第2章 14『入学式』
ある晴れた日、アインリッヒ大学の体育館で新入生の入学式が行われていた。入学式には、生徒の親族等は参加せず、この大学と関係のある一部の者のみが来賓として入学式、そして、年度末の卒業式に参列する。
「続きまして、大学長式辞」
入学式の進行役の生徒がそう言うと、大学長と呼ばれた女性が段差を上り、体育館の舞台中央の壇上まで歩き、新入生達の顔を見ながら式辞を始めた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。我々教職員一同、心より歓迎します。──さて、皆さんはただ今から、本大学の生徒です。初心を忘れることなく、それぞれが自己の目標に向かって努力を積み重ねてもらいたいと思います。皆さんは、本大学の合格を目指し、見事入学試験を合格した選ばれし人達です。しかし、残念ながら、入試試験で選ばれなかった人達もいます。この事を踏まえ、改めて我が大学の生徒として、志しと本大学を目指すと決めた際の決意を忘れないでください。これから先、きっと辛い事や苦しい事もあるでしょう。そう言う時こそ、初心に戻り、目標へのスタート地点へ立った今日の日を思い出してください。自らを鍛え、粘り強く頑張りを通す覚悟が合格した皆さんにはあります。是非とも、三年後には全員笑顔で卒業式を迎えましょう。以上です」
「続きまして、新入生挨拶。新入生代表、ナオミ・ルツ、カイン・ゴードン、壇上までお上がりください」
大学長のグレースが壇上から降りた後、進行役の生徒が次のプログラムを言うと、アスタ達騎士科の列の先頭に座っていた二人の新入生が席から立ち上がり、壇上に上がった。
「新緑漂うこの季節、温かな日差しと共に僕らは新しい舞台に飛び込みます」
「私達にとって、この三年間は長くも短く感じるものとなるでしょう。このあっという間の時間を大切に生涯付き合っていけるような友と出会える事を願っています」
「講師方、先輩方、まだ未熟な僕らのご指導をよろしくお願いします。これから、この王国を導ける存在になれるよう、一歩一歩精進していきます。新入生代表、騎士科、カイン・ゴードン」
「同じく新入生代表、騎士科、ナオミ・ルツ」
静かな喝采が体育館中に響き渡り、壇上にいた二人が自分の席に戻る。
「続きましては──」
進行役の生徒が次のプログラムへ移ろうと、机の上に置いてある台本へと目を通す。
その後、入学式は予定通り全てのプログラムが終了し、アスタ達新入生は本校舎に移動した。
〜本校舎二階・騎士科教室〜
教室に着くと、アスタ達は担任の指示の元、それぞれが指定された席に着席し、最初のホームルームが始まった。
騎士科のクラスは二十一人ずつの二クラスに分かれている。共に追試を受けたミカエル、同室のヨハネ、新入生挨拶を行った一人カイン、そして、寮で目が合った赤髪の女子が同じクラスだ。
(……気まずい)
と言うか、その赤髪の女子はアスタの隣の席だ。前日、目を合わせただけでそっぽを向かれてしまった為、なんとも言えない気持ちで下を向いた。
「え──、まず最初に入学式お疲れ様。俺はお前らの担任をすることになったサム・バトラーだ。専攻授業は魔法応用。朝のホームルームに顔を合わせるだけになる奴も出てくるとは思うが、まあ、これからよろしくな」
そんな思いをしていると、担任の講師がクラスの全員に向けて挨拶をした。
(あの人、追試の)
この講師には見覚えがあった。追試の日、アスタに特別試験を行わせ、余裕を見せながら無詠唱魔法を片手間で消した男だ。彼がこのクラスの担任になると言う。
「正直、今日はこれ以上話すことないんで、手紙を受け取ったら後は自由にしてていいぞ」
サムが一列ずつ前の席に座っている生徒に手紙を列の人数分手渡し、一枚取ったら、それを後ろにいる者に手渡すバケツリレー方式で全員に手紙が渡った。
「全員受け取ったな。その手紙は来週からの選択授業の用紙になっている。専攻して取りたい授業を一覧から記入して、明後日までに俺に手渡してもらいたい。
じゃあ、これで解散。後は各々好きにしろ。何か分からない事があったら職員室まで来い。出来る限り教えてやる」
そう言うと、サムは教室から退室した。
教室内には、生徒だけが残り、実質的に自由時間と新しい仲間とのオリエンテーションの時間になった。
近くの席では、もういくつかのグループみたいなものができ、何人かで固まって談笑をしている者もいる。
「あの〜、こんにちは。俺、アスタ・ホーフノー。これからよろしく」
アスタもこの状況に乗るために昨日話しかけそびれた赤髪の女子に緊張しながら話しかけた。
「……私は、コード・ティーナ」
意外にもすんなりと自己紹介をしてくれた。昨日のようにそっぽを向かれるか、無視されると思ったから、とりあえずは仲良くしてくれそうで一安心した。
