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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 5『夕闇の襲撃』

「リム、右だ!!」


「分かった!」


 アークトゥルス山脈に入って1時間。日も殆ど落ち、草木の影もあって開光石を使わざるを得ない状況になった。

 開光石の光に魔獣達が次々に馬車へと集まって来る。その魔獣の群れをカールの指示でリムが手綱を引き、上手く躱している。


「左前方にシャドードッグ二匹!」


 カールの側を飛んでいる三匹の鳥がカールの耳元で囀りを囁いている。

 カールは鳥の言葉が分かるのか、鳥がカールの耳元に寄った後、直ぐにリムに指示を出している。


「アスタくん、迎撃を!」


「はい!2秒後に目を閉じてください!」


 シャドードッグが馬車に飛びかかろうと身を屈めた瞬間を狙い、アスタは光属性の魔法を放った。


 眩い光が馬車を包む。


「キャウン!?」


 シャドードッグは、光属性の魔法を受けると、弱々しい鳴き声を出しながらそこら辺の木にぶつかり、その場で倒れた。


「後ろは!?」


「しつこい奴らだ。まだ来てる!」


「馬は大丈夫なんですか?」


「大丈夫。さっきの光も咄嗟に目を閉じさせたから何の心配もない!」


 リムが聞いたことのない言葉で馬に向かって話す。

 その言葉がいい終わると同時に馬は馬車を急旋回させ、突っ込んで来たアバレイノシシを薙ぎ倒した。


「今のって、馬に指示をしたんですか?」


 明らかに可笑しい馬の動きに疑問点を持ち、リムに聞いた。


「そう、私の寵愛よ。まあ、馬と話せるだけだけどね」


「そこから考えると、カールさんも寵愛持ちですか?さっき、鳥から何か聞いていたように見えたんですが」


「そうだよ。僕も寵愛持ちだ。まあ、僕の寵愛は鳥の言葉が分かるだけで、会話をすることは出来ないんだよね」


 寵愛とは、約千人に一人の割合で発現し、人間の持つ五感や身体能力を促進させる神からの賜物と言われている。寵愛については分かっている事が少なく、生まれつき持っている者もいれば、ある日、突然寵愛を発現する者も稀に現れる。


「アスタくんも寵愛持ちかどうかは、学校に入学すれば分かるよ。教育機関は特例として、寵愛を持っているか判別するための魔道具があるからね」


 揺れる馬車で寵愛の事を説明されている最中に、カールの耳元で鳥がまた何かを囁いた。


「──!400m先、前方の茂みに複数の魔獣がいる!キラーウルフだ!」


「応戦します」


 アスタは、荷物から自前の木剣を取り出し、馬車から飛び降りた。


「──っっ」


 振り落とされるように馬車から降りた衝撃で地面を転がり、魔獣から的になるように弱った動物のフリをした。

 俯せになっているため、舌に土の感触が残る。


(まだか?)


 馬車を隠すようにアスタから100m程離れ、戦闘が終わると同時にアスタを回収する為にカールの隣にいた鳥が空から場を見下ろしている。


(──来た!)


 アスタが30秒程その場から動かないでいると、茂みの中から五匹のキラーウルフがアスタ目掛けて飛び出して来た。


「それを待ってた!」


 飛び出して来た一匹を風の刃でキラーウルフの胴体を両断する。


「グゥゥ」


 仲間がやられたと分かり、アスタを警戒しながらキラーウルフ達は茂みの中へ隠れた。


「カールさん、キラーウルフの場所を教えてください!」


「後ろの木の真上だ!」


 鳥の言葉が分かるカールからキラーウルフの居場所を教えられ、上を向くと、牙を剥き出して此方を睨むキラーウルフと目が合った。


「うおっ!」


 アスタに気付かれたと勘づき、キラーウルフが木からアスタに飛びかかる。居場所は分かっていたが、真上からの攻撃に魔法の発動が間に合わず、持っていた木剣でキラーウルフの頭を叩きつけた。


「──いっ!?」


 遅れて痛みがやって来た。腕を見ると、キラーウルフの爪痕が残っている。


「さっきのやつか!」


 付けられた傷から軽く出血する。


「グルルアアアァァァ!!」


 キラーウルフニ匹が背後の茂みから足音無く飛び掛かる。


「──なっ!?」


 カールからの声が無かったから油断していた。意識が木の上に移った瞬間に背後に回られていた。


「っっ!!」


 一匹の攻撃は躱せたが、もう一匹のキラーウルフの爪が頬に掠り、続けて牙が脇腹に食い込む。


(どうしてカールさんから何の注意も無かったんだ?影魔法を使われていたからか?)


