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勇者の弟  作者: ドル猫
第1章『〜幕開け〜王都からの手紙編』
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第1章 6『最強の騎士』

 闇夜に一筋の光と共に鋼の輝きが一閃する。


 ──何が起こったのか。ただ、男が剣を振った瞬間、身体が二つに別れていた。


 ──斬られた事実にすら気付けなかった。この猛獣は起こすべきではなかったのか。それとも、最初から逃げるべきだったのか。


 ──いや、あの状況で逃げる選択肢はなかった。俺たちは、あの馬車に目をつけた時点で、もう終わっていたんだ。


「い、いったい何が…?」


「ふん、相変わらずのチートっぷりだな」


 男は仲間たちの驚きの声に振り向くことなく、まだ意識のある上半身に向かって一言発した。


「おはよう」


△▼△▼


「王都までは後少し…。全く、こんな所で野営とは私もつくづくついていない」


 陽が完全に落ち、夕焼けの鮮やかな景色は既に闇に溶け込んでいた。唯一明かりを灯しているのは、焚き火の火と馬車の装飾品に施された(うっす)らと光る開光石のみである。

 この二つがなければ、最早お互いの位置を確認することも困難だったであろう。


「レイド、今のうちに食っとけ。今夜は長くなるぞ」


 お手製の手提げから小さめの薄い箱を取り出した。


「ありがとう」


 闇が深まるにつれ、少しずつ心拍数も上昇する。しかし、その中でもロイドはこの状況に慣れているようで、野戦糧食を貪り食いながら、常に目線を動かして周囲の警戒をしていた。


「──ん、かたっ」


 レイドもロイドが野戦糧食をワイルドに食べているのを見て、真似してみようと箱を開けて中身を見ると、そこには細長い乾パンが入っていた。それをロイドのようにがぶりつくと、なんと、歯が乾パンに押し負けた。


「はっはっはっ!そりゃ硬えよな、初めて食うやつにとったら驚くのも無理はねぇ」


「しかも、不味っ!なにこれ?なんも味がしねぇぞ」


 レイドは奥歯でどうにか飯にありつくが、それを舌の上に置くと、不可解なことに何の味を感じなかったのだ。


 それもその筈。この野戦糧食は、嘗てあった長期の戦争で参加した兵士に支給される食料であった。特に百二年前のハーフ戦争では、栄養満点で量産もしやすいこの食べ物が戦争を人間側の勝利へと導いたと言われる程であり、今は全ての騎士や衛兵等が仕事中に常備している優れ物である。欠点があるとしたら、味がない事と、食べた後に口内がぱさつくくらいである。


* * * * *


「見えるか?」


「ああ、数は四人。うち一人は子供、それと一人だけ強そうな奴がいる。あれは…傭兵か?」


「ふん、この場所で野宿して、しかも、あんなに目立つ馬車。俺達が狙わない訳がないだろう」


 茂みの奥から遠目で複数人の男達が煌びやかな装飾が施された馬車を見つけて、気配を隠しながら単眼鏡のレンズ越しに火で暖をとる四人を確認していた。


「あの整えられた服を着ている眼鏡の男は半殺しにしろ。彼奴(あいつ)はおそらく、貴族かなんかの使用人だ。奴は生かして捕らえろ。人質にする」


 低く、冷たい声で猫背になっている男が小声で指示を出した。


「了解ですぜボス。ところで、残りの三人はどうしますか?」


「皆殺しだ」


 猫背の男は数秒、間を開けて冷酷な指示を出した。その指示が出された途端、男の後ろにいた二十人の部下が茂みから顔を出し、直ぐに闇夜に気配と姿を紛らせ、消えていった。


 そんな事を知る由もない四人は、焚き火の前で暖を取り、夜を乗り切る為に紅茶を飲んでいた。


「御者さん、そういえばこの辺りはどんな魔獣が出るんだ?念のために知っておきたい」


「え〜、この辺りですと、アバレイノシシや毒ネズミ、ビッグフロッグなどが出ますね」


 御者が地図と図鑑のような物を取り出し、ペラペラと付近に生息する魔獣の確認をする。図鑑は、村では中々お目にかかれない貴重品だ。レイドは目を輝かせながら、図鑑に目線を向けていた。


(あれ買ってあげれば、アスタ喜ぶかな?)


