第2章 3『出発の日』
東暦85年 3月初旬
珍しくボルスピにも雪が降った。そのため、今年はいつにも増して寒い冬だった。
そんな中、アスタはまだ気持ちを切り替えられないでいた。普段は、いつもの変わらない仕草で兄の死を乗り越えたような振る舞いをしているが、実際は心の奥底で魔人への憎悪の炎を燃やしていた。特に、兄を殺した正体不明の魔人には憤慨していた。
(フィネオスさんの話じゃ、次の四天王って言っていたから、兄さんを殺した奴は大分絞れるな)
レイドの葬儀が終わって1週間した頃、アスタはフィネオスの話から、レイドを殺した魔人を割りだそうと考えていた。その結果、レイドを殺した魔人が四天王、もしくはそれに近しい魔人が殺すべき相手だと断定できる。
(兄さんが、ただのアンデッドにやられる筈がないからな)
アスタは、敷いた布団から身体を起こし、机の上に広げられた問題集を手に取る。
「最近はやってなかったけど、受験まで後1ヶ月切ったし、そろそろ再開するか」
アスタは羽ペンを持ち、紙に問題を移してゆっくりと解いていく。
この問題集は1年前に王都から帰る際、エグゼにアインリッヒ大学の入試問題の過去問が載った物だと言われ、手渡された物だ。
(そういえば、エグゼさんは何処で俺がアインリッヒ大学を受験するのを決めたって知ったんだ?ルナさんから聞いたのか?)
アスタは今年の4月にアインリッヒ大学の入試を受ける事になっている。試験の内容は筆記と実技の二つ。筆記は、今やっている問題集に載っている問題通りなら、国の歴史や政治、法、簡単な計算、亜人語(主に獣人語)が問題となって出る可能性が高い。勿論、問題は毎年変わるので過去問の答えを暗記しただけでは実際の試験問題を解く事は不可能だ。だが、問題の傾向さえ分かっていれば、大方、どのような問題が出るのか想像が出来る。なので、筆記についてはこの問題集を予習していれば問題がない。
実技に関しては何をやるのか伝えられていない。剣術か魔法か武術か又はこの全てか。
(魔法だけならいけると思うけど、やっぱり剣術はやるよなぁ)
アスタは問題を解きながら、実技試験の不安を少しばかり抱えていた。
アスタがアインリッヒ大学の騎士科を受けようと思った理由は単純。騎士なら、合法的に魔王領へ入れる可能性があるからだ。
敵討ちの為には、大前提として魔王領へ行かなくてはいけない。その魔王領へ入る方法だが、大きく分けて3つある。1つ目は、勇者になって王国から最大限のバックアップを受けながら仲間と共に魔王領へ入ることだ。これが出来れば一番良い。だが、アスタが201代目以降の勇者に選ばれる保証はないし、勇者の仲間に選ばれる可能性も限りなく低い。
2つ目は、冒険者となって己の身体一つで魔王領へ行く事だ。アスタも、最初は冒険者になれば簡単に魔王領へ行けると思った。だが、冒険者になるに当たって、色々と不都合な面も出てきてしまう。その一つが資金面だ。冒険者の仕事は、冒険者ギルドに依頼されるものから選び、それを期間内に達成して報酬を得る完全歩合制の職業だ。しかし、近年は依頼の数が減少し、あるとしても依頼の報酬が低いもの、もしくは100年以上達成されていない国からの高難易度の依頼だけである。なので、冒険者で金を稼ぐのはほぼ無理だと考えるのが妥当だ。
そして3つ目、王国騎士になる事。王国騎士になれば、稀に行われる魔王領への遠征で短期間ではあるが、魔王領内に入る事が出来る。資金面は、騎士ギルドが負担してくれる為に困る事はないし、何より、仲間もいる。これだと、兄の仇に出くわす可能性は低いが、これなら心配する事なく、魔王領へ入ることが出来る。
なので、アスタはこの中で安全に魔王領へ入れる且つ、兄の仇を探す事も考えると一番良いのは1つ目の勇者、もしくは勇者の仲間になる事だが、そんな都合の良い事は滅多に起こらないので、3つ目の王国騎士になる事が魔王領へ行く最前の方法だと考えた。
カリカリカリカリ
この数日間は、羽ペンで文字を書く音が止まることなく、鳴り続いていた。
〜2週間後〜
「んじゃ、行って来るよ」
アスタは、今から乗る馬車に荷物を纏めて詰め込め終えると、見送りに来てくれた祖父に行ってきますの挨拶を交わしていた。
「ああ、気をつけてな。試験に落ちたら、気兼ねなく帰って来ていいんじゃぞ。仕事なら、わしかお前の父親を頼れば幾らでも見つけてやれるからな。それと、食当たりをしてしまった時は──」
アスタは、祖父の小言を最後まで聞いた。
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「──に気をつけてしっかりとやるんじゃぞ」
「はい!」
祖父の小言は1時間近く続いた。アスタの足の感覚は殆どなくなっていて、話が終わり、漸く動いた時は血流が指の先まで流れていく感じが心地良かった。
「アスタくん、そろそろ行きますよ!」
「分かりました。今行きます」
今回、アスタを王都まで運んでくれる御者は、前に王都へ行く際に運んでくれた御者と同じ御者だ。前に助けてくれたお礼に今回は通常の半額の値段で乗せて行ってくれるようだ。
「お待たせしました」
アスタが馬車の荷台に乗ったのを確認して、御者が手綱を引く手で馬に鞭を打った。
馬車がゆっくりと進み始めた時、アスタはふと後ろを向いた。
そこには、腰を低くしながらも最後まで見送る祖父の姿があった。アスタは、そんな祖父に大きく手を振った。
風に乗り、少しずつ馬車のスピードが上がる。アスタは心地の良い風に当たりながら外の景色を楽しんでいたが、生まれ育った故郷から離れると同時に、ボルスピの空気が少しずつ薄くなっていく事に心悲しげていた。
【豆知識】
アンデッドは、一概に魔獣とは括られない。
アンデッドの活動範囲は、生前に思い入れのある場所に留まることが多い。




