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勇者の弟  作者: ドル猫
第1章『〜幕開け〜王都からの手紙編』
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第1章 34『見つめ直したなら』

 意識を失う直前、最後に聞こえたのは自分自身が言った言葉だった。例え強がっても、言霊はやって来るのだ。

 そう思いながらアスタは瞼を開けた。


「……知ってる天井だ」


 最初に映ったのは医務室の天井だった。窓から外を見ると、もう陽が傾き始めていた。何時かと思い、掛け時計を見ると短針が4の数字を指していた。


「包帯……」


 頭に巻かれた包帯を触り、自分の状況を確認する。包帯は氷結魔法を使って冷やされていたらしく、丁度いいくらいに冷んやりしている。


「確か……、最後……」


 ここにいる時点で負けたことは理解できた。しかし、最後どうやって負けたのか全く分からなかった。きっと、分裂を使った不可視の攻撃だったのだろうが、最後の一撃は重かった気がした。


「後でエグゼさん辺りに聞いてみるか」


 この後会えそうな人物を思い浮かべながら、自分でも最後の一撃がどのように、決定打になったのか考えようとした時、右目の視界に赤い果物が映ったことが分かった。


「林檎か……。誰かが置いてくれたのか。…爺ちゃんか?」


 誰かからのお見舞いの品だというのは分かったが、誰からの物なのかは心当たりが多くて分からなかった。


 “ガチャッ”


 医務室のドアが開いた。


「おっ!起きたか」


「ブリシュさん」


 医務室に入って来たのは、一年前、エグゼと共に手紙を届けに来た騎士、ブリシュ・アーカイラムだ。彼も、今大会に参加していたのはアスタも知っていた。だから、近い内に再会出来るだろうと思っていたが、ここで再会するとは思っていなかった。

 ブリシュの見た目は一年前から変わっていて、髪が少しだけ伸び、頬に大きな斜め十字の傷がつき、筋肉が増えたのか、身体も逞しくなっている気がした。


「お久しぶりです」


「おう!お前も変わってないな!」


 見た目が少し変化しても中身は変わっていないらしく、気さくに話しかけてきた。


「林檎食うか?」


「はい」


 ブリシュは皿に置いてある林檎を一つ取ると、果物用のナイフを取り出し、皮を剥き始めた。知ってはいたが、やっぱり手先が器用だ。1年前も、母の家事を手伝っていたりと、見た目とは違いかなり家庭的だ。


「ほい」


 皮が剥け、二口サイズにカットされた林檎を更に並べた。


「ありがとうございます」


「しっかし、誰が見舞いに来たのかね。こんなに林檎を持ってきて」


「え?」


 ブリシュが指差す方向に紙袋が置いてあった。

 その中には、大量の林檎が入っていた。


「誰がこんな……」


 アスタの脳内ではミッシェルか、もしくはイーラかと思ったが、イーラは隣のベッドで相変わらず寝ている。ミッシェルとは仲がいいが、ここまでする程ではないと思った。他に思いつくのは、祖父か勧誘しに来た者やヘリオスの可能性も考えたが、彼らも忙しいのでこんなことをする暇もないだろうと思った。


「──はぁ」


 ブリシュが溜息を吐いた。どうやら、心当たりがあるようだ。


「ああ、そうだ。それ食ったらここに来てくれ」


 ブリシュが一枚のメモを机に置き、医務室を退出した。

 なんのメモかと思い、目を通すと、小綺麗な文字で住所が書いてあった。


「ここに行けと?」


△▼△▼


 〜一時間後〜


 医者に包帯を取ってもらい、怪我の方は問題ないことを告げられ、医務室を後にした。

 それから、大会はどうなったのかと思い、自席に赴いたが、既に観客も選手もいなくなり、練兵場はもぬけの殻だった。一応、スタッフの人達が掃除をしているが、それ以外には特に誰もいない。閉会式もとっくに終わっているようだ。