「でもまぁ、最近は魔獣が活性化していますが、ここは魔王領からは離れているので弱い魔獣ばっかですよ」


「ん……そうか」


 夜も更けて、見渡す限りの草原は何処へやら。この状況では、いつ魔獣に襲われてもおかしくない。しかし、今いる場所は魔獣避けの効力を持つ大岩の付近なので、此処から離れない限りは魔獣に襲われる事はない。


「ふぅ〜、こんな夜はあの時のことを思い出すなぁ」


 紅茶を一口飲み、白い息が宙に舞うと、ロイドが突然独り言を言い始めた。何を思っているのだろうか。それとも、この夜の景色に心を奪われているだけなのだろうか。


「叔父さん、どうしたんだ?」


「いや、なんでもねぇ。ちょっと懐かしい思い出にふけていただけだ」


 ロイドは夜空を見上げ、物を掴む動作をするかのように腕を上げ、握り拳を作った。


「この空の向こうには何があるのだろうな」


 ローグがボソッとそんなことを発した。その言葉に釣られ、レイドも同じように空を見上げると、上空には満点の星が輝いていた。


「おお、こりゃ凄い!私も長年御者をやってますが、こんな星空は久しぶりだ!」


「あの空の彼方には全人種にとっての夢があると俺は信じている」


「こうやって、夜空を見上げるのはいつぶりか……最近は忙しくて特に気にしていなかったが、ここまで美しいものだったとはな。全く、昔を思い出すよ」


 大人三人がそれぞれの思い出に浸っている中、レイドも美しい夜空をただ眺めていた。それはまるで、新しい勇者の誕生を祝うかのように星は輝き、風が吹いていた。


「アスタも、この空を見ているのかな…」


 一方、馬車の中では、ヘルドのフードがずれ、その顔が月明かりに照らされていた。

 月の明かりは、太陽の微弱な光を反射したものだ。例えそれが僅かな光でも、瞼に触れれば脳が刺激され、意識の覚醒へと繋がる。


「──っ…眩しい」


 身体を起こし、空を鬱陶しく眺める。


「もう夜か」


 ヘルドは寝ぼけた(まなこ)を擦り、腰に刺してある鞘に右手で触れた。なんの前触れか、ヘルドはレイドたちの方ではなく、茂みの方に視線を移した。


「さて、じゃあまずは俺とローグさんの二人で見張りをする。残った二人は二時間後に交代してくれ」


 焚き火の前でしゃがみながら、眠気に限界がきているレイドを先に寝かしておくことを決め、四人が立ち上がる。

 その瞬間、突然、ロイドは掌に隠していた仕込みナイフを取り出すと、刃の方を人差し指と親指で持ち、オーバースローで何もない所へとぶん投げた。

 ナイフは綺麗な弧を描いて回転しながら突如、空中に(とど)まり、頭にナイフが刺さった一人の男が倒れながらにその姿を此方に見せた。


「なっ!?」


 突然、何もない所から現れた男にロイド以外は驚きの反応を示す。経験の差なのだろうか。


「気を付けろお!!盗賊だ!!」


 直ぐに状況を飲み込んだロイドの合図に全員が全方向に警戒をとる。


「ちっ、もう気付かれたか」


 闇夜の中から一人、二人、三人と蟻の如く巣からぞろぞろと湧くように盗賊の一味が現れた。


「おいおいおっさん達、怪我したくなかったら、そこの使用人と金目の物置いて失せな」


 仲間がやられたことに気も止めず、盗賊たちはロイドに交渉を仕掛けようとするが、話していた男が反応出来ない速度でロイドは男の顔面に拳を叩き込んだ。

 男の顔はメリメリと音を立てながら鼻が曲がり、そのままゴム毬のように地面に叩きつけられ、泡を吹きながら倒れた。


「さあ、次はどいつだ?近衛騎士団副団長のこの俺が相手になってやる」


 ロイドが盗賊達に分かるよう、近衛騎士団としての証であるブレスレットを見せた。ロイドが自分の立場を盗賊達に明かした途端、盗賊達は数歩後ろに下がり、闇夜に再び姿を消した。


