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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 10『合格者』

 少年が見据える先にいるのは半透明の魔獣、ビッグフロッグ。少年は固唾を飲み、息を整える。


「始めっ!」


 試験官の合図と同時に少年は詠唱を始める。


「み、水の魂よ我が手に──」


 しかし、少年が詠唱を終える前にビッグフロッグの長い舌が少年の鳩尾を抉る。


「──かっ!?」


 少年はその場で胃の内容物を吐き出し、腹を押さえて蹲った。

 半透明のビッグフロッグが消え、試験官が足切りをするように少年を見限る。


「次!」


「ま、まだ終わって……ない。不合格にさせるなら親父に…」


 蹲っている少年は試験官に対し、反抗的な目で脅しを掛ける。


「何を勘違いしている?我が校は実力主義。貴族だろうが王族だろうが貧民だろうが、実力さえあれば誰でも受け入れる。だが、貴様のような実力のない者はいたところで他の者の足手纏いになるだけだ。言っておくが、お前がパパに言いつけたところで何も出来ないぞ。寧ろ、貴様の家が衰退するだけだ。分かったら帰れ!!」


「ひっ、ひぃぃ!」


 怒られた事がなかったのだろうか。貴族の少年はそう一つ怒鳴られると、涙を浮かべながら逃げるように大学を出て行った。


「次!受験番号二百十七番、ミカエル・ブレア!」


「はい!」


 ミカエルが大きな声で返事をする。

 その声に試験官が悠然と頷き、軽やかに手を上げると、ミカエルの二十(メートル)先にまた半透明のビッグフロッグが現れた。


「始め!」


 ビッグフロッグが舌を伸ばし、先程の貴族の少年と同じように鳩尾に攻撃を入れようとしたが、ミカエルはしっかりと舌の軌道を読み、大きく躱した。


「っ!」


 しかし、舌が真っ直ぐに伸ばされたと思いきや、ミカエルの方へ曲がり、顎に思い一撃を受けた。


(…やはり、仮想とは言え、魔獣と戦ったことのない者では生物的な動きにはついていけないか)


 試験官の予想通り、顎に攻撃を入れられれば、それに連動して頭が揺れ、軽い脳震盪を起こす。普通なら、立っている事も儘ならない。

 だが、ミカエルはすかさず伸ばしきった舌を掴んだ。ミカエルの両目の焦点が合わず、何処を見ているのか第三者からは分からないが、ミカエルの頭はビッグフロッグの方を向いていた。


「捕まえたぞ。これで逃げられないな」


 ミカエルは両手でビッグフロッグの舌を抱え込み、決して離さぬよう腰を落として詠唱を始める。


「風の弾丸よ、空を貫き敵を穿て『エア・バレット!』」


 ミカエルを中心に時間にして二秒、空気の渦がミカエルの周囲を包む。そして、空気の圧が一番強くなったタイミングで右腕を振り払う。すると、空気の弾丸が出現。ビッグフロッグの体を貫通する。

 半透明のビッグフロッグは、空気の弾丸が当たると同時に静かに消え、ミカエルが掴んでいた舌も実体を失い、消え去った。


(中々見どころのある少年だな。実力で倒せないと判断し、相打ち狙いで攻撃をわざと受けたのか)


