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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 2『帰還者』

 前章のあらすじ


 ある日、アスタの兄であるレイドの元に届いた勇者の推薦状。しかし、これまで無事で帰ってこれた勇者は誰一人とて存在しなあた。皆はレイドにこれは死刑宣告と同じだと訴えながらも、自分が勇者になれるとレイドはこれに喜んだ。

 アスタは、そんな兄の隣に立つ為に王都で開催された実力を競う大会に参加した。そこで優勝して兄の勇者パーティーに入れてもらおうと考えたのだ。だが、現実は甘くなかった。無詠唱魔法を使っても、騎士には歯が立たなかった。


 そして、旅立ちの日がやって来た。


 それから1年後、庭でトレーニング用の木剣を振るうアスタの前にある男が現れた。

 東暦八十四年


「ふっ、ふっ」


 庭で鉛の入ったトレーニング用の木剣で素振りをしている少年がいた。少年の名はアスタ・ホーフノー。二百代目勇者、レイド・ホーフノーを兄に持ち、竜殺しの英雄、フライデン・ホーフノーの孫に当たる人物だ。彼は今、日課のトレーニングとして、同じ姿勢で素振りを繰り返していた。


「……二百!」


 一日の素振りの目標数を振り終え、アスタは木剣を地面に置いた。

 木剣の重さで庭に生えていた雑草がペシャンコになり、力無く垂れた。

 一年の間にアスタは剣術を中心にトレーニングをしていた。そのお陰で、身体全体に基本的な筋肉がつき始め、少なかったスタミナも改善されていた。


「──ぷはぁ」


 井戸から掬った水で喉を潤し、庭にあるベンチに座る。


「この一年で体力はついたけど、爺ちゃん、剣術の応用全然教えてくれないし、あんまり強くなった実感がないんだよなぁ」


 コンコンコン


 玄関の戸を叩く音が聞こえた。


「ん?お客さんかな?」


 アスタは庭にある裏口から回って、正面の玄関口まで早歩きで移動した。

 玄関が見える所まで移動すると、玄関の前には白い正装に緑色のフード付きのローブを羽織い、疲れた目をしている男が立っていた。


(あの人、何処かで見た事あるような…)


 この男には見覚えがあった。何処で会ったと聞かれると答えられないが、確実に何処かで会ったことがある人物なのだ。


「──ん?」


「あ」


 男と目が合った。

 目が合った途端、男は一瞬、アスタから目線を逸らし下を向いたが、何かの決心がついたかのように靴音を鳴らしながらアスタへと近付き、二(メートル)程離れた距離で足を止めた。


「……君が、アスタ・ホーフノーくんかな?」


「はい。家になんの用ですか?よければ、中で話を聞きますよ」


「いや、話はここでいい」


 アスタはここで男の違和感に気付いた。声や態度ではない。もっと大雑把な所だ。


(──!!ローブで見えづらかったけど、この人、右腕が無い!!)


 肩より少し下の辺りから、男の腕が無いのだ。治癒魔法で治療はされたらしいが、止血の為の包帯が巻かれていない。失ってからそれなりに時間が経っているらしい。


「あの…、俺って、貴方と会った事ありましたっけ?」


「いや、面と面を向かって話し合うのはこれが初めてだな。最も、私は見た事がある。君も私を見ていて当然だ」


(話した事はないけど、お互いに見たことがある……?)


