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勇者の弟  作者: ドル猫
第1章『〜幕開け〜王都からの手紙編』
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第1章 35『兄と弟とーー』

「おや、僕はお邪魔かな?」


 レイドの隣に座っていた最強の騎士、ヘルドが立ち上がり、アスタに席を譲る。


「僕はハーマルと飲み直すとしよう」


 酒の所為なのか、アルコールで頬を赤くしたヘルドがハーマルの元へ行く。


「偶には、酒の肴に君と話がしたいんだけど」


「はぁ、……今日だけな」


 ハーマルは一度溜め息を()いた後、何やら怒りの表情を浮かべていたが、周囲の空気を読んだのか、ヘルドの誘いに応じていた。


 アスタは、譲られた席に座り、レイドと対面する。

 分かってはいた事だが、座った瞬間に言いようのない緊迫感が二人を包む。


 その空気に耐えれなくなったのか、レイドは、グラスの中に入っていた飲み物を飲み干した。


「兄さん」


 そのタイミングでアスタがレイドに声を掛け、話を振った。


「ごめん。ここで言うのもなんだけど……」


 すると、レイドの方から一枚の小さな紙切れが机の上を擦りながらアスタの手元に渡った。

 アスタはそれを手に取り、確認すると、紙切れには小さく文字が書いてあった。


『場の空気を壊したくない 上で話そう』


 その紙切れに書いてあった文字の通り、アスタとレイドは席を立ち上がり、階段を登って、静かな酒場の一席にある椅子に腰を落とした。

 時折り、フライパンから出る熱の音が聞こえることから、店主は厨房で料理を作っているらしく、この場にはいなかった。


「………」


「………」


 お互いに話す準備はしてた筈だ。しかし、言葉が出ない。いざ話すとなると、どう言葉を出していいか分からないのだ。


「兄さん……」


 その均衡を破ったのはアスタだ。アスタは、この大会を通じ、自分の弱さを知った。そのことを大会が始まる前から兄に教えてもらっていた筈なのに、アスタは聞かず、泣きじゃくるだけだった。今思えば、なんと滑稽なことだろうか。


「兄さんの言う通りでした。やっぱり、僕は、兄さんのパーティーには相応しくありません。己の強さを過信し、剰え、天狗になっていました。なので、今回は諦めます」


 覚悟が決まったとは別になるが、アスタはレイドのパーティーに入らない。いや、今は入れない事を伝えた。もしも、今日大会で優勝出来たら、それこそ、天狗のままに無理矢理にでもレイドのパーティーに入っていたかもしれない。だが、その鼻が早い内に折れたお陰でレイドの言っている事が知れたのだ。だから、清々しい笑顔を作り、せめてレイドに気を使わせないと努力した。


「ですが、僕は強くなります。そして、いつの日か兄さんを、いや、魔王を越えるくらいに強くなって、兄さんの旅の手助けをします。もう、勇者を死の運命には絡ませません!」


 レイドからは返事はない。下を向いている。アスタからも表情は見えない。


「そのために、明日にでもボルスピに帰って、修行をし直します。兄さんがいつ旅に出るかは知りませんが、出来るだけ早く……」


「すまない!!」


 レイドが席から立ち上がったと思ったら、なんと、その場で膝をつき、床に額を擦り付けた。


「──え?に、兄さん…それは」


 アスタも言葉が出なかった。いきなり謝罪されたかと思ったら、椅子を蹴飛ばすように腰を上げ、床に頭と四肢をつけて懇願したのだ。──土下座だ。


「アスタ……俺は、……本当は、お前を俺のパーティーに入る筈だった!だけど、此処に来て分かったんだ。これまでの歴史、勇者の結末……全てを学んだ!そして、理解したんだ。俺もお前も死ぬ。間違いなく死ぬ」


「兄さん、頭を上げ……」


「そんな危険な旅にお前を連れて行く訳にはいかない!そう考えたんだ。だけど、お前の力は俺よりも遥かに上……。なんなら、勇者になるのは、お前だったかもしれないんだ」


「えっ…それって、どう言うこと?」


「お前は何一つ悪くない!俺が勇者になったのは、偶然だったんだ!」


 アスタは言葉の意味を理解出来ないでいた。ただ、述べられる言葉を聞くことしか出来なかった。


「だけど!お前は俺の弟だ……。兄として、弟を危険に晒したくはなかった。ヘルドさんに言われて、早めにパーティーメンバーを集めた。これで変わったと思ったんだ!」


「…だが、お前はここに来た!ヘルドさんの言った通り、お前は王都に来たんだ!」


「これがどう言うことか分かるか!?」


 分からないに決まっているだろう。

 レイドが顔を上げ、アスタの方を見た。アスタの目に映った兄の顔は涙にまみれていた。


「未来は……、変わらないんだ……」


 ──未来?一体何を言っているんだ?