「ウイ!!」


 アスタの身体から萌葱色に光る球体が出て、アスタの脇腹に噛みついたキラーウルフの首を風の刃で切断させる。


「もう一匹!」


 もう一度奇襲を掛けようと茂みに入ろうとしたキラーウルフが視界の端に写った。


「逃がさん!!」


 アスタは左足で思い切り地面を踏んだ。


 刹那、駆け出したキラーウルフの体を地面から生えた一本の土の槍が串刺しにした。

 心臓を一突き。即死だ。


「──ん?もう一匹は?確か五匹いた筈……」


 アスタの脳裏にカールからの注意が無かった事、そして、もう一匹いた筈のキラーウルフの気配がなくなっている事に嫌な予感を感じた。


「まさか!?」


 嫌な予感は的中した。カールが待機していた場所を見ると、そこには赤黒い血溜まりが出来ている。


「まずい!!」


 アスタは急いで馬車がある方向に走り出した。


(クソっ!せめてビットを付けておくんだった)


 馬車の元まで戻り、直ぐに御者台の方を見るが、誰もいなかった。


「馬はいるのにリムさんはいない。何処に行ったんだ?」


 アスタは焦りながらも周囲を見渡すと、木の影で二人分の人の影が動いているのを視認した。


「2人とも、無事ですか!?」


 アスタが人影の元に近寄ると、木の影でリムがカールの足に包帯を巻いているのが見え、直ぐに駆け寄った。


「アスタくん!」


「──うっ」


 カールの顔に大きな獣の爪痕があった。更に、包帯からは血が滲み出ている。


「まさか、見逃したキラーウルフに?」


「私も見てなかったのですが、馬車で2人を待っていたら、血だらけの兄さんが歩いて来て……」


 おそらく、此処に来るまでに見た血溜まりは、キラーウルフの物だ。リムの元へ行かせない為に身を呈して、相打ち狙いで戦ったのだ。その結果、キラーウルフを倒す事には成功したものの、右脚の脹脛を噛みちぎられ、右目を失った。


「この出血量は拙い!リムさん、少しの間、周囲を警戒していてください!治癒魔法を使います!」


「う、うん」


 アスタは、掌に魔力を集中させ、一度深呼吸をした後に詠唱を始めた。


「癒しの神、パナケイヤよ。この者に再び立ち上がる力と恩愛を与えて顕現せよ。『ヒーリング・エクストラ!』」


 温かい光と共にカールの出血が止まる。アスタは、更に魔力を込め、傷の治癒に当たる。


「ポシ!」


 アスタの呼び掛けに白百合色の球体がアスタから飛び出す。


「補助に入ってくれ」


 治癒魔法に特化したビット、ポシがカールのカールの膝に近付き、アスタの使う上級の治癒魔法の補助に入る。

 ポシからも温かい光が出て、治癒の速度を速める。


「よし、とりあえず大丈夫だろう」


 傷跡こそ残ったが、出血は止まり、抉られた脹脛の肉も再生した。


「アスタくん、兄さんは!?」


「…今のところは大丈夫ですが、まだ安心は出来ません。急いで医者に見せた方がいい」


 そう言うと、リムは一瞬安堵の顔を見せてから、馬車を停めた所へと戻った。


「しかし、拙いな」


 辺りを見渡すと、もう完全に暗くなっていた。夜は魔獣が活発になる時間帯だ。もし、今襲われたら、カールまで守り切れない。


「う……うん」


 気を失っていたカールが意識を取り戻した。


「カールさん、大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ」


「今は動かないでください。直ぐに近くの村まで運びますので」


「済まないな。……ところで、リムは…?リムは無事か?」


「はい。今は馬車を──」


 車輪が動く音が聞こえ、その方向を向くと、手綱を持ったリムが馬車を引いてやって来た。


「……カールさん、リムさんは無事ですよ」


「そうか、それなら良かった」


 カールを荷台の上で横にさせ、カールの代わりにアスタがリムのサポートへと回った。


「地図によれば、もう少しでナモナキです」


「分かったわ。アスタくんは、周囲の索敵をしてくれる?」


「分かりました」


 アスタは、掌からビットを出した。


(『コネクト』)


 アスタの左目の色が変わり、ビットの動きが規則的なものから動物的な動きへと変わった。


 アスタはビットと五感を共有するバイオロジックモードを使い始めた。


「リムさん、暫くは360°全方位見渡せますが、5分しか持ちません」


「5分あれば充分。突っ切るわよ!!」


 リムが手綱で馬の体を叩いて馬を興奮させ、トップスピードで森の中を掛けさせた。


 その間、数多くの魔獣が馬車へと飛び掛かろうとしていたが、殆どがアスタに発見されると同時に瞬殺される。例え、索敵から逃れたとしても、興奮した馬の速度に敵う訳もなく、馬車はトップスピードを維持したまま山を登って行き、最終的に僅か数分でナモナキに到着した。


