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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 15『土の臭い』

「土の臭い……」


 アスタが女子寮に入って二十分が経った頃、トイレから戻ってきたヨハネが鼻を動かしながら玄関の方に向かうと、壁際でおどおどしているアスタを発見した。


「ヨハネ!」


「何してるの?」


「いや、女子寮から脱出できた所までは良かったんだけど、スリッパを持って帰って来るのを忘れて……裸足でここまで来たんだ」


 アスタは焦燥感に駆られながらも、ヨハネが来てくれた事に内心ホッとして、歩み寄った。


「だから、悪いんだけど、部屋に戻るまで隣を歩いてくれるか?二人でいれば、一人土で汚れていても、特に違和感はないだろう?」


「いや、違和感はあるけど……。まあ、そう言うならそうするよ」


 距離を離さない程度にアスタはヨハネの隣を歩き、寮の玄関に入った。


「悪いけど、そこにある予備のスリッパ取ってくれる?この足で寮の中に入る訳にはいかないし」


「ああ、分かった」


 アスタの足の裏は膝よりも汚れて、擦り傷が出来ていた。


(浴場まだ開いてないよな。とりあえず、部屋の水道で水洗いしておくか)


「はい」


「ありがとう」


 スリッパを履き、事務室を横切った先の階段に差し掛かった。


「仲直り出来たのね」


「……ええ、お陰様で」


 口紅を塗り直したのか、少々色っぽい表情をしながら管理人の男性が微笑んだ。

 アスタは多少の苛つきを感じながら階段を上がった。


「なんだあのオカマ──!!」


 部屋に戻るやいなやアスタは管理人の男へよ苛つきを発散した。


「十五分経ったかもしれないけど、一言くらい声かけてくれてもいいだろ!」


「アスタ、十五分経っていたのは本当だし、十五分経つまでは清掃中の立札で女子寮に女子が入るのを止めていたんだよ。そんな怒んなくてもいいじゃん」


「むぅ…それもそうだな」


 アスタはタオルで足の裏を拭きながらヨハネに向かって愚痴を呟いた。ヨハネは、それを常識的な意見で受け流し、アスタの怒りを抑えた。


「それよりも、選択授業どうする?」


 今日のホームルームで貰った手紙には来週から行う必修授業の他に、個人で選んで受ける選択授業がある。

 騎士科の必修授業の科目は、礼儀・作法、座学基礎、魔法基礎、剣術基礎、体力基礎、体術基礎・家庭基礎、特別授業と八つの科目がある。

 選択授業は、魔法応用、剣術応用、座学応用、魔獣研究、寵愛研究、弓術基礎と必修授業よりも二つ程少ない六科目となっている。


「そうだなぁ、やっぱり俺は魔法応用かな」


「魔法応用……。サム講師の授業か」


 追試の日、アスタの今まで見ていた世界が変わった。自分の出せる最高威力の魔法を(いと)も簡単に打ち消され、剰え無傷で済んだあの男、あの男に魔法を教わればもっと成長できると、仇を取るために強くなれると思ったのだ。だから、今期の選択授業を魔法応用にしたのである。


「ああ、あの人に教われば、俺はもっと強くなれると思うんだ。ヨハネはどうするんだ?」


「僕は魔獣研究を選択するよ」


「へぇ、どうして魔獣研究にするんだ?」


「大した理由じゃないけど、魔獣の生態には昔から興味があったんだ。ただそれだけ」


「そうか」


 〜夕方午後十六時〜


 ヨハネと明日の準備をしていると、玄関前の部屋の入り口のドアから三回ノック音が鳴った。


「誰か来たのか?」


「見に行って来る」


 明日の準備を中断し、ヨハネが玄関まで行き、ドアを開けると、そこには今朝の入学式で新入生挨拶をした男が立っていた。


(彼奴……、確かカインって名前だったけ?)


