第2章 26『トゥラスヴィ・メイヴィウス』
クラトスと共に執事の後ろをついて行く。廊下を東に進み、突き当たりの階段で4階まで上り、そこから更に100枚以上の肖像画が飾ってある廊下を西へ進むと、赤く塗装された扉が現れた。
「私はここまでです。当主より、貴方方2人のみを部屋に入れろとご命令があります故」
「そうか。ご苦労」
執事の老人は扉の横に立ち、部屋番をするようだ。
「ミカエルくん、準備はいいですね?」
「はい」
拳を握り、扉を見据える。この先にいるであろうメイヴィウス家の現当主であるトゥラスヴィにお願いをするために震える足を叩き、扉の取手に手を掛けるクラトスを前に固唾を呑んだ。
ギィ────
扉がゆっくりと開き、最初にクラトスが部屋へ足を入れると、ミカエルも続いて部屋の中に入った。
部屋の中に入る瞬間、クラトスの掴んだドアノブに視線を移し、よく見てみるとドアノブを貼り付けている板に小さな宝石が装飾されていた。おそらく、このドアノブの板一つで魔金貨10枚は下らないだろう。
部屋の中に入り、クラトスの隣を歩き、部屋の中央で立ち止まる。部屋の奥では赤い長髪を纏めた長身の男が窓の外の景色を眺めながらグラスを片手に佇んでいた。彼がメイヴィウス家の現当主、トゥラスヴィ・メイヴィウスその者だろう。
「昼間から上等な酒ですか?」
「……まあな。お前も飲むか?クラトス」
「アルコールと煙草は控えていますので結構です」
「そうか…。俺の酒が飲めないのか」
「……貴様のような小便小僧の持つ酒など飲める訳がないだろう?」
部屋の空気がピリつき、話について行けないミカエルには心臓に悪い状況であった。
「──くっ、はっはっはっはっはっはっ!!」
「──!?」
窓に向けていた身体をミカエルとクラトスがいる方へと向け、その顔を2人に見せた。
「久しぶりだなクラトスさん、それと、貴様は初めましてだな。ミカエル・ブレア!」
軽く髭が伸ばされ、左目に眼帯をしている男はミカエルの抱いていた不気味な雰囲気は無く、その物言いから、明るそうな性格だと思えた。
「お久しぶりです。当主、トゥラスヴィ様」
「はっ、はは初めまし……、お初にお目に掛かります!ミカエル・ブレアです!」
以外にも気さくなトゥラスヴィに緊張しつつも、背筋を伸ばし、部活初日の新入生のように自己紹介をした。
「おいおいクラトスさん。そんな畏まらないでくれ。君もそんな固くならなくていいよ」
持っていたグラスを机の上に置き、部屋の隅にあった椅子を二つ、クラトスとミカエルのいる所まで持ってきた。
「世間からは、メイヴィウス家が不気味な一族とか思われてるみたいだけど、実際はそんなんじゃないよ。ただ、ある事を条件に過去の功績で踏ん反り返ってるだけさ。この土地も名誉も全て御先祖様のおかげ。ま、もうすぐそれも終わるがな…」
酒の瓶を無詠唱の氷属性の魔法で凍らせ、椅子に座った。
「2人とも立ってないで座りな。来客も珍しいし、俺は対等に話がしたいんだ」
「では、お言葉に甘えて」
「あっ、はい」
クラトスとミカエルも用意された椅子に腰を掛け、トゥラスヴィと同じ目線になった。
「……早速本題に入るけど、ミカエル・ブレアくん、君は何か俺……、いや、当家に何かお願いがあって来たんだよね?」
どうやら話の件はクラトス経由で耳に入っているようだ。
「はい…。実は──」
「『暫く当家に置かせてほしい。それと、アインリッヒ大学の学費の件とお前の母親の事だろう?』」
まだ本題を話していない。それどころか、クラトスにすら話していないお願いの内容がトゥラスヴィの口から発せられた。
「──え?」
「そして、このお願いはヘルドに作った貸しを返せと言うことだろう?」
「なんで……、そこまで……」
まるでミカエルの行動や言動が予め分かっているような言種だ。それこそ、ミカエルの母のように他人の頭を覗ける寵愛でも持っていない限りは。
「ヘルドの件もあるし、君の願いは叶えてやらんこともない」
だが、例え他人の頭が読めるのだとしても、ミカエルとトゥラスヴィは今日が初対面だ。初対面の相手にあんなズケズケと言葉を遮ってまで考えている事を先出しされるのには最早、畏怖すらも感じられた。
「叶えてくれるんですか?」
「嗚呼。君の願いは全て呑む。──だが条件がある」
「条件?」
「予め言っておくが、この条件は辞退してもらっても構わない。それなりの危険があるからな」
その条件について、トゥラスヴィから予め危険があると説明される。
しかし、ミカエルにはこれを受けない選択肢はない。家を失い、いつ尽きるか分からない資金に怯えながら暮らすより、明らかに大きな家の後ろ盾があれば使用人として雇ってもらえる可能性もあるのだ。
(やるしかないだろ!)
