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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 23『番人』

「お邪魔しま〜す」


 老人に続いてミカエルと母も小屋の中に入った。玄関で靴を脱いだ後、最初に目に映るのは、木をそのまま使ったテーブルと椅子、そして、壁に掛けている3枚の肖像画だった。


「何もない所ですが、ゆっくりしてってください。今、お茶を淹れますね」


 老人は火の魔石で作られた台の上に水の入った鉄製のポットを置いた。

 火の魔石で作られた台が赤く光り始めると、ポットの底が少しずつ熱せられ、ポットの先から湯気が溢れ出る。沸くまで後1、2分くらいだろう。


「母さん、ここ座って」


「うん。ありがとう」


 母を車椅子から下ろし、備え付けの椅子へと肩を貸しながら座らせる。


「……目が見えないのですか?」


「…はい」


 老人は椅子に座り、渋い顔をする。憐れみか同情かミカエルには老人が何を考えているのか分かる気がした。


「──お」


 ポットの中のお湯が沸騰した。泡が溢れ、ポットの縁に付いた水滴が重力に流されるまま落ちる。


「ささ、お湯が沸きましたし、一休憩しましょうか」


「手伝います」


 ミカエルは棚にあったコップを3つ取り、机の上に並べた。老人がポットを持ってくると、小さな鍋敷きを敷き、その上にポットを置いた。


「え〜と…、君、名前は何て言うのかな?」


「ミカエルです。ミカエル・ブレアです」


「ミカエルくんですか。私は、クラトスと言います。ミカエルくん、そこにある紅茶の茶葉を取ってくれるかな?」


「はい」


 ミカエルは机の端にある小瓶を開け、その中から3つ茶葉の入ったパックを取り出した。

 茶葉の入ったパックをコップに入れ、その中へクラトスがお湯を淹れる。

 お湯が薄い赤に染まり始めると、クラトスはパックを取り、干し肉を干している所と同じ場所に干した。


「あの…、なんで僕らにこんな優しくしてくれるんですか?いきなり押し掛けた……僕達を」


「…さてねぇ?何故でしょうかねぇ?」


 ポットを洗い場に置き、クラトスは戸棚に置いてあった瓶を徐に取り出す。


「……報いたいのですか?」


 すると、突然母が口を開く。


「──!」


 その言葉にクラトスの足が止まり、瓶を机の上に置く。


「昔助けてもらった恩を返せなかったから、その人と同じような事をしようと…?」


「ちょっ、母さん!」


 母の目線はクラトスの方を向いていない。見えていないからだ。だけど、前を見ている。


「……何故、分かったのですか?まさか、寵愛?」


 クラトスはミカエルの方へと顔を向ける。ミカエルは首を縦に頷いた。


「そうですか…。寵愛……。それも『読心』とは…」


 クラトスは椅子に座り、壁に掛けてある一番左端の肖像画を見る。


「……今から40年ほど前の事です。親に捨てられ、途方に暮れた私を拾ってくれたのが先先代のご当主です。名前はオーメール・メイヴィウス。彼は、とても優しいお方でした……」


 ミカエルも肖像画を見る。クラトスの見ている一番左端の肖像画にはつり目の男性が描かれている。彼がオーメールだろう。

 次に目に映ったのは真ん中にある肖像画。お淑やかな笑顔の女性だ。左端から順に並んでいるのであれば、彼女が先代のメイヴィウス家の当主だろう。

 そして、右端の肖像画。長い髪を纏めている男性だ。彼が今代のメイヴィウス家の当主だろう。


(だけど…、気になるな。なんで、歴代の当主全員が眼帯をしているんだ?それに、全員赤髪…。そういえば、あのヘルドって人も赤髪だったような。血統にしても、()()()()()()()()のに)


 歴代の当主全員が眼帯をしているのは前情報でも気になっていたことだ。この3枚の肖像画だけでも、その違和感が分かるくらいに不気味だ。


「私は、オーメール様に助けてもらった恩を返せず、あの人は故人になってしまいました。あの人は、自分を犠牲にしてでも他を助ける人でした。私は、あの人のようになりたくて、オーメール様が亡くなった後もここで門番として働いているのです」


