第2章 4『何をするべきか』
ボルスピを出発して二時間弱、アスタ達一行は休憩地点のナモナキがあるアークトゥルス山脈へ行くためにラワード草原で馬を休ませている最中だった。
アスタは、淹れた紅茶を飲みながら、木の天辺から周囲を見渡していた。
「アスタくーん!どうですかー?」
「……今の所は魔獣や盗賊の気配はありません。大丈夫ですよー」
「分かりました──」
馬が回復するまでの間、アスタが付近の見張りを任されている。御者の一人、カールは定期的にアスタから現状報告を受け、カールの妹のリムは、近くの小川から水を汲み、馬に飲ませている。
「お兄ちゃん、後十分くらいでこの子達走れるって言ってるよー!」
「そうか。なら、そろそろ出発準備を始めよう。アスタくんもご苦労様。もう降りて来て大丈夫ですよー!」
「分かりました」
アスタは木から飛び降り、足を踏ん張って安全に着地した。
それから、十分した後に馬車は再び動き始め、アークトゥルス山脈へと向かう。
「あの、アスタくんちょっと良いですか?」
地図を確認していたカールが荷台で一息吐いていたアスタに声を掛けた。
「何ですか?」
「アスタくん、二年前と変わりましたよね」
「……そりゃあ変わりますよ。背だって伸びたし、筋肉も付きましたし」
アスタは照れくさそうにハリボテのような笑顔を貼り付け、愛想笑いをした。
「いや、そうじゃなくて、顔つきが変わったな〜。と思って……」
「顔つき?」
「はい。ここ最近、何かありましたか?お兄さんが亡くなったのは紙面で知りました。もしかして、まだ……」
カールが言いづらそうにレイドの事を話そうとする。
「カールさん、すいませんが、詮索はそこまでにしてくれますか?」
しかし、アスタは笑顔を崩さないまま、不気味な程にカールの詮索を遮った。
「お兄ちゃん」
リムもカールの無神経さに怒っている。馬の手綱を引いていなければ殴っていただろう。
「……すいません、度が過ぎました」
「いえ、いいんですよ。兄の件を克服出来ていないのは事実なので」
アスタの笑顔が不気味なものから朗らかなものに変わった。
(顔つきが変わった……か……)
△▼△▼
レイドの死亡が報告されて一週間後、アスタはその日から日課にしていたトレーニングを止め、裏山で魔力が切れるギリギリまでずっと魔法を使い続けていた。
「はあはあ……はあ…」
今日も裏山に行っては倒れる瀬戸際まで魔獣や岩に魔法を使いまくり、鬱憤ばらしをしていた。
「今日はこんなもんか……」
アスタの近くでは積み上がった魔獣の死体やデコボコになった地面、折れた巨木等が無惨にも辺りに散乱していて、魔法の威力だけで作り出せる被害にしては大きすぎるくらいになっていた。
(最近、また魔獣が増えてきてるな)
アスタは、殺した魔獣を一匹ずつ丁寧に燃やしていく。木に火が燃え移らないよう回りを薄い土の障壁で囲み、その中で一匹ずつ火葬した。
近辺の木は、アスタが根こそぎ折ってしまった為、こんな事をする必要はないが、今のアスタには目の前以外の事が見えていない。だから、ただ黙々と魔獣の死体を燃やす。
「そんな所で何をしているんだ?」
魔獣を燃やしていたアスタの背後から声を掛けられる。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。え〜と、確かアスタくんだよね?」
アスタに声を掛けたのは、他所行き用の格好に着替えたヒナタ・イノウエだった。
「最近、動物達が小五月蝿いと思ったら、君だったのか」
ヒナタに一度挨拶をしただけで、アスタはまた自分の世界に入ってしまった。
「そんな無愛想な事してないで、家でも来る?話くらいなら聞けるよ?」
「……ほっといてください」
「まあまあ、そう言わずに」
ヒナタは、半ば無理矢理にアスタを引っ張って純喫茶ヒバリまで手を引いた。