 アスタも部屋の中から玄関の方を遠目で見た。


「どうしたの?カインくん」


「実は、クラスメイト同士で親睦を深めようと思ってな。どうだ?皆で風呂でも入らないか?お互いにまだ知らない事が多いし、裸の付き合いって事でさ」


「それいいね。アスタも来るよね?」


 カインからの風呂の誘いにヨハネは乗り、アスタにも来ないかと声を掛ける。


「ああ、俺も行く」


 勿論答えは『はい』だ。仲間と友情を深めるのにデメリットはない。寧ろ、今朝の第一印象を変える為の好機でもある。断らない理由がない。


「二人とも参加決定だな。じゃあ、俺はクラスの男達全員に声を掛けてから向かうから、先に浴場に行っててくれ」


「うん。分かった」


 ヨハネの返事を聞き、カインはドアを閉めた。


* * * * *


「相変わらず広いなぁ」


 着替えを脱衣所のロッカーに閉まってから、バスタオルを持ち、浴場の中に入った。

 寮の風呂は三つに分かれていて、それぞれ好きな温度の風呂に入ることが出来る。

 一つ目は、浴場を入って右にある風呂は四十五度という熱めの温度のお湯だ。疲れを癒すのにはもってこいの温度となっているため、一週間の締めに入る人が多い。

 二つ目は、浴場を入って中央にある大きい風呂だ。お湯の温度も三十八度と少々温く、長時間の入浴に最適の温度となっているので、友人と一緒に雑談をしながら入る人が多い。

 三つ目は、浴場を入って左にある小さめの風呂だ。風呂の温度は零度になっている。即ち、水風呂だ。妥協試しに入浴する者が多い。


「じゃあ、最初は身体を流しに行こうか」


「おう」


 アスタとヨハネは壁際に並んでいるシャワーで身体を流していると、隣に紫色の髪の男が座った。


「お、もういたのか」


 男の身体は随分と筋肉質で近接戦が得意そうな見た目をしている。


「……君は?」


「俺はパウェル・メオン。よろしくな!」


 大きな声で名前を言うガタイがいい男はパウェルと名乗り、アスタに握手を求めた。


「ああ、よろしく」


 パウェルの手は随分と硬かった。これは、重い木剣を素振りしていると出来る手だ。


「お前アスタ・ホーフノーだろ?大会見てたぜ。凄え魔法使ってたよな?」


 どうやら、パウェルはニ年前にアスタが参加した大会を見ていたようだ。

 凄い魔法と褒められ、アスタは頬をかいた。


「ありがとう。負けたし、悔しかったけど、いい経験にはなった。パウェルもあの大会に参加してたのか?」


「いいや、俺は参加しなかった。親父に止められてたからな。でも、同学年のお前が出ていると知って、負けたくなくなったんだ。機会があれば、今度は俺もあの大会に出るぜ」


「そうか。じゃあ、これからはライバルだな」


「おう!でも、俺はお前と仲良くしたいぜ。なんせ、クラスメイトだしな!」


「そうだな。じゃあ、交友の印に風呂から上がったら腕相撲でもしないか?」


「おっ、いいじゃねえか。その勝負乗ったぜ!」


 これが裸の付き合いの効果と言うものなのか。早速、今朝の第一印象を無くすくらいにパウェルと仲良くなれたとアスタは思った。


 それから、続々とクラスメイト達が浴場に入ってきた為、先に来たアスタとヨハネは入り口から見て中央にある風呂に入った。


「ふ〜」


「くぽえ〜」


 二人共間抜けな声を出しながら肩まで浸かり、疲れを癒やしていた。


 そんなこんなでお湯に浸かっていると、オレンジ色の髪の男がアスタの隣にやって来た。


「隣、いいか?」


「構わないよ」


 オレンジ色の髪の男は瞳を閉じ、アスタとヨハネに話しかける。


「俺は、シンナー・ドリス。隣のクラスの(もん)だ」


 シンナーと名乗る男は気さくに自分の名前を出し、アスタ達に交友を図ろうとする。


「えっ、ドリスって」


 すると、ヨハネが声を上げ、風呂でリラックスしている脳を動かし、シンナーという苗字に反応した。


「ヨハネ、知ってるのか?」


「うん。ドリス家は、新しい鎮痛剤を開発したとして、最近台頭を見せている貴族だよ。凄いよね、そこの御子息が僕らの目の前にいるんだよ」