「寝ている間に全部終わったのか」


 アスタは、指定された場所に行くために練兵場の出口へと向かった。

 出口には見張りの衛兵が二人いたので、大会がどうなったか聞くことにした。


「すいません」


「ん?どうしたんだい?」


「あっ、坊主は…確か本戦に出てた」


 後ろから声をかけられ、衛兵は目を丸くしたが、アスタの顔を見て、出場していた選手だと言うことを察し、気さくに話を聞いてくれた。


「あの〜、大会ってあの後どうなったんですか?」


「君が気を失った後、続けて試合は行われたよ。君と同じように予選から本戦へ進んだ二人も一回戦で敗退した」


 ミッシェルが負けたことを知った。彼には代わりに優勝してほしかったが、騎士が相手では全く歯が立たなかったのだろう。


「それから、残った騎士だけで本戦は進んで、最終的に優勝したのは、第一師団所属のダイモスって人、準優勝は第六師団所属のブリシュって人だったね」


(ブリシュさんが準優勝!?じゃあ、今の自分の実力は、ブリシュさんよりも遥かに下なのか)


 一年前、レイドよりも弱かった筈のブリシュがたったの一年で他の騎士と肩を並べるくらいに強くなっているのは驚いた。それと同時に、自分の実力が一年前から全く変わっていないことを心の内で嘆いた。


 アスタは、実は内心、自分を最強だと思ってしまっていた。今回の大会も無詠唱の魔法を使えば簡単に優勝できると。自分は天才だからなんでも出来ると思い上がり、天狗になってしまっていたのだ。

 これでは、兄から嫌われるのも当然だろう。きっとそれを見抜いた上で、(レイド)はアスタを自分のパーティーに入れないと決めたのだ。


「──で、閉会式が終わった後、魔王軍の幹部はダイモスによって、処刑されたね。最後、あの魔人なんか叫んでいたけど、まぁ耳に入れる程のものでもないと思うし、聞いてない人の方が多かったと思う。皆んな、奴が死ぬところを間近で見たいだけだし」


 途中から、全く話を聞けなかった。頭が真っ白になり、自分の弱さを知った。


 自分自身を見つめ直さなくてはいけない。


「これで終わりだよ。他に聞きたいことはあるかい?」


「あ……はい。ありがとうございます。あ、後、この場所知ってますか?」


 メモを取り出して書いてあった住所を衛兵に見せる。


「ああ、そこはこの通りを真っ直ぐ行って、二つ目の十字路を右に曲がるとある筈だよ」


 衛兵はメモを見ながら指で行き先を指した。


「確かこの住所、酒場じゃなかったか?坊主、何しに行くんだ?」


 もう一人の方の衛兵が指した場所を酒場だと指摘する。


「分かりません。僕はここに来いとしか言われてませんので」


 酒場と言われ、何故そこにブリシュが呼んだのか分からなくなった。試合の反省会でもしたいのだろうか。


「なら、俺らもついて行っていいか?もし坊主に何かあったらいけないしな。いざとなれば守ってやるよ」


「えっ、ちょっ…」


 衛兵の男らしい言葉の後、言われるがままにこの2人もついて来てしまった。別に悪人に呼ばれた訳ではないのに。


(着いたら、事情を話して帰ってもらおう)


