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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 22『日常が壊れる音』

 王都の通りを歩いて約10分、ミカエルと母はゆっくりと時間を掛けながら北門まで辿り着いた。


(やっぱり、兵が多いな)


 北門の前では行きの時とは違って門兵をしていた衛兵の数が一日の間で2人から8人に増えていて、全員緊張感を持ったような雰囲気で辺りを見回していた。


「あの〜、ここ通って大丈夫ですか?」


 そんな空気に耐えられず、ミカエルは門兵の1人に通行していいか聞いた。


「ん?ああ、いいが、何処へ行くんだ?」


 すると、通行の許可は取れたのだが、普段は聞かれない質問され、少しだけ戸惑った。


「えーと、ここから北東にある小さな町です」


 ミカエル達が住んでいる町には名前がない。黒竜が暴れる以前にはあったとも言われているが、今は全住民が町の名前を忘れてしまっている、もしくは知らないため、未だにミカエル達が住む町には名前がない。


「──!分かった。数人護衛を同行させる。少し待ってろ」


「え…?」


 衛兵がそうミカエルに言うと、彼は詰所まで戻った。


(どう言うことだ?普段なら通れる筈だけど、──護衛?何から守るって言うんだ?)


 この異様な空気とも相まって、護衛と言う言葉にミカエルは何とも言えない不安を感じていた。


「すいません、何かあったんですか?」


 この不安を一刻も早く拭うために完全武装で待機している内門の衛兵に質問した。


「あ──、……実はな、昨日の夕方、北にある貧民街で火事があったんだ。消化活動は昨夜の内に終わったらしいが、無事な奴が……ん?どうした?」


 ────────────は?


 ミカエルの脳内は思考を停止した。頭がふらつき、目線の下へと向ける。何を言われたのかも信じ難い事である。貧民街とは、ミカエル達が住んでいる街。そう、王都が光であれば、その裏に影があるのは必然。その影になっているのが名もない街、貧民街である。


 暫くして、護衛の衛兵2人がミカエルの元にやって来て、王都の北門を出た。

 この衛兵2人も動きやすい薄い鎧を纏い、騎士剣を2本携帯している完全武装の兵士だ。彼らが先頭と最後尾を歩き、その間をミカエルが母を乗せた車椅子を押す。


「──着いたぞ」


 15分程歩き、たどり着いた場所。そこには、黒く焦げた家々と瓦礫と人の遺体の山、そして、辺りを巡回している十数人の衛兵達の姿があった。


「…これって?」


 ミカエルの口から出た言葉は、呆気なくこの異様な空間に吸い込まれ、消えていった。


「すいません、これって…なんなんですか?」


 自分の目を疑いながら護衛を務めている衛兵にこの状況を聞く。本当は聞きたくなどないが、誰かにこの状況を説明してほしかった。そして、否定してほしかった。


「……見ての通りだ。昨日の夕方、この村ででかい火事があったんだ。死者120名…行方不明者3名…。戸籍の情報から、この街の生き残りはあんた達2人だけだ。おそらく、行方不明者の3名も瓦礫の下だろうし。……あんたらは、運が良かったな」


 衛兵は、ミカエルの知りたかった情報を全て教えてくれた。だが、この状況をどう受け入れるべきか分からない。そもそも、受け入れたくもない。


「俺たちは他に生存者がいないか、後1週間くらいは近辺の村や森を探すが、あまり期待はしないでくれ」


 彼の正直な言葉にはミカエルも思うところがある。だが、現実を理解する上では変に希望を持つより、こうやって切れ味の良い刃物のように突き刺してくれる方が心境は穏やかだ。


「ところで、あんたらはこの先どうするんだ?」


 明日の話を持ち出される。手持ちには王都への通行証明書はまだある。昨日の朝、母に言われた通りに持ってきた出来る限りの財産もあるとは言え、この金も近いうちに直ぐ消える。


「この状況で聞くのもなんだが、国から補助金が出るとは思うが、帰る家までは用意してくれないと思うぞ」


「分かりません」


「…そうか。なら、行方不明者を探すのを手伝ってくれ。暫くの期間、俺たちの仕事を手伝ってくれるなら、詰所の一室で宿泊が可能だ。日当も出る」


「……はい。やります」


 二つ返事で衛兵の仕事を引き受けた。勿論、金を稼ぐ必要があるし、母の面倒も見なくてはいけない。藁にも縋る思いでミカエルはその日から衛兵の仕事を手伝い始めた。

 この日から始まった主な仕事は、人力での瓦礫の撤去作業と行方不明者の捜索だった。幸いにも、ミカエルはこの年で人並みに金を稼げるくらいには自立出来ていたので、人一倍の根性はあった。それでも、瓦礫の撤去作業などの力仕事は非常に疲れるし、行方不明者の捜索も一行に進展しない。


 しかし、この数日間の間でミカエルには多少の心の余裕ができ始めていた。その理由としては、まず、賃金の多さだ。大体一日に貰える金額は金貨1枚と銀貨4枚。これは日本円に換算すると、約1万4千円になる。つまり、ミカエルが狩で得られる一日の賃金の約1.6倍の金額だ。そのおかげで此処を出た後でも数日は宿に泊まれると踏む事が出来る。この心の余裕はミカエルにとってはかなり大きく、この火事についても前向きに捉えるようになり始めたのだ。