「俺はそれに危機感を覚えて、お前が来るであろう練兵場で待ち構え、お前を拒絶した。殴りもした、自分を殺したくなった……。そのおかげか、少しはいい方向に進んでいるんだよ」


「何を言って……」


「なのに、お前が来た……。此処にも来たんだ。強制力と言うやつかなんだか知らないけど、もし、お前が此処に来なかったら、お前は幸せになれていたかもしれないんだ!」


 レイドの顔は涙でボロボロになっていた。きっと、誰にも相談出来ず、苦悩し、そして、追い詰められたのだろう。

 だが、その真意がアスタに伝わる事はない。レイドが何を言っているのか理解出来ないし、何に悩んでいるのか、分かろうとしても、分からない。言っている事のスケールが大きすぎて脳が追いつかないからだ。


「だから、頼む。俺のことなんか忘れて、何処か…遠くの地で行きてくれ。……頼む」


 レイドの言っていることは意味不明だった。何を言っているのか、何でそんなことを言うのか、分からない。


 ──分からない。 ──分からない。


「わからないよ!!」


 アスタは怒鳴った。


「いきなり死ぬとか未来とか言うなよ!兄さんを忘れろって無理に決まってるだろ!!」


 アスタは、敬語を忘れ、勢いのままに自分の気持ちをぶつけた。レイドの言っていることは支離滅裂で理解し難いことだ。だが、あのレイドが焦って、懇願をしている。只事ではないことは分かるが、それでも、最初は兄を信じようと思った。だが、自分を忘れてくれと言うのは余りにも身勝手過ぎる。そのことに憤りを感じ、怒鳴ってしまったのだ。


「そうか…忘れられないか……」


「え?」


 レイドがいきなり土下座の姿勢から頭を上げて立ち上がり、椅子に座り直した。すると、レイドの身体が蜃気楼のように薄れ始めた。それと同時に、目眩を覚え、その場に倒れた。意識を失う直前、最後に聞き覚えのある声がアスタの耳に入った。


「……君達か。また僕の邪魔をしようと言うの?だけどね、亡霊はいくら集まっても亡霊だよ。君達は見ることしか出来ない傍観者に成り下がったことを精々悔やんでいな」


 その声の主は、誰かと会話しているようだった。『達』と付いているから複数人と話しているのだろうか。


「ああ、そうだ。これも消しとかないと」


 耳元でそう囁かれた。その瞬間、頭の中が真っ暗になった。

 そして、脳内から何かが消えていくようような感覚を覚えた。


(なんだ……何か、大切なことを忘れているような…)


「君は、このパーティーには参加した。そして、この後屋敷で彼と出会うだろう」


 その『何か』の代わりに、その言葉がパズルのピースを埋めるようにはまった。


△▼△▼


「──ん…あれ……?」


 音楽や人の声が頭の中まで響いた。寝惚けた眼を擦り、周りの状況を確認する。


「なんだっけ?なんか、誰かと話しを……っ!!頭が!!」


 意識を保とうとしようとすると、脳が揺れるように頭痛が起こる。

 すると、誰かの足音が此方へとやって来るのが耳で分かった。


「おいおい、大丈夫か?」


 アスタの隣の椅子に腰を掛けたのはブリシュだった。


「ブリ…シュさん?」


 アスタは左手で頭を押さえながらブリシュの顔を見た。ブリシュの顔は少しだけ赤みがかっていて、酔っていることが分かる。だけど、アルコールに強いのか、ブリシュは酔っぱらいのようにダル絡みはせず、アスタの体調を心配している。


「たくっ、兄との送別会だからって、そんな張り切って酒を飲まなくても良かったんだぜ。酒を進めたエグゼにはガツンと言ってやったからな。まぁお前は暫く休んでろ」


(……そうだ。思い出した。このパーティーは、明日出発する兄さんを送り出すために行われるものだった……ような……)


 記憶が定かではない。そんなことを言われた気がするが、誰に言われたかまでは思い出せない。酒の所為だろうか。


(あれ?そういえば兄さんは何処にいるんだ?兄さんの送別会の筈なのに、兄さんの姿がない)