(影属性の魔法か…厄介だな)


「くそっ!魔法の詠唱は済ましておくべきだった!」


 ローグが自分が先に行動をしなかったことを反省した。そして、戦う姿勢をし、魔法の詠唱を始める。


「豊穣の土に生きし我を守り給え『ボーデン……」


 しかし、詠唱をしている間は、詠唱に集中しなくてはならない。勿論、彼らがその隙を逃さない訳がない。暗闇の中から突然出現した女がナイフを持ち、ローグに向かって襲いかかる。


「『ヘビトンボは火に集まる』とはこのことだな」


 ローグの使う慣用句に盗賊の女はその意味も分からないまま、次の瞬間には身体が地に伏せられていた。


 早技だ。それはとんでもない速度の早技だった。女の持つナイフがローグの身体に届く瞬間、女の手首を掴み、無理矢理体勢を崩させ、後頭部に踵落としをお見舞いした。

 ローグの身体は、日々の柔軟とストレッチで関節と筋肉が常人より柔らかくできている。


「お嬢さん、生憎私は男女平等主義者なのでね。女性なら手加減してくれると思ったら大間違いですよ」


 そんな容赦のないローグに敵味方関係なく、少し引いていた。


「──っ、このガキっ!」


「ちょこまかと逃げやがって!」


 ロイドとローグが一遍に盗賊たちを相手している時、レイドは二人の盗賊を引きつけて、ナイフの斬撃や突きを軽い身のこなしで躱していた。


「くそっ!このままじゃ埒があかねぇ、おい!お前は魔法で援護しろ!」


「おう!分かった」


 盗賊の一人はその場に足を止めて、魔法の詠唱をし始めた。もう一人は、そのままレイドにナイフを向け、逃がさないとばかりに最初よりも細かいナイフ術で動きに制限をかけていた。


