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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 12『踏み出した一歩』

 合格発表日から三日後、アスタは屋敷で着替え等の荷物を纏め、それを馬車の荷台に積み込んだ後、先頭の御者台に座り、馬の手綱を掴んでアンジェの指導の元、馬の扱い方を学ぶための最後の授業を行うことになった。

 こうなる事になったのは、合格発表の翌日、アスタが屋敷の庭で馬のトラウマを完全に克服しようと、あの時と同じドロシーと言う名の混血種の馬に跨った。すると、ドロシーが大暴れをしながらアスタを地面に落馬させ、荒ぶりながら何度も蹄で踏みつけたのだ。


 その光景をアンジェに見られ、次の日から短期間の馬術の授業を受ける事になったのだ。


 次の日、アンジェはアスタに馬を手懐ける方法や馬に乗る時に負担を掛けない乗り方、休憩の頻度等の基本的なものを学ばせた。だが、元々馬にも何度か乗った事があるためか、アスタは直ぐに普通の馬を手懐けられた。


「なんだ、乗れるじゃないですか」


「普通の馬なら大丈夫なんですよ。ただ、ジャレッドとドロシーだけは何故か懐いてくれないんです」


「まあ、あのニ匹は混血種なので、プライドが高いのですよ。手懐けるのは至難の技です」


「混血種……ですか」


 その後、アスタは悩みながらも、ジャレッドとドロシーを手懐ける為にアンジェの指導の元、まずは馬の気分を良くする為にお世話の仕方を学んだ。


「騎士になれば、馬の一頭や二頭の世話をします。まずは、糞の処理の仕方と応用法を学びましょう」


「はい」


 時間は午前十時。授業と言う名の元、馬小屋の掃除が始まった。


 アスタとアンジェは作業着に着替え、先ずは馬小屋の隅に溜まった糞を麻袋に詰める作業から始まった。勿論、素手で取るわけにもいかないので、軍手を着けて馬糞を一つずつ回収する。


「酷い臭い…。アンジェさんは大丈夫なんですか?」


「何事も慣れですよ」


 馬糞を全て回収し終えた後は馬を外に出し、小屋の中を箒で掃く。これで大きな埃や食べ残し等を一箇所に纏めて、塵取りで何度も集めてから馬糞を入れた麻袋とは違う麻袋に纏める。

 それが終わったら、次はバケツの中に水を汲み、モップを汲んだ水の中に浸け、拭き掃除を行う。その後に雑巾で柱や手摺りなど、細かい箇所を拭き、その時に木材の状態も確認する。もし、木材が駄目になっているようなら新しい物と交換をする必要がある。今回は、特に異常が見当たらなかったので、する必要がないが、定期的に木材を変えてやらないと白蟻が発生する可能性もある為、一ヶ月に一度は木材を交換している。


 〜ニ時間後〜


「やっと終わったー」


 馬小屋の掃除が一通り終わり、アスタは庭の原っぱの上で仰向けになりながら大の字で寝転がった。


「お疲れ様でした。丁度いい時間ですし、お昼にしましょう」


「──はい」


 アンジェがお昼ご飯にライ麦のパンと昨日の夕食の余り物のシチューと干し肉を持ってきた。

 アスタは、アンジェから紙袋の中に入ったパンを受け取り、一口分、思い切り齧った。


「う、美味い。これ、いい小麦粉使ってますね」


「いいえ、今日の朝食べたパンと同じやつですよ」


 硬く、保存に適したライ麦のパンは、第二次世界大戦中、ドイツ等のヨーロッパで戦時中の人々に主食になり、今でも世界中の人々に愛されているパンだ。

 そのため、美味しいか美味しくないかで言えば、余り美味しくはない種類なのだが、今食べたパンはいつも食べている物と同じ物か疑う程の美味しさだった。


「えっ!?そうなんですか?」


「はい。同じ物でも一仕事した後とした後ではないのでは味に大きく差が出てきますからね」


「じゃあ、このシチューも…」


 アスタは、耐熱性に優れた冷めにくいカップに口を付けて口内に残ったライ麦のパンのパサパサ感をシチューで流し込んだ。


「これも美味しい!いつもより濃くが出てるような気が」


「まあ、一晩寝かせましたから。美味しくなってるのは当然です」


 柔らかくなったシチューの具を数口噛み、飲み込んだ後、干し肉を毟り、顎の力を入れて肉を千切る。


「うん…かた…」


 干し肉の味だけはいつもと変わらなかった気がした。


 昼食をとった後、午後は馬を馬小屋に戻してからアンジェに言われて、馬糞が大量に入った麻袋を担ぎ、ある場所へと案内された。

 案内された場所は、屋敷から少し離れた裏庭と呼ばれる森の中。そこの木々を掻い潜り、所々虫に刺されながらも歩いていると、開けた場所に出た。

 そこの周辺、半径約50メートルは木が生えていなかった。その代わり、中央には整備された土と水の魔石を応用して作った水路。そして、ポツンと建っている小屋。これらの設備を纏め、一括りにすると、此処は畑だ。


