第2章 24『門の向こう側』
「──うん?爺や?ああ、彼の言っている事は本当だよ。──うん、うん……。義父にはこう伝えといて。『望んだ通り』だって」
朝日が出始めた時間帯、寮の起床時間でもない時間にヘルドが大学の中庭にある倉庫の裏でダイアミラー越しにクラトスと連絡を取り、ミカエルの言っている事が本当の事か確認を取っていた。
そして、ミカエルの言っていた事が真実だと伝え、ダイアミラーの閉じると、軽く微笑みながら両目を閉じた。
「ふふっ…、本当に運がいいな……。僕は…..」
* * * * *
同時刻、小屋に戻って来たミカエルとクラトスはヘルドと連絡をし終えたところだった。
クラトスはかなり小声で喋っていた為、何をヘルドと話していたのか内容は一切聞こえなかったが、連絡を取る前と後でクラトスの表情が少しだけ和やかに変化してるように感じた。
「確認も取れたことですし、そろそろ門を開けますか?」
「はい。お願いします」
小屋を出て、直ぐ前にある巨大な門。この向こう側がメイヴィウス家の本邸があると言う事だが、何故、有名な貴族が囲いの中で閉じこもっているのかが気掛かりであった。
「でかい……」
登れば、上から忍び込めそうな感じだが、なんとも言えない威圧感のようなものが侵入を拒んでいた。
「ん?」
母の乗る車椅子を押すと、前の車輪に何かが引っかかったようで、押しづらくなっていた。
(なんか引っかかったのか?)
車輪を確認するために身を屈めて覗いてみると、白い塊が車椅子の駆動部につっかえているのが見えた。
「どうしたの?」
「車輪にゴミが引っかかっただけ。母さんは気にしなくていいよ」
ミカエルはいつもの事だと思い、近くにあった木の枝で白い塊を取り出した。
「何だこれ?」
その塊を手に取ってみると、やけに軽い感触に疑問を抱いた。石でもなければ、木の皮でもない白くて軽い物。深く考える事でもないが、軽んじてこの塊を見る事はできない。何故かは分からないが。
「──ん?」
人差し指と親指で摘んだ白い塊を眺めていると、視界の隅に同じような物が映り込んだ。
それに視線を移すと、その白い塊は門から転々と転がっていて、門へと近付く度に白い塊が大きな物になっているのに気付いた。
「門の中から?これは一体…?」
その門の前ではクラトスが中腰で立ち、門を押し始めた。
「えっ!?何しようとしてるんですか!?」
「見ての通り、開門させようとしているのですよ」
「開門!?」
こんな分厚い鉄門が人力だけで開く筈がない。何か開けるための仕掛けがあるに違いないと思い、ミカエルも門に近付く。
「クラトスさん、何か開ける方法が……」
「開ける方法は一つ。力を示せ。己が力でこじ開けるだけですよ」
そんな都合のよいものはなかった。
クラトスは足を踏ん張り、力を全て門にぶつける。
「ふんぬぅぅぅぅぅぅ」
クラトスの着ていた服が肩から破け、その荒々しくも美しい筋肉が顕になる。
すると、小さな地響きと共に門がゆっくりと前へ動き始めた。
「ああああああああああああ!!!」
そして、クラトスが頭を落として腰へと更に力を入れると金属と金属が擦れる際に出る独特な音が響き、隙間風が吹いた瞬間に門が勢いよく開かれた。
土埃が舞い、壁の上から砂等の溜まりに溜まった蓄積物が落ちる。
その中心にポッカリと開かれた門扉が異様な雰囲気と存在感を出し、地上にいるミカエル達をちっぽけな存在だと思わせるに相応しいだろう。
「さあ、進んでください。この門は長い時間開きません」
「──はっ、はい!」
言われるがままに門を潜り、遂にメイヴィウス家の領内に入った。
(なんか…、独特な緊張感があるな…)
周りを見渡してみるが、あるのは木々が生い茂る森である。どうやら、門の中と外は地続きになっているようだ。だが、これまでとは違うプレッシャーが森の奥から放たれているのは感じ取れていた。また、脳がこの先へ進むなと警告を出しているようにも感じた。
「──はあ、はあ」
異様な空気から心臓の動きが速まる。母の乗る車椅子を持つ手が震え、足が動かない。第三者から見られてる感じがした。
「────っっ!」
やがて視界が広くなり、焦りながらも今の状況が理解できるようになった。
「──ひっ、ひい!」
気付いた時にはミカエルの背後に体長十米はあろうキラーウルフが佇んでいた。
(キラーウルフ!?魔獣の気配なんて全くなかったのに……、いつから!?)
普通のキラーウルフの体長は大きくても二米が最大と言われている。ミカエル自身もキラーウルフを仕留めた事が何回かあるので、この規格外の大きさには恐怖心すら覚えた。更に、それを煽るかのように、このキラーウルフからは此処まで接近されるまで気配を全くと言っていい程感じ取れなかった。普段魔獣を狩っているミカエルがだ。魔獣の気配は嫌と言う程感じてきたつもりだったが、今はその培った感覚が機能していない。そんな有り得ない状況に身体が動かず、これは夢だと心で身体に言い聞かせていた。
「そんな怯えなくても大丈夫ですよ」
「え……?」
穏やかな表情でクラトスがミカエルのそばに寄ると、右手を軽く上げ、その掌でキラーウルフが近付けた鼻を摩った。
「この子はちゃんと躾されてるので、門を潜って領内に入った人は襲いません」
「え…、いや、大丈夫なんですか?」
「はい。門を開けて潜りさえすれば、何もしてきません。寧ろ、友好的に接してくれます」
「…そう…なんですか」
その言葉に疑いを持ち、キラーウルフを見上げてみるが、クラトスの言う通り、ミカエルと母を襲う気配はない。
「では、参りましょうか」
「はい」
「ポチ、お利口にしてるんだぞ」
クラトスがキラーウルフの名前であろうポチにそう言い、ミカエルと共に背を向けた。
ミカエル達が見えなくなった頃、灰色の毛を立たせ、ポチは足下にある白い塊を咥えて、門の外に放り投げた。
白い塊が地面に落ちると同時にヒビが入って砕け、白い塊が粉々になった。
「………」
そうして、また歩き始めると、足下にあった白い塊を踏みつけ、森の奥へと消えていった。