「これは少しまずくないか?」


「炎よ、その身を焦がして敵を焼き払え『ファイアボール!』」


 詠唱を終えた盗賊は、レイドに向けて火の玉を飛ばした。

 放たれた魔法が向かってきているのは分かっていたが、接近戦を仕掛ける盗賊のナイフを躱すのに気を取られ過ぎていた。

 下から上に振り上げられるナイフを躱した途端、目の前には熱を浴びた炎球が迫っていた。盗賊の男は身体を屈めて、魔法を避ける姿勢をとっている。


 ──直撃した。炎は一瞬の内にレイドの身体全体を覆い尽くし、激しく燃え上がった。


「へっ!俺達を嘗めるからこうなるんだよ!」


「分かったらあの世で反省しな!」


「おいおい、折角の服が燃えちゃうじゃないか」


 レイドは盗賊の二人が油断した隙に炎を振り払い、距離を詰めて、一発、鳩尾に拳を入れて気絶させた。


「うわぁ、折角買ってもらったやつなのに…。しょうがない。勿体ないけど、新しいのに着替えるか」


 レイドは倒した二人の身ぐるみを剥ぎ、盗賊が着ていた服を強奪して、サイズが合わないながらも仕方なく着た。

 ブリーデン大陸は、一番南の街でも今の時期は冬の北海道くらいの寒さがある。この寒さの中、服を脱がされるとは、彼らもついてない。

 レイドは、裸になった盗賊二人を引き摺りながら元来た道を引き返していた。攻撃を躱している内にいつの間にか、ロイド達がいる場所から大分離れていたらしい。

 しかし、今のレイドの姿を弟のアスタが見たらどう思うのだろうか。客観的に見ると、最早どちらが盗賊か分からなくなっていた。


「ひいぃぃぃぃ!うぐっ」


 御者のおっちゃんが悲鳴を上げながら、腹部に蹴りを入れられて地面に蹲る。


「おいおい、あの二人は強いけど、あんたは弱えな?」


「お、お助けを…」


「ああ?そういうの神経に障るわー、よし決めた。もう少し遊びたかったけど殺そう」


 女盗賊の腰からナイフが抜かれる。御者はそれを見た瞬間、足が竦み、動けなくなってしまった。


「──あ」


 そこに間一髪のところでローグの重い蹴りが女盗賊の側頭部に入った。

 蹴りを入れられた女盗賊は、頭を数回揺らし、泡を吹きながら倒れ込んだ。


「戦えないなら馬車の中に隠れていろ!邪魔になる!」


「は、はい!」


 盗賊の数も少しずつ減り、気付けば残りの盗賊の人数は五人になっていた。


「ふん、こんなものか。もう少し骨のある奴はいねえのか?」


 殆どの盗賊をロイドが殺すか、気絶させていた。だが、盗賊たちはやはり仲間の死を気にする様子はない。再び影属性の魔法を使い、闇夜に姿を紛れ込ませた。


「──それはもう通用しねぇ!」


 しかし、ロイドはその魔法を既に見破っているようであった。地面を蹴り、砂埃が相手の衣服に一瞬だけ付いたのを見逃さず、姿を完全に消したと思っている一人に向かって剣撃を入れた。


「──ぐぁ!」


 長剣の一撃が斜めに男の身体を斬る。血が鮮やかに吹き出し、地面に滴り落ちる。


「そうやって見えないものばかり追っていると、見えるものは疎かになる」


「ああ、お前達の考えそうな事だな。知っているよ」


 不意をついた攻撃も全身を警戒させたロイドには傷をつける事すら許さない。背後からナイフを刺そうとする男目掛けて左手でもう一本、腕に隠していた仕込みナイフを首筋に切りつけた。

 切りつけた切れ込みから少しずつ血が溢れ出る。男は喉を押さえ、声が出せず、息ができず、ヒューと喘息のような息を出し。苦しそうにのたうち回った。


「──ぐっ!」


 腰に熱い感触が走った。脳が防衛反応を起こし、すぐに刺されたことを身体が理解した。


「だけど、更に見えない者には意識が回らないよね」


(──伏兵か!)