 馬車の車輪の音で村の人達が馬車にゾロゾロと集まって来た。

 アスタは、バイオロジックモードを解除して一息吐く。

 リムは、馬車から下りて、1人の村人に事情を説明し出した。


「──と言う訳なんです」


「分かった。とりあえず、先に君のお兄さんを宿に運ぼう」


 カールを宿の一室まで運んだ後、リムは馬小屋に馬を泊めに行き、アスタと1人の村人だけが宿の一室に残った。


「済まないが、この村に医者はいないんだ」


「そうですか…」


 予想通りだったが、やっぱりこの村には医者がいないようだ。カールの容態をしっかり確認するためには少なくとも、診療所があるルーフへ行く必要がある。


「それよりも、君は大丈夫なのか?」


「俺は大丈夫ですよ。傷も大した事ないし、唾を付けておけば治りますよ」


 男は、アスタがボロボロなのが心配なのだろうか。

 だが、男の様子が変だ。よそよそしいと言うか、何か言いずらそうにアスタの脇腹を指差す。


「いや、それは本当に大丈夫なの?」


「え?」


 男が指を指した箇所、脇腹を見ると、そこにはしっかりとアスタの脇腹を噛んでいるキラーウルフの生首があった。


「──いっ!?ああああああ!?」


 周りが暗くて見えづらかった事と、アドレナリンが出過ぎていた所為で、今の今まで噛み付いた時に切断したキラーウルフの事をすっかりと忘れていた。


「っ!抜けない!」


 アスタは、キラーウルフの頭を無理矢理外そうとしたが、牙がしっかりと脇腹の肉に食い込んでいて簡単には外れなかった。


「あの〜、お恥ずかしながら、手伝ってくれますか?」


「お、おう」


 アスタは、男に協力を要請し、2人がかりでどうにかキラーウルフの頭を外した。


「神の御心よ、力無き者に立ち上がる力と勇気を与えん。『ヒーリング』」


 アスタは脇腹に初級の治癒魔法を使う。幸い、傷は深くなかったので、簡単に治す事が出来たが、多少の違和感が残った。


(まあ、数日したら完治するだろう)


 〜次の日〜


 朝日に照らされ、目が覚める。掛け時計の短針は5を指しており、早朝に起きたのは実感する。


「朝か……」


 隣の布団にはリムが寝ている。疲れているのだろうか、目を覚ます気配がない。


「カールさんは……」


 アスタは、備え付けのベッドで寝ているカールの元に寄り、体調を確認しようと額を触った時、


「えっ?熱い…」


 熱かった。よく見れば、カールの身体中から汗が出ている。

 アスタは、すぐさま宿番の人を呼び、体温計を貸してもらう。


「38.5……。この熱じゃ、カールさんは馬車の揺れに耐えられないか」


「もしかしたら、キラーウルフに噛まれた時に病原菌でも貰ったんじゃ……」


 体温計を取りに行っている間にリムも目を覚まして、起きていた。


「どうしますか?」


「……兄さんは此処に置いていく。それで、アスタくんを目的地に届けてから、私は王都で医者を探して、戻って来るわ」


「俺も医者探すの手伝いますよ。元はと言えば、俺がちゃんと周囲を警戒してれば、こんな事には……」


「アスタくんは明日試験なんでしょ?」


「はい…」


「だったら、私達の事は気にしなくていい。今は自分の事にだけ集中して」


 リムの強い言葉と意志に押し負けた。彼女にも依頼人を目的地へと運ぶ御者のプライドとカールを助けたいという思いがあり、生半可な気持ちで言った言葉ではない事がアスタにも理解できた。


「分かりました…」


 それから、朝食も食べずに2人は馬車に乗ってナモナキを出発した。

 アインリッヒ大学の試験は明日。カールの事は心配だが、リムの言う通り、今は試験の事に集中をするべきだとアスタは気持ちを切り替えた。


 だが、アスタの胸中では何か言いようのない不安を感じていた。


 ──何か、とても大事な事を見落としている気がしている様な……。

 今回、魔獣を倒した際に骨を火に焼いていませんが、魔獣や人がアンデット化する確率は極めて低いので、緊急時は魔獣の骨の焼却は後回しになります。

【豆知識】

 キラーウルフは、茂みや木の影で待ち伏せして狩りを行う魔獣です。前話でアスタ達が乗っていた馬車を見ていたのもこの魔獣です。アスタ達に目を付けた時点であの場所に待ち伏せしていたのです。

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