* * * * *


 それから五分して、例の酒場に辿り着いた。入り口の扉は半開きになっていたが、本日貸切の張り紙が貼っていて、入っていいのか分からない状況になっていた。


「貸し切りだが、ここで合ってるのか?」


「住所的にはここだな。間違いない」


 3人が入っていいかどうか戸惑っていると、後ろから清涼感のある声色で声を掛けられた。


「君達、何をしているんだい?」


 声を掛けられた方を振り向くと、そこには、騎士の制服を身に纏い、縮れ毛が特徴的な男性が立っていた。


「ハ、ハーマル様!」


 衛兵の一人がその名前を叫ぶ。アスタにも見覚えがある人物だった。そう、魔力切れを起こし、落下死寸前だったイーラを助けた張本人。王国騎士第一師団隊長の──


「ハーマル・メサルティム」


「ん?君は確か練兵場で……」


 ハーマルはアスタの方に視線を移し、「そう言う事か」と一言だけ呟いた後、衛兵二人に耳打ちで事情を話し、仕事に戻るよう命じた。

 何を話していたのかは、アスタの耳には届かなかったが、この酒場で何かを行うというのは理解できた。


「君もお呼ばれしてるんだろう?さあ、入ろうか」


「お呼ばれ?」


 ハーマルは酒場の扉を三回叩いた。


「どうぞ」


 すると、中から渋めの声がした。

 入店の許可を貰ったようで、ハーマルは入り口前の段差を上り、店内に入った。アスタもそれに続く形でハーマルの後をついて行った。


 半開きの扉を開け、中に入ると、複数の丸い椅子とテーブルが置かれたごく普通の酒場となっていた。店の奥にはスキンヘッドの店主がいて、彼はグラスを拭いていた。


「いらっしゃいませ」


 中には店主以外誰もいなかった。外には本日貸切の張り紙があったのにも関わらず、店内には誰もいない。静かな空気だ。

 しかし、ハーマルは胸ポケットから一枚の紙を取り出し、それを店主に見せた。

 すると、店主は細長い棒を持ち、カウンター席の床の取っ手を引き出した。そして、取っ手を思い切り引っ張り上げると、鈍い音と共に地下への階段が姿を表した。


「こちらです。……そちらのお連れさんは?」


「彼も参加者だ」


「分かりました。皆様お待ちしております。滑りやすくなってる故、足下にはお気をつけて」


「ん、ありがとう」


 ハーマルは階段をゆっくりと下りた。アスタは、戸惑いながらも店主の優しそうな目と地下への探究心で階段を下り始めた。

 店主の言っていた通り、階段は滑りやすくなってたから、途中足を滑らせかけたが、どうにか姿勢を整え、ゆっくりと地下に下りた。


「もう皆んな集まっているみたいだね。さて、今日だけはハメを外そうか」


「これ、なんの集まりなんですか?」


 きっと、アスタに声を掛けたブリシュも中にいる。不特定多数が集まっているのは確実だった。


「聞いてなかったのかい?今日はパーティーだよ」


「パーティー?」


 アスタはハーマルの顔を見た。心なしか、随分と笑顔だ。楽しみにしていたのだろう。


「ここだ」


 数歩だけ歩いた先に、ドアが三つ並んでいた。


(……何か聞こえる)


 真ん中にある赤色のドアから何やら人の声が聞こえる。それと一緒に音楽だろうか、楽しげな音も聞こえてきた。

 ハーマルはそのドアを開け、アスタは、恐る恐るその部屋の中に入った。


「え?」


「よう!アスタ!遅かったな!!」


「さあ若造。早飲み対決といこうではないか」


「一年前は負けましたからね。今日は負けませんよ!!」


 中には知ってる顔と知らない顔がいる。アスタを誘ったブリシュに、今日の大会で司会をしていたエグゼ、祖父のフライデン、王国騎士団団長のヘリオスに副団長のルナ、叔父のロイド、他にも多数の人たちがテーブルでチェスをしたり、酒を飲んだり、食事をしたりしていた。

 そして、中央の席でアスタと目を合わせる人物がいた。


「……兄さん」


「アスタ……なんでここに……」


 そこには、兄のレイド・ホーフノーがいた。



△▼△▼


 〜今から約二時間前〜


「お前ら!!俺様が死んだら、他の幹部がきっと仕返しに────」


 プロキオンの首に剣が振り下ろされ、処刑台から頭が落ちる。


「終わったか」


 ヘリオスがプロキオンが死んでいることを確認して、エグゼに向かって首を縦に振った。

 エグゼもそれが合図ということを事前に知らされており、直ぐに雷の魔石を口元に近付けた。


「これにて、今大会の全過程が終了しました。観客の皆さん、選手の皆さん、混み合いにならないよう、順番にお帰りください。本日はありがとうございました。繰り返します。観客の皆さん──」


 エグゼが幕引きの言葉を述べる。観客達の高揚感は少しずつ収まっていき、いつしか、練兵場内に残った者は僅かになっていた。


「さて、僕らはこれから準備の手伝いをしないとね」


「はい」


 観客が退場していくのを見計らい、ヘルドとレイドも席を立ち上がる。後ろの席にいた騎士達は、幹部を1人殺したことで魔王軍が動く可能性を考慮し、王都の城壁で周囲の警戒にあたっていた。

 普段、王都にいる師団は一部だけであり、殆どが他の都市や町村で任務にあたっている。

 今回の騒動で、魔王軍にも王国騎士団の力が伝わった筈なので、攻めてくることはないと思われるが、万が一攻めてきた場合でも、一人でも強い隊長、副隊長が全員集まっているのだ。負ける要素は一切ない。

 尚、今日に限っての他の都市の治安は、衛兵と王都には来ていない他の騎士に任せている。それに、騎士以外にも強い者は各所にいる。もし、何かあった場合でも彼らが連絡をする手筈なので、心配はないだろう。