 ロイドは腰に刺されたナイフを抜き、茂みに投げ捨てる。


「ロイドさん!!」


 残りの盗賊を倒し終えたローグがロイドの状況をいち早く確認する。


「あれ?叔父さん大丈夫!?」


 ローグに続き、レイドも駆けつける。今、戦える全員が集まったところで、更に茂みの奥から二米は優に超える長身で猫背の男が此方にやって来た。


「よぉ、久しぶりだな、ロイド……」


「お、お前は『ドベー』なのか?」


 ロイドはその男の事を知っているようだった。


「ククク…お前、とっくに気付いていただろ?この襲撃者の正体が俺達だってことを」


「いや…ありえない」


 ロイドは信じられないといった表情をしていた。ローグも何かを察したかのように目を開いている。


「お前はあの時、俺が……」


「だめだよ副団長さん。最後まで止めを刺さないと」


「彼奴は私がやります。ロイドさんは下がっていてください」


 二人の会話にローグが割って入る。


「させねえよ」


 ドベーが左手を挙げ、合図を出すと、茂みの中から更に十人の盗賊が現れた。


「囲まれましたか……」


「……奴は俺がやる。やらなくちゃいけねぇ。ローグさんはレイドと一緒に雑魚を相手してくれ」


「少々キツイですが、楽勝ですよ。戦う執事の底力、ご覧に入れましょう!」


「任された!!」


「ふふ……これでやっと二人きりになれましたね。……ロイド」


* * * * *


 盗賊との戦闘が激化する中、ドベーの命令で別の任務を言い渡された盗賊がニ名、気付かれないように馬車へと匍匐前進でゆっくりと進み、遂に馬車の真横まで到着していた。


「どうする?」


「どうするってお前、何する気だ?」


 左目に眼帯をし、髭を生やした盗賊が何かを企てるように、笑みを浮かべた。


「なぁ、俺達でこの馬車奪って、王都まで逃げないか?」


「なっ!?バカっ!お頭に見つかったら死ぬだけじゃ済まねえぞ!!」


「声がでけえ!バレちまうだろうが!」


 二人の盗賊は、馬車の影で隠れながら密談をしていた。それは、この馬車と馬車の中にある金品を売っ払って、この盗賊団から逃げないかという提案だった。


「大丈夫なのか?俺ら、お頭に恩があるし……」


「バカっ!バレねぇよう尽くす!それに、お前もこんな犯罪集団にいつまでもいられないだろ?」


「それはそうだが」


「大丈夫だ、俺に任せろ。幸い、向こうは戦闘で此方に気を配る余裕は無いみたいだしな」


「分かった。お前に賭けよう」


 二人はこの場からの逃亡を決意し、そそくさと馬車の出入り口から音を立てずに忍び込んだ。


「中は案外普通の塗装だな」


「金目の物はここには見当たらないな。荷台にあるのか?」


 座席付近を見渡すが、高価な物は見つからない。

 何も見つからないので、二人は馬車と繋がっている荷台に荷物があるのだろうとふんだ。

 

 荷台の中は月明かりによって一部が照らされていた。その光は、二人を出迎えるように、より一層輝きを増した。


「──ん?」


 目を凝らすと荷台の奥で、盗賊二人とは逆方向、真反対の方角に向き、月を眺めながら独り言を呟いて立っている男がいた。


「──嗚呼、何故変わらないのか…変わってはいけないのか……それは誰にも解らない」


「おいお前、殺されたくなければこの馬車と金目の物を寄越して降りろ」


 左目に眼帯を付けた方の盗賊が腰に仕込んだナイフを出し、男を脅す。


「君達も、そうは思わないかな?」


 しかし、男はこちらを振り替えるが否や、脅迫を無視。逆に盗賊に質問を呼び掛けた。


「てめぇ、何を言ってやが──」


 突如、荷台の床と天井が反転した。


「──?」


 いや、違う。体に力が入らない。呼吸ができない。腕が動かない。足が動かない。感覚がない。だが、眼だけは動く。

 そして気付く。自分の身体が目の前に立っている。じゃあ、これはなんだ。今、自分の意識があるものは?


 そう、盗賊の男二人は、自分たちが斬られた事にすら気付かず、頭だけで思考をしていた。床と天井が反転したと思ったのは、首が身体と別れて床に転がったからである。


「──あ」


 この二人が最後に見た景色は、窓辺から射し込む月の光だった。


* * * * *


 ドベーの持つ二本の短剣とロイドの持つ騎士剣が激しいぶつかり合いを繰り返し、鋼の音と共に火花を散らす。


「ヒャハッ!」

 

 鈍い音と共にドベーの短剣が崩れるように崩壊する。

 しかし、ローブに隠してある予備の短剣を取り出し、もう一度、機動力を生かしながら攻撃を仕掛ける。


 その動きに対し、ロイドは騎士剣と己の筋力で対抗する。ドベーの四方八方から来る短剣の連撃を長年の経験と勘を生かし、一発、一発を確実にいなす。更に、隙があれば拳で反撃も入れる。まさに攻防一体とはこのことだ。


