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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 19『何気ない日常と物』

「これ、どうしようか」


 ヅダからアインリッヒ大学の騎士科の推薦状を貰ってから2日。ミカエルはこれをどう扱おうか迷っている。一つは、これを使ってアインリッヒ大学の受験を受けること。受かるかどうかは分からないが、もしも受かって、三年後卒業できれば、安定した給料が国とギルドから支払われる。更に、それよりも破格の待遇を受けられる近衛騎士団になれれば、この貧民街から王都の一等地にだって母親と共に移り住むことも出来る。しかし、視力がない母のことを鑑みると、長期間家を空ける事はできない。なので、必然的に取るべき選択肢は二つ目になる。

 二つ目の選択肢は、この推薦状を貴族等の金持ちに売って、一時的に生活を安定させる資金にするというものだ。ヅダが言うには、この推薦状は少なくとも魔金貨10枚の価値がある。つまり、月の収入に換算して、ミカエルが稼ぐ収入の約一年分に相当する金額である。


「…売るしかないよなぁ」


 ミカエルは推薦状を片手に椅子の背もたれに寄りかかりながら小声でそう呟いた。


「ミカエル…」


 すると、別の部屋で寝ていた筈の母がミカエルのいる居間の中に入ってきた。


「母さん!?寝てなくて大丈夫なの?」


「ええ。久しぶりに太陽の光を浴びたくてね。ミカエルも来てくれる?」


「うん、勿論だよ」


 ミカエルは推薦状をズボンのポケットの中に入れ、いくつかの手荷物を、母の乗る車椅子の横に掛けた。


「後これも」


「え?お金?買い物でも行きたいの?」


 母の手から渡されたのは家にあるミカエルの今月の収入分の金貨や銀貨だった。


「まあ、そんなところかね」


 2人は貧民街から出て、王都の北門へ向かった。

 北門の前には他の都市から来た行商人や近辺の村々から購買目的で来た人々やミカエルと同業者の者達が荷馬車に乗せた魔獣の死骸を引いていた。

 ミカエル達はその列の最後尾に並び、自分達の番が来るまで同業者に声を掛けながらゆっくりと前へ移動した。


 それから20分ほどしてミカエル達の順番がやってきた。


「おっ、狩人の坊主か。1週間ぶりくらいだな。今日は何持ってきたんだ?」


「今日は最近獲れたコカトリスとビッグフロッグの肉と山で採れた山菜を売りに来ました」


 ミカエルは顔見知りになった門兵に背負っている竹籠の中を見せた。


「おっ、こりゃ中々の大物だな」


「まだまだですよ。父さんなら、赤蜘蛛を仕留めてます。──後これ。通行許可証」


 ポケットの中から月に4枚渡される王都への通行許可証を取り出し、それを門兵に見せる。


「──確認した。入っていいぞ」


 門兵から通行の許可を貰い、ミカエルと母親は王都の北門を潜った。

 王都はいつも通り活気に溢れていて、人で一杯だった。


「母さん、先に市場まで肉と山菜を売りに行くけど…、いいかな?」


「いいわよ」


 ミカエルは車椅子を押しながら王都の大きい通り道を歩き、時折り横切る高級な装飾品が施された馬車を嫌な視線で見ながら、市場まで足を運んだ。


「いらっしゃい!いらっしゃい!今日はいい純度の火の魔石を入荷してるよ!」


「港町ラメール直送の新鮮な魚を入荷してるよ!ほら、そこの奥さんの肌のようにピチピチに潤ってるよ!」


「あら、褒め上手ね。その魚買ったわ」


「まいど!銅貨7枚になります!」


 王都の南西に位置する大きなテント張りの売店が並ぶ市場。ここは、大陸内にある、ありとあらゆる物を取り扱っている場所である。それ故、王都の中央の通りよりも数倍の活気があり、常に人で溢れている。


