第2章 28『なんでも屋』
「はっ!」
手綱で馬の身体を奮い立たせ、ラストスパートだとばかりに速度を上げる。
メイヴィウス家を発ってから6日。休憩を何回か入れながらもどうにか赤蜘蛛の生息地から一番近い都市、ワームへと辿り着こうとしていた。
「ミカエルくん、そろそろ馬の速度を落としましょう。人通りも多くなりますし、この先には門兵もいます」
「分かりました!」
2人は手綱を短く持ち替え、体重を落とす。すると、馬が自分の背中が少し重くなった事に気付いたのか、体重移動を調整する為にスピードを緩め、20秒もしない内にゆっくりとしたスピードで『走り』から『歩き』へと移っていた。
「止まれ!」
馬車でワームの城壁まで近付くと、槍を持った衛兵に止められた。
「なんですか?」
「そこの老人、身分を証明出来る物を持っているか?」
「ん?」
基本的に成人している者が王都と4大都市に入るには、王都では通行許可証、その他の都市ではギルドカード等、自分の身分を証明出来る物が必要だ。
「あーはいはい。これね」
そう言うとクラトスは鞄の中から中央に赤い宝石が埋め込まれた金色に光る徽章を衛兵に見せた。
「これはっ……!」
衛兵は徽章を見るや否や腰を低くして驚き、クラトスの方をもう一度見る。
(こ、この老人…、メイヴィウス家の関係者か!?)
余り良くない噂が流れるメイヴィウス家。その関係者だと分かると、衛兵は分かるように表情を変え、息を呑む。
「ど、どうぞ…」
その結果、衛兵はクラトスとミカエルを人を見る時とは違う目線で2人が通り過ぎるのを見つめた。
「いつもああなんですか?」
「…もう慣れたものですから」
そして、2人は大陸の最南にある都市、ワームへと入った。
「さあ!たった今毒抜きされた『毒ネズミ』の肉が入ったよおぉぉ!!早い者勝ち!お値段は銅貨5枚!」
「お客さん、こっちの指輪なんてどう?貴重な水の魔硝石を使った特注品だよ!お値段はおまけして金貨3枚で譲っちゃう!」
流石は大陸の誇る4大都市と言うべきか、街の活気はかなり明るい。
「随分と人が多いですね。これ、王都よりもいるんじゃないんですか?」
「南は、弱いとは言え魔獣が多い分、物価が安いのですよ。だから、他の町や村から移り住む人も多いのです」
「へぇー…」
魔獣が多いと言っても、街は平和そのものだ。人々は活気に溢れ、子供は走り回る。これを平和と呼ばずして何と呼ぶのか。
人集りの中、正面の通りを10分程進むと、クラトスの馬の足がある店の前で止まった。
「情報と装備の最終確認をしましょう」
「はい」
馬を一箇所に停め、店の中に入った。
「いらっしゃい」
店の中に入ると、正面のカウンターにいる店主の他に筋肉質でガタイの良い男と長い耳を生やした亜人(獣人)の女がいた。
「あの…クラトスさん、此処って……?正面に看板も何もありませんでしたが」
「ここは、所謂『なんでも屋』と言うやつです」
「なんでも屋…?」
「はい。基本なんでもやってくれる便利屋ですよ。大陸中探しても此処しかありません」
玄関から数歩歩き、2人はカウンター席で座った。
「『お水を3つ。それと、牛肉の入ったシチューを強火でグツグツと。後、ビッグフロッグの目玉焼きを……直火でね』」
「はいはい。お代は銀貨2枚ね」
カウンターに座ったかと思ったら、クラトスは居酒屋で注文するかのように細かく焼き加減まで指定した。
「牛肉で銀貨2枚って、随分安いんですねこの店」
「………」
「クラトスさん?」
この大陸では高級食材である牛肉をたったの銀貨2枚で味わえるなど、太っ腹以外の何ものでもない。赤蜘蛛と戦う為の腹拵えだと思い、ミカエルは少しだけ心を弾ませていた。
「……何をお探しで?」
「赤蜘蛛」
すると、店主は2人に水を差し出すと、カウンター机の上に大きな地図を出した。
「赤蜘蛛か……。この時期は繁殖期だから少々荒ぶっているぞ」
「だろうな」
(何の話を……?牛肉は?)