「まだまだあるぜ!!」


「くそっ!これで六本目だぞ、お前は何本予備持ってんだ!?」


 ドベーは、次に身を地面スレスレに体勢低くし、足元を狙う。


「馬鹿の一つ覚えのようにその攻撃…、もう見飽きたわ!!」


 ロイドは次に予め詠唱をし終えていた魔法を足から発動させた。


「──『ゾーン・ジ・エルダ!!』」


 ロイドの足から無数の岩の(つるぎ)がドベーに襲いかかる。


「ヒャハ、無駄無駄無駄ああああああ!!」


 が、ドベーは短剣を縦横無尽に振りまくる。しかし、どの斬撃も一つ、一つが正確に岩を破壊する。短剣が折れようが、予備を取り出し、全て斬り裂く。


「──ちぃ、相変わらず厄介な剣劇だな!」


「そう褒めるなよ…副団長さん」


 ドベーは崩した岩を足場にして、持ち前の跳躍力を生かし、ニ本の短剣を飛び道具として使用する。


「こんなもの…」


 騎士剣で弾こうとした時、一瞬、錘が腕にのしかかったように動かなくなった。


「ゾーン・ジ・エルダ!!」


 短剣が届く前に一瞬の判断で魔法を使った。岩の剣が二本の短剣を破壊する。


「──ちっ!」


 ドベーがイラつきを見せるように舌打ちをする。


「くそっ、今ので()()のストックが尽きたか!!」


 持ってきていた武器を一つ失い、ロイドから僅かに焦りが見える。


(しかし……なんだ?身体の反応が一瞬遅れた…?)


 攻撃を防げたのはいいものも、今の違和感にロイドは不信感を抱いた。


(あの野郎、何かしたな…)


 ロイドはドベーを睨みつけ、真意を探ろうとするが、ドベーは不敵な笑みを浮かべているだけで何か行動に移そうとはしなかった。


(考えてる場合じゃねぇ、これは早急に決着をつけねえと)


 ロイドは一気にドベーとの距離を詰める。騎士剣が畝りを上げ、ドベーの短剣を破壊する。


「早い!?」


「オルルァぁぁぁぁぁ!!」


 反応ができなかったドベーの顔面に渾身の左ストレートが炸裂する。

 ドベーは鼻血を出し、一気に数十米身体が跳んだ。


「まだかよっ!」


「こいつで止めだ!」


 ロイドは地面を蹴り、大股でドベーの元まで近付き、今度は鳩尾に渾身の一撃を入れようとしたが、


「──あ」


 突如、脚に力が入らなくなった。


 膝が崩れ、腕が痙攣する。胸に動悸が走る。


「はぁ、はぁ、これは『毒』か…」


「やっと効いたか、このデカブツが」


(くそ…いつやられた?)


 ロイドは毒を盛られた瞬間がないか、ここ数日の記憶を思い出す。しかし、どこの場面でも毒を盛られた瞬間が存在しなかった。なので、もし、これが盛られたのではなく、注入されたという線で考えを巡らせた。


「さっきのナイフか…」


「まっ、分かるよなー。お前なら」


 ドベーは鼻で笑い、ロイドの身体をさっきのお返しとばかりに蹴り上げた。


「がっ!!」


 ロイドの身体に激痛が走る。毒のせいもあってか、呼吸も荒くなってきた。


「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだ?」


 ドベーはここぞとばかりに煽る。


「ロイドさん!!」


 ローグが助け舟に入ろうと後ろを振り向くが、


「っ!!」


 盗賊たちの魔法に妨害され助けにいけない。


 それはレイドも同じだった。先程、ドベーが呼んだ盗賊達は、最初に戦ってきた盗賊達とは違い、動きに洗練さがあり、魔法を使うタイミングも掴めているようだった。


「『逸れ者』か…いや、それとも『冒険者』か?」


 ローグは先程とは全く別の手応えに、今戦っている相手が盗賊の仲間ではないのかもしれないと思っていた。


「お前…は、お…れ…が…」


「はいはーい、聞こえない聞こえない。もっと大きな声で人と話そうか」


「ガフっ」


 ドベーは、吐血し、意識が朦朧としているロイドに蹴りで追撃をかける。


「ふふ、お前も奮闘虚しく、俺にこのまま敗北するんだよ。それがお前の決められた未来だ」


 ドベーは満面の笑みでロイドの耳元でそう囁いた。

 ロイドは歯を食いしばり、どうにかしてこいつに一撃入れられないか考えたが、毒の影響で目に障害が出ていた。


(くそっ、何も見えない)