「あっ!ヘルドさん、俺ちょっと用事思い出したので、先に行っててくれますか?」


 レイドとヘルドの二人が練兵場の出口に向かっている時、レイドが何かを思い出し、ヘルドに先に行ってるようお願いをした。


「分かった。なら、先に行ってるよ。場所は分かるよね?」


「問題ありません。一度行ったことがある場所なので」


 レイドは、ヘルドと別れた後、王都にある八百屋へと向かった。


「おっちゃん、久しぶり。モモは美味かったよ」


「おっ、誰かと思えばあの時の子供じゃないか!」


 レイドが寄った八百屋は、王都に初めて来た日にモモを買った八百屋だ。


「まっさか、あの時の子供が勇者様なんてなぁ。世の中何があるか分かったもんじゃねえよなぁ。しっかし、お前さんも随分と大人になったな」


「成長期なので」


「それもあるが違うな。あの時と違って、生意気感が抜けたって言うか、子供を卒業したって表すのが正解か」


「どう言う意味?」


「まあ気にすんな!俺の独り言だ。──で、今日は何を買いに来たんだ?」


「モモを買いに来たんだけど……ある?」


 レイドは店内を見渡す。だが、あの日に買ったピンク色の果物は見当たらない。


「ああー、残念ながらモモは入荷してないな」


「そうなのか……」


「でも、この時期は林檎が美味いぞ」


「なら、林檎を二十個程」


「まいど!」


 レイドは金を払い、注文した数より多く林檎が入った紙袋を持って歩き出した。


「おっちゃんも気前がいいな。サービスで5個もおまけしてくれるなんて」


 レイドは、来た道をなぞるように王都の舗装された道を歩いた。

 そうして、レイドが紙袋を持ってやって来たのは、練兵場だった。


「まだ入れる?」


 レイドは見張りをしている衛兵にまだ入場が可能か問う。


「聞かなくても、勇者様なら入ってもよろしいですよ」


「そう、ありがとう」


 そっけない返事の後、練兵場の中に入り、医務室へ向かった。

 そして、医務室に着き、ドアを開け中に入ると、そこには気を失っている二人の選手アスタとイーラの他に一人、髭を生やした老人フライデンがいた。


「……爺ちゃん」


「レイドか……」


 医務室のベッドの上には既に林檎が三つ置いてあった、


「この林檎は?」


「さっき、ミッシェルと名乗る若造が持ってきた。随分と落ち込んではいたが、アスタを心配してくれていた」


(大会の本戦に出てた人だ)


 ミッシェルは、アスタとディオスの試合が終わった後の次の試合でブリシュと戦い、三十秒足らずで呆気なく負けたのだった。


「それで、お前は何をしにここへ来た?」


 直球で質問する。レイドは祖父からの言葉の重みを感じ、一瞬身震いした。


「これ」


 レイドは、祖父に林檎が入った紙袋を手渡した。


「これは……」


「じゃあ、用事があるから」


 レイドはここに来た目的をだけを終え、医務室のドアノブに手を掛けた。


「待て」


 ドアノブを回す手が止まった。


「なに?」


「相変わらず不器用だな。馬鹿孫が」


 その言葉が耳に入ると同時に下唇を噛む。歯と歯が擦り合う音が鼓膜に響く。


「お前の言いたい事は分かる。だが、やり方は他にもあった筈だ。……昨晩の招待状はありがたく貰うが、アスタにはお前から渡せ。出来なければ、お前は兄、失格だ!」


「──っ!!」


 レイドは医務室のドアを力一杯開け、逃げるように練兵場の廊下を走る。


(分かってくれよ!俺には、これしか思いつかないんだ!!)


「………」


「………誰かと思えば、盗み聞きしておったのはお主だったか」


 開けっ放しになったドアからブリシュが医務室の中に入ってくる。間が悪い事に、今の会話も聞いていたのだろう。


「人聞きが悪いですよ。俺は偶々通りかかっただけです。……『英雄』フライデン・ホーフノーさん」


「その称号()はもう捨てた。今はただの、しがない老人じゃ」


 フライデンも椅子から腰を上げ、医務室を退出した。


「……ほんと、後ろ姿とかそっくりだな」


* * * * *


 レイドは走った。練兵場を出た後も王都の道で人と肩がぶつかりながらも走った。今はただ、あそこから距離を離したかった。


 ──お前は兄、失格だ!


