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勇者の弟  作者: ドル猫
第1章『〜幕開け〜王都からの手紙編』
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第1章 5『送る者と送られる者』

「……それで、なんでお前たちがここにいるんだ?」


 片眼鏡をかけ、執事服を整えた男性、ローグが不機嫌そうにアスタとブリシュ、ロイドが此処にいることを問う。

 アスタとレイドの母に案内されて、客室に入ったのはいいものの、そこにいたのは王都で見慣れた三人だった。


「いや〜、俺たちが此処にいるのは偶然ですよ。偶然」


 ロイドが言い訳をするようにローグを促す。


「おはようございます、ローグ様」


「うーす」


 いつの間にか制服に着替えていたエグゼとブリシュも目上の者に挨拶をする。態度は──あまり良くないようだが。


「ブリシュ、お前はその態度をいい加減直さんのか?」


「これが俺流ですよ」


 ローグは嘆息を吐くと「まあいい」と会話を終わらせ、対面して座るレイドに視線を移した。


「……小僧、お前は許さないからな」


 心の中に思っていた事だろう。つい、溢してしまったのか、レイドを睨みつける。その感情は憎悪にも憤怒にも引けを取らない程の怒りであった。


「お前何したの?」


「いや、あのいけすかない執事に一発膝蹴りを入れただけだけど」


 その返答に場の空気は静まり返る。これは勇敢なのか、無謀なのか、騎士の注目はレイドに集まった。


「……マジ?」


「大マジ」


 ロイドが確認をとる。レイドの返答は至って真面目な顔をした上でのYESだった。その返答に対し、ロイドは少しの間プルプルと身体を震わせると、水を一杯飲み、大笑いを始めた。


「あっはっはっはぁーこりゃたまげたなあ!王族の執事を膝蹴りなんて前代未聞だぞ!!流石の叔父さんでもしたことねぇなぁ!」


 ロイドは酒の肴でもできたかのように腹を抱えて笑う。それに釣られてエグゼとブリシュも頬を膨らませ、笑いを堪えていた。


「お前達……」


(──この雰囲気、私が部屋に入っても大丈夫なの?)


 客室の外では、母がお茶と菓子類をトレイに乗せて、入りづらそうにしていた。


(今、膝蹴りとか聞こえたけど、まさか、またあの馬鹿(ロイド)が何かやらかしたの?)


 部屋の前で立ち止まる母、襖の隙間から客室の様子を伺うが、ロイドが大笑いし、ローグの表情を引き攣り、ブリシュとエグゼは顔を横に向けながら震えている。この中で一見普通なのはレイドだけだった。


「母さん、部屋に入らないんですか?」


 後ろからの声に一瞬、身体が震えるが、直ぐにその声が我が子の物と気付き、ホッと肩をなで下ろした。


「よかった、アスタだったのね」


「?」


 母の額や腕に汗が付いている。緊張の現れだろう。声を掛けた時、お茶をこぼしそうになっていたが、こういう事には慣れているのか、間一髪でお茶が床にひっくり返るのを阻止した。


「母さん、凄い汗ですよ?熱でもあるんじゃないですか?」


「え、そうかしら」


「母さんは休んでてください。これは僕が運んでおきますので」


 アスタはこの室内に自然に入るため、そして、母にこの場の空気を浴びせないためにトレイを受け取り、母が廊下から姿が見えなくなるのを確認してから客室に入った。


「失礼します。こちら、お茶とお菓子が入りました」


 襖のため、ノックはせずに戸を開け、会話に割り込む。


「おお、アスタくんか」


 ローグの態度はレイドとは打って変わって、ご機嫌なように、机に置いたお茶を手に取り一口飲む。


「うむ、美味い」


(逆にアスタは何をしたんだ?ローグさんがあそこまで機嫌がいいことはそんなにないぞ)


 ローグはお茶の入ったコップを机に置き、一つ咳払いをすると、目つきを鋭くし、場の空気を氷の如く冷えさせた。


「アスタくんも来たことですし、そろそろ本題に移りましょうか」


 全員に緊張が走る。レイドたちも気を引き締め、ローグの方に目を向ける。


「さっそくですが、レイドくん、貴方は勇者になる覚悟はあるのですね?」


「はい」


 場の雰囲気が一変したことをこの席に居合わせている全員が察知していた。それどころか、ここで無礼な真似をすれば、ロイドの横にある剣で真っ二つにされる感じすらあった。

 レイドもここが既に自宅でありながら、自宅ではなくなっていることを肌で感じていたのだろう。いつものお調子者の兄とは違う。今は嫌いな目上の人に敬いを尽くせと言うことだ。