「へぇー」


 ドリス家がどう言うものか説明されたが、アスタはそんな事は心底どうでもいいと思った。


「そう!俺はあのドリス家の次男!お前たちさえよければ、ここを卒業した後、使用人として雇ってもいいぜ。破格の待遇を受けさせてやる」


 シンナーは口角を上げ、アスタ達に使用人にならないかと提案する。


「悪いが、お断りだ」


 が、アスタは一喝でその誘いを断った。


「おいおい、いいのかよ?」


「ここに入学した時点で俺は騎士になることに決めてるんだ。悪いが、その誘いには乗れないな」


「お前はどうだ?」


 アスタに断られ、今度はヨハネを勧誘する。


「う〜ん…、魅力的な話だけど、遠慮しておくよ。僕にも僕の夢があるし」


 しかし、ヨハネも丁重に誘いを断った。


「なんだよ」


 すると、シンナーは何を思ったのか、風呂から上がり、そのまま脱衣所の方に行ってしまった。


(ここにいる時点で、皆何かを目標にしているのは彼奴も分かってる筈だ。そんな勧誘に乗る奴なんていないだろうに…。まさか……)


△▼△▼


「当て馬…ですか」


 開光石の光に照らされ、サムとグレースと隣のクラスの教師であるトーマが生徒名簿を見ながら夕食を食べていた。


「毎年一定数そういう生徒を貴族やらの名目を保つために入学させてますが…、よりによって、今年はドリス家とは…」


「最近、あそこは黒い噂もありますからね。他の生徒と衝突しなければいいんですが…」


「それで、誰の当て馬にするんですか?ドリス家に目をつけられない為にも此方も色々と画策しなくてはいけませんよ」


 サムがフォークを置き、グレースに向かって誰の糧とするのか問う。


「それは──」


△▼△▼


「あっ、こんな所にいたのか」


 風呂から上がると、時計の短針が六を超え、丁度腹の音も鳴ってきたので夕食を食べようと食堂へ向かうと、端の席で一人夕食を食べている人物がいた。ミカエルだ。


「アスタか」


「風呂にいなかったから、何処にいるかと思ったらもう夕飯食べてたのか」


「ああ、大勢と連むのは苦手でな。一人が好きなんだ」


「でも、俺ら友達だろ?一緒に食おうぜ」


 アスタは夕食を貰いに席を離れた。

 ミカエルは、アスタに若干引きながらも、軽い笑顔を見せて誰にも分からないように微笑んだ。


「でさ──」


 ミカエルの横を三人の男が通り過ぎる。何やら盛り上がっているようでふと顔を上げた途端、ミカエルの表情が一変した。


(彼奴……、なんでコイツがここに)


 隣を横切ったオレンジ色の髪の男、シンナーだ。そして、隣を歩く黒服の男達。護衛の者なのだろうか。顔全体をマスクで隠し、他人から見えないようになっている。


「お待たせ。──あれ?どしたの?」


「……ああ、なんでもない」


(なんだ?なんか敵意…いや、あの悍ましいくらいにドス黒い感覚は殺気か?なんでこんな所で出してたんだ?)


 アスタが夕食を乗せたお盆を貰った時にミカエルから尋常ならない殺気が漏れているのを肌で感じられた。アスタには、このような敵意や殺気が最近になって相手から見られてなくても肌で感じられるようになったのだ。

 なぜなら、魔犬病の治療の所為で一度、死ぬような痛みを受けたからだ。なので、そういう類のものには人一倍敏感になっている。


「はははは、それでなぁ」


 アスタがミカエルの目線を先を見ると大声で笑っているシンナーの姿が目に入った。


 そして、この刹那の間にミカエルから目を離した途端、再びミカエルから殺気が溢れた。

 アスタは横目でミカエルの表情を確認すると、口を歯軋り、その瞳から憎悪が溢れ出んとばかりに冷たい感情を露わにしていた。


 アスタは、その表情に恐怖を覚えた。人から放たれる尋常じゃないくらいの殺気。これ程までの敵意をアスタは今までに感じた事がなかった。


 この日の夜は、ミカエルの悪魔のような表情が脳裏を離れなかった。

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