「この森にこんな場所があるなんて…」


 王都の端とは言え、誰がこんな所に畑があると想像しただろうか。


「ここは、シミウス家が所有する畑です。万が一この国で食糧危機が起これば、この畑を解放し、国民に食糧を分け与える。このような場所が王都以外にも四大都市のあちこちにあります」


「……なるほど。だとすれば、この場所は相当大切な場所ですね」


 アスタは、この場所の重要性を理解し、同時に何故自分にそんな大切な場所を教えたのかアンジェの真意を感じようとした。


「じゃあ早速、アスタくんが持っている麻袋の中身を畑全体に撒いてください」


「え?」


 麻袋は、アスタの持っている物を含め、全部で20個ある。一つ五キログラムだ。


「あああああああああああああ!!」


 こんな事馬術に関係あるのだろうか。アスタは、そう思いながらも五キログラムの麻袋を担ぎながら獣道を疾走する。


 〜四時間後〜


「はあ、はあ……終わりましたよ…」


 息を切らし、空になった最後の麻袋を20枚重ね、アンジェに終わった事を報告する。


「あ、漸く終わりましたか」


 アンジェは、いつの間にか折り畳み式の椅子を屋敷から持って来て、紅茶を飲みながら寛いでいた。


「これ、馬術にとって必要な事だったんですか?」


「必要ないですね。単なる雑用ですよ」


「…じゃあ、なんでこんな事やらせたんですか?」


「だって、アスタくんは既に基本的な馬術出来るじゃないですか。私に教えられる事はありません。後は明日からの大学で習ってください」


 そう断言されるが、アスタも疲れからか何も言い返せず、そのまま帰路についた。


 そして、次の日になってからいきなり、アンジェに馬車をアインリッヒ大学まで引けと言われた。つまり、街中で馬車の手綱を握り、運転してみせろと言うことだ。


(隣でアンジェさんが補助してくれるらしいけど、街中で馬車を動かした事なんてないんだぞ。万が一事故を起こしたら──)


 嫌なことばかりが思い浮かぶ。事実、アスタは馬車を運転した事が一度もない。普通の馬を手懐けたり、乗馬して街道を走ったことはあるものの、二頭の馬を一つの手綱で同時に動かし、それなりの速度で呼吸合わせながら進む馬車を操った事はこの12年強の人生の中で一度もない。だから、最悪の事態を予想してしまう。


「──よいっしょ」


 持って行く荷物を全て積み終え、アスタは御者台に座った。


「はあ、はあ」


 心臓の音が五月蝿いくらいに高鳴る。手綱を握る手が震える。


「緊張してるんですか?」


 アンジェが隣に座り、アスタの顔色を伺うように覗き込む。


「そりゃしますよ。馬車を動かすのはこれが生まれて初めてなので」


「そんな気負う事はありませんよ。乗馬と同じ感覚でやれば、馬は応えてくれます」


「そういうものですかね…」


 手綱を打ち、ゆっくりとしたペースで馬が歩き始めた。

 後ろの積荷と馬車を支える金属の音が小さく鳴る。

 御者台から見える景色、それは誰にとっても新鮮なもの。人が道を開け、子供達が此方を指差したりもする。だが、アスタは緊張でそれどころではなかった。隣にアンジェがいるのは分かっていたが、それでも、このまま無事にアインリッヒ大学に到着出来るのか心配だった。


 しかし、その心配も杞憂に終わった。


「…あ」


 馬が足を止め、身体が前方へ傾く。


「……着いた」


 顔を上げ、前を見ると、気付いた時にはアインリッヒ大学の正門の前まで来ていた。


「さて、積荷を下ろしますか」


「…はい」


 心臓の鼓動が収まらないままアインリッヒ大学に到着し、積荷を下ろし、アスタは校門の前でアンジェと顔を合わせた。


「アンジェさん、短い間でしたが、お世話になりました」


「何かあれば、また戻って来てください」


「はい。その時はまた……、後、これをアンジェさんに預かっててほしいんです」


 そう言い、アスタが背負っているリュックから出したのはアスタが魔法を使い始めるキッカケとなった物、魔導書だった。


「これ、大事な物なんじゃ…」


 この魔導書は、寝る時と風呂以外は肌身離さず持っていた大切な物。魔法で分からない事があれば、この本を読んで、その都度学んでいた。それくらい大切な物をアンジェに渡そうとしているのだ。


「大事な物だからです。大事な物だから、アンジェさんに暫く預かっていてほしいんです」


「……分かりました。私も、この本については調べたい事があったので、アスタくんがこの大学で在学する三年間は私が大切に保管し、研究します。それでも、私に預けて大丈夫ですか?」


「はい」


 アンジェの警告のような発言も受け止め、アスタは魔導書をアンジェに手渡した。


「では、確かに」


 手渡した後、少しだけ心残りがあったが、それでもアスタの表情は出発の前より清々しくなっていた。


「じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃいませ」


 アスタは、一歩を踏み出し、校門の中を潜った。


 これが、アスタ・ホーフノーにとっての第ニの人生とも言えるスタート。そして、新しい自分を見つけるための一歩となった。

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