 時間にして約一分程、ローグはレイドと目を合わせる。まるで、就職活動の時の面接のように。もしくは、肉食獣同士の闘いの前兆かのように。

 その後は、エグゼ、ブリシュ、ロイド、そしてアスタの順で目線を移し、再びお茶に口を付けて飲み干した。


「成程…此処にいる皆さんも認めているようですね」


 最初に会ったときのローグとは違う。本職の執事としての威厳を出し、冷静に物事を見定めていた。


「レイドくん、貴方をローグ・ティーナの名に置いて、二百代目勇者と認めます」


 遂にローグはレイドを勇者と認めた。これは、初対面の膝蹴りの所為で最悪の場合、勇者と認められない可能性もあったが、見事、合格が言いつけられた。


「おお!やったなレイド!今日からお前は世界を救う勇者だ!!」


「……おめでとう」


「おめでとう」


 三人の騎士が賞賛の言葉を送る。しかし、喜んでいるのはロイドだけのようだ。エグゼとブリシュは、歴代の勇者の末路を知っているからか、素直に賞賛している様子ではなかった。

 アスタも素直におめでとうとは言えなかった。いや、言いたくなかった。


「みんな、ありがとう」


 当の本人は唖然としていたのか、反応に遅れていた。しかし、ゆっくりと歯切れを良くし、お礼の言葉を述べた。

 それでも、アスタはレイドに声を掛けれなかった。


「まぁ、私自身の気持ちとしては、小僧が勇者になることなんて認めないけどな。あくまでもこれは『使いの者』としての視点からの答えだ。まだ、私はお前を勇者とは認めてはいない」


 ローグは最初に会った時のような雰囲気になり、場の空気は少し緩んだが、続けた言葉で再び、場の空気は元に戻る。


「然るに、まだ我が主人(あるじ)が貴様を勇者と認めるのかどうかは私にも分からん。ふん、一度この話は置いておくか……。そこの二人に聞いているとは思うが、貴様は今日から王都にあるアインリッヒ大学の勇者科で一年間、勇者としての振る舞い、道中に出てくる凶暴な魔獣との戦い方、仲間との連携、魔法や剣術の全てを覚えてもらう!」


「臨むところだ」


 レイドは笑い顔を浮かべ、その場は解散になった。


「兄さん、本当に行くんだね」


「ああ、勿論だ」


 荷造りのため二人が自室に戻り、リュックの中に着替えを詰め込んでいる時、ふとアスタから話を始めた。


「……怖くはないの?」


「今から行く所は学校だぞ?怖がる要素はどこにもないだろ」 


「そうじゃなくて」


 アスタはそれ以上掛ける言葉が見つからなかった。ただ、悶々と着替えを畳み、リュックに詰めているだけで会話は弾まなかった。


 荷造りが終わり、全員が馬車の前に集合する。

 両親がレイドにハグをし、「強く生きるのよ」や「頑張ってこいよ」など、別れの言葉を掛ける。


「アスタくん、君も何か言うことはあるかい?」


 ローグから質問される。しかし、思いつく言葉がない。それに、レイドとはまた会える気がした。無理に何か言葉を掛ける必要はないと思い、


「少し、待っててくれますか?」


 アスタは自室に戻ると、引き出しの中から一つの小さな缶を取り出して蓋を取り、更にその中から薄く発光する石を持って馬車の前に戻ってきた。


「兄さん、これを…」


「お、お前これは…」


 右手に握った石を見せ、レイドに手渡した。


「これは『魔硝石』だね。それも、かなり高濃度の」


 エグゼはその石を見て、物珍しいそうに顔を少しだけ近づけていた。


「これを僕だと思って持っていて欲しい。そして、勇者として旅に出る時が来れば、この石で剣を創ってほしい」


「分かった!約束する」


 この魔硝石は、アスタが初めて魔獣を倒した時に魔獣の腹の中から出てきた物である。

 魔硝石は、武器や鎧などを創る際に素材の一部として使われる。主な用途は、一部の属性魔法攻撃の緩和や、武器に属性の力を付与することができる、大変徳の高い代物である。尚、魔硝石の入手方法はかなり難しく、アバレイノシシや、サソリコウモリなどの一部の魔獣が魔石を捕食し、胃の中で消化されずに残った物のみが魔硝石になる。なので、魔硝石についての詳しい構造は未だに解明されていない。