 試験管がミカエルの行動に感心し、記録表に評価をつける。


「おっ、今終わったのですか?」


 試験官の後ろから渋めの声色で声を掛けられる。


「サム殿、そちらも例の少年はどうでしたか?」


「そこそこまあまあでしたよ」


「中途半端な表現ですね。こっちの少年はまだ荒いですが、我々がしっかりと教え込めば、(いず)れ光るかと」


「そうですか…。ところで、他の追試受験者はどうしましたか?」


 サムが辺りを見回すが、ミカエル以外の追試受験者が見当たらない。


「他の者達は、皆帰るか気絶しましたよ。親に甘えすぎたまま育った根性なしばかりなので、光るものはありませんでしたね」


「…まあ例年通りですね」


「本試験では何人か良い原石がいましたので、彼らが上に登るためにも我々講師もより一層力を入れなくてはいけませんね」


「ええ、それは同意見です」


△▼△▼


「よっ」


 門の柱に寄りかかりながらアスタが右手を上げ、やって来たミカエルの隣に立つ。


「いないと思ったら、アスタはもう終わってたのか」


「ああ、結構早めに終わった」


 二人で門を出て、街道を南に歩く。目と鼻の先にはアンジェが乗っている馬車が停車していて、中でアンジェが居眠りをしていた。


「アンジェさん、お待たせしました」


「あ、ああ…。はい……。──ん?そちらはお友達ですか?」


 疲れていたのだろうか、アンジェは大きな欠伸をすると、水筒の中に入っている水を一口飲み、馬車を出発させる準備を始めた。


「そう、今日できた友達」


「はじめまして。ミカエル・ブレアです」


「こちらこそはじめまして。シミウス家使用人のアンジェと申します」


 アンジェは、メイド服の先を摘み、軽やかな動作で身分を表し、使用人ならではの挨拶を行った。

 ミカエルは、その動作に一瞬心を奪われたようで、数秒間放心していた。


 馬車が動き出し、屋敷まで帰るためにアスタとミカエルは席に座り、緩い街道旅をしながら世間話しを始めた。


「アスタ……、さっき、あのメイドの人、アンジェさんが自分はシミウス家の使用人って言ってたけど、アスタはシミウス家の関係者なのか?」


「いいや、俺はただの平民だよ。シミウス家とも何の関係もない。今は、アンジェさんが管理している屋敷で居候させてもらってるだけ」


「そうか…。アスタはシミウス家……王家とは何の関係もないんだな」


 何故か改まったようにミカエルは尋ねる。


「──?そうだけど、それがどうかしたのか?」


「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」


 ミカエルの言葉に疑問は残ったが、その後は何の料理が好きか等の雑談をしていると、いつのまにか屋敷に到着していた。


「大きい……」


 屋敷の大きさは王都やワーボンにある各地に名が通った貴族の邸宅よりかは小さいが、王家が所有する屋敷だ。別荘とは言え、広くない訳がない。


「昼食の準備をしますので、少し待っててください」


 そう言われ、アスタとミカエルは、アスタが借りている部屋に入り、屋敷にあったチェスをして時間を潰した。


「これは…」


 アスタとミカエルの前に出された食事。それは、この大陸では珍しい魔獣ではない普通の動物を使った料理が出されたのだ。


「合鴨のステーキです」


「アスタ…、お前毎日こんなもん食べてるのか?」


「いや、魔獣の肉はあっても、魔獣以外の肉は見るのも久しぶりだ」


「食べて…いいんですか?」


 まるで新しい玩具(おもちゃ)を手に入れた5歳児のようにアスタとミカエルは目を輝かせてアンジェの方を見た。


「どうぞ。お二人共、試験頑張ったようですし、このくらいのご褒美はあげますよ」


「「いただきます!」」


 アスタとミカエルは肉をナイフで一口サイズに切り、滴る脂が一番多い箇所にフォークを刺し、口に運んだ。


「美味しい。こんな美味しい料理は初めてだ!」


「それはそれは、ありがとうございます」


 まんざらじゃないのだろう。アンジェは自分の料理をここまで褒められて照れているようだ。


△▼△▼


 それから3時間程経った後、ミカエルとは合格発表の日にまた会おうと約束をし、王都の北門まで送った。


 〜二日後〜


 合格発表の日、アインリッヒ大学の校庭で待ち合わせの時間通りにアスタとミカエルは合流し、自分の番号札を持って合格かどうかを確かめるために壁に貼り付けられている合格の番号が載った紙がある場所へ駆け足で向かった。


 ──お前は合格だぞ。


 しかし、アスタの中には合格発表特有の緊張感が無かった。何故なら、合格だと既に告げられているからだ。


(……ミカエルには、少し悪いことしたかな)


 そんな罪悪感を胸に秘め、自分の番号がないか貼り付けられた紙に目を通す。


「二百一番、二百一番……」


 アスタには自分の番号があるのは分かってはいたが、万が一の事も考え、しっかりと一つずつ番号を上から指で数えながら自分の番号を探した。


「──あった」


 サムの言った通り、本当に合格だった。しっかりと201番の受験番号が紙に載ってあった。


(ミカエルは……)


 アスタは、隣にいるミカエルの顔を見る。ミカエルの表情は強張っていて、いかにもな緊張の色がダダ漏れだった。


「あ…」


 ミカエルの瞳孔が開き、頭を斜め上に上げたまま静止した。


「アスタ……」


「………」


「……あった」


 その一言の後、ミカエルはその場で泣き崩れ、ぶつぶつと何かを呟きながら左手に持った受験番号の紙をクシャクシャにしてガッツポーズをとった。


 アスタは、そんなミカエルを見て軽く微笑み、もう一度合格者の受験番号が載った紙を眺めた。


(……合格者、五十人もいないんじゃないのか。番号的に二百十七番のミカエルが最後だろうし四分の三以上の人数が落とされたのか)