 アスタは記憶の中で見たことある人物を1人1人この男の顔と照らし合わせて見る。


(分からないな。今まで見てきた人達の中に右腕が無い冒険者の人は何人かいたけど、こんな人は……)


「あ……」


「気付いたようだな」


 アスタはハッとした顔でもう一度男の顔をしっかりと見た。


(いや、この人見た事あるぞ。片腕が無かったり、あの時と服装が違ったり、何より、ここまで窶れたような顔をしていなかったから思い出せなかったんだ)


 男の事は思い出せた。だが、此処にこの男がいると言う事は、


「私の名は、フィネオス・クローズ。レイドの……いや、二百代目勇者パーティーの一人だ」


 フィネオスだ。レイドから拒絶された時、その名を聞いた。そして、1年前の出発式の日にその顔を見ていた。

 だが、1年前のフィネオスには右腕があったし、今のように疲れ切った顔をしていなかった。


「は、初めましてフィネオスさん。あの、フィネオスさんが此処に来たって事は、兄や他の人達もこっちに来てるんですか?」


 アスタは、嫌な予感を感じながらもフィネオスに改めて挨拶をし、兄の所在を聞いた。


「……少し、待っていてくれ」


 フィネオスはそう言うと、木陰に停めている荷馬車まで歩き、一つの箱を取り出した。そして、その中から布に(くる)まった何かを持って、アスタの元まで戻って来た。


「………すまない。残ったのはこれだけだ」


「は?」


 フィネオスから布に包まった物を受け取る。持つと、少しだけ重みがあり、足下がふらついた。


「これは……」


 フィネオスの顔を見ると、最初に顔を合わせた時と同じようにまた、下を向いていた。自分では何も言いたくないようだ。


 固唾を飲み込み、布をゆっくりと捲る。


「──ん、……うわぁぁ!!」


 アスタは自分の口を両手で押さえ、胃から込み上げてくる吐き気を抑える。尻餅をつき、瞳孔を開き、夢ならば覚めてくれと願う。


「……あ…あ……」


 腰が動かない。足が震える。血の気が引いていくのが自分でも分かった。


「う……おえぇぇぇ」


 我慢できず、その場で胃の内容物を地面にぶち撒けた。


 ──喉が痛い。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 動悸が止まらない。だが、漸く頭が状況を理解し始めてきた。

 その時である。風が吹いた。強くもなく、弱くもない普通の風だ。その風が、『それ』を包んだ布を捲り、アスタにもしっかりと見えるように姿を現した。


 腕だ。人の腕だ。少し黒ずんでいて、それ程大きくない子供の腕だ。そして、中指に魔硝石を埋め込んだ指輪がはめられている。

 この魔硝石は、アスタがレイドにあげた物だ。それを見たからこそ、アスタは口を押さえ絶句し、信じられないと思いながらも、この現実に脳と甘い考えが打ちのめされた。


「……レイド・ホーフノーは死んだ。今日はこの報告をしに来たんだ」


「う、嘘だ…‥.嘘だ嘘だ嘘だよっ!!!」


 信じられないといった表情をするアスタだったが、現実は非常である。


「残念ながら嘘じゃない。君の兄が八つ裂きにされていく姿をこの目で見たからな」


「なんで助けなかった!?いたんだろ!?」


「すまない。私も、他の2人も逃げるので精一杯だったんだ。運良く、あの場から距離を取って逃げ切れたのは私だけだった」


「っっ!!」


 アスタは力任せにフィネオスを殴った。


「どうして!?どうして!?」


「ぐっ、──ギャストウィンド!」


 フィネオスの身体を渦巻く様に風がアスタの身体を浮かして、フィネオスから離した。


「君の怒りも分かる。それを受けるのは私の仕事だ。それでも、これだけは聞いてほしい」


 フィネオスは土埃を払い、倒れたアスタの側に寄った。


「私達は、四天王の一人を倒した後、直ぐに次の四天王がいる砦へ向かった。だが、そこに着いた瞬間、ほんの数秒で大量のアンデッドが私達を囲んだんだ。奴らは、まるで指揮でも取っているかのように作戦行動を取り、私達は少しずつ追い込まれていったんだ。そんな中、レイドが単身でアンデッドの群れの中に突っ込んでいった。アンデット達の悲鳴や断末魔と一緒にレイドの剣の音も絶えず鳴っていた。だが、十五分程して、私達の目の前に腕が降ってきたんだ。その腕に魔硝石をはめ込んだ指輪が付いていたのは言うまでもない。私達は、それを見た途端、一斉に逃げ出した。私は、雪山で左足の小指と薬指を失い、最初の四天王戦で右腕を失った。だから、リリーとマシェリは、足手纏いの私を突き飛ばして逃げようとした。だが、それが功を奏した。突き飛ばされ、私の体勢が低くなったと同時に、他のアンデッド達は、二人に襲い掛かったんだ。私はその隙を見て、レイドの左腕を回収して、命からがら逃げて来たんだ」


