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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 11『精霊』

 時間を遡ること一日前。合格発表の前日、アスタはアンジェに話があると呼び出され、屋敷にあるアンジェの自室の前まで来た。


 アスタは、扉の前で三回ノックをし、「どうぞ」とアンジェから入室の許可を貰うと、廊下の寒さで悴む手で扉を開けた。


「失礼します…」


 アスタは、余所余所しくアンジェの自室へ入り、引いてあった座布団に正座した。

 アンジェの方を見ると、服装がいつものメイド服から、私服なのだろうか小綺麗な女性物の服装に変わっていて、いつもと雰囲気が変わっていた。アスタは、また()()()と同じことをされるのではと思い、心を先に身構えていた。


「それで、話ってなんですか?」


「…話と言うのは、貴方の使う無詠唱魔法と精霊術についてです」


「精霊術?」


 アンジェが無詠唱魔法の事を聞きたいのは分かる。無詠唱魔法を使えるのは大陸でも有数、貴重な人材なのだ。その無詠唱魔法を目の前で使われたら、問いただしたくなるのも当然だろう。だが、精霊術と言うのは知らない。


「アンジェさん、精霊術ってなんですか?」


「──え?知らないんですか?あんな器用に使ってたのに?」


「はい?」


 アンジェは驚いた表情をして、左手で頬を掻いた。


「本当に知らないのですか?」


「はい。知りません」


 もう一度、確認のために精霊術を知っているかと問うが、知らないものは知らない。アンジェは当てが外れたかのように不機嫌な顔になった。


「じゃあ、無詠唱魔法はどこで習ったんですか?」


「無詠唱魔法は、誰からも教わってません。気付いたら出来てました」


「……はあぁ?」


「幼少期から魔法を使い続けていたら、いつの間にか出来てました」


「……ちょっと待って。アスタくんは何歳くらいから魔法を使えるようになったの?」


「そうですね…。魔法を初めて使ったのは二歳の時だったと思います。無詠唱魔法を使えるようになったのは、八つになってからだったような気がします」


「……参考にならない」


「参考?」


 アンジェは呆れたように顔を下に向け、諦めのような表情を見せていた。


「前にも言ったと思いますが、私の魔法の師であるマーリンとアスタくんに幾つか一致点があったので試しに聞いてみたのですが、どうやら聞き損だったみたいですね」


「はい?」


「師匠もアスタくんと同じように無詠唱魔法や精霊術を使っていたのでもしかしたら、アスタくんが師匠とお知り合いかと思ったんですよ」


 ペラペラとマーリンについての情報を喋る。ぎこちなく首を(かし)げ、小さく息を呑み、感慨を巡らせる。


「え?アンジェさん、マーリンとの記憶は曖昧になっていたんじゃ……」


「顔を覚えてないだけです。師匠との記憶が曖昧って言ったのは、アスタくんが何か知っているのではないかと思ったので、カマをかけました」


 どうやら、数日前の会話では一部を嘘で誤魔化し、本当の事は隠していたようだ。

 薄い唇の上にコップを傾け、一口紅茶を飲むと、アンジェは指先を動かし、アスタを睨み、突然敵意を剥き出しにした。


 ──魔法が来る。


 アスタは、咄嗟に左手から氷結魔法でナイフを作り、身を守るために防御の姿勢を取ったが、アンジェは同じ方向を見たまま動かなかった。敵意も消されている。


「はあ、出ませんか」


 アンジェは溜め息を吐き、残念そうに不満を抱く。


「……出ないって、何が?」


 心音が聞こえる。突然剥き出された敵意にまだ警戒しているのだ。いや、あの感じはもはや敵意とは言えない。魔獣に襲われた時と同じ、殺意だ。

 その殺意に怖気、アスタは座布団にもう一度膝を崩す事が出来なかった。次は何をしてくるのか分からないのだから。


「すいません。アスタくんと契約してる精霊を出そうと思って、殺気を出したんですが、やっぱり出ませんでしたね。安心してください。私は何もしませんよ」


 信用できない。アスタの脳内ではその言葉が浮かんでいた。


「その、精霊って何なんですか?」


 喉の奥から出した言葉、『精霊』。その概念に何かあると思い、アスタは啖呵を切ってアンジェに聞いた。


「精霊と言うのは、何かの意思によって作られた人工の生命体……みたいなものです。詳しいことは知りませんが、一説によれば、ある()()に契約者を進ませるために生まれた……生み出されたと言う説があります」