「後、最近はなんか知らんが魔獣の動きがやけに活発だ。気を付けた方がいい」
「魔獣の…?」
「ああ、この前もうちに来た新人の冒険者が指2本失ってたよ」
「分かった。肝に銘じておく」
店主とクラトスの間の空気が重くなる。その緊張感にミカエルは一切気付いてなかった。
「それで、赤蜘蛛の巣穴は?」
「ああ、ここから南西の森にある洞窟に夫婦で巣を貼ってるよ。そろそろ移動時期だと思うし、討伐の依頼が入っているなら早めに済ませといた方がいいぜ」
「そうか。情報提供感謝する」
クラトスはそう言うと銀貨2枚をカウンターの上に置き、コップに入った水を飲み干した。
「…あんたの事だから心配無いとは思うが、装備はしっかり整えた方がいい。この時期の赤蜘蛛はかなり危険だからな」
「いや、赤蜘蛛を討伐するのは俺じゃあない」
「……?なら、誰がやるんだ?」
店主の問いかけにクラトスは左手をミカエルの頭の上にポンッと開いた。
「この子だ」
「──なっ!?あんた本気か?」
「……正直、俺も本望ではない。だがな、このチャンスを逃せばこの子は助からない。遅かれ早かれ何れ野垂れ死ぬ」
「無茶にも程があるぞ……。こんな年端もいかない……」
「おじさん、僕はやるよ」
店主の話しを遮る形でミカエルが会話に割って入った。
その行動に店主とクラトスの視線がミカエルに移る。
暫くじっと店主とミカエルは目が合い、お互いに言葉を交わさぬまま数秒間の沈黙が続いた。
「……死んでも知らんぞ」
「覚悟の上だ」
「そうか……。なら、いいことを教えてやる。赤蜘蛛の討伐だけなら、別に親蜘蛛を狙う必要はない」
「……え?」
「赤蜘蛛を討伐するだけなら、親蜘蛛ではなく子蜘蛛を狩ればいい。生憎、この時期が一番狙いやすい」
それは予想外のアドバイスだった。この店主の気紛れか何かは分からないが、これはミカエルにとっては討伐の成功率は格段に上がるアドバイスだ。何故なら、赤蜘蛛の子どもは糸を吐いたり、牙こそあれど、まだ体内に充分な毒袋が出来ていない。更に、体長と30センチメートル程しかなく、狩り初心者にも狩りやすい獲物になっている。更に、子蜘蛛の腹は親蜘蛛よりも栄養が詰まっていて、かなり美味だ。
「そうか……。その方法があったか。別に親蜘蛛を討伐しろなんて言われてないし……」
この討伐の成功に希望が見えてきた。この道中、ミカエル自身張り切ってはいたものの、赤蜘蛛を討伐出来る自信は殆どなかった。なので、この情報は暗闇の中に差し込んだ一筋の光明と言っても差し支えない。
「確かに、子蜘蛛なら討伐簡単だ。だが、子蜘蛛の近くには必ず親蜘蛛がいるぞ。その所為でこの時期は親蜘蛛の警戒度が普段よりも高くなっている。だから、正直なところ危険度は然程変わらない。寧ろ、いつもより高いくらいだ」
「……っ!」
「それでも行くのか?」
「──当たり前だ!!」
ミカエルは机を思い切り叩いて立ち上がり、討伐へ行くと宣言した。
その大声に店内にいる2人の客も身体を一瞬震わせ、ミカエルの方を見た。
それから、情報を手に入れたミカエルとクラトスは店を出て、馬に跨ってワームの西から外へと出た。
「本当に今から行くのですか?後1日待っても……」
「クラトスさん、あの人も言っていましたが、もう少しで赤蜘蛛が巣穴を変える時期です。彼奴らが移動する前に討伐するにはもう一刻の猶予もありません」
2人は馬の速度を上げ、南西の森へと向かう。距離はワームから余り離れてはいないが、今の時間は午後15時だ。到着する頃には夕方だろう。そして、夜になれば魔獣が活動を始める。ミカエルもそれを分かっていても、今日の内に赤蜘蛛を討伐すると決めた。ミカエル自身も何故かは分からなかったが、今赤蜘蛛を討伐しに行かないと後々後悔する気がしていたからだ。
クラトスの腰に巻き付けているベルトに付けた懐中時計の長針がカッと音を立てて動いた。
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