 部屋中を見て回るが、レイドの姿はどこにもない。


「ブリシュさん、兄さんが何処にいるか知りませんか?」


「レイドなら腹下して先に帰ったよ。食当たりとはついてないよな」


「ああ…、そうですか」


 それを聞いて、アスタは漸く落ち着きを取り戻した。寝ていた時の事は気になったが、心配することでもないのだろう。

 それから、一時間が経った後、叔父のロイドがパーティーの終了を宣言し、解散になった。その後、二次会が行われると言われ、誘われたが、何故か無性に屋敷に帰りたくなったので、丁重に誘いを断った。酒も飲めないし。


* * * * *


 上手く動けない足で時間をかけ、どうにか屋敷まで辿り着いた。


「只今帰りました」


 屋敷の玄関の扉を軽く叩くと、中から寝巻きに着替えたアンジェが扉を開けてくれた。アスタの中で彼女にはまだ苦手意識がある。そんなだから、まともに目を合わせる事なく、目線を逸らし、横を早足で通ろうとする。

 昨夜、あんな辱めを受けたのだ。避けたくなるのも当然だろう。男として、あのような屈辱はもう二度と味わうかと、心に決めたのだ。


「お帰りなさ…ませ」


 アンジェは人差し指と親指を使って瞼の淵に付いた目脂を取り、大きな欠伸をした。


「……ヤーフさんは?」


 アスタはアンジェから視線を逸らしたまま、今朝までこの屋敷にいた使用人の存在を聞いた。


「ヤーフ様は王城まで外出しています。明日の昼までは業務で帰ってこれないと思います」


「そう…ですか…」


 どうやらヤーフは今晩この屋敷にはいないらしい。

 この時、脳が危険予知が警告を出す。また昨晩と同じ目に遭うかもしれないと。


「はあ、心配しなくても、昨日のようなことはしませんよ。それよりも、お酒臭いのでお風呂に入ってきてください」


「はい!」


 アスタは忠犬のように返事をした。何か彼女のお気に召さない事があればいつ何時、襲われるか分からない。だから、今だけは彼女に忠実になっておくべきだと思った。

 言われるがままに早歩きで屋敷の浴場まで移動し、脱衣所で裸になった。


「ん?籠に服が入ってる。ヤーフさんのか?」


 洗濯物を入れる籠に誰かの衣類が雑に入っていた。


「でも、ヤーフさんの服にしては小さいような…」


 アスタはその服を手に取ったが、どうも服のサイズがこの屋敷に滞在している者の服のサイズではない。祖父やヤーフの服のサイズにしては小さいし、アスタの服としては少々大きい気もした。アンジェは、メイド服と寝巻き以外に着ているのを見たことがないので、このような男物の服は持っていないだろう。


「……ジャベリーって人が帰って来たのか?まぁ、なんでもいいか」


 長時間、脱衣所で裸になっていたため体温が下がり、身体が震えた。アスタは、早く湯船に浸かろうと浴場の扉を開けた。


(あっ、そう言えば、お客さんが来ているのを伝えるのを忘れてた)


 アンジェは自室で日記を書いている途中、ふと屋敷に客人が来ているのを思い出した。


「確か名前は……」




「ふぅー、外は寒いだけあって、身体の芯まで温まりますなー」


 お湯で身体の汚れを流した後、湯槽に肩まで浸かり、独り言を言いながら足を伸ばしていた。


「いててて……あの医者の人も傷くらいもっとしっかりと治してくれればいいのに」


 今日の試合中に足や腕にできた擦り傷がお湯で滲みる。ヒリヒリとしてウザったらしいが、治すためには我慢をしなければならない。無論、この傷を弄ろうものなら、更に傷が悪化するだけだ。


「まあ、治癒魔法のデメリットを考えると、そう簡単に中級以上のやつは使っちゃ駄目だろうしな」


 今日の試合を振り返りながら、アスタは明日の事について考えた。

 明日は、レイドが魔王討伐のために王都を出るのだ。今日のパーティーはそれの前夜祭みたいなもの。主役は早めにご帰宅してしまったらしいが。


「結局、兄さんとはあれ以降会えずじまいだったな」


 そんなことを言葉にした時、自分の正面のお湯がブクブクと泡を出した。


「ん?」


「──ぷはぁ!」


 その泡がなくなると同時に、一人の男が風呂の中から姿を見せた。

 その男は、アスタよりも少し筋肉質で体格も少しだけ大きい。そして、見飽きた顔だった。


「に、兄さん…?」


「ア、アスタ…?」


 そう、この屋敷に来た客人と言うのは、アスタの兄、そして、今代の勇者、レイド・ホーフノーだった。

 次回、第1章最終話です!

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