 それでも、この言葉だけがレイドに纏わりついた。逃げさせてはくれない。向き合わなくてはいけない。


 ただひたすらに走っている内に、いつの間にか目的地の酒場に着いていた。


「はぁ、はぁ」


 肺が酸素を求める。短時間だが、息継ぎもしないで全速力で走った。


 逃げたかったのだ。


 誰かが、生き物は命を危険に晒された時、自分のリミッターを解除し、全ての生命力を逃げることに費やすと言った。

 誰の言葉だっただろうか。しかし、それは今関係ない。レイドは、言葉の責任と言う『概念』から逃げているのだ。いくら逃げようとも、いつかは追いつかれる。いや、もう追いつかれているのだ。忘れようとしているだけで、絡みつく鎖のようにそれはレイドを縛り上げる。


(どうしろって言うんだよ)


 そんな事を思いながら、レイドは半開きになっている酒場の扉をゆっくりと開けた。


「いらっしゃいませ」


「……皆は、地下にいるの?」


「ええ、皆さん準備なさっていますよ。……主役は一度戻った方が良いのでは?準備をする必要はありませんよ。それに、そんな顔をしている者を地下室へは行かせたくありません」


「え?」


 そんな指摘をされて、店主の後ろにある棚を──いや、棚に置いてあるワインの入ったガラスの瓶を見た。

 ガラスに反射されたレイドの顔が目に映る。


「……一度、寮に帰ります」


「その方がいいでしょう」


 瓶の中のワインが軽く揺れた。それはまるで、今のレイドの心情を表しているような感じであった。


 アスタは、アインリッヒ大学にある生徒寮に戻り、そこで顔を洗った。

 顔をタオルで拭き、洗面所の鏡で自分の顔を見ると、両目が赤くなり、瞼に跡が残っていた。


「俺、いつのまにか泣いてたんだな。…なんだよ、全然切り捨てられてないじゃん!」


 タオルを床に叩きつけた。


「くそっ!俺の馬鹿!なんであんな事言ったんだ!!」


「別に言わなくても彼奴なら分かってくれた筈だ!いや、分かってくれなくても、理解はしてくれた筈なのに……俺は、考えなしに…………たのかよ」


 最後、自分の心にも聞こえないよう声を押し殺した。

 続けて、床を殴った。何度も何度も殴った。手が自分の血で赤くなるまで、もがいた。


 それから二十分して拳の痛みで我に返った。心を切り替えられた訳ではないが、気持ちの落ち着きは取り戻していた。


「……アスタには、ちゃんと話さなくちゃな」


 まだ迷いがあるが、レイドは自分のしなくてはいけない事が分かった気がした。



「早いご帰還ですね」


 十分後、酒場まで戻り、レイドは店主と目を合わせた。優しい目だ。歴代の勇者もこうやって送り出したのだろうか。


「まだ、気持ちの整理がついていませんが、大切なことを思い出したので……」


「そうですか」


 レイドはカウンター席に座った。なぜ座ったのか分からないが、座らなくてはいけない気がしたから。


「歴代の勇者たちも、悩みを抱えていたんですか?」


 突然、この事が聞きたくなった。何故かは聞いた本人にも分からない。ただ、聞いておきたかったのだろう。勇者を継ぐ者として。


「私は、今まで6人の勇者を見送ってきました。皆、勇敢に戦い、そして散っていったのでしょう」


 店主は、表情を変えずにグラスを拭きながら、質問の答えを言う前に、最初に前置きを話した。


「しかし、そんな彼らも人間です。勇者と言う肩書きがあれど、ただの人間。悩みなんていくつもありますよ」


 明確な答えは示さなかった。しかし、最大限のヒントを店主は伝えたつもりだ。


「……分かりませんが、なんとなくは分かりました」


 レイドは自分の気持ちに無理矢理、整理をつけた。店主の言った意味は殆ど分かってはいない。質問の答えもまともには答えてくれなかった。


「ようは、自分で考えろってことですよね?」


 店主からは返事はない。ただ、少しだけ頷いただけだった。


(これが終わったら、アスタとも話そう。そうすれば、この蟠りも……)


 だが、レイドの望まないタイミングでアスタはやって来た。

 本戦に進んだもう1人は、魔人に怨みを持つ冒険者です。第1章 23『開幕』で登場した冒険者と同一人物です。彼も、王国騎士を前に力及ばす、敗れました。

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