「まあ、そこら辺で寛いでいて。温かい飲み物持ってくるから」
ヒナタは、アスタを椅子に座らせてから奥の厨房に行ってしまった。
アスタの顔は、廃人のようになっており、視線を下に向けて一切動かなかった。
アスタ自身、山奥でこんな無意味な殺戮や自然破壊をしても自分の心が晴れないのは分かっていた。祖父も、レイドが死んだという報告を受けてから酒を飲む量が増えていたが、祖父自身、知り合いや親友の死を何度も経験した為か、僅か数日でレイドの死を乗り越え、アスタを気遣う余裕もできていた。
レイドが死んだ報告を受けてから一週間。いい加減、アスタもレイドの死を乗り越えなくてはいけないのだ。
「お待たせ」
アスタの目の前に一つのティーカップが置かれた。ティーカップからは少し熱いくらいの湯気が立ち、いい匂いが漂っていた。
「この匂い……コーヒーですか?」
「ご名答」
エプロン姿に着替え、長い髪を結んだヒナタからコーヒーを出された。
「…いただきます」
アスタはコーヒーに唇につけ、ゆっくりと口内へ運ぶ。
「美味しい……」
前飲んだ時とは違い、何故かコーヒーの味が美味しく感じた。
「なんだろう、身体が疼く」
目が覚めたように瞳孔が大きく開き、心臓の鼓動が速くなる。
「それがコーヒーの効能。カフェインによる覚醒作用だよ」
コーヒーの効果を説明するヒナタを他所に、身体が火照るように熱くなったアスタは、外に出て空に向かって一発魔法を撃った。
「凄い。いつも以上に集中出来るし、魔法の威力も上がってる気がする」
魔法の威力が上がり、素直に興奮するアスタであったが、ヒナタは浮かない表情をしていた。
「──言っちゃ悪いけど、別にコーヒーに魔法の威力を高める効果はないよ」
「え?でも、今確かに…」
「それはただの思い込み。所謂、幻覚作用の一種さ」
靴を履き替えて、ヒナタも外に出た。
「どう言うこと?」
「君が悩んでいる事は知っている。お兄ちゃんが亡くなったんだろ?」
アスタの疑問を無視して、心の核心へとヒナタは土足で上がった。
「!?…知っていたんですか?」
「うん、偶に山を降りて情報は集めるからね。その時に知った」
「コーヒーを飲ませたのは、その悩みを吐露させる為ですか?」
「そうだね。まあ、言う必要はないよ。君だって、こんな見ず知らずの男に話す事なんてないだろうし」
木の葉が地に落ち、風で髪が靡く。
「……コーヒーのお礼がありますし、話しますよ」
「損得感情か。嫌いじゃないよそういうの」
二人は店内へ戻り、小綺麗な椅子に座って対面式で話を始めた。
「それで、何を悩んでいるの?お兄ちゃんが死んでしまっ事?それとも、魔人への復讐の仕方が分からない事?」
ヒナタは遠慮もなしにアスタに質問をする。人の気持ちが分からないと思われる発言だ。しかし、アスタから何かを話し始めるのはちょっとした勇気が必要だ。ヒナタはそれを踏まえて、自分から質問を繰り返している。
「分からないんです」
アスタの発した言葉と同時にヒナタは言葉を押し留めるように口を閉じた。
「分からないんですよ。俺が何に悩んで、あんな事をしたのか。多分、兄さんが魔人に殺された事もあると思うんですが、ただ、何かをしなくちゃと思って、魔人に関係のある魔獣を………」
アスタは震える手を握り、窓の外を見た。
外の景色は、薄く黒ずみ、厚い雲が空を漂っていた。
もうすぐ雨が降る。
「それでいいんだよ」
「え?」
「君は、兄を想って行動したんだろ?それが何の意味もない行動でも、君は動いたんだ。きっと、少し前の君なら行動すらも出来ず、塞ぎ込んでいただろうね。その時と比べれば進歩しているよ」
一年前、アスタは確かに未熟だった。広い世界を知らず、天狗になり、レイドに追い付く為の行動を後回しにしていた。もしも、レイドと肩を並べたいのであれば、あの時、レイドについて行くという方法も取れたのだ。それが出来ず、レイドが死ぬ結果となった。