 紙の大きさの割に、載っている受験番号があまりにも少なすぎる。アスタは後ろを振り向き、悔し涙を流す者や親に抱きつく者、そして、当たり前の結果だと言わんばかりにドヤ顔をしている者がいた。


「…‥俺、本当に合格でいいのか?」


 そんな者達を見て、アスタは他の者とは違う試験を受け、合格を言い渡された自分が狡いのではないかと思った。


「アスタ、どうした?」


「…いや、なんでもない。じゃあ、結果も分かったことだし、筆記試験の答案用紙を貰いに行こうか」


「ああ!」


 アスタとミカエルは、筆記試験の答案用紙を貰いに職員室まで赴き、中にいた講師から自分の答案用紙を貰い、校庭まで移動してから自分の点数を確認した。


「百五十五点か。平均点は分からないけど、まあまあ良かったのかな」


 アスタの点数は百五十五点だった。このテストは二百点満点の為、身体が本調子じゃない状態で全体の七割程の正解数ならまあまあ良かった方だろう。


「ミカエルはどうだった?」


「俺は百九十三点だ。まあ、問題も過去に出たやつと似てたし、結構優しめの問題だったな」


「凄いな。殆ど正解じゃん」


「そんな事ねえよ。七問も落としたんだ。それに、此処に入ったらもっと凄い奴らがきっといる。そいつらを追い抜くためにも、俺は頑張ることしか出来ないんだからな」


 ミカエルの目の奥に憎悪なのか、覚悟なのか、何かを決意したかのように先を見据えながらアインリッヒ大学の校舎を睨んだ。


 〜同時刻、アインリッヒ大学の大学長室〜


「さて、無事に今年の入試も終わりましたね。皆さん、お疲れ様でした」


 陽光が差す部屋。そこに試験官を担当した講師達が集められ、入試の振り返りをしていた。


「サムさん、無詠唱魔法を使うという例の少年はどうでしたか?」


「そうですね、今は魔法の威力ばかりを優先し、魔力の操作に不慣れと言った印象ですね」


「そうですか。では、キャノさん、赤髪の……、王家の血筋を引く彼女はどうでしたか?」


「はい。彼女は魔法、剣術、座学、全ての試験が満点でした」


「ほう…」


「ですが、協調性がないと言うか、人の話を聞かない所があります」


「なるほど、よく分かりました。──では、フォック、今回の筆記試験の平均点と最高点は何点でしたか?」


「はい。平均点が百五十一点。最高点は二百点満点が二人いました」


「なるほど。では、新入生の挨拶はその二人にやらせてください」


「分かりました」


 学長室に差し込んだ陽光が雲で隠れ、天井にぶら下がった開光石の光りが室内を代わりに照らした。明るくなった室内、副大学長フォックの隣で座る大学長。

 青髪で凛々しい顔立ちの女性が合格者の名簿に目を通しながら、厳格な表情で会議を進める。


 彼女こそ、このアインリッヒ大学の大学長にして百九十九代目勇者パーティーの一人、グレース・M・アインリッヒである。


「今年の騎士科の合格者は四十二名ですか…。例年よりも少ないですね」


「いえ、合格率は例年と変わってはいません。ただ、受験者の数が減ってきたのが原因かと。それに連動して合格者も減っている所存です」


「そうですか……。最近は、ワーボンやワームでも教育機関が増えていると聞きますし、仕方がない事ですね」


 グレースは溜め息を漏らし、もう一度名簿に目線を移す。


「──はあ、では、他に何かある者はいませんか?」


 誰も挙手をしない。何もないようだ。


「何も意見が無いようなので、本日の会議は以上にします。明日は、入学式の準備をしますので、生徒会の者達を集めてください」


 グレースは、生徒会の顧問の講師であるニーファに目線を送り、会議は終了になった。


* * * * *


「グレース大学長、お疲れ様です」


「ああ、お疲れ様。ここ最近は寝てないから疲れたよ」


 全講師が大学長室を退出した後、部屋に残ったのはフォックとグレースだけになった。

 グレースは右手で自分の肩を揉みながら首に溜まった気泡を出しながら姿勢を楽にした。


「いや、まだ休んではいられないな。フォック、明日の準備の前に在校生の配置を今決めてしまおう」


「はい」


 今の時間は陽光が照らす大学内、入学式のために張り切るグレース。そんな彼女が今夜横になったのは次の日の午前2時を回ってからだった。

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