「ん?」
ふと思い出したが、ティーナと言う苗字に聞き覚えがある。
(ティーナ、ティーナ……あ)
思い出した。あの片眼鏡の執事姿の男を。
「もしかして、ローグさんの妹さん?」
「──!?あんた、ローグの事知ってるの?」
驚くかと思ったが、予想外にもコードは冷静に応答した。だが、彼女の内心は焦っていた。
「うん、ローグさんとヤーフさんには色々とお世話になったんだ」
「そう……。私は、彼奴とはただの遠い親戚よ」
「親戚…」
そう言われると少し納得出来る。
何故かと言うと、コードはローグとヤーフには似てないからだ。特に髪色は親から遺伝されやすいため、妹ならローグのように黒に近い髪色になる筈だ。だが、親戚と言うのなら髪色や目つきが似てないのも納得がいく。
「誰かの家族や親戚と言えば、あんたも、先代勇者の弟でしょ?」
「え?……そうだけど」
コードがアスタを勇者の弟だと見抜いている。兄のレイドは勇者になった事で大陸中に名が知れ渡った。そのため、ホーフノーと名乗ってしまえば、やはりバレるだろう。
「ふーん。じゃあ、勇者の弟って肩書き使って此処に入学したの?」
「違う!!」
その言葉を聞いた途端、頭の中が真っ白になり、机を叩き、大声でコードに向かって怒鳴ってしまった。
教室の中が静寂に包まれ、クラスメイト全員の視線がアスタに向く。
「あ……」
周囲の目線の圧力に負け、押し黙ってしまった。
「……そうなんだ。ありがとう教えてくれて」
そんな状況でもコードは席を立ち上がり、表情を変えずに教室を出て行った。
彼女にはアスタの第一印象はどう映ったのだろうか。その事が心の中で喉に刺さった魚の小骨のように引っかかり、それが取れぬまま、アスタも寮に戻った。
寮に帰った後、アスタは突然怒鳴った事を後悔していた。
客観的に見れば、この場合悪いのは両方だ。相手の家系にズカズカと土足で入り込んだアスタ、まるで賄賂でも渡したから入学出来たのかと言い、アスタを小馬鹿にしたコード。これはお互いに悪い。
アスタもその事は分かっていたが、それでいて、話を始めたのは自分だと言うこともあり、一方的に自分が悪いと思っていた。
「……明日謝ろう。そうだよ。それでいいんだ」
謝って終わりだと、そう心の中で結論付け、毛布を掴みながらやるせない気持ちに苛まれていた。
「ただいま」
ベッドの上に突っ伏していると、ヨハネが帰ってきた。
「おかえり」
毛布に顔を埋めたまま、ヨハネにおかえりと返した。
ヨハネは、呆れた目で溜め息を吐くと、椅子に座り、アスタに語り掛けた。
「クラスの皆んなからの君の第一印象は怒りやすい人で固定されたよ」
「そうだろうな」
アスタは帰ってきたヨハネに顔も見せず、その場からも動かず答えた。
「このままでいいの?」
「よくない。明日、コードには謝るよ」
「明日でいいの?」
その言葉がアスタの胸の奥に刺さる。
「明日に後回しにしていいの?その状態のまま明日から大学生活できるの?」
「………」
「それが嫌なら今すぐコードさんに謝りに行きな。クラスの中で彼女の第一印象も悪いことになってるからね」
「行きたいけど、許可もなく女子寮には入れない」
「大丈夫。管理人さんにはちゃんと説明すればいいし、今はクラスの女子達も戻って来てない。行くなら今しかないよ」
「…分かった」
ヨハネに諭されるまま、アスタは寮の自室を出て、ヨハネと一緒に一階にある女子寮の入り口まで足を運んだ。
* * * * *
「え?女子寮に入りたい?」
女子寮の入り口の近くにある事務室に先に行き、管理人の許可を貰おうと中に入れるか聞いてみた。
「はい。実は、彼が初日にコードさん……さっき帰ってきた赤髪の女の子と口喧嘩しまして、仲直りをしてもらうために女子寮の中に入る許可が欲しいんです」
「へぇ。事情は分かったけど、あんたはどうなの?」
管理人がアスタの方を向き、アスタの気持ちがどうか聞く。
「………彼女とは仲直りしたいです」
仲直りをして、クラスメイトからの誤解を解かなければアスタの第一印象が悪いまま、明日からの大学生活が始まってしまう。騎士になるためにもそれだけは回避しておきたい。そんな願望がアスタの中にあった。
「そうかい。許容時間は十五分よ。それ以上は認められない」
「──ありがとうございます」
アスタは管理人にそう言わると、素直にお礼を言い、ヨハネと共に女子寮の入り口に向かった。
「ヨハネくん、あんたは此処に残りな」
「…え?」
「これは女と男の対話。第三者が首を突っ込む問題じゃないのよ」
管理人に言われるがまま、ヨハネは事務室の近くにあるベンチに座り、女子寮に入っていくアスタを見送った。
女子寮の中に入り、アスタは早足でコードの部屋に向かった。
(コードさんの部屋は一番奥か。三階や二階じゃないのが唯一の救いだけど、時間まで間に合うか?)
