の中に入り40分が経過した頃、森の入り口にいるクラトスは馬の見張りをしつつ、森の中に1人で入ったミカエルの安否を心配していた。
「ブルルゥゥ」
すると、行きでミカエルが乗っていた馬が繋がれている紐を断ち切ろうとばかりに体を上下に動かし始めた。
「むっ、どうした?どうどう」
馬が荒ぶっているのに気付くと、クラトスは木に繋がれている紐を緩め、馬の機嫌を取ろうとする。
すると、馬が緩まった紐から器用に潜り抜け、数歩歩くと、森の方を向き、大人しくなった。
「──ん?」
クラトスも馬と同じ方向を向き、何かあるのかと警戒を強める。
「……っ!!」
しかし、その警戒心は直ぐに解かれることとなった。
「はぁ…はあ…」
何故なら、森の中から出てきたのは汗まみれのミカエルだったからだ。
ミカエルの身体には目立つ怪我は見当たらないが、よく見れば、手の甲や破れたズボンの位置に浅い切り傷が出来ていた。
「ミカエルくん……」
「はぁはぁ……赤蜘蛛、討伐してきましたよ」
ミカエルはクラトスの姿を見るや否や、最初に赤蜘蛛を討伐出来たと竹籠の中から子蜘蛛を出して見せた。
「──おおっ!」
満身創痍と言う程ではないが、息切れをして右足を引き摺る姿を見て、クラトスがミカエルへと近寄る。
「大丈夫ですか?その足は…」
「これは、逃げてくる途中で挫いただけです。折れてはいないので、心配いりません」
「逃げてきた?」
『逃げた』と言う言葉にクラトスの眉がピクリと反応を示す。
「はい。子蜘蛛を射抜いたら、マーキングされていた親蜘蛛に追いかけられて……」
「追いかけて来たのは何匹ですか!?」
クラトスが声を荒げ、追いかけて来た赤蜘蛛が何匹かをミカエルの両肩を掴みながら聞いた。
「え…?一匹ですが…」
「一匹……」
一匹と聞いた途端、クラトスの表情が焦りから真剣な顔つきに変わった。
「今すぐ馬に乗ってください!このままでは……」
クラトスはこのままでは非常に拙い事が起きると予期して、ミカエルの馬の手綱を引き寄せた。
その瞬間である。
木々の奥から5メートルはあろう赤蜘蛛が姿を現した。
「──っ!!もう追いつかれたか!!」
クラトスが危惧していた事、それは赤蜘蛛の親蜘蛛が番である事である。ミカエルを襲ったのが一匹だと知った時点で、クラトスはミカエルを襲っていない方が跡をつけていると考えたからだ。
そして、その不安は的中した。
「ミカエルくん、少し離れてください!」
「え?」
ミカエルを無理矢理馬に乗せて、森から離れた場所まで馬を走らせた。すると、赤蜘蛛がそれを追って6本の脚で動き始めるが、その正面にクラトスが立ち塞がった。
「お前の相手はこっちだ」
「キィィィィィィィィイイイ!!」
赤蜘蛛の前脚の先端がクラトス目掛けて振り下ろされる。
当たる直前、クラトスが左横に足をステップし、攻撃を躱した。
すると、前脚が地面に突き刺さり、赤蜘蛛の動きが止まる。そして、その無防備になった赤蜘蛛の前脚をクラトスが掴む。
「ふんっ!」
そのまま、クラトスは赤蜘蛛の前脚を握り潰した。
クラトスが掴んだ部分からブチブチと音を立てて脚を落とし、それを放り投げる。
しかし、魔蟲には痛みを感じる感体がないのか、脚が一本無くなろうと、構わずに牙を向ける。
「蜘蛛よ……。どうして俺がミカエルくんを遠くに離したか分かるか?」
赤蜘蛛がクラトスから何かを感じ取り、高速で後ろに下がる。
「それはな、巻き添えを喰らってしまう可能性があったからだ」
クラトスが地面へと拳を振り下ろす。
すると、先ずは拳大の小さな穴が足下に出来た。次に、その穴が半径50センチメートルの穴になる。そこからも、更に穴が広がりながら大きくなり、最終的には赤蜘蛛のいる地点まで到達した。
そして、穴の中へと落ちていく赤蜘蛛を仁王立ちで待っているクラトスが眼光を鋭くし、身体を右に捻った。
その姿を見て、赤蜘蛛は本能で自分の危機を感じたいのか、急いで上へ登ろうとする。だが、もう間に合わない。
「ぬぅぅぅんんん!!!」
腰の捻りを加えた正拳突きが赤蜘蛛の頭部に命中する。その瞬間、ただの正拳突きの筈が、赤蜘蛛の脚が震えると同時にクラトスの拳が一気に赤蜘蛛の体奥までめり込み、瞬く間赤蜘蛛と周囲を爆散させた。
結果、爆風のような風が辺りを覆い、近くの木々を薙ぎ払いながら、ミカエルのいる所までその衝撃波が飛んできた。
「──うおっ!!」
ミカエルの位置から、今クラトスがいる所までは約300メートルは離れている。それなのに、身体が一瞬宙に浮く感覚を覚え、何が起こったのかを理解するまでに少しの時間を要した。
「な、何が……。そうだ、クラトスさん!」
身体が浮く程の爆風が止むと、ミカエルは思い出したかのように馬を走らせ、衝撃波の中心地へと急いだ。
「んなっ!?」
衝撃波の中心地──そう。それは、半径60メートルはある巨大なクレーター。その中心に上裸になったクラトスが佇んでいた。
「いや、いやいや……。これって……」
あり得ない。そう心では思いながらも、これを1人の人間がやったのだと認めたくはなかった。
この状況を見てしまったら、最初に思い浮かぶ感情は憧れでも驚きでもない。
──恐怖だ。
薄々気付いてはいたが、はっきり言って、異常とも取れるこの光景はこの先のミカエル・ブレアの人生に大きく関わっていくのであった。