 フィネオスから聞かされた朴訥な話は、アスタにとって良い話ではなかった。

 顔を上げ、アスタはフィネオスの顔を一瞥した。隠してはいるが、その顔は悔しさとやるせなさに溢れている事が分かる。外面は隠せても、内に秘める感情は隠し切れないのだ。


「どうしようもなかったんだ。こんな私では、助けに行ったところで無駄死にするだけ。分かってくれとは言わない。こんなヘタレを殴りたければ幾らでも殴ればいい。それで君の気が済むのならな」


「──っっ!!」


 アスタは怒りと悲しさ余り、口内を噛んだ。

 血の味がする。


「何処に行くんだ?」


「何処でもいいでしょう。ほっといてください」


 アスタはこの怒りをなんでもいいから何かにぶつけたかった。何処か、人の迷惑にならない所で。


* * * * *


「うああああああああああああああああああああ!!!」


 風の刃が木々を薙ぎ倒し、突っ込んで来るアバレイノシシを次々に氷漬けにする。


 アスタは、裏山に入り、無我夢中で魔法を使い続けた。こんな事をしても意味がないのは知っている。だが、何かをしていないと心が壊れそうだったのだ。


「死ね!死ね!皆死んでしまええぇぇぇ!!!」


 アスタは心にもない事を叫んだ。否、心の奥底で留めておいた物を放出しているのだ。今のアスタは、アスタ・ホーフノーではない。単純な感情が支配するただの獣だ。


「うああああああああああああああああぁぁぁ……」


 そして、何かが切れた様にその場に倒れた。魔力切れだ。


△▼△▼


「──ん……。ここは?」


 目を覚ますと、辺りは暗くなっていた。


「……そうか。魔力切れで倒れて」


 周りを見渡し、自分が寝ていた場所が広くなった自分の部屋だと分かった。


「『オンデカントは落ちない』とは正にこの事じゃな」


 声がした方向を見ると、椅子に腰掛けている祖父の姿があった。


「爺ちゃん……」


「レイドは死んだか……」


「うん……」


 アスタの意識が回復したのが分かると、祖父は腰を上げて部屋を出た。


「夕飯にするぞ」


「はい」


 食べたい気分ではなかったが、腹は減る。身内が死んだのに腹だけは減る。


 次の日、アスタと祖父は庭に墓石を立て、そこにレイドの骨が入った骨壷を置いた。この世界には、死体の骨を土に埋める行為がタブーとされている。何故なら、正しい手順で死体を焼き、専門の者に骨壷に入れて貰わなければアンデッドとなって蘇るからだ。もしも、アンデッドが生まれてしまえば、二次被害は免れない。なので、王国ではこの様にしか死者を弔う事が出来ない。


 左手の中指にはめていた指輪は外し、アスタは同じ箇所に形見として指輪をはめた。


「兄さん……」


 アスタは指輪を見て軽く微笑んだ。小さく俯き、じっと指輪を眺める。

 しかし、アスタの胸中は一つに支配されていた。


 ──兄さんを殺した奴を殺す。


 ただそれだけが澱む様に名も姿も知らない此度の敵を睨んでいた。

 ──憎悪だ。今のアスタの中には憎悪しかなかった。


 そして、アスタは魔人への復讐を決意した。

【豆知識】

 アスタを裏山から自宅まで運んだのはフィネオスです。彼は、アスタが自暴自棄になる事を読んでいたので、こっそりと跡をつけていたのです。

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