「……分かりました。それで、条件と言うのは?」
「……覚悟は決まっているようだな」
ミカエルとトゥラスヴィの目線が合わさる。
「じゃあ言うけど、君にはある程度強くなってもらわないといけない」
「強く?」
「ああ。知っているとは思うが、アインリッヒ大学の入試試験には筆記の他に実技がある。どんな内容かは口止めされているから言えないが、生半可な体力じゃ合格はできない。そして、当家に置くと言うことは、それなりの身分、もしくはそれに匹敵する何かを用意してもらう必要がある」
「はい」
トゥラスヴィの説明に『はい』と一言答える。
「そのために、君には赤蜘蛛の討伐を依頼する」
「赤蜘蛛の!?」
赤蜘蛛とは、その見た目の通り、背中の模様が赤いことからが由来の魔蟲だ。
そもそも魔蟲とは、人類にとっての害獣である魔獣と同じで、時に人に被害を出し、忌み嫌われている魔の虫。それが魔蟲である。
「赤蜘蛛は無茶ではないのか?」
クラトスが口を挟む。赤蜘蛛と言う単語に眉を動かし、トゥラスヴィに進言する。
「赤蜘蛛は、他の魔蟲や魔獣に比べても数段強い……。ミカエルくん1人では、命を落とす危険もある。その事を承知で貴様は提案しているのか?」
言葉の重みが違う。この男の目は幾つもの修羅場を潜り抜けた猛者の目だ。だが、それ以上にトゥラスヴィからも強者の気配が滲み出る。歳の事も考えれば、実力はトゥラスヴィの方が上の筈だが、経験値はクラトスの方が上だ。それらだけを踏まえると、2人の実力は互角がいいところだろう。
「勿論分かってる。俺だって、赤蜘蛛がどれくらい危険か熟知しているつもりだ。それでも、ある程度の実績がないと俺の一存で当家には置けない。分かってくれるな?──クラトス」
「────ッッ!!」
いくらお互いにタメ口で話していたとしても、身分は当主であるトゥラスヴィの方が上だ。たかが一貴族の門番程度では上の者に口を出せないのは何処でも同じだ。
「ミカエルくん、辞めておくんだ。命の保障ができない!」
「やりますっ!!」
「──なっ!?」
「ほぅ…」
クラトスの忠告を聞かず、ミカエルは二つ返事でトゥラスヴィの出した条件を呑んだ。
「ミカエル・ブレアくん、これはクラトスの言った通り本当に危険な依頼だよ。それでもやるの?」
「はい!」
「──そうか。分かった。期間は2ヶ月、それ以内に赤蜘蛛を一匹討伐。それが出来たら、君のお母さんへのプレゼント、アインリッヒ大学3年間の学費を当家が負担、そして、当家への滞在。これが俺が出す条件を突破してくれたら君にこれらを褒美として出す」
「トゥラスヴィッ!!!」
「クラトス、悪いが、俺の一言で貴様の首は飛ぶぞ。爺への借りが返せないままな」
「──ッッ!!」
クラトスは下唇を噛み、自分の力の無さに不甲斐無さを感じた。
「んじゃ、そろそろ2人ともご退室を」
トゥラスヴィは掌で2回喝采し、2人に退室を促した。
「トゥラスヴィ、貴様ろくな死に方をしないぞ」
「分かってるよ、そんなこと」
クラトスのこの一言に少ないながらも苛つきを見せた。
「ああ、そうだ。ミカエル・ブレアくん」
「はい?」
トゥラスヴィに声を掛けられ、足を止める。
「もしも、赤蜘蛛の討伐に成功し、無事に戻ってこれたら、君が欲しい情報を提供しよう。──特別にね」
「はぁ…」
最後にハミ噛んだ笑顔をミカエルに向けて、退室していく2人を見送った。