「それでは、そろそろ出発しましょうか」


「じゃあ、俺達も帰るか」


 ブリシュたちも馬車へ乗り込もうとしたが、ローグに止められる。


「ちょっと待って下さい。貴方方は歩きで帰って来てください。あっ、ロイドさんだけは、馬車に乗っても構いません」


「ええっ!なんでだよ、別にいいだろ!?」


 理不尽なローグの意見にブリシュは反対する。エグゼは、やっぱりかというような顔をしている。どうやら、この事は予想済みだったようだ。


「ふん、若え(もん)は苦労しろってことだろ。まぁ、頑張れや」


「そんなぁ──、エグゼからもなんか言ってくれよ、ここから王都まで徒歩だと丸々一週間はかかるぞ」


「悪いが、上の命からは逆らえないかな。私達は、近くの街や村を転々としながらゆっくりと歩きで帰ろう」


 ブリシュの希望は華々しく散り、二人の徒歩での帰宅が決定する。


「というか、なんでロイドさんだけ乗っていいんですか?」


「ロイドさんには彼に代わって護衛の任に就いてもらうことにしたからだ」


 馬車の方を見ると、騎士の制服の上から白いローブのフードを被っている男が座席に横たわりながら熟睡していた。


「彼には、昨日から一日中寝ずに私と馬車の護衛をしてもらっていたからな。既に体力と集中力が限界なのだろう」


 ローグの説明に全員が納得した。それでも、エグゼとブリシュが乗ってはいけない理由にはならないが、上手く丸め込まれたようだ。


「じゃあ行ってくるよ。父さん、母さん、爺ちゃん、アスタ」


 最後にレイドが家族に行ってくると言葉を送り、馬車に乗った。


「レイド、偶には帰って来てもいいんじゃぞ」


「うん、分かった!」


「手紙、毎日書くからね」


「毎日は大丈夫かな……」


「勇者として、務めを果たすんだぞ──!!」


「分かってるってば──!!」


「────ぐっ」


「………アスタ」


 アスタは、またしても、掛ける言葉が出てこなかった。喉の奥に魚の小骨が刺さったかのように息苦しい。


 ──声を出せない。


「じゃあ、そろそろ出発するよ」


 ローグとロイドも馬車に乗り込み、御者は手綱を馬に叩き、馬車が車輪のガラガラという音を立てながら走り始める。


「アスタアアアア!!!」


 家から数百米離れた時、レイドが大声でアスタの名を呼んだ。


「……兄さん?」


「この石、大事にするからああああああああああ!!」


 そんな声と共に、馬車は彼方へ行ってしまった。もう、馬車の姿は見えない。


(なんなんだよ、この感じ…声を出せなかった)


 この感覚は何回目なのだろうか、そう思いながら、心にぽっかりと空いた穴を塞ぐように自分への憤りを感じた。


 半日後、父と母も馬車を使い、ワーボンへ行ってしまった。エグゼとブリシュも、レイド達が見えなくなった後に荷物を纏めて、王都へ帰っていった。

 家にはアスタと祖父のフライデンだけが残った。


「爺ちゃん」


「ん?」


「爺ちゃんに教えてほしいことがあるんだ」


△▼△▼


 〜馬車〜


 出発から五時間後、草原の中に二つの直線にハゲた地面が続いている。これは、街から街へと馬車を走らせるために雑草が生えてもすぐに狩れるよう、舗装された道だ。主に、行商人がよく、好んで使う。


「ローグさん、王都までもう少しですが、そろそろ休憩でも入れましょうか?」


「いいや、このままで頼む。行きのように魔獣の群れと遭遇されては厄介だからな」


 時間は夕方近くになっており、そろそろ魔獣が活発になる時間帯だ。レイドも窓越しに、沈む夕日に照らされる草原の景色を眺めていた。


 馬車には、風と地面の揺れを軽減するため、馬の首には風の魔石の欠片が首輪として掛けられていて、車輪には土の魔石の欠片が埋め込められている。そのため、馬車はどんな道を通っても魔石の効果が出ている間は快適に進むことができる。