「毒も大分回ったし、そろそろ(とど)めだ。あいつらによろしくな!!」


 ドベーは胸から出した短剣でロイドの背中を串刺しにしようと刃を下に向けた。


 ──キィィィィィィン


 金属の音が響く。


 短剣はロイドの身体に、刺さる直前に先端からその形を崩壊させた。


「──いっ!」


 ドベーの手に、いや、指に激痛と熱が走る。


 部下の一人が次々とドベーの身体から離れていく指を見て絶叫をあげる。


「う…うわぁぁぁぁ!!ゆ、指が!!」


 ドベーの右手の全ての指が第二関節から綺麗に切断されていた。

 そのまま地面に切断された指がポロポロと落ちた。


「ドベーさん!」


「お(かしら)!」


 ローグとレイドの相手していた盗賊達も、ドベーの異変に気付く。


「お前ら…」


 ドベーが何かを言おうとした。だが、言う前に彼らは事切れた。


 闇夜に一筋の光と共に鋼の輝きが一閃する。


 ──何が起こったのか?ただ、男が剣を振った瞬間、身体が二つに別れていた。


 ──斬られたことにすら気付けなかった。この猛獣は起こすべきではなかったのか。それとも、最初から逃げるべきだったのか。


 ──いや、あの状況で逃げる選択肢はなかった。俺たちは、あの馬車に目をつけた時点で、もう終わっていたんだ。


「い、いったい何が…?」


「ふん、相変わらずのチートっぷりだな」


 男は仲間たちの驚きの声に振り向くことなく、まだ意識のある上半身に向かって一言発した。


「おはよう」


 馬車の中から出てきたのは梔子色(くちなしいろ)の髪で、顔の輪郭は整えられており、これまでに何人も女性を落としたようなイケメンの見た目をしている男性。だが、彼の持つ剣からは今の一瞬で夥しい数の命を刈り取った死神とも言える雰囲気を醸し出す。


「お、お前は……」


「おは…いや、今はこんばんわか。まあ、なんでもいい」


 ドベーの胸に切れ込みが入る。しかし、痛みはない。有るのは、切断された指の痛みだけだ。

 この男と戦い、勝てた者は存在しない。この男からは逃げることもできない。仲間たちの死体が地面に横たわる姿を見て確信する。自分は今から死ぬと。だから、最期の足掻きだ。こいつに一矢を報いる。それだけを胸に口を開く。


「くたばれ、英雄気取りが──」


 ドベーはそう言い残し、この世を去った。

 斬った死体からは血が一滴も出ない。ドベーの身体は斬られた事に気付いていなかった。


 月の光がより一層輝きを増す。舞台の登場人物が出てきた時の照明のように。そして、月は隠れる。それはまるで、何かが消失したように世界に異変が起きる予兆なのか。それは誰にも分からない。ただ一つ言えることは、レイドの目の前にいる男が最強の騎士であり、最強の騎士を目指していたレイドにとって、憧れの人物でもある。この男の名は──


「『ヘルド・K・メイヴィウス』」

 こんにちは、ドル猫です。まず最初に、ここまでお読みいただきありがとうございます。

 第1章はこれで約3分の1が終わったところです。この小説は、ドル猫史上、一番長い小説になる可能性を秘めている作品です。これからも応援宜しくお願いします。

豆知識

①ドベーの家名は、アルタイルです。

②ロイドが早いうちにドベーの盗賊団に襲われているのに気づいた理由は、ドベーの率いる盗賊たちには盗賊団の証となる黒竜の翼のタトゥーが入っていたからです。

③作品内の酒は、ビールと同じような物です。他にも葡萄酒やウォッカ、ウィスキーなど数多くあります。

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