 滅多に人も通らない所で40年も此処で門番をしていると。人を助ける人になりたいのになんで同じ場所に居座っているのか理解できなかったが、ミカエルは深く考えるのはよした。何より、今日は疲れている。ここまで来るのにも相当な時間が掛かり、連日の仕事で体力も消耗した。直ぐにでも寝たい気分なのだ。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 〜次の日〜


「────ん…」


 朝日が出てきたタイミングで床に敷かれた布団から起き上がった。


「朝か…」


 母とクラトスと共に簡単な朝食を食べた後、ミカエルは小屋の外に出て、森の中で簡単な運動を始めた。


「21…22……」


 細めだが、体重が乗っても折れなさそうな枝に掴まり、懸垂を始めた。


「…25!」


 腕に限界が来て、手を離す。そのまま1メートル程落下し、地面に尻餅をつく。


「いてて…」


 ミカエルの体重が軽いのと、弓を弾く際に鍛えられた腕の筋力のお陰でこの歳で懸垂を20回以上出来るようにはなっているが、まだ未熟だ。

 腕以外の筋肉は殆ど鍛えていないし、弓矢で獲物を狩る時は基本的に待ち伏せか罠なので、基礎体力も一般の大人と同じくらいだ。


「──はあ」


 ミカエルの筋力と体力は同年代の子供と比べてしまえば、上の方なのだが、本人自身が同い年の者と会う機会が少ないので、自分の基礎体力がどれくらいなのかは理解できていない。

 そのため、毎日見ていた父親の姿を思い浮かべながらどのようにトレーニングすれば良いのか試行錯誤しながら行っているのである。


「少し散歩するか」


 頭を切り替えて、リフレッシュするためにその辺りを歩き始めた。

 小さな森だけあって、足場が良いとは言えないが、生温い心地の良い風が吹くので、気になる程でもなかった。


「……この森、魔獣がいないんだな」


 余りにも居心地がいい森なので、生き物が住むにも絶好の場所であるにも関わらず、昨日から魔獣を全く見ない。その代わり、野兎や栗鼠を見かける事が多い。このような生き物は魔獣にとっては格好の餌であるため、野生で見かけるのは滅多にない。それに加えて、ヘクス運河の内側であるのを踏まえても魔獣をここまで一回も見かけないのは逆に違和感を感じずにはいられなかった。


「まあ魔獣がいないのはいい事だし……」


 ──魔獣の肉の需要が減って、売れづらくなってんだよ。


(いや、魔獣がいなくなったら困るのは自分だ。……魔獣がいなくなれば、生態系はもっと回るようになるけど、生活の事を考えると…)


 この森も同じようなものが大陸中に広まり、普通の動物たちが魔獣の数を上回ると、上手く下処理をしないと美味しくない魔獣の肉を好んで食べる者なんている訳がない。つまり、ミカエルにとって一番いいのは現状維持。今の状態こそがミカエル達狩人にとってはありがたいものなのだ。


「おや、こんな所にいましたか」


 岩陰からひょっこりとクラトスが出てきた。


「どうかしましたか?」


「…ご主人と連絡が取れました」


* * * * *


 皿に乗せたステーキをナイフとフォークを使って、斜めに引き、一口サイズにカットしてフォークで口の中まで運ぶ。その慣れた動きに多少の退屈感がありながらも男は右目に着けた眼帯をずらして笑った。


「………動き始めたか」

【豆知識】

 魔獣肉の売値

 アバレイノシシ 銀貨3枚

 コカトリス 銀貨1枚と銅貨5枚

 ビッグフロッグ 銀貨2枚(大きい個体だと5枚)

 星兎 金貨1枚

 毒ネズミ 銅貨7枚

 土熊 銀貨4枚

 赤蜘蛛 銀貨5枚

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