(そもそも、この火事の原因はなんだったんだ?それに、火事が起こったとしても、生き残りが俺と母さんだけって言うのも何か可笑しい。そんなデカい火事なら、早くに気付いて直ぐにでも逃げる筈だが……)


 瓦礫の撤去作業をしながら頭に浮かんだ疑問を脳の片隅に並べていく。そうすると、この火事の不可解な点が少しずつではあるが浮かび上がってくるのだ。


「ピ──────ッ!──作業終了!1班から順に休憩を取れ!」


 笛の音と共に休憩時間がやってきた。作業をしていた衛兵以外にも応援として駆け付けていた、解体屋や大工を生業にしている者達も一斉に休憩に入る。


「お疲れ様です」


 作業現場から少し離れた花畑で休憩を取っていると、食事を配給してくれる詰所の係員がミカエルの元にやって来た。


「…ありがとうございます」


 ミカエルは、係員からスープとパンを貰い、1人で食べ始めた。


(行方不明者の捜索ももう直ぐ終わる…。早ければ、明日で詰所を出なくちゃいけなくなる。そうなると、此処を出た後何処に行けばいいんだ?)


 昼食を摂りながらも、ミカエルは明日以降の事で頭が一杯一杯だった。

 何処へ向かうか何処へ行けばいいのか、この死活問題をどう解決すればいいのか分からない。


 ──もし、君のお母さんか君に何かあったら、メイヴィウス家を頼ってみて。


「あっ……」


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


 次の日、ミカエルの予想通り行方不明者の捜索は打ち切られる事になった。結果としては、行方不明だった3人の内2人がヘクス運河で水死体となって発見されたが、最後の1人は見つかる事なく捜索は終わった。最後の1人は死亡扱いになるらしい。


 この5日間の日雇いの仕事で得られた給料は金貨6枚と銀貨が20枚。宿代を含め、後2週間は生活出来る金額だが、詰所を出た後は宿屋には向かわず、王都の北門を出てから更に北東へ向かった。

 時間にして凡そ3時間。ミカエルと母は屋敷の前へと辿り着いていた。


▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 〜4時間前〜


「メイヴィウス家に行きたい?」


「はい」


 詰所を出る直前、ミカエルは唯一の希望であるメイヴィウス家を訪ねる為に窓口で働いている女性の従業員にメイヴィウス家への道を聞いていた。


「あそこ、行かない方がいいよ。貴族なのに、国に大した税も納めてないし、裏では血生臭いことやってるとかで良くない噂があるのよ」


「良くない噂……」


「特に気味が悪いのは、メイヴィウス家の歴代の当主が全員眼帯をしている事ね。私も、今代の当主と一度だけ会った事があるけど、あんな不気味な人は初めてだったわ」


 どうやら、メイヴィウス家は周りから見れば良いイメージではなく、恐れられているイメージがあるようだ。

 それでも、ミカエルには引く道がない。藁にも縋る思いで息を呑み、覚悟を決めた。


「どう?それでもメイヴィウス家までの道を聞きたい?」


「はい。お願いします」


* * * * *


 屋敷の前と言っても、屋敷の前は高さ20m、横7m、奥行き3mの巨大な門と森一帯を取り囲むように並ぶ高さ25mの壁が行手を阻んでいた。


「あのお姉さんから聞いた話じゃ、この門の前に小屋があるらしいけど…」


 聞いた話では、メイヴィウス家の敷地内に入るには、門を守っている門番に話を通す必要があるそうだ。


「あれか」


 聞いていた話通り、巨大な門と壁から、そう離れていない位置に木で建てられた小さな小屋が見えた。


「……よしっ」


 母の乗った車椅子を小屋の前に起き、ミカエルは小屋の玄関ドアの前に立った。


 コンコンコン


 意を決して小屋のドアを叩く。


「……はいはい。ちょっと待ってくださいね」


 ドアがゆっくりと開き、中から出てきたのは背の低い初老の老人だった。


「おやおや、誰かと思えば小さいお客さんですか」


 老人の腰は曲がっておらず、健康に気を付けて生活している事が窺える。


「いきなり来てすみません。あの、ヘルドさんに困ったら、此処に行けと言われて来ました」


「…ヘルド坊っちゃまに言われて……ですか。ちょっと待っててください」


 老人は少し苦い顔をすると、小屋に戻り、10分程してからまたドアが開いた。


「申し訳ありませんが、今は坊っちゃまと連絡が取れません」


「そんな…」


 唯一の望みが潰え、肩を落とす。こうなると、もう残された道はなくなる。


「ですが、明日ならご主人から坊っちゃまに確認が取れると思います。今日はもう遅いので、狭い家ですが、泊まっていってください」


「あ、はい」


 老人に言われるまま、ミカエルと母は老人の家の中に入った。

 時間は午後6時過ぎた。陽は殆ど落ち、夕闇の景色が巨大な門を照らしながら彼方へと落ちていった。

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