「何かに作られた?その何かってなんですか?」


「……それは、人智では超えられず、干渉も出来ないもの……人はそれを神と言います」


「神……」


 神と言う言葉にアスタは軽い反応を示した。この大陸でも古くから神と言う概念は存在していて、大陸を産み、海を広げ、この世界を創り上げた創造主と伝えられている。


「アスタくんは、神を信じているんですか?」


「俺は、信じてませんね。最も、見た事もない神を信じろと言うのが無理な話ですよ」


「そうですか。…私も同じですよ。神が本当にいるなら、私はあんな目にあっていませんから」


 アンジェは一息置いて、アスタに向けて指を指す。


「ですが、私は、その神とやら作り出した精霊を操る人物を二名程知っています。我が師、賢者マーリンと、そして貴方ですよ」


「だから、俺は精霊なんて見たことないって言ってるでしょう!」


「……アスタくんも気付いている筈です。精霊と言うのは、あの日……、アスタくんのお兄さんが出発する日にちょっとしたいざこざがありましたよね?あの時に私の魔法をいなす際に出した球体の事です」


「球体……?ビットのことですか?」


 アスタは左手の掌から複数のビットを出し、アンジェに見せた。

 アンジェの反応は、やはりと言うものなのか、驚くこともなくビットに軽く触れた後、アスタに質問した。


「アスタくんは、いつからこの精霊達と契約したんですか?」


「契約?そんなものはした覚えがありません」


 アスタは首を傾げ、呼び出したビットの内の一つのポシを軽く人差し指で触る。


「……少し、いいですか?」


 アンジェはアスタの背中に周り、首元を優しく掴んだ。


「──これは、完全な契りが交わされていない。仮契約か」


「仮契約?」


「はい。契約が精霊の力を十割使いこなせる代わりに精霊と契約者を生涯、死ぬまで結びつけるもの。仮契約は、精霊とは完全な契りを交わさず、三割の力だけを貸し与えられ、精霊のある目的を達成させる代わりに契約者の願いを叶えるという、一時的な縛りです」


 アンジェの説明には明らかに謎の部分が多い。まず、大前提として、何故アンジェがそこまで精霊の事について知っているのか。そして、神は信じないと断言した彼女がその神が創ったかもしれない得体の知れないものに執着するのかアスタには分からなかった。