 ミカエルは、魔獣の肉を売るために市場にある精肉店に向かった。


「いらっしゃい。おっ、ミカエルか。今日はどんなの持って来たんだ?」


「うん、いつもより少ないけど、コカトリスの肉とビッグフロッグの肉2匹分。コカトリスの肉はちゃんと毒抜きしてるから、加熱すれば変な病気には罹らないと思う」


「分かった。少し待っててくれ」


 精肉店の店主に籠の中に入れておいた肉を渡し、値が付くまで、母の隣にしゃがんだ。


「母さん、この後は山菜を買い取ってくれる青果店に行くけど、そこに行った後、何処に行きたい?」


「……私は──」


 母の小さな声は市場の活気で掻き消されてしまった。


「ごめん、また後で聞くから」


 ミカエルはここでは聞き取れないと判断し、精肉店の方に目を移した。すると、売値はもう付いたらしく、精肉店の店主はミカエルの方を見て、目を合わせていた。


「いくらくらいになった?」


「ああ、銀貨2枚と銅貨6枚ってところだな」


 ミカエルの掌に8枚の硬貨が手渡される。


「1ヶ月前よりも少なくなってる…」


「すまんな。最近、牛や豚の養殖が保護地区付近を中心に増え始めてるから、魔獣の肉の需要が減って、売れづらくなってんだよ」


 ミカエルが小声で少ない硬貨に愚痴を出すと、精肉店の店主はその理由をミカエルに分かるよう説明した。


「──え?牛や豚って、普通のやつ?金持ち以外は滅多に食べられないんじゃなかったの?」


 普通の動物という言葉にミカエルは耳を疑った。もしも、普通の動物を一般家庭で食べれるようになれば、魔獣を狩って、その肉を売るミカエルの収入はほぼ0になってしまうからだ。


「まあ、まだ普通の動物の肉は高くて買う奴は滅多にいないがな。俺の予想だと、後30年は魔獣の肉の需要は続くと思うぜ」


「そ、そうか」


 ミカエルはその言葉に安堵したが、収入が減っているのは事実であり、魔獣の肉の需要が後30年続くと言われても、不安は残るものであった。

 ミカエルはそんな不安を受け止め、母の元に向かった。


「母さんお待たせ」


「うん、おかえり。それより、ここ五月蝿いから静かな場所に移動しない?」


 母から突拍子に移動を提案される。


「あ、ああごめん。ここ、騒がしかったよね。直ぐに離れるよ」


 ミカエルは車椅子を押して、市場から少しだけ離れた木々が生い茂る林で足を止めた。


「ここがいい」


「ん?そう?」


 ここを進んだ先に綺麗な小川があるから、そこで休憩にしようと考えていたが、母はここで休みたいらしい。


「じゃあ、少し早いけどここでお昼にしようか」


 ミカエルは多茂っている草の上にクロスを広げ、車椅子の横に掛けたバスケットを一度持ち、クロスの上に置いた。

 次に、母をクロスの上に移動させるためにミカエルは足に力を入れておぶった。

 母の身体は以外にも軽く、8歳のミカエルでもギリギリおぶれるくらいに体重が少なく感じた。


「よっこいしょ」


 ゆっくりと母をクロスの上に座らせ、ミカエルは食事の用意を始めた。


「今日は、サンドイッチを作ってみたんだ」


 バスケットの中からトマトや葉物野菜を詰めたサンドイッチを母に手渡す。サンドイッチの形はあまり崩れてはなく、比較的綺麗な状態が保たれていた。


「サンドイッチ…」


 母はサンドイッチと言う言葉を聞いて、徐に何かを考えるように数秒手を止めた後、手に持ったサンドイッチを口に運んだ。


「ミカエル、サンドイッチって、昔、遠い異国の地から伝わった物って知ってた?」


「ん?そうなの?」


 ミカエルは口に入れたサンドイッチを飲み込み、母の話に耳を傾けた。


「サンドイッチの由来も、とあるトランプ好きの貴族が手が汚れないよう食事をしながらトランプをする方法がないかと模索した結果、パンに具材を挟んで食べるという方法を思いつき、実践した貴族の位がサンドウィッチと呼ばれるものだったからと言うのがサンドイッチの由来よ」


「そうなんだ。そんな話初めて聞いたよ」


 ミカエルは初耳の話を興味深々に聞き、バスケットの中に入ったサンドイッチを一つ手に取る。


(こんな何気ない物でもそんな由来や語源があるなんてな)


「──それよりも」


 母がミカエルの左ポケットを指差した。


「ミカエル、あなた、母さんに何か隠し事してない?」


「!?」


 意表を突かれた言葉にミカエルの目が丸くなった。

【豆知識】

 王都に入るには月に配られる通行許可証を門兵に見せる必要があります。

 配られる通行許可証の数は、場所によって様々です。アスタが住んでいたボルスピ等の王都から遠く離れた村や集落なら月に3枚。ミカエルが住んでいた旧貧民街の場合は月に4枚、4大都市に住む人々なら月に10枚となっている。

 例外として、衛兵団、傭兵団、王国騎士団、近衛騎士団の者達は通行許可証が無くても王都に自由に入ることが可能になっている。

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