 尚、魔石の効力が発揮されるのは、陽が出ている間だけである。


「レイド、緊張してんのか?さっきからいつものように喋んねえからな。叔父さん少し心配だぞ」


「大丈夫だよ。少し、アスタが心配なだけ。あいつ、俺がいなくて今頃泣いてなきゃいいけど」


「………」


 ロイドは、レイドとアスタの両親がワーボンへ引っ越すことを知っている。昨日の飲みの席で愚痴を聞かされている時にランブルが口を滑らせたのだ。


「なぁ、レイド…そのことなんだが……」


 ロイドがレイドに両親のことを話そうとした時、突如馬車が急停車し、景色が移り変わらなくなった。車輪の鈍い音が鳴り止むと共に馬も足を止めた。


「おい!御者!まだ王都じゃないぞ!こんなところに止めてどうする!?」


「すいません、ローグさん。ここまで休憩も少なめに走ったので、馬もそろそろ限界です。ひとまず、この辺りで野営するのがよろしいかと」


 馬の方を見ると、息が切れているような感じがしていた。だいぶ無理をさせていたのだろう。


「仕方ない、今日は此処で一晩を凌ぐしかないか」


 馬が足を止めた場所は、丁度、名物の大岩の付近だった。幸いにも、この岩には魔獣避けの効果があるので、魔獣に襲われる心配はなさそうだ。


「心配なのは、盗賊だな…。ロイドさん、悪いんですが、ヘルドが起きるまで暫く付近の警戒をしてくれますか?」


「おう!任せとけ」


(くそっ!こんなことになるならあの二人も同行させておくべきだったか)


 ローグは、自分の選択に後悔を感じながら、早歩きで御者の所まで歩いた。

 もう、陽の半分以上は落ちている。このままでは、この近辺は闇に包まれる。そうなれば、この目立つ馬車は盗賊にとって格好の的だ。


「ここから王都まではあとどれくらいだ?」


「早くても、後三から四時間くらいは掛かります」


「なんとかならないのか?」


「すいませんが、馬の足が止まったところを魔獣に襲われ、馬が殺されたとなると、山を越える手段が限られてきます。私も御者ですが、それなりの護身術は学んでいます。ローグさんはいつも通りにしてくだされば大丈夫です」


「…私も護身術は学んでいるし、魔法も少しくらいなら使える」


 ローグは左手で魔力の循環を確認し、自分も戦えることを証明した。


「それに、いざとなればヘルドがどうにかしてくれるか……」


 当のヘルドは未だに眠っている。馬が急ブレーキをかけた時も全く動かなかった。相当疲れているのだろう。


「レイド、お前も自分の身の安全は自分で守れるようにしておけ。魔獣避けが効かない魔獣がいるかもしれないし、多数の盗賊相手となれば俺一人じゃお前を守りきれねぇ」


「大丈夫だよ。魔獣とは何回か戦っているし、家には魔獣よりおっかない弟と爺ちゃんがいたし」


 ロイドの心配をレイドは笑って返した。自分は強いから心配しなくても大丈夫だと。ロイドはその返事を聞き、大声で笑った。


「はっはっはっ!!そりゃ頼もしいな!」


 それもそうだ。レイドは今日、勇者と認められたのだ。更に言ってしまえば、ここで活躍ができれば、早い段階で王からも、国民からも勇者と認められるかもしれない。


「だけどな、お前がいくら戦い慣れているとは言え、戦場は何が起こるかわからん。だから、これは持っとけ」


 ロイドは鞘に収まった短剣をレイドに投げて渡した。今、レイドは丸腰もいいところだ。どんな馬鹿力を持っている人間でも、刃物や魔法、魔獣の牙には一部を除き、素手ではまともに戦えない。


「うん、ありがとう!」


 ローグと御者は馬車の荷台の中で地図の確認、馬は眠り、ロイドは辺りを見回り、レイドは火おこしの準備を始めた。しかし、ヘルドは今もフードを深く被り、熟睡している。レイドもこんな状況でも寝てられる彼に少しだけ苛つきを覚えていた。

 しかし、ローグの話によれば、この騎士は王都どころか、その他の都市でも好青年、更には、最強の騎士を異名として各地に名を馳せているという。


 そして、陽が落ち、闇夜が訪れる。

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