アスタは早歩きで足音を立てながら歩き、一階の一番奥の部屋、一〇八号室までたどり着いた。
「ふー」
アスタは、一度深呼吸をして、心を落ち着かせてから部屋のドアをノックした。
コンコンコン
窓から入ってくる風の所為か、ノック音が廊下に響く。
「どうぞ」
入室の許可を得て、アスタは扉を開ける。
中に入ると、フローラルな花の香りが鼻の中に入った。お香でも焚いているのだろうか。
「……やあ」
コードがいるであろう部屋まで進み、そこに入ると、ベッドに座っているコードがいた。
「なんであんたが此処に……」
「管理人さんの許可を貰って十五分だけ特別に女子寮の中に入らせてもらったんだ」
「……それで?何をしにきた訳?襲いに来たの?」
「そんなことする訳ないだろ。……ただ、謝りに来たんだ」
「謝りに?」
「ああ。さっきはごめん。人の家庭の事情に土足で入り込んで」
「……別にそんなこと気にしてないわ」
「え?」
「こっちこそ悪かったわね。あんたの努力を蔑ろにして」
逆に謝られてしまった。アスタもこれには予想外だった。
「お兄さんが亡くなって辛かっただろうに……私は……」
ガチャッ
コードが何かを言い掛けた途端、入り口のドアのドアノブが回る音がした。
(まさか、もう十五分たったのか!?)
「隠れて」
「え?」
扉が開き、中に入ってきたのは黄色のカチューシャを頭につけた茶髪でボブカットの女子だった。
「ただいま〜」
「おかえり。どうだった?」
「皆いい人だから仲良く出来そうだよ。あっ、でもさっき怒鳴っていた人とはまだ話せてないんだよね。コードが寮に帰った後、彼も寮に戻っちゃったみたいだし」
「そう」
「んじゃ、私喉乾いたから、飲み物貰ってくる」
茶髪の女子が飲み物を取りに部屋を出ると、コードは部屋の隅に置いてある物置きの扉を開けた。すると、中から体育座りで縮こまったアスタが出てきた。
「行った?」
「うん。でも、直ぐに戻って来ると思う。窓からなら裏を通って玄関まで行けると思うから、すぐに此処を出て」
「ありがとう。恩にきる」
アスタは部屋の窓を開け、そこから飛び降りるように乗り越えると、直ぐ下に茂みがあり、そこに尻から落ちた。
ガチャッ
ドアの開く音が聞こえた。
「あれ?窓開いてたっけ?」
「うん。換気のために開けた」
「ふ〜ん。あ、これホットミルク。コードの分も貰っておいたよ」
「ありがとう」
アスタは、コードが彼女の足を止めている内に摺り足で女子寮をゆっくりと離れた。
女子寮から距離が離れ、ズボンが土だらけになった頃、寮に続々とクラスメイトや隣のクラスの生徒が寮に戻って来ていた。
(危なかった。もう少し遅かったら、初日から変態扱いされるところだった)
アスタは心底ホッとして、壁に寄り掛かりながらしゃがんだ。
「はあ、初日からこれだけ大変だと先が思いやられるなぁ」
心なしか、胸の奥に引っかかっていた小骨も取れた気がした。
【豆知識】
管理人が中にアスタがいる事も伝えず、女子を女子寮に入れた理由は、ちゃんとアスタとコードが仲直り出来ているか確かめるためです。出来ていたら、本編のような結果になっているが、もし出来ていなかったら、コードは大声で悲鳴を上げ、アスタが勝手に女子寮に入ったと言うだろうと思い、女子を通しました。
因みに、ヨハネはトイレに行っていた。