しかし、今回は行動した。間違っていた方法だったかもしれないし、怒りに身を任せた方法だったのかもしれないが、行動したのだ。
「いや、俺は何もしていませんよ。誰のためでも……自分の気を晴らしたいから暴れただけです」
雨が降り始めた。窓から数滴の雨粒が垂れていく。
「俺は惨めですよ。何の取り柄も力もないただの自惚れた人間だ」
アスタは歯を食いしばり、拳でテーブルを叩く。ヒナタの手元にあったティーカップの中身が揺れ、一滴、床に落ちた。
「君は間違っていない」
「──っ!間違いだらけですよ!!もし間違っていなかったら、兄さんは今頃死んでいないし、俺だって……」
アスタの言い分を聞いたヒナタはコーヒーを飲み干し、優しくテーブルの上にティーカップを置いた。
「……過去には戻れないんだ。未来も分からないし、決まっていないとしても変えることは出来ない。だけどね、現在なら変えられる。君はこの現状を打破したくて闇雲に魔法を使った。なら、次は何をする?一体何をするべきか、少し考えてみるといい。そこから導き出した答えなら、少なくとも私は間違いとは言わない」
ヒナタはそれだけ言ってから空になったティーカップを二つ持ち、席を離れた。
アスタは、ヒナタに言われた言葉を考えた。何をするべきか自分に出来る事はないか。強くなるためには──
「──あ、そうだ。あるじゃないか。魔人を皆殺しにするために出来ること」
「何か、分かったようだね」
ヒナタが紅茶の入ったティーカップを持って戻って来た。
「はい」
「コーヒーの味が分かる君はもう大人だ。自分が決めた道を進むといい」
(最も、それが足踏みじゃなければいいけど)
雨が本降りになってきた。
「雨、いつの間に……」
「通り雨だろう。山の天気は変わりやすいからね。止むまでここで待つといるといい」
雨で土がぬかるみ、鳥達は一斉に巣へと帰って行く。時折り見せる天からの青い雷は、何を指していたのだろうか。それは誰にも分からない。ただ、この男はその雷を見ながら、何か思うところがあるのか少しだけ、悲しい表情をしていた。
(……嗚呼、これこそ正に色即是空だ)
△▼△▼
「まあ、色々とあったんですよ」
「色々?」
「はい。色々と」
アスタは、あの雨の日にヒナタと話した事を思い出していた。
(そう言えば、騎士になろうと思ったのもあの時だったけ……)
馬車はラワード草原を越え、アークトゥルス山脈へ差し掛かろうとしていた。
「もう直ぐ日暮れね。完全に落ちる前に間に合うかしら…」
リムが不安めいた事を呟き、自身の緊張感を上げていた。夜になれば、馬を最高速度で走らせるのは不可能。景色が闇色に染まる前に付近の村へ行かないと魔獣や山賊に襲われる危険もある。
「アスタくん、一応松明と開光石の準備をしておいてください。僕らも出来るだけ急ぎますが、このペースですと、休憩地点の村に着くのはギリギリになってしまいますので」
「分かりました」
カールの発言から、若干の焦りが感じられた。
(……視線を感じる。こりゃあ、野宿しなかったのは失策だったかもな)
ずっと馬車を見ている目にアスタは気付いていた。そして、その目の持ち主は、アスタ達の乗る馬車をターゲットに捉え、狩りを行おうと動き始めている。
アスタは、荷物の中から開光石を数個取り出し、後ろを向いた。
すると、そこにいた馬車を睨む複数の影と目が合ったが、その影は瞬く間に木陰へと消えていった。
そして、日暮れまでのカウントダウンが始まった。
【豆知識】
作品内に出てきた慣用句の意味
・『ヘビトンボは火に集まる』
罠だと分かっていても飛び込む愚かな様と言う意味。
・『オンデカントは落ちない』
何をやっても意味がないと言う意味。