「アスタくんは、この精霊……ビットと呼ぶものに何かお願いをした筈です。何をお願いしたんですか?」


「お願いって……、俺はそんなもの頼んだ覚えはありませんよ。ビットは、本から出てきたんです」


「本!?」


「ちょっと待っててください」


 アスタは、一度部屋を出てから自室へ行き、机の引き出しの奥に隠した魔導書を取り出して、アンジェの部屋へ戻った。


「この本から、ビットが出てきました」


「……何これ?こんな魔導書、見たことない」


 アスタから魔導書を受け取るや否や、アンジェは魔導書のページを捲り、中の内容に目を通した。


「アスタくん、これ何処で手に入れたんですか?」


「確か、貰い物だった気がします」


 記憶があやふやだ。この魔導書に関して、思い出せる事は、騎士と名乗っていたある男から渡されたとしか覚えていない。


「誰から貰ったんですか?」


「覚えてません。この本を受け取った母も覚えてないと言ってましたし。……ただ、騎士と名乗る者から受け取った気がします」


「『覚えていない』…『気がします』って、随分と都合のいい記憶ですね」


 アンジェは嘆息を吐き、冷ややかな目でアスタを見つめた。


「それは、否定出来ませんね」


「……もういいですよ。アスタくんからは何か有用な情報を引き出せそうにありませんし」


 悪し様に飽きられてる感があるが、アンジェは特にアスタを怒ったりはしなかった。彼女は、何を考えているのだろうか。或いは、またマーリン関連の事なのだろうか。

 アスタにとって、精霊や彼女についての謎が深まっていく中、話は終わった。

 アンジェの部屋を出て、二階への階段に差し掛かった時、肩の荷が降りたように膝を崩して床に座り込んだ。

 実のところ、アスタは心底ホッとしていた。一度殺気を向けられたからには、相手が安全だと思える保証はどこにもなく、常に意識をアンジェの周りを浮遊していたビットに割き、何かあれば直ぐに反撃しようと模索していたのだ。


「あ〜、疲れた」


 吐息混じりに張り詰めていた緊張感から解放された。顎に手を当てて、アンジェの発言の意図やビット───否、精霊について歩きながら考え始めた。


「…..でも、アンジェさんの言う通り、お前達はなんでそんなに俺に懐くんだ?」


 アスタは、ビットの内の一つである『ポシ』を出し、疑問を投げかけてみるが、勿論、ビットから反応はない。


「まあいいや。なんか俺がお願いして、お前達に力を借りているみたいだけど、俺は何かをお願いした覚えはないし、お前達が望んでいる未来と言うのもよく分からんからな。それに、アンジェさんも、なんでそんなにお前達の事に詳しいのかも俺には分からんしな。……そう言うのって、学校に行けば分かるのかな?」


* * * * *


「此処にいましたか」


 とある日の夜、開光石の街灯の下に無数の蛾が集まり、光へと羽ばたいている。虫の習性だ。


「お久しぶりですね。十年ぶりくらいですか?」


 街灯の光に当てられた人物、マリーダは川の上に建つ石造りの橋の上でフードを深く被る人物に声を掛けた。


「やあ、マリーダ。今日は君に報告があって来たんだ」


 フードを被っている人物は、フードを取ることなく、ずっと川を流れる水を眺めていた。


「それで、いきなり呼び出して何の用ですか?」


「…近い内に新しい勇者が誕生するのを教えに来たんだよ」


「勇者?」


「そう、勇者。後五〜六年くらいしたら新しい勇者が現れる」


「そうですか。まあ、私には関係のない事ですが…」


「いやいや、関係あるよ。なんせ、次の勇者一行の一人に君と面識がある人物が選ばれるからね」


「はあ」


「反応薄いね。折角教えてあげたんだからもっと驚いたりとかさ〜」


「別に、今更誰が死のうが生きようが私には関係がないので……。それよりも、あなたは彼女と会わないんですか」


「彼女?」


「アンジェの事です。あなたの弟子でしょう?」


「あ〜、アンジェか。彼女に数日間魔法を教えたのは単なる暇潰しだし、もう成人っぽいから会わなくてもいいかな〜って」


「そうですか…」


「そう言えば、もう新しい伴侶は作ったの?」


「……いえ」


「え〜、まだ作ってなかったの?」


「…私は、もう誰も愛せないので……」


「いやいや〜、君には子供を残してもらわないと困るよ〜」


「──っ、五月蝿いですね。全部自分の為ですか?」


「そう、自分の為。僕が長生きするためにも血の存続は不可欠。だから──」


「もういいです!こんな血、私の代で絶やしてやる!あんたの目的も知ったこっちゃない!」


「あらら、怒っちゃった?」


「ええ怒りましたよ!もう私には付き纏わないでください!」


 マリーダは、苛立ちを見せながらこの場を去った。橋の上で立っているフードを被った人物も溜め息まじりの吐息を吐き、この場から消えた。

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